第6話 親極式
後方にある家から、歓声が聞こえる。その中に、産声が混じっている。
「名越さんとこ、産まれたんだ。見に行かないと」
ホタルに手を引かれ、住人たちが群がっているところに走る。私たちが着く前に、一人の女性が赤ちゃんを抱えて出てきた。親ではないらしい。
女性が村の中央付近に立つと、どこからか中年男性が歩いてきて、調理用ではない大きな鍋を置いた。
「ではこれより、
そう言うと男は、うにのような見た目をした硬そうな何かを、赤いものと白いものの二つ取り出し、同じ高さから同時に鍋に落とした。
住人たちが固唾を飲んで見守る中、うにのようなものはゆっくりと沈み、数分後、白い方が完全に溶けて無くなった。
「白のモコの消解により、親権は船引リカに属することとなりました」
男が言うと、住人たちは拍手をして船引リカを祝福した。
「あれは、何をしていたのですか」
「赤ちゃんの親を決める儀式。紅白のモコを熱湯に落として、先にどっちが溶けきったかで、男女どっちが親になるかを占うの。崩壊前には無かったの?」
「はい。崩壊前は、親は二人ともがなるものだったので」
「そうなんだ……。ほんと、全然違うんだね」
「夫婦とか、兄弟とかはどうしているのですか」
「兄弟は、親ごと。夫婦……なんて言葉、ツユキくんからしか聞いたことないや」
見渡してみると、確かに両親が揃っている家は一つもない。夫婦という概念は文化云々ではなく、動物として当たり前のものだと思っていたので、それが撤廃された空間は私にとってはひどく不自然だった。そのはずなのに、言われるまで気がつかなかった。
「ところで、モコとは?」
「それは、わたしも知らない」
そう言ってホタルは笑った。植物にも動物にも、金属にもプラスチックにも見えないあの物体。ツユキなら知っているのだろうか。
夕飯中、そのことを尋ねてみることにした。ツユキは隣で父と共にナポリタンを食べている。
「ツユキ。モコとは何なのか、知っていますか」
「知らないです。それも大きな謎なんですよ。文献でも言い伝えでも触れられていなくて、親極式の司会すらも知らないんです。何度か間近で見たり触ったりしたことがありますが、材質すら皆目見当がつきませんでした」
「でも、有害なものではないんですよ。自分は子供の頃に間違って欠片を飲み込んじゃったんですけど、なんの病気にもかかりませんでした」
ツユキの父が言う。眉毛が垂れていて、優しそうな印象を受ける。
「あ、貝野ウタゲです。ヒミコさん、昨日はツユキの興味に付き合っていただきありがとうございました」
頭を下げられるようなことをした覚えはなく、いえいえ、と短く返した。
「ツユキくんも知らないようなものを、なんであんな大事な式典に使うんだろう」
リゾットを食べながらホタルは呟く。焚き火に照らされた横顔は、崩壊前の基準ではあるがとても可愛らしい。アカネによく似ていて、父親が誰かは推測がつかない。
「ミステリアスで、神秘性を演出できるからだと思います。儀式には不可欠な要素です」
私もツユキの説明は正しいと思った。
「そうなんだね。……ねえツユキくん、いい加減敬語やめてよ」
「あ、す、すみません。えっと……神秘性は儀式には不可欠なんだよ」
ぎこちないツユキに、ホタルは思わず笑う。
「ありがと。わたしにだけは、年上でも常語でいいからね」
はい、とツユキは頷き、ナポリタンを恥ずかしそうに食べ切った。
私もリゾットを完食すると、住民たちの輪から離れて寝室に向かう。
改めて見てみると、ミキの建築技術は崩壊前の常識を逸脱しすぎている。
注文通りカワシグサは植えられていないようで、ホタルの家の寝室のように、立ち入っただけで眠くなるなんてことはない。
ミキに教わったことと、家族についてのこと、そしてモコのビジュアルを記録して、眠りについた。
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