第一章 ルモント国・獣騎士団編
第二話 獣騎士団はこちらですか?
「あの……クリス・ブルックテイラーです。獣騎士団の入り口はこちらですか?」
クリスが恐る恐る声をかけるとメガネをかけたひょろっと細長い門番さんは目をつりあげた。
「ここを動物園かなにかと勘違いしていないか? ここは誇り高き獣騎士団。子供が来るような場所ではない」
メガネの門番さんの後ろでは事務処理をしているらしい年は取っているけど屈強なオジサンたちがくすくすと笑っている。動物園かなにかと勘違いして、こんな風にやってくる子供がたまーーーにいるのだろう。
『童顔だもんね、クリス』
なんて言って鼻をふすふす鳴らして笑うとクリスは困り顔で微笑んだ。
「こちらの団長さんと副団長さんの依頼を受けて参りました。動物画家の、クリスです。……これ、届いた手紙と入国許可書、それから身分証明書です」
「動物画家? 依頼?」
「動物画家のクリス殿でしたか! 大変失礼いたしました!」
ピシッと敬礼するメガネの門番さんにクリスは苦笑いで首を横に振る。こういう反応は領内や国内をまわっていたときから散々されてる。慣れっこなのだ。
「どうぞ、団長たちの部屋はこちらです。ペガサスもそのまま連れて入っていただいて結構です」
『当然でしょ、僕はクリスの保護者みたいなものなんだから。僕がいなくて困るのは、むしろそっちだよ?』
なーんて言ってみるけど僕の言葉がわかるわけもなく。メガネの門番さんは他の門番さんたちに声をかけるとクリスと僕の前を歩いて案内を始めた。
「へそを曲げないで、ベガ」
クリスにも僕の言葉はわからない。だけど、付き合いが長いせいか。なんとなくわかってくれることもある。ふんす、ふんすと鼻を鳴らしている僕の鼻面をクリスがよしよしとなでた。ため息を一つ。仕方なく機嫌を直してあげてメガネの門番さんのあとを歩き始めた。
白い石でできた古めかしいアーチ形の門をくぐった先には青々とした芝生が広がっている。その芝生を突っ切るようにやっぱり白い石を敷き詰めた道がまっすぐに伸びていて、その先には荘厳だけど華美さはない、やっぱり白い石でできた三階建ての隊舎が建っていた。
「先ほどは失礼いたしました。……その、想像していたよりもずいぶんとお若かったので」
先に立って歩く門番さんが困り顔で微笑んだ。クリスは苦笑いで首を横に振る。
高名な動物画家として知られるようになって数年。クリスのことを真っ白なヒゲのおじいちゃんだと思っている人は多い。
「実際のところ、おいくつなんですか?」
「一週間ほど前に十六才になりました」
「十六才……。可愛らし……いえ、幼い見た目をしていらっしゃるのでもっとお若いかと思いました。……いや、でも……しかし、クリス殿がこれまでに発表した作品数や経歴を考えると……十六才ですか」
いやはや……と、つぶやきながらメガネの門番さんはぽりぽりと額をかいた。
「クリス殿が描いた〝湖上にたたずむペガサス〟。我がルモント国の王都にある国立美術館に昨年、展示されまして。そのときに見に行きました」
かと思うと、門番さんはギュイン! といきおいよく振り返った。スイッチが入ったときのクリスそっくりな目に思わず身構える。
案の定――。
「森の静けさ! 澄んだ水! 鈍色の空とそれを見上げる真っ白なペガサス! 朝の凛と張りつめた空気すらも伝わる絵! たかがペガサスをあれほどまでに神々しく、幻想的に描けるのは世界広しと言えどクリス殿だけです! 感動しました! そりゃあ、もう感動しました! たかがペガサスなのに感動しました! たかがペガサスなのに!!!」
「……たかが」
『……たかが』
早口でまくし立てるメガネの門番さんに思わず後ずさりながら僕とクリスはそろって苦笑いした。
この世界でペガサスはごく身近な生き物だ。相当に貧乏な家じゃない限りは一家に一頭、二頭は当たり前にいる。〝てんせい〟前に暮らしていた〝にほん〟なら自転車、〝ちゅうせい〟頃ならロバくらいの扱いかな、なんてクリスは言ってた。
自転車やロバが〝てんせい〟前の世界でどういう扱いだったかは知らないけど、この世界のどこに行ってもペガサスが〝たかがペガサス〟と扱われることはよく知ってる。ペガサスである僕は身に染みて、よく。
そんなペガサスを題材に神々しくて幻想的な絵を描きまくっちゃったものだからクリスは一躍、高名な動物画家殿になっちゃったというわけだ。
「その〝湖上にたたずむペガサス〟が世界的な美術コンクールで絶賛されたのが十年ほど前だったかと思うのですが」
「それくらいだったと思います。あの絵は僕が五才のときに描いたものですから」
「五才であの絵を!?」
すごいですね! と大興奮のメガネの門番さんにクリスはあいまいな笑みを浮かべるだけ。居心地悪そうにしているクリスの横顔を見つめて僕はこっそりため息をついたのだった。
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