第二十九話 心は狂戦士なコックは料理をふるまう
「みなさん、おいしい朝ごはんができあがりましたよ!」
甲板に再び姿を現わしたパディさんは満面の笑顔で大皿を差し出して見せた。ものすごくいい笑顔だ。ものすごーーーくいい笑顔だ。怖いくらいにいい笑顔だ。
「おいしい朝ごはんって……何を作ってきたんだ」
おいしいもの食べたいよゾンビに変身して絵を描きまくるクリスや徘徊する筋肉モリモリ隊たち。グフ、グフフフ……と不気味な笑い声を残してキッチンへと消えるパディさんを見て一度は甲板に寝転がって現実逃避したギュンターさん。
でも、寝る前に僕がかけたヒールが効いたのか。ちょっと寝て体力も精神力も回復したのか。パディさんの怖いほど明るい声にのっそりと体を起こしてボリボリとえり首をかいた。
「これです!」
怖いくらいのいい笑顔でパディさんが差し出すお皿の中身に僕とギュンターさんは視線を落とす。
ゾンビクリスが描いた〝たこやき〟の絵は――踊る鉛筆の削りカスみたいな何か、ふりかけられた濃い緑色の粉々、立ち昇る湯気。船型のお皿らしきものにポンポポンと八つ乗った薄茶色の丸い何かの上にとろりとした濃い茶色のソースがかかってる。
パディさんが作った料理はと言えば踊る鉛筆の削りカスみたいな何かとふりかけられた濃い緑色の粉々はないし、船型のお皿でもなければ八つどころか何十個もの薄茶色の丸い何かが乗っかってる。
でも、立ち昇る湯気もこんがりキツネ色に焼けた丸い何かも、その上にとろりとかかったソース・オタフークーも見てるだけでじゅるりとよだれが出てくるほどおいしそう。絵にはないおいしそうなニオイまで加わってなおのことおいしそう。
「改良の余地はあるけどおいしいですよ、たぶん、きっと!」
『たぶん? きっと?』
「たぶん? きっと?」
じゅるりとよだれが垂れそうになってた僕とギュンターさんはそろってゴクリとつばを飲み込んだ。一見するとじゅるりとよだれが出るほどおいしそうな料理だけど何せこの料理にはアレが入ってるのだ。
そう――。
「ぱっと見、わからんが……アレが入ってるんだよな」
「はい、ぶつ切りにして焼いたクラーケンの手が入ってます!」
ザ・海の
「毒見……じゃなかった、味見はしたのか?」
『一応、言い直したけどハッキリ言っちゃったよ、ギュンターさん。毒見って言っちゃったよ、ギュンターさん!』
「毒見も味見もしてませんよ。だって、食べられるって話も食べたことがあるって話も聞いたことないんですよね? しかも、この見た目。怖くてとてもじゃないけど口に入れられませんよ!」
『どストレートに毒見も味見もしてませんって言っちゃったよ、パディさん! 怖くて口に入れられないとか言っちゃったよ、パディさん! グフフフって笑ってる場合じゃないよ、パディさーーーん!』
なんてパカパカとひづめを鳴らしてツッコミを入れてみたけど――。
『うん……でも、まぁ……確かに……』
「口に入れる勇気は……出ねえよなぁ……」
僕とギュンターさんはそろってグフフフと笑うパディさんからクラーケンさんの極太の手へと視線を移してげんなりとした顔になった。
クラーケンさんの手はなんだかヌメヌメしてるし弾力もありそう。色もまだらに赤紫色をしてるし、たくさん吸盤がついてたり、手もウネウネとたくさんあったりでなんだか不気味。クリスが生まれ育ったエンディバーン国やギュンターさん、パディさんの祖国・ルモント国でよく食べられる海の食材――魚や貝とは全然違う見た目をしてる。
しかも、船を襲う怪物。
「通常の精神状態でこんな不気味なナリをした未知の食材を口に入れようなんてしないでしょう」
「しねえな」
『絶対にしない』
コクコクとうなずく僕とギュンターさんを見て、そうだろう、そうだろうと言わんばかりに深々とうなずくパディさん。
かと思うと――。
「しかし、ここにいるのはおいしいものに飢えたゾンビたち!」
ひょろりとした腕をぷるぷる振るわせながら重たい大皿を片手で持って、胸を張って両腕を広げてみせた。
……って、ここにいるゾンビたち? ゾンビたちって――。
「さあ、おいしいものを求めて徘徊する皆さん! できたて、熱々、新鮮な魚介を使ってソース・オタフークーもたっぷりかけた新作料理ですよー!」
「できたて!?」
「熱々!?」
「新鮮!?」
「ソース・オタフークー!?」
「山ほど積まれてるのに売り物だからって口に入れることができなかったソース・オタフークー!?」
『あーーー! おいしいもの食べたいゾンビになっちゃってるクリスや筋肉モリモリ隊のオジサン、オニイサンたちにクラーケンの手入り〝たこやき〟を食べさせて毒見させる気だ! 人体実験する気だー!』
「こいつらに食わせる気か、パディ! やめろ……!」
パディさんの思惑に気が付いてあわてて止めようとする僕とギュンターさんだけど――時すでに遅し。
「できたて!」
「熱々!」
「新鮮!」
「ソース・オタフークー!」
「さあさあ! できたて、熱々、新鮮な魚介を使ってめったに食べれないソース・オタフークーもたっぷりかかった新作料理を召し上がれーーー!」
なんて歌うように言いながら、パディさんは料理が乗った大皿を手にゾンビたちのあいだをスイスス~イとダンスでも踊るように駆け回る。その大皿からは次々とクラーケンさんの手入り〝たこやき〟が消えていく。おいしいもの食べたいよゾンビたちが次々とわしづかみにした〝たこやき〟を口の中に放り込んでいく。
「お前ら、やめろ! クラーケンの手入りだぞ! 安全保障一切なしの未知の食材カッコ
「できたて!」
「熱々!」
「新鮮!」
「ソース・オタフークー!」
パディさんが作ったクラーケンさんの手入り〝たこやき〟を焦点の合わない目でもしゃもしゃとほおばる筋肉モリモリ隊のオジサン、オニイサンにペガサスな僕とギュンターさんは青ざめる。ペッしなさいなんて言ってもおいしいもの食べたいよゾンビたちはもう止まらない。
ごめんね、ギュンターさん! 筋肉モリモリ隊のオジサン、オニイサンはギュンターさんに任せる……っていうか、あきらめるよ! こうなったら、せめてクリスだけは守らないと! クリスだけには食べさせないようにしないと! それがクリスの子守り役で、相棒で、親友の僕がするべきことだから!
『クラーケンさんの手は食べて大丈夫なのものなのか。ダメでもヒールが効くのか、間に合うのか。全っっっ然、わからないんだ。だから、クリス。食べちゃダメだからね! パディさんが作った料理を絶対に食べちゃダメだから……ね……』
なんて言いながら振り返った僕は――。
『あば……あばばばば……』
「かたくてまずいビスケット、見たくないよぉ~……おいしいものが食べたいよぉ~……クラーケンたんの手、おいしそうだよぉ~……クラーケンたん、おいしそうだよぉ~……」
「この料理の正解の味を知っているのはクリスさんだけなんです。食べさせないわけがないでしょう、ペガサスさん。感想を聞かないわけにはいかないでしょう、ペガサスさん……!」
いつの間にやらクリスの背後にまわりこんでいたパディさんを見て絶叫した。
『めっちゃ悪い顔したパディさんにすでに捕まってるじゃーーーん!』
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