第二十八話 心は狂戦士なコックは料理を作る

「見える! 見えるぞ! 父さんと兄さんのかたきを……ヤツを駆逐する未来が見える!!!」


「おぉい、パディ! ビスケットをほっぽり投げるな! いくらかたくてまずいビスケットと言っても貴重な食料だぞ!」


『ねえ、大丈夫? パディさん、大丈夫? 見えちゃいけないものが見えてない?』


 フシューフシューと狂戦士的謎の呼吸音を吐きながら雄たけびをあげるパディさんにギュンターさんと僕は慌てふためいた。

 ちなみに僕たちのまわりにいるのはおいしいもの食べたいよゾンビに変身してシュババババッ! と〝たこやき〟の絵を量産するクリスと、おいしいもの食べたいよゾンビに変身してクリスが描いた絵をもぐもぐとうつろな目で食べてる筋肉モリモリ隊のオジサン、オニイサン。

 カオスだ。カオスな状態だ。

 そんなカオスな状態の中、パディさんは目をキラキラ……って言うよりギラギラさせてゾンビクリスが描いた〝たこやき〟の絵を高らかに掲げる。


「コレを構成するのはおそらく、ざっくり、小麦粉にソース・オタフークー、そして……ヤツ!」


『ヤツ?』


「ヤツ?」


 ていうかクリスの絵を見ただけでそこまでわかっちゃうの!? パディさんも食べたことないんだよね、〝たこやき〟! クリスの絵がすごいの? パディさんのコックとしてのセンスがすごいの?

 なんて動揺しまくる僕をよそにパディさんはガシッ! と拳を握りしめてさらに熱弁する。見えちゃったらしい未来について熱弁する。


「この料理が流行ればヤツが食材として認識される! 人気の食材として認識されれば海に捨てるだけだったヤツに価値がつく! 価値がつけば商人が商品と認識する! 商人が商品と認識すれば……!」


『すれば?』


「すれば?」


「船が襲われても半分の手を切って追っ払うだけだったヤツをとっ捕まえて港まで運ぼうとする! 襲われるよりも先にとっ捕まえに行こうとする! だって商人はそういう生き物で、そうできるだけの船も人も武器も用意できるだけの財力を持っているから!」


『ぱ、パディさん……』


「それはそうかもしれないが……」


 言い切ってグフ、グフフフ……と笑い出すパディさんに僕の顔もギュンターさんの顔も引きつる。心は狂戦士パディさんも怖かったけど今のパディさんも怖い。何をしでかすのかわからなくてすっごく怖い。

 ビクビクしてる僕とギュンターさんをよそにパディさんはシャキーン! と背筋を伸ばすとキョロキョロとあたりを見回し始めた。


「今日は波も穏やかですし……火を使ってもいいですか、ギュンターさん」


「お、おう」


「食材は……昨日の夜の襲撃で売り物にならなくなった小麦粉とソース・オタフークーを使ってもいいですか、ギュンターさん」


「お、おう……?」


「あとは道具。クリスさんの絵みたいに丸く焼くには……グフ、グフフフ……やっぱりだ。フライパンがちょうどいい形になってる」


「お、おう……って、フライパン?」


 パディさんが甲板のすみっこから見つけ出してきたのはフライパン。クラーケンさんの吸盤から出るウォーターボール攻撃を防ぐために昨日の夜、パディさんが持っていたフライパンだ。

 フライパンの底はボコボコに凹んでいて……たしかに、クリスが描いた丸い〝たこやき〟を焼くのにちょうど良さそうな形になってる。


「自分でボコボコにしたフライパンでおいしく調理されるなんて……ヤツも考えもしなかっただろうな……グフ、グフフフ……」


『ていうか、パディさん。その笑い方、やめよう。めっちゃ怖いから。……めっちゃ悪そうだから! ……て、おいしく調理?』


「……おいしく調理?」


 僕とギュンターさんはそろって首をかしげた。

 何を? ヤツを? おいしく調理? ヤツって何? これかなって薄々、思ってるのはあるけど……本当にその〝ヤツ〟? その〝ヤツ〟で〝たこやき〟を作ろうとしてるの? それってつまり、その〝ヤツ〟を食べる気?

 ねえ、パディさん? ……パディさん!?


「それじゃあ、このクラーケンの手。ちょっと切ってもらっていきますねー!」


『やっぱりクラーケンさんの手を食べる気だーーー!』


「ちょっと待て! クラーケンって食えるのか? 食えるって聞いたことねえぞ!?」


『ギュンターさんも食べたことないし聞いたことないの? ザ・海のオトコなギュンターさんも!?』


「ゾンビの皆さん、すぐにおいしい朝ごはんを用意してきますからねー! グフ、グフフフーーー!」


『スパーン! とクラーケンさんの手を切って、不気味な笑い声を残して、船内に戻っていかないで! キッチンに戻っていかないで、パディさーーーん!』


「ちょっと待て、パディ! クラーケン、食えるって聞いたことねえぞーーー!?」


 なんてパカパカとひづめを鳴らしてみたけどペガサスな僕の言葉はもちろん届かず。ギュンターさんの絶叫も聞かず。パディさんはあっという間に船内に姿を消してしまった。

 ギュンターさんはと言えばパディさんが姿を消した船内におりるための階段に腕を伸ばした体勢のまま。シュババババッ! と絵を描き続けるおいしいもの食べたいよゾンビのクリスに顔を向け、甲板を徘徊するおいしいもの食べたいよゾンビの筋肉モリモリ隊に顔を向け――。


「……寄る年波には勝てねえな。ペガ公、俺はちょっと寝てくる。あとは頼んだ」


『あとを頼まないでー! でも、ちょっと休んで、ヒーーール!!!』


 遠い目をしたかと思うと甲板のすみっこにごろんと寝転がってしまった。現実逃避だ。完全に現実逃避だ。

 でも、昨日の夜から一睡もしないで働きづめなのも本当のこと。ちょっと休んでね。そして、いざというときには起きてきてね。あとを僕に頼まないでね。ペガサスな僕に全部を頼まないでね! ……の気持ちをこめてギュンターさんにヒールをかけた。


「……なんだ。ちょっと胃のキリキリがやわらいだような?」


『あ、やっぱりキリキリしてたのね』


 僕がヒールをかけたことには気がつかず、甲板の上で丸くなったギュンターさんは首をかしげたのだった。


 さてさて――。

 ギュンターさんにはいざというときまで寝ててもらうとしてパディさんの様子はどうだろう。心配だから追いかけて様子を見に行きたいとこだけど――。


「えっぐえっぐ……塩漬けされた肉、こわいよー。塩漬けされた魚、いやだよー。かたくてまずいビスケット、見たくないよー。クラーケンたんの手、おいしそうだよぉ~……クラーケンたん、おいしそうだよぉ~……えっぐえっぐ……」


 なんて泣きながらシュババババッ! と〝たこやき〟の絵を量産し続けるクリスを放っておくわけにもいかない。

 そんなわけで僕は人間よりもずっといいペガサスの耳や鼻を駆使して船内にいるパディさんの様子を探ることにした。


 船内をドタバタ走りまわる音がするけど、たぶん、これは〝たこやき〟の材料を集めまわってるんだろう。

 次に火を起こすニオイがして、包丁を研ぐ音がして――。


「グフ、グフフフ……おいしく調理してやる……おいしく駆逐してやる……グフ、グフフフ……」


 ていう不気味な笑い声が聞こえてきて。ジュージューと何かを焼く音がしたあとに魚や貝を焼いたときに似たニオイがただよってきて――。


「タコかイカっぽい……おいしそうなにおい?」


 僕の足元に座り込んでシュババババッ! と絵を描き続けてたおいしいもの食べたいよゾンビのクリスがふと顔をあげた。でも、人間の鼻では船内にあるキッチンのニオイをはっきりと嗅ぎ取ることはできなかったらしい。くんくん、と二度三度と鼻を鳴らしたあとは再びシュババババッ! と〝たこやき〟の絵を量産し始めた。


 さて、パディさん。

 ボールの中に入れた何かをおたまでかき混ぜる、カチャカチャカチャ……というリズミカルな音が聞こえてきた。


「ここでヤツ自ら凹ませたフライパンを熱し……油を引き……焼いたヤツを入れ……生地を流し入れて……グフ、グフフフ……丸く焼くのは難しいな……難しいなぁ……グフフフ……!」


 ジュージュージューと何かを焼く音と共においしそうなニオイとパディさんの不気味な笑い声がただよう。心は狂戦士だった昨日のパディさんとはまた違った危険な雰囲気。大丈夫かなぁ。不安だなぁ。怖いなぁ。

 なんて晴れた寒空を遠い目して見上げてた僕は鼻をヒクヒク。次にただよってきたのはちょっと甘くて、ちょっとスパイスのにおいがするとってもおいしそうなニオイ。

 たしか、このニオイは――。


『ソース・オタフークー!』


 港を出る前に宿のおかみさんが見せてくれたビンを思い出して僕は声をあげた。ビンに貼り付けられた紙には商品名と白くてしもぶくれてて小さな唇の……多分、女の人の絵が描いてあって、中には黒に近い茶色のとろりとした液体が入ってた。

 ゾンビクリスが描く〝たこやき〟の絵は船型のお皿らしきものにポンポポンと八つ乗った薄茶色の丸い何かの上にとろりとした濃い茶色のソースがかかってる。このとろりとした濃い茶色のソースとソース・オタフークーはそっくりな見た目だ。

 なるほど、なるほどとうなずいていると船内をドタバタと走る音がして――。


「みなさん、おいしい朝ごはんができあがりましたよ!」


 パディさんは薄茶色の丸い何かを山のように盛ったお皿を手に再び甲板に姿を現わしたのだった。

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