第十七話 動物画家は王宮を発つ

「恐れながら陛下……!」


 獣騎士団団長にしてフェンリル隊隊長である団長さんは青ざめた顔で言った。きっと王様に意見するなんてものすごーく緊張するし、胃がキリキリしちゃうことなんだと思う。実際、王様を見上げる団長さんの顔は強張ってる。

 それでも大切な相棒たちを守るために胃のキリキリを押さえながらでも王様に意見しなくちゃいけない。

 だって――。


「この者はたしかに高名な動物画家であり絵の才能については私も認めてはおりますが、なにせど変態なのです! この者の前に我らが相棒を差し出すなど獅子にウサギ、ドラゴンに牛を差し出すようなもの! 危険すぎます!」


 うん、そう。クリスは高名な動物画家だし絵の才能については本物なんだけど、ど変態っぷりも本物……って、生真面目な団長さんに生真面目な顔で王様相手に何言わせてるの!?


『全部、クリスのせいだから! クリスが変態なせいだから!』


「なにするんだよ、ベガ。あ、さっさと話を切り上げて行こうって? 僕もその意見に賛成ー!」


『違う、そうじゃない!』


 前足でちょいちょいおしりを蹴飛ばすとクリスはいいように解釈する。あーもーーー言葉が通じないってもどかしい!!


「ふむ、フーベルト団長の言い分はわかった。私としても信頼するそなたの意見を無下むげにすることはできない。しかし、私は島の情報をできるだけ正確に知る必要がある。そのためにはクリス殿が持つ〝絵の才能〟が必要なのだ」


「しかし……!」


 食い下がる団長さんを手で制して王様は深々と玉座に腰かけた。


「獅子やドラゴンの牙や爪を封じれば、ウサギや牛が襲われる危険はないと思わないかね、フーベルト団長」


「それは、まぁ……完璧に封じることができれば」


「フーベルト団長なら完璧に封じることもできよう」


 王様は何を言おうとしてるんだろう。戸惑いながらも団長さんは〝それは、まぁ、おそらくは……〟とうなずく。


「調査団が戻ってくるのは春頃の予定だ。たしかその時期はフェンリルやニャンリルたちの出産時期だったな」


 続けて王様は言う。団長さんはますます困惑顔になりながらもうなずいた。


 ちなみにクリスはというと見たこともない島の動物たちとフェンリルたんとニャンリルたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろする権利にハァハァしていて王様と団長さんの話なんて全然聞いてない。僕が首根っこをくわえて止めてなかったらハァハァ言いながらふらふらと謁見の間どころか王宮からも出ていっちゃったかもしれない。


「ならば、こうしよう。まず、フーベルト団長がクリス殿をロープでぐるぐる巻きにして拘束する」


「はい。……はい?」


「納得できるまでロープでぐるぐる巻きにして拘束したらいい」


『……はい?』


 王様の提案に団長さんがすっとんきょうな声をあげる。ついでにペガサスな僕もすっとんきょうな声をあげる。

 困惑しまくりな団長さんと僕を無視して王様はふらふら、ハァハァと謁見の間を出ていこうとしているクリスに目を向けた。


「拘束したうえで、だ。生まれて間もない、そのときいるだけの子フェンリル、子ニャンリルたちと同じケージの中で一晩過ごすというのはどうだろうか、クリス殿」


「お受けします!!!」


 王様の提案に、いつものクリスからは考えられないくらいの俊敏さで戻ってくるとビシッ! と背筋を伸ばした。

 かと思うと――。


「もっふもふの子フェンリルたん、ハァハァ……わっさわさの子ニャンリルたん、ハァハァ……!」


 即座に変態型に変形する。こんなのと同じケージにかわいいかわいい子フェンリル、子ニャンリルたちを一晩も入れておいて大丈夫なのかなぁ?

 不安な気持ちで変態型クリスを見下ろす僕と団長さんに王様がにっこり。


「クリス殿をきちんと拘束しておけば良い。フーベルト団長が納得できるまでぐるぐる巻きにして、な」


 変態型に変形しちゃってろくすっぽ話を聞いていなさそうなクリスを眺めながら真っ白なおひげをなでなで。王様はそう言った。


『……悪い王様ではないんだろうけど』


 ずるい大人ではあるみたい。


 なーんて思いながら僕はさっさと用事をすませて子フェンリル、子ニャンリルにもっふももふわっさわさされるぞーとさっさか謁見の間を出ていこうとするクリスの首根っこをくわえてため息混じりに止めたのだった。


 ***


 心配そうな団長さんと満足げにほほえんでる王様、あぜんとしてる大臣さん的なおじさんとか宰相さん的なおじいちゃんとか警備担当的なお兄さんとかに見送られて僕の背にまたがったクリスが発ったのは王宮のバルコニーからだった。

 向かうのは調査団の人たちが待っているルモント国の北方にある港だ。


 王様は馬車で送ってくれると言ってくれたけどそれだとのんびり二週間もかかっちゃう。その点、ペガサスの僕が空を飛んでいけばすいすい~っと二日か三日の距離。

 そんなわけで最低限の荷物とクリスを背負って僕はバルコニーを蹴り、ご自慢の真っ白な羽を広げて空に舞い上がり――。


「ハァハァ……真っ白な羽……影すらもカッコイイ……ハァハァ……さ、さすがはベガ……!」


 すぐさま後悔した。


『ちょ、ちょっとちょっと! 飛んでるときに羽の付け根をなでなで、もみもみ、ぺろぺろするのはやめて……ちょっと、クリス!』


「ハァハァ……ベガの羽、もっふもふ……ハァハァ……!」


『クリス、ホントやめて! 落ちるから! くすぐったいから! 気持ち悪いから! ペガサスなのに飛ぶのに失敗して死んじゃうなんて恥ずかしくていやだからーーー!』


 やっぱりのんびり馬車で送ってもらえばよかったかもってすぐさま後悔した。

 クリスの〝いせかいてんせい〟人生が終わっちゃうのも困るっちゃ困るけど……変態の巻き添え食らって死ぬのなんてイヤすぎる!

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