第十五話 ルモント国国王との謁見
獣騎士団の隊舎から王宮までは通常の道を行けば馬車で三時間ほど。でも、フェンリルなフェナの足とペガサスな僕の羽で森の中を突っ切ればたったの十五分。
その十五分のあいだ――。
「フェナたんのふさふさのしっぽ、ハァハァ……黒い肉球、ハァハァ……しっぽを風になびかせて黒い肉球を見せびらかして森の中を走り抜けていく巨大狼なフェンリルなフェナたん、ハァハァ……!」
団長さんを背に乗せて前を走るフェナを見つめてクリスはずーーーっとこの調子。高さはないけど結構なスピードで飛ぶ僕の背中の上からでもフェナ目がけて飛びかかりかねないハァハァ具合だ。
クリスを僕の背中に太いロープでぐるぐる巻きにして固定したの大正解だと思うよ、団長さん。ちょっと飛びにくいけど大正解!
なーんて団長さんの先見の明に感心しつつ、変態クリスにため息をつきつつしているうちに王宮に到着した。
この国の人たちの性格なのかな。
獣騎士団の隊舎もそうだったけど王宮もそう。荘厳だけど華美さはない。威厳があってピリッと張りつめた空気がただよう建物に僕はゴクリとつばを飲み込んだ。
なんていうか、うん、あれだ。
「ハァハァ、ハァハァ……たたたたたくさんのフェンリルたんがいるよ、ベガ! しっぽをふっさふっさしてる! ふっさふっさの胸毛を見せつけて歩いてる! おすわりしてる! ふせしてる! 牙をむいてうなり声をあげてるーーー!」
『そうだね、変態クリスを警戒してうなり声をあげまくってるね』
王宮のピリッとした空気なんてぜーんぜん読まずに変態的な動きをするせいでクリスの〝いせかいてんせい〟人生があっさりと終わっちゃうんじゃないか、すっごく不安。
「警備担当のフェンリル隊だ。不審者が侵入した際は警告、捕獲、場合によっては襲いかかり殺すよう訓練されている。……獣騎士団の誇りにして牙である我らの相棒たちをど変態の血で汚させるなよ」
「わかりました! とりあえず見える範囲の全二十九フェンリルたんを1なで、1もみ、1ぺろずつしてくるんで……ちょ、ちょっと待っててください……ハァハァ……!」
『わかりましたって何がわかったの、クリス。……ねえ、何がわかったの!?』
「まずは、ハァハァ……フェナたんからー!」
『キャウ!!?』
クリスに飛びかかられそうになったフェナが悲鳴をあげる。
「我らが相棒の牙と相棒自身がど変態の血とよだれで汚れる前に……いっそ私の剣で……!」
団長さんは怒りに震えながらゆらりと剣を抜く。
『んーんーーー!!!』
洋服の首根っこをくわえてクリスを止めている僕は心の中で絶叫した。
あーもう! あーもーーー! クリスの〝いせかいてんせい〟人生があっさりと終わっちゃうんじゃないか、すっごく不安! ものすっごーーーく不安!!!
『んーん! んーん!』
心の中で絶叫しながら団長さんにザックリやられてるクリスに僕はヒールをかけまくった。
***
「動物画家クリス・ブルックテイラー殿。突然のお呼びたて、大変失礼した」
そう言って目を細めてほほえんだのは真っ白な髪とひげの優し気なおじいちゃん。でも、ただのおじいちゃんじゃない。
「獣騎士団フェンリル隊隊長、フーベルト。そなたも忙しいだろうによくぞはせ参じてくれた」
「我ら獣騎士団はルモント国の牙、そして陛下の牙。当然のことにございます」
そう、このおじいちゃん、ルモント国の王様なのだ。この国で一番えらいおじいちゃんなのだ。
玉座に座るおじいちゃんの前に片ひざをついた団長さんは深々と頭をさげている。うやうやしい態度のわりに団長さんの表情は柔らかい。多分、きっとだけど、王様なおじいちゃんは悪い王様ではなくて、団長さんは心から慕って仕えているのだ。
んで――。
「初めまして、ルモント国国王。クリス・ブルックテイラーです。それで僕への話というのはどんな話でしょうか?」
我らが変態クリスはギリッギリ最低限のマナーを守ったかどうかって感じのお辞儀をしてさっさか本題に入ろうとしている。そわそわしている。早くおじいちゃんとの話を終えて王宮のあちこちにいる警備担当のフェンリルたちをなでなで、もみもみ、ぺろぺろしに行こうとか思っているのだろう。
もー! お願いだからちょっとは大人の対応をして! 空気を読んでよ、クリス!
だって、ほら――。
「高名な動物画家だと聞いていたがどう見ても少年じゃないか」
「本当にあの、クリス・ブルックテイラー殿なのか?」
「陛下相手にあの態度。……ただの世間知らずな子供なのではありませんか?」
王様に対する失礼極まりない態度にだだっ広い謁見の間に集まっている大臣さん的なおじさんとか宰相さん的なおじいちゃんとか警備担当的なお兄さんとかが困惑顔でひそひそと話してるじゃん!
世間知らずなのはクリスが変態すぎて成人するまでは国外旅行禁止! 国内も一人旅禁止! と、家族にきつーーーく言われてて箱入り息子状態で育ったから。僕はそれを知ってるから〝あーもーーー!〟って思うだけだけどさー。
ものっすごい気まずいからやっぱり空気を読んでちょっとは大人の対応をしてよ、クリス!
なんて思ってるペガサスな僕を尻目に――。
「話が早くて助かる。実は時間がないんだよ、クリス殿」
王様はにっこりとほほえんでそう言うと謁見の間に集まっている人たちの困惑顔をぐるりと見回した。本当に時間がないのかもしれないけど、多分、ざわざわしてる人たちをなだめるのが目的の一言。クリスをかばうのが目的の一言だ。
『……クリス、お礼は?』
クリスの保護者である僕はちらりと隣を見て言う。ペガサスの僕が言っていることは人間のクリスにはほとんど伝わらない。もどかしく思うことも多いけどそれはしかたがない。
でも――。
「そうなんですね! それじゃあ、なおのこと! サクッと本題に入りましょう!」
『王様なおじいちゃんの意図っていうか優しさすらもまったく伝わってないのはどうなのかなぁ!』
「ベガも退屈な話なんてさっさと終わらせたいよね! そういうわけなんで、さ! 本題に入りましょう、陛下!」
『さ、本題に入りましょう……じゃないよ、クリスーーー!』
パカパカと地団駄を踏んでみたところでやっぱりクリスには伝わらない。あーもーーー言葉が通じないってもどかしい!
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