第三十話 マッドサイエンティストなコックは感想を求める

「この料理の正解の味を知っているのはクリスさんだけなんです。食べさせないわけがないでしょう、ペガサスさん。感想を聞かないわけにはいかないでしょう、ペガサスさん……!」


『めっちゃ悪い顔したパディさんにすでに捕まってるじゃーーーん!』


 いつの間にやらクリスの背後にまわりこんでいたパディさんを見て思わず絶叫する。パディさんの片腕はクリスの首にまわってるし、もう一方の片腕は料理が減ってずいぶんと軽くなった大皿を差し出してる。

 そして、大皿に乗った残り少ないクラーケンさんの手入り〝たこやき〟を見た瞬間――。


「おいしそうなものぉ~~~!!!」


『クリス、食べちゃダメーーー!』


 おいしいもの食べたいよゾンビと化したクリスは目にも止まらぬ速さでできたて、熱々、新鮮な魚介を使っててみんな大好きソース・オタフークーもかかってるパディさんお手製の料理を手づかみすると口の中に詰め込んだ。

 もちろん僕の制止なんて少しも聞いてない。ペガサスな僕が言ってることは元々、人間なクリスには伝わらないんだけど――たぶん、僕が人間の言葉を話せたとしても少しも聞かなかったと思う。


「おいしそうなもの、むしゃ! おいしそうなもの、むしゃむしゃ!! おいしそうなもの、むしゃむしゃむしゃ!!! ……おいしいっっっ!!!」


「そうですか、おいしいですか!」


 口いっぱいにクラーケンさんの手入り〝たこやき〟をほおばって目をキラキラと輝かせるクリスを見て、パディさんは満足げにうなずく。

 でも、パディさんの笑顔……なんか怖い。料理をおいしいって食べてくれることに喜ぶコックさんの笑顔じゃない。

 なんていうか、これは……どちらかと言うと――。


『……マッドサイエンティスト?』


 不気味な笑みを浮かべるパディさんとパディさんにすすめられるままに料理をもぐもぐとほおばるクリスを見つめて僕は青い顔でぶるぶると震えた。クラーケンさんの手入り〝たこやき〟は食道を通過、クリスのお腹にすっかり収まってしまった。ペガサスな僕のひづめ付き前足じゃあ、口の奥に指を突っ込んでペッさせることもできない。

 こうなったら――。


『何かあったらすぐさまヒール! クリスから一切、目を離さず! 何かあったらすぐさまヒール!』


 涙目でもぐもぐとクラーケンさんの手入り〝たこやき〟をほおばるクリスと、その隣に座り込んでグフ、グフフフ……と笑うパディさんを鼻息がかかるほど前のめりの体勢で見守る。


「おいしい……大阪出張のお土産にお父さんが買ってきてくれて、体調がいいときに食べさせてもらった冷凍たこ焼きほどじゃないけど……おいしい……記憶の中のたこ焼きよりシンプルな味……ていうか、雑な味な気はするけど……おいしい……」


「なるほど、なるほど。まだまだ改善の余地はあるけれど方向性はまちがってなさそう、と。……クリスさん、記憶にある〝たこやき〟との違いを教えてください」


「おいしい……もう一つ……あっ! あぁ~……!」


 ゾンビらしい動きでのそのそと〝たこやき〟に手を伸ばしたクリスだったけど、パディさんはさっとお皿を遠ざけてしまう。そして、グフ、グフフフ……と笑いながらクリスの顔をのぞきこんだ。


「食べたかったら僕の質問に答えてください。質問に答えたら食べさせてあげますよ」


 こ、この顔は……狂戦士な顔でも、コックさんな顔でも、マッドサイエンティストな顔でもない。取り調べする人か拷問する人の顔だ! 飴と鞭を使い分けてる顔だ! パディさん、怖い……。

 なんてぶるぶる震える僕をよそに――。


「質問、答えます。すっごく答えます……!」


 クリスは背筋を伸ばして真顔で答える。なんだろう。ゾンビ化してるせいかな。受け答えがバカっぽい。変態型に変身したときとはまた違った頭の悪そうな雰囲気がある。

 大丈夫かな? クラーケンさんの手を食べたせいじゃないよね?


「それでは、早速。記憶の中にある〝たこやき〟とこの料理で同じところ、違うところを教えてください。まずは同じところ」


 心配でおろおろする僕をよそにパディさんがクリスに尋ねる。


「同じところ……ソース! 答えた! 一つ!」


「やっぱりソース・オタフークーは正解でしたか。……あ、食べるのは全部答えてからです」


 クリスの答えに満足げにうなずきながらパディさんは伸びてきた手をぺしりと叩いた。手のひらを叩かれたクリスは叱られた飼い犬みたいにしょんぼりと肩を落とす。


「それじゃあ、次。クラーケ……中に入ってる具材はどうでしたか」


『一応、隠すんだ。クラーケンさんの手入りだって』


「具材……タコ……なんか食感が違った、気がする……?」


「ふむ、今回は焼いたけど茹でるか蒸すかするのかな。……次、生地」


「外はカリッ、中はふわとろじゃないし細かく刻んだ青ねぎと紅しょうがも入ってなかった」


「小麦粉と水だけじゃなくもう一工夫、必要そうですね。……卵かな。青ねぎはわかりますけど紅しょうが……普通のしょうがで代用できるのか。それともべにという点がポイントなのか」


「紅しょうが……カリカリ食感……ちょっと酸っぱい……」


「カリカリ食感? ちょっと酸っぱい? ……そ、それじゃあ、クリスさんの絵に描かれているソースのさらに上に乗っかっているトッピングはなんですか。想像もつかなくてあきらめちゃったんですけど」


 パディさんの言葉に僕は薄茶色の丸い何かの上にかかった踊る鉛筆の削りカスみたいな何かと濃い緑色の粉々を思い浮かべた。たしかに。すっごくおいしそうなんだけど材料がなんなのか、どんな味なのか想像もつかない。想像もつかないけどすっごくおいしそうなんだからクリスは興味さえあれば動物以外の絵も描けるんだなってわかったけど……それはさておき、材料も味も想像もつかない。たぶん、きっと〝てんせい〟前の世界にはあってこの世界、この国にはない食材なんだろう。

 んで、唯一、正解を知ってるクリスはと言うと――。


「ソースのさらに上のトッピング……かつお節と青のりのこと?」


「〝かつおぶし〟と〝あおのり〟?」


『……クリス、説明する努力を放棄したでしょ』


 パディさんと僕がそろって首をかしげるのを見てコクリとうなずいた。


「かつお節はカチコチになった魚を削ったやつで……青のりは青いのりをのりのりしたやつで……」


「カチコチになった魚? 青いのりをのりのり?」


『カチコチになった魚? 青いのりをのりのり?』


 パディさんが持ってるお皿をじーっと見つめ、じゅるりじゅるじゅるとよだれをたらしながらうつろな目でしゃべるクリスに僕はため息をついた。

 これまでの十六年間、おいしい料理を作ってくれるコックさんがいる環境で、箱入り息子状態で育ったクリス。〝てんせい〟前の十三年間も時間になると〝びょういんしょく〟や〝てんてき〟が運ばれてくる生活を送ってたらしい。

 つまり料理をしたことがない。料理の知識がほとんどない。そんなクリスがテキトーに答えるものだからほぼ暗号。謎だらけ。


「ここまでわけのわからない答えを返されると逆に燃えますね……謎の解き甲斐がありますね……改良のし甲斐がありますね……料理人として腕が鳴りますね……!」


 そんな謎だらけの暗号的答えを聞いたパディさんはグフ、グフフフ……とマッドサイエンティスト的不気味な笑い声をもらした。

 なんて言うか――。


『パディさん、気持ちはまだ料理人だったんだ。コックさんだったんだ』


 質問に答えてくれたお礼にとクリスの前に安全保障一切なしの未知の食材なクラーケンさんの手入り〝たこやき〟を差し出すパディさんのコックさんと言うよりも、マッドサイエンティストと言うよりも、飴と鞭を使い分ける拷問する人なニコニコ笑顔を僕はジトリと見つめた。


「おいしいよー、たこ焼き、おいしいよー」


 僕の心配をよそにクリスは満面の笑みでパクパクとクラーケンさんの手入り〝たこやき〟をほおばっていく。今のところは顔色も悪くないしお腹も痛くなってるようすはないし――。


「ペッ! しなさい、ペッ!」


「おいしいよー、謎の丸い新作料理、おいしいよー」


「ペッ! しなさい、ペーーーッ!」


 ギュンターさんも、〝たこやき〟を散々にほおばるおいしいもの食べたいよゾンビな筋肉モリモリ隊のオジサン、オニイサンも元気そう。

 なんていうか――。


『このまま無事に全員、港に生きてたどり着けるといいなぁー……』


 僕は遠い目をしてつぶやいたのだった。

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