第8話 瀬奈ホタル

 昼食を片付け終えた住人たちは、親極式をやった場所のすぐ近くにある、舞台のような設備の前に集まった。ホタルは昼食の時間になっても戻ってこず、いま隣にはツユキとウタゲがいる。


 私たちはやや後方に立ち、時が来るまで舞台に目線を向けて待つ。何を待っているのかは分からない。


 しばらく待っていると、六人の住人が登壇した。それぞれが一つずつ楽器を持っている。


 そして演奏が始まった。ポップでキャッチーな音楽が、充分な音圧で村に響く。


 曲調が盛り上がるタイミングで、舞台袖からホタルが登場した。豪華で可愛らしい衣装に身を包み、溢れんばかりの笑顔で場の空気を掴んだ。


 ホタルに促され、住人たちは曲に合わせて手を振り始める。その光景に私は圧倒された。ツユキを含めた全ての住人の指先が、不自然に光っている。


 質問して邪魔をするのは忍びないので、じっと観察してみると、住人たちはみな、光る指サックをしていることが分かった。崩壊前に使われていたペンライト等に比べると迫力は劣るが、安全だし規模感にも適している。


 楽曲の歌詞やホタルの呼びかけに合わせ、住人たちは一斉に同じ言葉を叫ぶ。


 楽曲の内容は、崩壊前の典型的なアイドルソングである。コードもリズムもメロディも、どこかで聞いたことがあるような気がする。というか、ある。思い出した。博士の次男がファンだったアイドル、瀬奈シオンのソロ活動期の有名な曲だ。


 歌詞とコールを一気に思い出し、住人たちと同じように盛り上がった。私は機械なので、指先を光らせるくらいは造作もない。


 演奏が止み、舞台は拍手に包まれる。客席全体に手を振るホタルの姿が、博士の次男が観ていた映像の中のシオンと重なった。


「みんなありがとう〜〜! 今の曲は、知ってると思うけど——」


 曲間のMCも当時さながらで、あのライブから150年も経っているとは思えない。


「瀬奈シオンのアイドル活動には文化的価値があるということで、瀬奈家の娘は代々アイドルをやることになっているんです。今のところ、誰一人拒否していません」


 私が新参者であることを思い出したのか、ツユキが丁寧に説明してくれた。


「そうなんですね。じゃあ、ユイナもそのうち……」

「いえ、一世代に一人なので、ユイナちゃんはやりません。アカネさんも、今は引退されています」


 見渡すと、ユイナとアカネは客席に居た。ステージの上で元気を振る舞うホタルを、他の住人たちとは違う眼差しで見ている。


 曲が始まると、客席は一気に盛り上がる。私もツユキに教えてもらいながら、なんとかついていく。


 ミキが作ったらしいステージには、大きなライトが左右三つずつと、ホルンのような形をした正体不明の音響装置が取り付けられている。それだけでここまで良質なコンサートの上演が可能であることに、この村の技術力の高さを感じる。


 今ホタルが歌っているのは、崩壊前に流行っていたアイドル育成ゲームの楽曲だ。どうやら先祖代々伝わる曲を披露しているわけではなく、崩壊前のアイドルに関する資料から抜粋してセットリストを組んでいるようだ。


 と思いきや、次に披露された曲は崩壊前には無く、あったとしても存じ上げない楽曲だった。サビが来たら分かるかもしれないと思い、じっと待っていると、二つ隣にいるウタゲの声がうっすら聞こえてきた。


「ホタルちゃん、いい曲作るなあ。教えた甲斐があるよ」


 住人たちのコールがバラバラだったことからも、それが冗談ではないことが分かる。楽譜もコンピューターもない状態で、こんな賑やかな曲を作るには、相当な労力を費やさなければならないだろう。ホタルの机の上にあった大量のノートを思い出した。


「次が、最後の曲になります」


 ホタルは全く疲れていないかのように言う。陽は傾いてきて、住人たちの腹も空き始めている。


「聞いてください、Shining Satellite」


 曲名に、聞き覚えがあった。それは瀬奈シオンのグループ活動期の代表曲であり、流行が分散しきった時代に、革命のような社会現象を巻き起こした一曲だった。150年もの時を経て子孫が歌い継いでいるこの状況に、アンドロイドながら興奮を覚える。


 爽やかな雰囲気を纏った曲調と、軽妙な歌詞によって、住人たちが満たされていくのが分かる。この曲で国中が湧き上がったのとほぼ同時に、終末時計の秒針が急激に速度を上げたという事実も、曲の意味をより一層濃くしているように思える。


 華やかな舞台を前に、幾つもの光がまとまって揺れ動く。この光景を見ていると、崩壊という言葉がポジティブにすら聞こえてくる。


 最後のサビに繋がる間奏で、アカネとユイナが舞台に上げられた。三人での共演は珍しいことらしく、客席からは曲が聞こえないほどの声援が飛ばされている。


 ホタルとアカネは歌も踊りも完璧で、それに何とかついていくユイナも非常に愛らしく、大いなる盛り上がりの中でライブは幕を閉じた。


 舞台袖から戻ってきた瀬奈家の三人に、住人たちは群がってハイタッチをする。ウタゲに引き摺られ、ツユキもその輪の中に入った。


「アイドルだったんですね」


 住人たちが各々の家に散った後、私はホタルに声をかけた。


「うん。どうだった? わたしの渾身のライブは」

「とても楽しかったです」

「やったー!」


 喜ぶホタルとハイタッチをすると、さっきのライブが夢だったかのように感じてきた。


 アカネとユイナの元にホタルが戻ると、三人は自宅とは違う方向にゆっくりと歩き出した。私はそれを目で追う。


 ステージの裏にある五角柱のオブジェの前で、三人は立ち止まった。そして横一列に並び、手を合わせて頭を下げた。五秒ほど経って頭を上げると、アカネは私の視線に気付いた。


「ヒミコさんも、拝みますか?」

「何ですか、これ」

「これは、慰霊碑です。崩壊後にアイドルをやる人間は、ライブの後に必ずこれを拝むようにと、瀬奈シオンの遺書に書いてあったらしいんです。私たちは、慰霊碑という言葉の意味すら知らないんですけどね」


 その意味を教えようとしたが、教えない方がいいような気がして口をつぐんだ。


 およそ150年前、私が眠りについたとき、瀬奈シオンはまだ現役真っ只中だった。彼女の終わりについて、私は何も知らない。アカネの口ぶりから推察するに、文献にも残っていないのだろう。ツユキなら何か知っているのだろうか。


「私も拝んでいいのでしょうか」

「もちろんです。作法、分かりますか?」

「アカネさんたちの拝む様子を記憶しています」


 そういうとアカネは頷き、慰霊碑の前に立つことを手を伸ばして促した。私は少しの緊張感を抱きながらゆっくりと歩く。


 直立し、アカネたちを真似て拝んだ。すると肘のあたりに電流が流れたような感覚がした。


 ツユキは慰霊碑という言葉の意味だけを知っていた。

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