第十三話 動物画家は呼び出しをくらう
「依頼の絵とは別に……こっちはフーベルト団長に、こっちはヨハン副団長に差し上げます!」
ようやく起き上がれるまでに体力が回復したクリスは床に散らばっていたスケッチを拾い集め、そのうちの二枚を団長さんと副団長さんに差し出した。
「これは……!」
「人物画はあまり得意ではないのでアレですが……フェナとリーネの楽しそうな表情はよく描けてるでしょ?」
絵を受け取った団長さんは照れくさそうに口をへの字にした。副団長さんは照れくさそうに微笑んだ。
二人が受け取ったのはスケッチブックに鉛筆で線画を、水彩絵の具で色をつけた絵。きっと依頼の絵を描き終えても興奮冷めやらなくてスケッチブックに描きまくっていたのだろう。
団長さんに渡したのはフリスビーを投げる団長さんとそれを追いかけるフェナの絵。副団長さんに渡したのは猫じゃらしをあやつる副団長さんとそれを追いかけるリーネの絵。
団長さんも副団長さんも、フェナもリーネも満面の笑顔だ。
「フェンリルのことはこの獣騎士団で誰よりも理解しているという自負があるが……」
副団長さんの手元をのぞきこんだ団長さんがふと目を細めた。
「ニャンリルについてはヨハン副団長の方が詳しそうだ。……こんなに上手く猫じゃらしをあやつることは私にはできん」
『そういえば団長さんがふりふりする猫じゃらしにはほとんど反応しなかったもんね、リーネ』
なんて思っていると――。
「えぇ、ニャンリルのことはこの獣騎士団で誰よりも理解していると自負しております」
副団長さんは微笑んでそう言った。胃はキリキリしていなさそうだ。心なしか背筋も伸びてる。僕がヒールをする必要はもうなさそうだ。
団長さんも副団長さんの表情に満足げにうなずいた。
「しかし、高名な動物画家殿に個人的に絵を描いてもらうなど……獣騎士団団長とはいえ一介の公務員に支払える額なのか?」
団長さんの顔が引きつるのを見て、副団長さんも困り顔になる。
確かに〝動物画家クリス・ブルックテイラーの絵〟はかなりの高値で取り引きされている。各国の王族や貴族、豪商が金額をつりあげていて、一介の公務員の給料で買えるような額じゃない。
でも――。
「さらさら~っと描いた、ただのスケッチですよ。それ。お金なんて取れませんよ」
当の動物画家殿はお金にも自分の描いた絵の価値にも無頓着。ひらひらと手をふって、へらへらと笑っている。
「しかし……」
「だが……」
心配そうな表情の団長さんと副団長さんにひらひらと手をふってへらへらと笑っていたクリスだったけど、不意に手を止めて真顔になった。
かと思うと、再び笑みを浮かべた。ろくなことを考えてなさそうな笑みだ。
案の定――。
「どうしてもお礼をと言うのなら……フェ、フェナたんとリーネたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろ……ハァハァ……!」
クリスはあっという間に変態型に変形した。
「ちょっと……ほんのちょっとでいいんです! なでなで、もみもみ、ぺろぺろ、ハァハァ……!」
「その状態で部屋から出ようとするな! 本当に高名な動物画家だったんだなと見直しかけていたが……やはりただのど変態か!」
「フーベルト団長、落ち着いて! 剣を抜くのはまずいです!」
剣を手に変態型クリスの行く手をはばむ団長さんを副団長さんが後ろから羽交い絞めにする。
せっかく副団長さんの胃のキリキリが治まったのに、クリスが変態なせいで! あーもーーー!
『気持ちはよーくわかるから一回くらいならやっちゃっていいよ、団長さん! 僕のヒールがあるから大丈夫! 致命傷にならない程度に一回、ザックリやっちゃって!』
真っ白な羽をバッサバッサと上下させ、パッカパッカとひづめを鳴らして僕は団長さんをあおりにあおる。まぁ、通じないんだけどね。僕が何、言ってるか。
と、――。
『クゥー?』
『…………』
団長さんと副団長さんが出てくるのを廊下で待っていたのだろう。フェナとリーネが部屋をのぞきこんだ。
「フェナ?」
「リーネ?」
団長さんと副団長さんに名前を呼ばれて――と、いうわけじゃないだろうけど二匹はそろそろと室内に入ってくる。
「フェナたん、ハァハァ……リーネたん、ハァハァ……!」
『はい、ストーーーップ! 飛びつこうとしない! なでなで、もみもみ、ぺろぺろしようとしない!』
目をギラギラさせて飛びつこうとするクリスを洋服のえり首をくわえて止める。うぐぐぐぅー! 変態型クリスの馬鹿力、やっぱりすごい! ペガサスの僕がずるずる引きずられてる!
『フェナ、リーネ! 僕が押さえているうちに早く逃げて~!』
なんて叫ぶ僕と、相棒である団長さんと副団長さんを交互に見つめたあと――。
『キャウ!』
駆け寄ってきたフェナがぺろりとクリスのほほをなめて、しっぽをふっさふっさと揺らした。
リーネはフー……と鼻でため息をつくと背中を向けて副団長さんの後ろに隠れてしまった。
でも――。
『…………』
きびすを返した拍子にゆらりと揺れる長いしっぽがクリスの鼻面をもふっと叩いていく。
「フェナたん……リーネたん……」
フェナとリーネのお礼というか、ご褒美にクリスは目をキラッキラと輝かせた。
かと思うと――。
「こ、ここここ心の準備ができてなかったのでもう一回! もう1なで! もう1もみ! もう1ぺろ! ハァハァ……!」
『キャワ!?』
『シャーーー!!!』
『ゲ……! クリス、マテ! マテ!!!』
僕がほっこり微笑んでいるすきにクリスがシュバ! と俊敏な動きでフェナとリーネに飛びかかる。
「我が相棒たちの優しさに甘えて……図々しいにも程がある! このど変態を追い出せ、ヨハン副団長!」
「わかりました、追い出します! 追い出しますから剣を収めてください、フーベルト団長!」
『待って待って、団長さん! ちょっとそれはザックリ行き過ぎだよ、団長さーーーん! ヒール! ヒール!! ヒール!!!』
「ハァハァ……デレデレフェナたんもいいけどツンデレリーネたんもいいよー……ハァハァ……!」
「黙れ、ど変態!」
『血まみれの状況で……ほんっと、ただの迷惑な変態だよね、クリスってぇ! ヒール! ヒール!! ヒール!!!』
なんてドッタンバッタンやっていると――。
「フーベルト団長、ヨハン副団長! こちらにいらっしゃいますか!?」
昨日、クリスと僕を団長さんと副団長さんのところまで案内してくれたメガネの門番さんが駆け込んできた。
剣を構える団長さんと、その団長さんを羽交い絞めにする副団長さん。クゥークゥー鳴いてるフェナとシャーシャー言ってるリーネ。血まみれの変態型クリスと、そのえり首をくわえて踏ん張るペガサスな僕。
「この状況は一体!?」
クリスのせいで修羅場になってる室内を見て目をむくメガネの門番さんに団長さんはコホンとせきばらいを一つ。
「なんでもない。……それで? 何事だ」
ピシッ! と背筋を伸ばして大真面目な獣騎士団団長さんの顔に戻った。空気を読んだフェナもピシッ! と背筋を伸ばして団長さんの隣におすわりする。
そんなフェナを見て――。
「ピシッとおすわりするフェナたん、ハァハァ……!」
クリスは空気なんてまっっったく読まずに平常運転で変態吐息をつく。
フェナ、クリスにも半分くらいでいいからわけてくれない? その空気を読む能力。
なんて思っていた僕は――。
「陛下からフーベルト団長に連絡です。すぐに王宮に来るように、と」
「……すぐに?」
「はい、クリス殿もいっしょに」
メガネの門番さんの言葉に僕はぎょっとした。団長さんも副団長さんもぎょっとしてる。
陛下ってことはあれだ、ルモント国の国王。この国で一番えらい人ってことだ。
『もし国王様の前で変態型クリスが暴走しちゃったら……』
クリスの〝いせかいてんせい〟人生終了の危機だ。多分、きっと、何かあっても僕のヒールじゃどうにもならない。
「へぇー、王様が僕に何の用だろう」
なんて、当のクリスがのんきに言ってるのがよけいに不安!
「それとクリス殿宛だと思うのですが……」
おろおろしている僕と副団長さん、怖ーーーい顔をしている団長さんに顔を引きつらせながら、メガネの門番さんが肩に乗っている三本足の鳥の額をツンツンとつついた。
『クリス、ニゲラレルトオモウナ。クリス、ニゲラレルトオモウナ』
「この伝書バードは……」
バサッ! と黒く美しい羽を広げた鳥が物騒な言葉を繰り返し叫ぶのを聞いてクリスは青ざめた。
まちがいない。こんなメッセージをクリスに送ってくるのは……。
『あの人しかいない、よね』
クリスの青ざめた横顔を見つめ、黒い伝書バードくんが叫ぶのを聞きながら僕は盛大にため息をついた。
副団長さん、僕も胃がキリキリしてきた気がするよ……。
≪第一章 ルモント国・獣騎士団編 (了)≫
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