第四話 団長さんと副団長さん

「……これがクリス殿? 高名な動物画家だという?」


 部屋に入るなり黒色の髪と目をしたガタイのいい男の人が怖い顔で呟いた。彼の隣では薄茶色の髪と目の、こちらもガタイのいい男の人がニコニコ顔で立っている。

 多分、怖い顔の人がうわさの団長さんで、ニコニコ顔の人がうわさの副団長さんだ。

 メガネの門番さん同様、真っ白な髪とヒゲのおじいちゃんが来ると思っていたのだろう。それなのにやってきたのは金髪碧眼のちんちくりん美少年。頭からつま先までざっと見て、怖い顔になるのも無理はない。


 それでも怖い顔の人は大人な対応をしてくれた。


「初めまして、動物画家クリス殿。獣騎士団団長フーベルトだ」


 背筋をピシッと伸ばしてそう言う。


「獣騎士団副団長ヨハンです。我らが獣騎士団にようこそ。ご高名なクリス殿に相棒たちを描いていただけるなんて光栄です」


 ニコニコ顔の人もニコニコ顔で言った。

 予想通り、うわさの団長さんと副団長さんだったらしい。


 さて、大人な団長さんと副団長さんに大人な対応をしてもらったクリスはと言うと――。


「ハァハァ、ハァハァ……!」


 団長さんと副団長さんのことなんて全然見てないし、話も全っっっ然聞いてない。二人の後ろでおすわりしている〝相棒たち〟をなめるように、まじまじと見つめてハァハァしまくっている。


『クリス、団長さんが怖い顔になってる。大人な対応をしてなんて高望みはしないから、せめて人型を保って』


 人型を保ってなかったら何型だよって変態型だ。今のクリスは変態型。背中を丸めた前傾姿勢で手をわきゃわきゃと動かし、口からはよだれを垂らしている。

 ……団長さんの視線が痛い。


 クリスの視線を追ってか、団長さんのピリピリ空気を打ち消したくてか。


「ご、ご紹介しますね。我らが相棒。本日、クリス殿に描いていただきたい獣騎士団の誇りにして牙です」


 ちょっとだけニコニコ顔を引きつらせて副団長さんがそう言った。


「こちらがフェンリル隊隊長である私の相棒、フェンリルのフェナだ」


 クリスへの疑いが警戒心に変わりつつある感じの団長さんだけど、それでもやっぱり大人の対応で生真面目にそう紹介した。


「そして、ニャンリル隊隊長である私の相棒、ニャンリルのリーネです」


 副団長さんもニコニコ顔でそう紹介した。 

 さて、大人な団長さんと副団長さんに大人な対応をしてもらったクリスはと言うと――。


「フェ・ン・リル! ニャ・ン・リル!!」


『やってることが赤ちゃんの頃から少しも成長してないよね、クリス!?』


 今回の目的である彼ら彼女ら――フェンリルとニャンリルの姿にクリームパンなベビーハンドはとっくに卒業した拳を天井へと突きあげてクリスは歓声をあげた。

 かと思うと、シュバッ! と運動神経皆無のいつものクリスからは想像もつかない俊敏な動きで飛びかかろうとした。誰にってフェンリルとニャンリルに。


「ハァハァ……フェ、フェンリルたんの肉球……何色の肉球してんの!?」


『クリス、落ち着いて!』


「ハァハァ……ニャ、ニャンリルたんの肉球……何色の肉球してんの!?」


『団長さんの顔がすっごいことになってるから! すっっっごい怖いことになってるから! だからホント、落ち着いて!!』


 クリスの洋服の首根っこをくわえて引っ張って、僕は涙目で叫んだ。このまま飛びかかったらフェンリルの立派な牙か、ニャンリルの鋭い爪か、団長さんの大振りな剣で殺されちゃうから! またまたクリスの〝いせかいてんせい〟人生が終わっちゃう危機だから!!!


『だから、本当に落ち着いてよ! クリスーーー!』


「ハァハァ……だ、大丈夫だよ、ベガ。一番はベガだから。ちょーーーっとフェンリルたんとニャンリルたんをなでなで、もみもみ、ぺろぺろしたらちゃんとベガのところに戻ってくるからね……ハァハァ、ハァハァ……!」


『違う! そうじゃない!』


 クリスに僕の言葉はわからない。だけど、付き合いが長いせいか結構わかってくれる。でも、盛大にわかってくれないこともある。こういう大事なときに限って特に!

 あーもーーー! ホンッッット、言葉が通じないってもどかしい!!!

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