第十六話 ルモント国国王の依頼

「それでは早速、本題に入ろう」


 大人な対応とかそういうのは通じない相手なんだな、と王様なおじいちゃんも察したのだろう。まぶしそうに目を細めて王様はくすりと笑ったあと――。


「クリス殿の絵は一度ならず私も拝見している。対象をただ正確に描き写すだけでなく本質をとらえているからこそ、あそこまで人の心をつかむのだろう。しかも相当に筆が速いと聞く。そこで、だ」


 身を乗り出した。


「とある島に調査団を派遣するのだがクリス殿にも記録係として同行していただきたいのだ」


「記録係、ですか?」


「そう、我が国の優秀な航海士たちが新たに発見した、とある島の地形や植物、そして動物をスケッチしてきてもらいたいのだ」


「新たに発見されたとある島の……ど、動物!」


『あー……なんだかいやな予感』


「動……物……! ハァハァ……!」


『あー……』


 クリスの目がキラキラと輝きだすのを見て僕は高い天井を仰ぎ見た。

 王様はというと真っ白なあごひげをなでながらスーッと目を細めている。クリスという変態に対してどんなエサが有効なのか、きっと気が付いてしまったのだ。


「まだ海岸沿いしか調べられていないが島の奥からはドラゴンに似た鳴き声が聞こえたという報告も」


「ド、ドラゴン……!」


「見たこともない色鮮やかな鳥が空を飛んでいるのを見たという報告も」


「ハァハァ……い、色鮮やかな鳥……!」


「他にもあんなのやらこんなのやらがいるとかいないとか」


「あ、ああああんなのやらこんなのやら……ハァハァ……!」


『あんなのやらこんなのやらって……何? いるの? いないの?』


 王様の前だというのにすっかり変態型に変形してしまったクリスを見てまわりの人たちはぎょっとする。すっかり変態クリスを見慣れた団長さんは額を押さえてる。団長さんよりももっと変態クリスを見慣れてる僕は途中からものっすごい雑なことを言い出した王様をじとーっと見つめた。


 んで、その王様は――。


「どうだろうか、クリス殿。高名な動物画家であるクリス殿に頼むのも失礼かとは思うが船で向かう調査団に同行し、島のようすをスケッチしてきてはくれまいか」


 そう言って真っ白なあごひげをなでながらスーーーッと目を細めた。答えは聞くまでもないが、とか思ってそうな顔だ。

 案の定――。


「いいいい行きます! ドラゴンたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろしに行きます! 色鮮やかな鳥たんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろしに行きます! あれやこれやこれやあれや……い、行き……ハァハァ……行き行き……っ!」


『落ち付いて、クリス。ちゃんと呼吸して。死んじゃうから』


 王様がしかけたエサに変態型クリスはパクーッと食いついた。見事なまでのクリス一本釣りだ。さすがは一国の王様。人心を掌握する術をよく心得てる。

 変態型クリスを人と呼んでいいかはさておいて。


 クリスの呼吸が落ち着くのを待って王様は再び口を開いた。


「報酬についてだがスケッチ一枚で銀貨……」


「スケッチ一枚でドラゴンたんや色鮮やかな鳥たん、島の動物たんたちを1なで、1もみ、1ぺろでお願いします!」


「いや、銀貨……」


「あーーーっと、わかりました! スケッチ十枚につき……あーーーっと、その表情! わかりました! スケッチ百枚につき1なで、1もみ、1ぺろでお願いしまーっす!」


「……クリス殿、それでよいのか?」


 王様に念押しで聞かれてクリスは一旦、口を閉じた。真剣な表情で考え込み、意を決したように顔をあげると澄んだ目で王様を見つめた。

 そして――。


「島の動物たんたちプラス獣騎士団フェンリル隊のフェンリルたんとニャンリル隊のニャンリルたんも1なで、1もみ、1ぺろ、お願いしまーーーっす!」


 とかなんとか言いながらズシャーーーッ! と床に額をこすりつけた。


「……ふむ」


 王様はちょっとのあいだ明後日の方向を見た。穏やかにほほえんだまま遠くを見つめた。金銀財宝系の報酬の相談をしようとしていたら1なで、1もみ、1ぺろとか言い出すんだもの。そりゃあ、明後日の方向を見たくなっちゃうよね。うん。

 いい感じのお城が一つ建っちゃうくらいの値段の絵を描く高名な動物画家が1なで、1もみ、1ぺろ、お願いしまーーーっす! とか言いながらためらうことなく床に額をこすりつけるんだもの。そりゃあ、明後日どころかしあさっての方向を見たくなっちゃうよね。うん。


 よくわかる。まわりの人たちの視線がひんやりしてたり不安そうだったりする理由もよーくわかる。よーくわかるけどこんなんでも高名な動物画家なんだよ。本物の変態ではあるけど同時に本物の腕を持った動物画家なんだよ。

 みんな、信じられないだろうけど。僕も信じられないけど。


「……報酬の詳細については帰ってきてから改めて相談させてもらいたい。急がなくては海の怪物にはばまれてユーグフ海峡を抜けられなくなってしまう」


「〝海の怪物〟……!」


「調査団に同行しているあいだの生活費や必要な道具はすべて必要経費として請求していただいて構わない。それとフェンリルとニャンリルをなでる権利については最低限保証しよう」


「フェンリルたんとニャンリルたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろする権利! 十分です! 十分な報酬です!」


「なでる権利とは言ったが……」


『もみもみ、ぺろぺろする権利については保証してないよ。勝手に追加しないで、クリスの変態』


「なでなで、もみもみ、ぺろぺろする権利! 十分な報酬です!!」


 これ以上ないほどに真剣な表情で、首がもげるんじゃないかというほどのいきおいでうなずきながら繰り返すクリスを見て王様はニコニコと微笑みながら口をつぐんだ。

 あー、これは完全にあきらめられちゃったやつだ。入れ代わり立ち代わりやってきたクリスの家庭教師さんたちがよくしてたやつ。


 王様の微笑みを見て、僕はクリスをジトリとにらみつけた。

 そして――。


「恐れながら陛下……!」


 獣騎士団団長にしてフェンリル隊隊長である団長さんは青ざめた顔で王様を見上げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る