第七話 プレゼント(恐らく危険はない)
ペガサスの僕は羽も含めて体が大きい。
クリスの実家のブルックテイラー邸も、クリスの友人・知人の貴族・お金持ち邸も広々としているけど、それでも置いてある花瓶に羽がぶつかっちゃったり、置物を落っことして割っちゃったりすることがあった。
いつもヒヤヒヤしながら歩いてた。
獣騎士団ではそんな心配をする必要はない。
ブルックテイラー邸や貴族・お金持ち邸よりもどこもかしこもがずっとずっと広い。花瓶や置物なんかも置いてない。とっても歩きやすい。多分、これは体の大きなフェンリルやニャンリルが歩き回るからだろう。
団長さんと副団長さんの部屋を出て、一階に下りて、大きな大きな両開きの玄関ドアを出る直前。振り返った副団長さんは正面の大階段と真っ白な壁を見て言った。
「あそこにクリス殿の絵を飾りたいと思っているのです」
団長さんに極太ロープでぐるぐる巻きにされたままのクリスはチラッと見ただけ。先を歩いて行くフェンリルのフェナのふさふさしっぽと、外にいるニャンリルのリーネの肉球の方が気になるらしい。
「ふさふさ、ハァハァ……ぷにぷに、ハァハァ……!」
と、変態語をつぶやきながらさっさと玄関ドアを出ていってしまう。
「クリス殿~……」
『本当にごめんね、副団長さん。……ヒール』
「……なんでしょう。ちょっとだけ胃のキリキリがやわらいだような?」
『あ、やっぱりキリキリしてたのね』
僕がヒールをかけたことになんて気がつかず、副団長さんは首をかしげながらクリスや団長さんのあとを追いかけて玄関ドアを出て行った。ちょっとだけ顔色が良くなった副団長さんによかったよかったとうなずきながら僕もあとを追いかける。
さて、団長さんとフェナを先頭に裏庭までやってきた。
敷地のどこもかしこもが広々としているけど、この裏庭も広々としている。土や芝生がきちんと整えられている。これもフェンリルやニャンリルと訓練するときのためだろう。
リーネが寝ている木も青々とした芝生の生えた広ーーーい裏庭にぽつんと一本だけ立っていた。
「思った以上に高いところにいますね……って、肉球! リーネたんの肉球は何色の肉球! ピンク色の肉球! まさかのかっっっわゆいピンク色の肉球、ハァハァ……!」
『……クリス』
早々に人型から変態型に変形したクリスに僕は盛大にため息をついた。ロープでぐるぐる巻きにされているのと、人間がジャンプしても何しても届かない高いところにリーネがいるおかげで安心してため息をついてられる。あわてて止めなくていいって楽ちーん。
枝からだらりと垂れたリーネの前足を見上げてよだれを垂らしているクリスを見守っていた僕は――。
「リーネ! おーい、リーネ~」
副団長さんがリーネを呼ぶ声に視線をそちらに向けた。リーネに向かってひらひらと干し肉を振っている。
「おりてこーい」
『……』
相棒である副団長さんの呼びかけにもリーネはあいかわらずだ。前足にあごを乗せて目を閉じている。ヒョウに似た丸くて小さな耳だけは副団長さんの声にあわせてピクピクと動いている。一応、副団長さんの話を聞いてはいるらしい。
「リーネぇ~……」
副団長さんが情けない声をあげてうつむくと薄目を開けて様子をうかがったりもしている。副団長さんとリーネのやりとりを見てるとにまにましてしまう。変態クリスみたいにハァハァはしないけど……なんだか微笑ましい。
と、――。
「ヨハン副団長、ヨハン副団長! 僕、リーネのために……ニャンリルのために持ってきたものがあるんです! カバンの中にプレゼントがあるんです! 出したいのでこのロープ、外してもらえませんか!?」
目をキラッキラさせながらクリスが副団長さんに向かって言った。
「危険人物に解放してくれ、逃がしてくれと言われてそのとおりにするバカがいると思うか」
副団長さんが答えるよりも早く、団長さんが冷ややかな声で言った。団長さんの中でのクリスの評価は〝高名な動物画家殿〟じゃなく〝危険など変態〟になったらしい。
間違ってない。なんなら大正解だ。
「僕のどこが危険だって言うんですか! こんなにもベガやフェナたんやリーネたんを愛していて、なでなで、もみもみ、ぺろぺろしたいだけなのに!」
「その発言のどこに危険じゃないと証明する根拠があるんだ」
『キャワン!』
『もっと言ってやってください、団長さん! きつーーーく言ってやってください!』
団長さんとフェナと僕から責められてクリスは不満顔になった。
……いや、当然の結果でしょ。なんで不満そうな顔してるのさ。
「なら、私が出しましょう。どのカバンですか、クリス殿」
気を利かせた副団長さんが困り顔で僕のところにやってきた。クリスの荷物はペガサスである僕がぜーんぶ背負ってるのだ。
「ベガの右側にぶら下がっているカバンの中です。先端にふさふさのついた細長い棒です!」
『うーん、まぁ、出していきなり危険ってものでもなさそうだったしね』
〝こっちはニャンリルたんへのプレゼントー、こっちはフェンリルたんへのプレゼントー〟なんてハァハァ言いながらクリスがカバンに〝それ〟をつめているのを僕も見ていた。何に使うものかはよくわからないけど、副団長さんが取り出すならきっと安心だろう。僕は副団長さんの前に〝それ〟が入っているカバンを差し出した。
「それでは、失礼して。……これでしょうか?」
副団長さんが取り出したのは絵筆だ。クリスはいきおいよく首を横に振った。
「それはただの絵筆です。リーネたんへのプレゼントはそんなものじゃない!」
「一応、仕事道具じゃないのか。それをそんなものとは……」
「間違いなく仕事道具です! でも、リーネたんへのプレゼントはそんなものじゃない!」
澄んだ曇りのない目で見つめられて団長さんは困惑顔で腰に差している剣の柄を撫でた。団長さんにとっての仕事道具だ。
……よかったね、剣さん。団長さんの仕事道具で。変態動物画家の仕事道具じゃなくて。
「ですが、この絵筆……持ち手の部分は使い込まれている感じですが、筆先は少しも乱れていない。きちんと手入れされている証拠ですよ、フーベルト団長!」
『ありがとう、副団長さん! フォロー、ありがとう!』
団長さんに絵筆をずずいっと見せつける副団長さんの気遣いに僕はぷるぷると震えるほど感謝した。
そして――。
「でも、それはリーネたんへのプレゼントじゃないです! さぁ、ヨハン副団長! カバンの中を探して! 先端にふさふさのついた細長い棒です!」
「は、はい、クリス殿!」
『クリスーーー!』
副団長さんの気遣いを鮮やかに無下にするクリスに僕はパカパカと地団駄を踏んだのだった。
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