第十八話 動物画家、おぼれる

「カ、カモメたん、どこ行くの? 僕にちょっとなでなで、もみもみ、ぺろぺろ……さ、されてみない? ハァハァ、ハァハァ……!」


『キュッキュッ、キュー!』


『もーーー! 会う鳥、会う鳥、みーーーんなナンパするのやめてよ、クリス! あとちゃんとつかまってて! 落ちるよ!』


「あぁ、行かないで! せめて1なで、1もみ、1ぺろ!」


『キューーー!』


『クーリースーーー!!!』


 ペガサスな僕が結構な高さを飛んでいることも、そんな空飛ぶペガサスの背中にまたがっていることもすっかり忘れてクリスは逃げていくカモメを追いかけようとする。

 二、三日で行けると思ってた王宮から港まで道のりが五日もかかっちゃったのはそのせい。背中から転げ落ちたクリスを空中キャッチしてどうにかまた背中に乗せたり、ヒールをかけてギリギリ〝いせかいてんせい〟人生が終了にならないようにと四苦八苦右往左往していたせい。


 ねえ、ほめて!

 この五日間、迷惑千万な変態型クリスの子守りをものっすごーくがんばった僕を誰かほめて!


 とか思っているあいだに――。


『やっと目的の港が見えてきたよー』


「ハァハァ、船の帆に鳥が……ウミネコ、カモメ……あ、あれはハーピーたん! ハァハァ……!」


『街を見て! 下を見て! 飛んでる鳥ばっかり見てないで……ってハーピー、想像してたよりデカッ!』


 女の人の頭と鳥の体をしたハーピーが二羽、三羽と鼻歌を歌いながら僕とクリスの前を横切って飛んでいく。人の部分は茶色い髪と目で色白、鳥の部分はタカとかトンビに似た色合いの羽におおわれてる。

 ちなみにハーピーの顔だけどとっても普通な顔をしてる。ペガサスな僕に人間の美人、美人じゃないの基準はよくわからないけど、多分、おそらく普通な顔。クリスママ、クリスパパが美人っていうなら間違いなく普通な顔だ。

 だというのに――。


「ハァハァ……そ、そこのかわいいハーピーたん! ちょっと僕になでなで、もみもみ、ぺろぺろされてみない? 人肌から羽毛に変わるその首の付け根のあたりをなでなで、もみもみ、ぺろぺろされてみない!? ハァハァ……!」


 変態型クリスは全力でハーピーをナンパする。

 鼻歌を歌ってご機嫌に、潮風に乗って自由気ままに港町の空を飛んでいたハーピーたちはピタリと歌うのをやめると逃げるようにすーーーっと大海原へと繰り出していった。


「あぁー待ってー! ベガ、追いかけて! あの照れ屋なだけのハーピーたんを追いかけて!」


『照れ屋なわけじゃなくて本気で嫌がってるんだと思うよ、クリス』


「ハーピーたん、待ってーーー!」


『って、叫びながら僕の背中からしれっと飛び降りないで、クリスーーー!』


 って、叫びながら僕はあわてて落下していくクリスを追いかけたけど長旅の疲れが出たみたい。あとちょっとのところでクリスの襟首をくわえ損ねてしまった。

 で――。


 バッシャーーーン!


『あーあ……』


 ひんやり冷たい海に変態型クリスが落ちてしまった。

 でもまぁ、三メートルくらいの高さだし死にはしないでしょ。


『ちょっと頭を冷やしてきたらいいいよ』


 なーんてのんびり構えていたものの――。


『クリス……?』


 いつまで経っても海面に顔を出さないクリスに僕は青くなる。

 あれ? そういえばクリスって泳げたっけ? 泳げるんだっけ!? 生まれてこの方、ずっとクリスの子守りをしている僕だけど――。


『泳げる泳げない以前にそもそも泳いだことがなーーーい!』


 そんでもってクリスは運動神経皆無なのだ。なでなで、もみもみ、ぺろぺろするべく変態型に変形したときは異常なまでの俊敏さを見せるクリスだけど、基本的には運動神経皆無なのだ。


「おい、子供が海に落ちたぞ!」


「あれ、溺れてないか!?」


 桟橋や船の上でせっせせっせと動き回っていた人たちがクリスが落ちるのを見ていたらしい。海をのぞきこんでざわざわしてる。

 僕は桟橋に着地すると近くにいたおじさんの背中を鼻面でグイグイと押した。


『クリスを助けて! 迷惑千万な変態だけど悪人ではないんだ! 本物のど変態だけど本物の腕を持った動物画家で、しょっちゅう迷惑被ってるけど大切な僕の友達なんだよ! だからお願い、おじさん! クリスを助けて!』


 ペガサスの僕は泳ぐことができない。大きな羽を持つ僕は飛ぶときはもちろん、歩くときもただ立っているときだってバランスを取るために風魔法を使ってる。

 でも、水の中では風魔法がうまく機能してくれない。濡れた大きな羽は重りみたいになって溺れてしまうのだ。

 ヒールだってケガを治せるすごい魔法だけどおぼれてる人を助けられる魔法じゃない。


『だからお願いだよ、おじさん! クリスを助けて!』


 筋肉モリモリで海に落としたら石みたいに沈んでいっちゃいそうだけど、多分、きっと僕やクリスよりは泳げるはずのザ・海のオトコ風おじさんの背中を僕は半泣きでグイグイと押す。


「わかった、わかったから! お前さんのご主人さまを助けてきてやるからちょっと落ち着け。大人しくそこで待ってろ!」


 言わんとすることは伝わったらしい。おじさんはごつい手で僕の鼻面を押し返すとキレイなフォームで桟橋から海へと飛び込んだ。

 桟橋にはわらわらわさわさと野次馬が集まってきた。でも、クリスもおじさんも一向に海面にあがってこない。


『まさか……ザ・海のオトコ風だっただけで実は泳げないし石みたいに沈むタイプのおじさんだったとか!?』


「時間がかかってるな」


「ギュンターだし二人そろって溺れ死ぬってことはないだろうが……」


 野次馬なおじさん、おにいさんたちの話からすると石みたいに沈むタイプのおじさんではなく泳げるおじさんだったらしい。

 だとすると、もしかして、なかなか海面にあがってこない原因って――。


『……クリスのど変態がまた何かやらかしてる、とか?』

 

 イヤな予感におろおろしているとボコボコと海面に空気の泡が浮かんできた。

 そして――。


「ブハァッ!」


「ゲホッ、ゲホゲッ……ゴホォッ!」


 泳げるザ・海のオトコ風おじさんことギュンターさんと泳げない変態動物画家ことクリスが水しぶきをあげて海面から顔を出した。

 桟橋に集まっていた野次馬なおじさん、おにいさんたちが次々に腕を伸ばしてクリスを引き上げてくれる。


『クリス……!』


「ゲホッ、ゴホッ、ゲホゲホッ……!」


 盛大にせきこんではいるけど無事だったクリスに僕はほっとしてグイグイと鼻面を押し付けた。

 もー! 本当に心配したんだから!


「安心しろ、ペガこう。お前のご主人さまは無事だぞ」


「このペガサス、ちょっと泣いてないか?」


「ペガサスが泣くかよ。目ヤニだろ、目ヤニ」


『別に泣いてないし! でも目ヤニでもないし!』


 ケラケラと笑う野次馬なおじさん、おにいさんたちにムッとしているとザバッと大きな水しぶきの音がして泳げるザ・海のオトコ風おじさんことギュンターさんが自力で桟橋にあがってきた。


『ありがとう! クリスを助けてくれてありがとう、泳げるおじさん! 筋肉モリモリで海に落としたら石みたいに沈んでいっちゃいそうとか疑ってごめんね! 本当にありがとう!』


「人懐っこいペガサスの中でも飛び抜けて人懐っこいヤツだな。よーしよし! 礼でも言ってんのか、ペガ公?」


『言ってる言ってる! お礼、言いまくってる!』


「どうしたよ、ギュンター。ずいぶんと引き上げるのに時間がかかったな。ロープか海藻にでもからまってたのか、コイツ」


 ギュンターさんの背中にグイグイと鼻面を押し付けていた僕は野次馬なおじさんの声に顔をあげた。ギュンターさんは〝いや〟とつぶやいて首を横に振った。そして、次に出た言葉に僕はブチギレながらパカパカと地団駄を踏んだのだった。


「海の底を這ってるアメフラシを捕まえようと泳げもしなけりゃ潜れもしないくせにもがくし暴れるしでなかなか捕まえられなかったんだよ、コイツ」


「ゲホッ、ゲ、ゲホッ……ア、アメ……アメフラ……アメフラシたーーーん……!」


『クリスのバカー! ど変態ーーー! うちのバカでど変態なクリスが大っっっ変ご迷惑をおかけしましたーーー!!!』

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