第7話 彫刻
今日の朝食はオニオンスープだった。トマトスープと交互に出しているようだ。
ホタルの話が合っていれば、長老が出てくるのは明日だ。今日は何をしようか。
隣を見ると、朝食を食べ終わったアカネが彫刻を彫っている。崩壊前と同じ彫刻刀を使い、木の立方体を丹念に彫り進めている。
「ヒミコさんも、小さいの彫ってみる?」
ホタルに言われ、興味が湧いてきた。
「どうやって彫るのでしょうか」
「タケさんのところに行けば、素材や道具を貸してくれますよ」
アカネが手を止めて教えてくれた。
「あそこです。後で行ってみてください」
朝食を終えて、アカネが指差していた家に向かう。軒先にいくつもの彫刻が置いてあり、そのどれもが驚くべき完成度をしている。生物や植物を模しているようだが、名前はひとつも分からない。
入り口の横にかけてあるベルを鳴らすと、初老の男性が歩いてきた。
「ああ、ヒミコさん。初めまして」
お辞儀をすると、やや籠った声でホタルにも挨拶をした。
「うちに来たと言うことは、彫刻に興味が?」
「はい。アカネさんがやっているのを見まして」
「ほお。彼女は巧いですからねえ。ちょっと、待っていてください」
タケは家の奥から、小さめの立方体と彫刻刀を二つずつ持ってきた。
「彫り方は、自由でいいんです。さあ、持っていって」
ホタルは嬉しそうに受け取る。私は脳裏に一つの疑問が湧いてきていた。
「これ、木材じゃないですよね」
「木材? そりゃそうでしょ。あんな貴重品、とてもじゃないけどこんな大量に仕入れられませんよ。これはほら、この地面をくり抜いたものです」
タケは呆れたように言う。
この地には木製に見えるものが多いが、樹木は一本たりとも生えていない。ということは、ほとんどのものはミキが扱っていたような擬似木材でできているのか。私たちが今から彫るのは、砂像だということか。
お礼を言って素材と彫刻刀を受け取り、ホタルの家にお邪魔して彫り始める。
思っていた以上に握力が必要で、ホタルも腕を震わせながら砂の塊を削っている。ホタルはカワシグサ、私はフグを彫ることにした。アカネのアドバイスをもらいながら、なんとかそれっぽい形に仕上げていく。
「そろそろ、ヤスリに入った方がいいですね」
そう言ってアカネは引き出しからヤスリを何枚か出し、私たちの前の机に置いた。私たちは共に最も粗いものを手に取り、疲れた腕に鞭を打ってやすった。
「アカネさんは、一作に大体どれくらいの時間をかけるのですか」
「うーん、まちまちですけど、大体二週間ぐらいですね」
「結構かかるんですね……」
「その間は、わたしが洗濯をやるんだよ」
これを二週間もやるのは、機械の私でも集中力が持たないだろう。それもカワシグサを用いた睡眠の効能なのだろうか。
「出来た!」
「私も、できました」
机の上に現れた砂製のカワシグサとフグは、タケやアカネの作品に比べれば不恰好だが、それでも自作の彫刻が完成したという事実に胸が躍った。ホタルは嬉しそうに、さまざまな方向から完成品を眺めては、感動の声をあげている。
私たちの作品を、アカネは快く棚に飾らせてくれた。並べてみると完成度の低さが際立ってしまうが、悪い気はしなかった。
「この村の娯楽は、手軽かつ適度に難しくていいですね」
「でしょ? 毎日楽しいよ」
家々を見渡せば、言語を作ったり、球体を作ったり、スポーツをしたり、抽象戦略ゲームをしたりと、各々が日々を満喫している。その景観は、少なくとも崩壊前の価値観においては、間違いなく理想郷だった。全員分の衣食住が無条件で手に入るというのがやはり奇跡的で、崩壊における不幸中の大僥倖と言うべきだろう。
自作の彫刻を友達に見せたいと家を飛び出したホタルを見て、私はアカネと一緒に微笑んだ。
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