第二十五話 変態と狂戦士を背中に乗せて

 ギュンターさんによって極太ロープでグルグル巻きにされた変態型クリスと心は狂戦士パディさんを背中に乗せて僕は夜の海の空へと舞い上がった。

 ウネウネと暴れまわる何本ものクラーケンの手が行く手を阻む。ペガサスな僕の胴体と同じくらいの太さの手なのだ。僕たちを狙っているわけじゃないみたいだけどちょっと当たっただけでひとたまりもない。

 完璧な羽さばきと風魔法さばきで右に左にと華麗に避け――。


『ふぅ~、無事に到着!』


 僕は右の前足で帆の先端にタッチするとフフン! と胸を張った。

 ギュンターさんが前に言っていた通りだ。クラーケンの手はものすごく長いけどこの船の帆の先端に届くほどには長くないらしい。ウネウネとうごめく何本もの手が眼下に見えている。

 ウネウネとうごめく手のうち四本はガッツリ、船体に巻き付いている。筋肉モリモリでザ・海のオトコ風のオジサン、オニイサンたちは半数は斧を手にしてクラーケンの手を切りにかかり、半数は鉄板を手にしてクラーケンのウォーターボール攻撃から仲間たちを守っている。


「僕とクラーケンたんのなでなで、もみもみ、ぺろぺろタイムを邪魔するなんてギュンターさんは鬼か悪魔か人でなしかと思ってたけど……」


『言いがかりもいいところだよ、クリス!』


「クラーケンたんは魅惑のビッグボディの持ち主! だから、離れたところからクラーケンたんの全身を堪能したうえでなでなで、もみもみ、ぺろぺろしなさいっていうことだったんだね! ツン強めのツンツンをされてきなさいってことだったんだね!」


『意図が伝わってなさ過ぎてギュンターさんも僕も泣いちゃうよ、クリス!!!』


 背中に乗っけてるから見えないけど目をキラキラさせて、ついでにハァハァと変態吐息を吐いてるだろう変態型クリスに僕はげんなりする。


「そ、それにしても本当にクラーケンたん、大きいなぁ……魅惑のビッグボディ、ハァハァ……魅惑のビッグボディ、ハァハァ……!」


『その魅惑のビッグボディに絡みつかれたせいでギュンターさんの船がバッキバキのボッキボキになる危機に瀕してるんだけどね!』


「夜の海と船に隠れて全身が見えないよぉ~! く、クラーケンたんの魅惑のビッグボディ……全部見たいなぁ、ハァハァ……く、クラーケンたんのすべてを見たいなぁ、ハァハァ……!」


『その魅惑のビッグボディに絡みつかれたせいでギュンターさんの船がバッキバキのボッキボキになる寸前な上に、もし本当にギュンターさんの船がバッキバキのボッキボキになっちゃったらいずれは飛ぶのに疲れて、海に落ちて、溺れ死んで魚のエサになるんだけどね!!!』


 ここは海のど真ん中。真っ昼間にぐるりとあたりを見まわしたとしてももう陸地は見えない。休めるところもなければ水も食料もないこんな場所でギュンターさんの船が沈没しちゃったらクラーケンさんにぺちゃんとされなくてもそのうちに海に落ちて溺れ死んで魚のエサ確定だ。

 そんな感じで危機的状況だということを変態型クリスは少しも気にしていない。


「手もあんなにたくさん……い、今、船のまわりに何匹のクラーケンたんがいるのかな……ハァハァ……! く、クラーケンたんのウネウネの手、何本あるのかな……ハァハァ……! 」


 全力でハァハァと変態吐息を吐きまくっている。

 と――。


「……クラーケンの手は全部で九本です。ヤツらは基本的に単独で行動するので今、船を襲っているのも一匹だけだと思いますよ」


『パディさん!』


 クラーケンが吸盤から放ったウォーターボールをフライパン越しに食らって、ひっくり返って、頭を打って、気を失っていたパディさん。どうやら意識を取り戻してしまったらしい。

 ……狂戦士化が解けてるといいんだけど。


「夢じゃなかった……ヤツに襲われたのは夢じゃなかった……フシューフシュー! 父さんと兄さんの敵ー!! フシューフシュー!!!」


 あ、ダメだ。全然解けてない。狂戦士的謎の呼吸音をもらしてる。


『ダメ元で言ってみるけど……クリス、パディさんをなだめておいてくれない? ギュンターさんたちがクラーケンさんを追い払って僕たち二人と一頭が船に降りられるようになるまでなだめておいてくれない? ダメ元で言ってみるけど』


「タコは八本、イカは十本、クラーケンたんは九本! 前世から続く〝クラーケンたんはタコかイカか〟論争に決着がつかないなぁーこれは直接、クラーケンたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろして確かめないとなぁ! 確かめないとなぁ、ハァハァ……!」


『ダメ元で言ってみただけだし! 最初から期待なんてしてないし!! 変態型クリスに期待なんてしてないし!!!』


 地団駄を踏んで叫びたいのを我慢して背中に乗せてる変態型クリスと心は狂戦士パディさんの気配に全神経を注ぐ。極太ロープで僕の背中にくくりつけてもらってあるから誰かだけが落ちるということはない。落ちるとしたら全員いっしょ。全員道連れ。

 船の上に落ちたらクラーケンの巨大な手にぺちゃんとされちゃうし、海に落ちたら溺れ死んでしまう。しかも、二人と一頭全員仲良くだ!

 ……ギュンターさんたち筋肉モリモリ隊がクラーケンさんを撃退してくれるまで絶対にこの帆から動かないようにしよう、そうしよう!

 ところで――。


『いつまでこうしてたらいいんだろう?』


 船に巻き付いたクラーケンさんの手をせっせせっせと斧で切り落とそうとしているギュンターさんたちを僕は不安な気持ちで見下ろした。

 クラーケンさんの手は全部で九本もあるのに船に巻き付いているのは――ギュンターさんたちが斧で切れる位置にあるのは半分だけ。残りの半分の手は時々、海面から現れて船の上でウネウネと動く。まるで羽虫を追い払うペガサスのしっぽみたい。極太な手だけあって時々のウネウネだけでも十分な凶器だし脅威だ。

 そんな調子なのに斧で巨大なクラーケンを撃退することなんてできるのかなぁ。


「クラーケンの手は切っても一か月か二か月ほどで再生します。だから、やつらは一本二本切られたくらいじゃ逃げていかないんです」


 ペガサスの僕の言ってることがわかったわけじゃないとは思うけどパディさんが話し始めた。


『切っても再生するって……本当にどうやって撃退するつもりなの、ギュンターさんたち』


「切っても再生するなんて……ツンだけじゃなく魅惑のビッグボディも強めなクラーケンたん……! ぜ、ぜひとも……なでなで、もみもみ、ぺろぺろ……ハァハァ……!」


 同じ話を聞いてるのに全然、危機感が違うのはなんでかな? ホッッッント、なんでかな!?


「でも、手を四本以上、切られればクラーケンはあきらめて船を離し、海の底に帰っていきます」


『四本? なんで四本?』


「四本!? なんで四本切っちゃったら海に帰ってっちゃうの、クラーケンたん!」


「バランスが取れなくて泳げなくなるとか、クラーケンの天敵であるリヴァイアサンの巨大な口を封じつつ逃げるには半分以上ないと足りないとか……いろいろな説が言われてますが正確なところはわからないです……し、興味もない! 僕がしたいのはヤツの駆逐……ヤツの駆逐以外に興味はない……!!!」


『あぁ、また心が狂戦士に! 落ち着いて! パディさん、落ち着いて……!』


 伝わらないだろうなと思いつつ、フシューフシューと狂戦士的謎の呼吸音をもらし始めるパディさんをなだめていると今度はハァハァと変態型を悪化させたクリスが変態吐息を吐き始めた。


「り、リヴァイアサンたん!? このあたりにはクラーケンたんだけじゃなくリヴァイアサンたんも……り、リヴァイアサンたんも住んでるの……ハァハァ……!」


『リヴァイア……さん、たん……?』


「リヴァイアサンたん! リヴァイアサンたん!!! 王立海洋生物研究所に打ち上げられたリヴァイアサンたんが運ばれてきたのを一度だけ見たことがあるよね、ベガ!」


『んん~? あぁ、リヴァイアサンたん!』


 リヴァイアサンってなんだっけ? と首をかしげる僕の背中で変態型クリスはテンションあがりまくり。クリスが〝さんたん、さんたん〟連呼するのを聞いて僕もようやく思い出した。

 五年位前――。

 クリスが生まれ育ったエンディバーン国の海沿いの街にある研究所に巨大な生き物の死骸が運び込まれた。クリスは研究所の人たちに頼まれてその死骸をスケッチしに行ったのだけど、それがリヴァイアサンだった。


『変態型クリスだけじゃなくて研究所の研究者さんたちもリヴァイアサンたん、リヴァイアサンたんって連呼するからすっかり〝さんたん〟で覚えちゃってたよ』


 なんて言いながら僕は遠い目をした。変態型クリスと同じくらいのテンションで変態化する研究者さんたちの姿を思い出したからだ。

 カオスだった。ハァハァと変態吐息をつきながら踊り狂う勢いでリヴァイアサンたんのまわりをぐるぐるぐるぐるまわる研究者さんたち。そして変態型クリス。クリスと同レベルの変態型が存在することにもびっくりしたけど……あれはカオスだった。

 そのときのクリスいわく、〝てんせい〟前の世界でリヴァイアサンは巨大なクジラや魚、蛇や竜に似た姿で描かれる空想動物……だったらしい。んで、この世界のリヴァイアサンは巨大なワニ! っていう感じだそうだ。


「もっと言うと図鑑で見たモササウルスたんが見ため的にもサイズ的にも一番近いかも……ハァハァ……!」


 とも言っていたけどペガサスの僕にはクジラや魚、蛇や竜はわかってもモササウルスはわからない。変態型クリスと変態型研究者さんたちのダンスの中心で死んでいるリヴァイアサンがモササウルスと似ているのかどうかもわからない。

 なんにせよ、今、僕がするべきことはモササウルスってなんだろうと考えることじゃなくて――。


「ね、ねえ、ベガ! クラーケンたんの魅惑のビッグボディはもう十分に堪能したからそろそろ船に戻って……な、なでなで、もみもみ、ぺろぺろ……なでなで、もみもみ、ぺろぺろしたいんだけど、ハァハァ……!」


「ねえ、ペガサスさん! たっぷり休憩しましたしそろそろ船に戻って……や、ヤツを……ヤツを駆逐しないと……フシューフシュー!」


『絶対に船には戻りません! 戻りませーーーん!!!』


 変態型クリスと心は狂戦士パディさんをうっかり背中から落とさないように細心の注意を払うこと。ギュンターさんにお願いされたんだもの。二人の子守りをきっちり、しっかり、まっとうしないと!


「ねえねえ、ベガー! 船に戻ろー! クラーケンたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろ……ハァハァ……!」


「ねえねえ、ペガサスさん! 船に戻りましょう! クラーケンを駆逐……駆逐してやる……フシューフシュー!」


 まっとうしないとなんだけど……早々に限界を感じてるから早くクラーケンさんを追い払ってね、ギュンターさん!!!

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