第八話 リーネと猫じゃらし

「これですか、クリス殿!?」


「そう! それ、それ!」


 ついに目的のモノを発見したらしい。クリスのお墨付きをもらった副団長さんは高らかに〝それ〟を掲げて見せた。


「じゃじゃーん! 特大猫じゃらしでーす!」


「おぉ~! これが特大……ねこ、じゃらし……?」


 クリスの勢いに押されて歓声をあげた副団長さんだったけど、途中で聞きなれない単語だと気が付いたらしい。目を丸くして、まじまじと特大猫じゃらしとやらを見つめた。

 しなりのある細長い棒は一メートル弱。その先端には怒ってふくらんだ猫のしっぽみたいなもこもこ、ふわふわしたものがついている。


「何に使うんだ、これは」


「リーネといっしょに遊ぶためのおもちゃです。試しに団長さん、振ってみてください!」


 クリスを疑いのまなざしで見下ろしながらも団長さんは特大猫じゃらしを副団長さんから受け取った。


「ほら、リーネ。猫じゃらし……? とやらだ」


 そう言いながら団長さんは木の上のリーネに向かって特大猫じゃらしを振って見せた。

 ふーりふーりふーりふーり……。


 目をつむっていたリーネが団長さんの声に薄目を開けた。

 かと思うと――。


「……!」


 顔をあげ、目をまんまるにして団長さんが大きく、左右に、規則正しく振る特大猫じゃらしを見つめた。

 でも――。


「…………」


 そのうちに興味を失って前足にあごを乗せると再び目をつむってしまった。


「……おい」


 振り返った団長さんはクリスをにらんだ。団長さんの怖い顔に怯むことなくクリスはにっこりと笑う。


「その猫じゃらしは猫……じゃなかった。ニャンリルの狩猟本能に訴えかけて遊ぶおもちゃなんです」


「ニャンリルの狩猟本能?」


 オウム返しにつぶやいて団長さんは猫じゃらしをふりふり、首をかしげている。


「ニャンリルの狩猟本能、ですか」


 オウム返しにつぶやいて副団長さんはなるほど、とうなずいた。


「それじゃあ、次は副団長さんですね」


 団長さんから猫じゃらしを受け取った副団長さんは木の上のリーネをじっと見つめた。副団長さんの視線というか、気配というかを察したらしい。薄目を開けてリーネは副団長さんの様子をうかがう。

 リーネが見ているのを確認して副団長さんはサッ! と、それこそほふく前進でも始めるのかと思うほどに低い体勢になった。突然のことに団長さんもフェナも、ついでに僕もぎょっとする。

 そして――。


 ふり、ふりふり……ふり……ふりふりふりふり……!


不規則に、小刻みに、芝生の中をもこもこ、ふわふわの先端が隠れつつ進むように、副団長さんは猫じゃらしを動かし始めた。


『…………』


 猫じゃらしをじっと見つめたままリーネが体を起こした。そろり、そろりと音もなく動き、枝の上で腰を低くして身構える。背中や後ろ足の付け根の筋肉がピク、ピク……と動いている。前足が小さく足踏みしているのは飛び出すタイミングを見計らっているからだろうか。


 ふり、ふりふり……。

 ふみ、ふみふみ……。


 声を出すのもつばを飲み込むのもためらうほど。ピリピリと張りつめた空気が副団長さんとリーネのあいだに流れる。

 その空気を破ったのは――。


「……とう!」


 副団長さんのかけ声。

 それからーー。


『ゥニャ、ウニャニャニャニャーーー!!!』


 シュバ! と高くかかげられた猫じゃらしのもこもこ、ふわふわ目がけて木の枝から飛びおりたリーネのウニャウニャ声だった。


「さすがはニャンリル隊隊長!」


「い、いえ……そんなことは……」


 クリスに褒められて副団長さんは照れくさそうにえり首をかきながらふり、ふりふり! と猫じゃらしを振る。


「なるほど。野生のニャンリルは自分よりも体の小さな草食動物を狩る。そういう動物の動きを真似るように猫じゃらしを動かすのか」


『ゥニャ、ウニャニャ!』


 大興奮で猫じゃらしにじゃれているリーネを見つめて団長さんは感心したようにうなずいた。

 副団長さんが猫じゃらしを芝生にはわす。リーネは音もなく飛び上がると両の前足でもこもこ、ふわふわを押さえつけようとする。するりとリーネの前足をすり抜けて、副団長さんは猫じゃらしを高くかかげる。リーネはもこもこ、ふわふわを追いかけてジャンプすると右の前足でパンチを繰り出す。

 線のように細くなった瞳孔といい、ピンと立ったヒゲといい、実に楽しそうだ。


 と、――。


「どうした、フェナ」


 大人しくおすわりをして騒ぎを見守っていたフェナがふいに立ち上がって団長さんの隣におすわりするとピタリとくっついた。どうしたんだろう? と首をかしげた僕だったけど足元でハァハァとクリスの変態吐息が聞こえるのに気が付いて渋い顔になった。


「構ってアピール、ハァハァ……! フェナたんの構ってアピール、ハァハァ……! よ、よかったらぼぼぼぼ僕が構ってあげようか!?」


『構わないであげて、クリス』


「やめろ、ど変態」


 僕と団長さんがほぼ同時ににらむとクリスは不満顔になった。だから、なんで不満顔になるの。当たり前でしょ。変態型のクリスをフェナやリーネに近づけたら大惨事になるでしょ!


「仕方がないですね。それじゃあ、僕が構う代わりに団長さんが構ってあげてください。フェンリルたんにも……フェナたんにもプレゼントがあるんです!」


「……いつまでも遊んでいないでさっさと絵を描いたらどうなんだ」


「お構いなく! さ、どうぞ! 猫じゃらしが入っていたのと同じカバンに木でできた平べったいお皿みたいなのが入ってますので!」


「……」


『お構いしてるんじゃなくてさっさと退散してもらいたいだけだと思うよ。危険で迷惑など変態に』


 なんて言いながら僕は団長さんのそばにやってきてカバンを差し出した。団長さんは僕の首をなでながら疑惑のまなざしをクリスに向けている。団長さんの中のクリスの信用度は多分、底辺だ。


「このとおり、猫じゃらしはリーネに大好評です。さすがは動物画家殿。動物の気持ちをよくわかっていらっしゃる!」


 わかってたらあんな変態行動取らないと思うよ、副団長さん。フォローしてくれるのはうれしいけどわかってないと思う。少なくとも距離感はわかってない!

 

「それに我々には理解できない行動も芸術家であるクリス殿にとっては必要なルーティーンや準備なのかもしれませんし!」


「……そういうもの、か。ふむ、そうかもしれないな」


 副団長さんの必死のフォローに団長さんの疑いのまなざしがちょっとだけ緩んで信用度もちょっとだけ上方修正された。

 

 ……のに――。


「絵を描くためのルーティーンでも準備でもありませんが、とにかく! なんでもいいので! フェナが楽しそうに走って、ジャンプして、遊んでいるところを僕に見せてください! 今すぐに! さぁ! さぁ!」


 秒でクリスがぶち壊しにいくのだから困ったものである。


「……絵を描きに来たんじゃないのか」


「フェンリルたんとニャンリルたんに会いにきたんです! ハァハァ、ハァハァ……!」


「…………」


 無言でクリスを見下ろす団長さんの表情を見て僕は顔をおおいたくなった。クリスを穴に埋めたくなった。

 まちがいない。団長さんの中のクリスの信用度は盛大に下方修正、地底の底の底だ。


『せっかくフォローしてくれた副団長さんにごめんなさいしてよ、クリスーーー!!!』


 背中を鼻先でぐいぐい押して抗議してみたけどクリスはキラキラな目で振り返る。


「そうだよね、ベガ! そんなくだらない話は置いておいて早くフェナたんにおもちゃをプレゼントしなきゃだよね!」


『違う! そんなこと言ってない!』

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