第三話 いやな予感しかしない!
「五才であの絵を!? すごいですね!」
メガネの門番さんに褒められてクリスは居心地悪そうにあいまいな笑みを浮かべた。クリスは自分の絵を褒められるのがあんまり好きじゃない。
〝湖上にたたずむペガサス〟は確かに五才のときに描いた。でも、〝てんせい〟前の十三年でたくさんの絵を描いてる。
それにこの世界の絵の技法は〝てんせい〟前の〝ろまねすく〟時代に描かれた〝へたうましゅうきょうがふう〟くらいまでしか発展していない。〝てんせい〟前、いろんな時代のいろんな技法を学んだ自分は〝かんにんぐ〟しているようなもの。
だから、賞賛されたり、ましてや賞を取るのはちょっと……。
……と、いうことらしい。
〝てんせい〟前の記憶や知識含めてクリスはクリスだと僕は思ってる。そもそも知識があるからと言ってすごい絵を描けるわけじゃないんだからもっと誇ればいいのに。
そう思う。
それに、そんなことよりも――。
「しかし、世界中の貴族や王族から届く依頼のほとんどを断るというクリス殿が私どもの依頼を受けてくださるとは! 獣騎士団の誇りにして牙である相棒たちを描いてくださるとは!」
「獣騎士団の相棒たち……!」
今回の被害者――もといクリスのお目当てで絵のモデルである彼ら、彼女らを想像しただけでハァハァ言い出す変態っぷりこそ気にするべきだと思う。ものすごーーーく気にするべきだと思う。
鼻の下を伸ばしきり、よだれを垂らし、すでに完璧な変態顔になってるクリスを見て僕は盛大にため息をついた。
『真面目な顔して黙ってれば絶対にモテるのに』
クリスパパとクリスママ譲りの金髪碧眼きゅるっと王子様系の外見が台無しである。美男美女遺伝子の無駄使いだ。
「本当は動物に関わるすべての依頼を受けたかったのですが、成人するまでは国外旅行禁止! 国内も一人旅禁止! と、家族にきつーーーく言われていたんです」
クリスが生まれ育ったエンディバーン国では十六才になれば成人。
ついに十六才の誕生日を迎えたその瞬間。それこそ日付が変わると同時に実家であるブルックテイラー邸を飛び出したクリスは届いたばかりの獣騎士団からの手紙を手に、このルモント国にやってきたというわけである。
「これからは今まで行けなかったいろんな国や場所を訪れて、いろんな動物に抱きついて、撫でまわして、揉みしだいて、なめまわして、ついでに絵も描きたいと思ってます!」
『せめて絵を描くのをメインにして、クリス』
迷惑千万、野生の変態が国外に放たれた瞬間である。
僕はたっぷり絶望とあきらめを含んだため息をもらした。
「でも、ペガサスは……ベガは僕のミューズ! 原点にして頂点! この先もことあるごとに、隙あらば、ベガのあんな姿やこんな姿を絵にして……ハァハァ……!」
『やめて、クリス。あんな姿とかこんな姿とかがどんな姿か知らないけど、本当にやめて』
ぶるりと身震いする僕の気持ちとこれまでの被害なんて知りもしないでメガネの門番さんは目をキラキラと輝かせる。
「たかがペガサスにそこまでの愛を……その若さで天才画家、唯一無二の動物画家と称されるだけのことはあります。凡人には到底理解できない情熱と執念と思考……これが天才! 感動しました! そりゃあ、もう感動しました!」
『違うよ、門番さん。凡人に理解できないのは天才だからじゃなくて変態だからだよ』
「さすがはクリス殿! さすがは高名な動物画家殿!」
『だから違うんだってば、門番さん! そこにいるのはただの変態だから!』
クリスにもメガネの門番さんにも僕の言っていることが伝わらないのがもどかしい。パカパカと地団駄を踏んでみたところでやっぱり伝わらない。
目をキラッキラさせてるメガネの門番さんとハァハァ言ってる変態のクリスに盛大にため息をついて僕は空を見上げた。
生まれ育ったエンディバーン国は曇り空が多いけど、このルモント国は真っ青な空に白いもこもこの雲。空を見上げるだけでも異国に来たんだと感じる。
本人不在の誕生日パーティはどうなったんだろうと、ふと思う。
王族も来るんだとクリスパパとクリスママが言っていた気がする。十四才の王女様とクリスの婚約がまとまるかもしれないとも言っていた気がする。
でも、クリスにとっては誕生日パーティよりも王女様との婚約よりも、獣騎士団にいる彼ら、彼女らに会うことの方がずっとずーーーっと大事なのだ。
「クリス殿に相棒たちの絵を描いてほしいと最初に手紙を送ったのは私も含めた下っ端の団員なんです。ダメで元々で手紙を送ったのでまさか受けていただけるとは思っていなくて。団長にも副団長にも話していなかったので驚くやら動揺するやら……」
困り顔で笑ってメガネの門番さんはぽりぽりと額をかいた。
「でも、やっぱり描いてもらいたい。クリス殿の絵の大ファンというのもありますが、獣騎士団には古くからある隊と最近できた隊がありまして。クリス殿に相棒たちを描いてもらうことで二つの隊にある溝というか、ズレというかを埋めるきっかけになればと思いまして。それで副団長に、団長を説得してくれないかと頼みに行ったんです」
門番さんの言葉に、ん? と僕は眉間にしわを寄せた。
「副団長も私たちの頼みを快く引き受けてくださって。厳格な団長を一生懸命に説得してくださったんです!」
「つまり彼ら彼女らに会えるのも、なめまわすように観察できるのも、なでなで、もみもみ、ぺろぺろできるのも副団長さんの説得のおかげってことですね!」
「はい、副団長のおかげです!」
『いや、門番さん。なでなで、もみもみ、ぺろぺろはまずいでしょ』
「それは副団長さんに感謝してなでなで、もみもみ、ぺろぺろしないとですね!」
「はい、クリス殿!!」
『いや、だから門番さん。なでなで、もみもみ、ぺろぺろはまずいって! 止めて! 相棒さんたちのためにも止めて!』
クリスのギリギリアウトな発言なんてまーったく聞いてないのだろう。満面の笑顔なメガネの門番さんとハァハァしている変態なクリスにツッコミを入れつつ、僕はむむむーっと眉間にしわを寄せた。
『厳格な団長さんを、一生懸命に説得……?』
なんだろう。ものすごーくいやな予感がする。
「なでなで、もみもみ、ぺろぺろ……ハァハァ……!」
『…………クリスぅ』
うん、いやな予感しかしない!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます