第5話 寝室

 身体の健康を確認し、鍋の近くに座ると、今日はトマトスープが出された。


 まだ二日目なのに、この景色にはもう馴染みがある。住人たちの眠そうな顔も、昨日と変わらない。


 飲み干すと、私の髪と同じ深緑の服を着た男が近寄ってきた。


「ヒミコさんって、マジであそこに住んでるんすか」


 私の名前は既に住民全員に知れ渡っているらしい。私は「はい」と頷く。


「あれデカすぎて邪魔なんで、後で寝室だけ埋めて改装しますね」

「えっ、全部寝室なんですけど……」

「じゃあ全部埋めます。別に壊すとかじゃないんで」


 埋めるというのは、ホタルの家のように地中に移動するということだろう。邪魔になっているならば、そうしてもらった方がいい。


「あの、カワシグサはいらないですからね」

「ああ、そういえば、崩壊前の人でしたね。わかりました」


 そう言って男は去っていった。


「あの人は、誰なんですか」

「濱田ミキさん。材料に詳しくて、土木工事を担当してくれてるの。長老ハウス以外は全部ミキさんが建てたんだよ」


 ホタルの説明を聞くと、一つの疑問が浮かんだ。


「長老は、貝野家が代々務めているのですか?」

「そうだよ。だからツユキくんは、次の次の次の長老」

「長老って、最年長者という意味ですよね? どうやって、代々務めるのですか?」

「わかんないけど、貝野家の人って全然老いないんだよね。この村で二番目の高齢者も、長老の息子さんだし」


 ここの住人は「そういうもの」と教えられているらしく、ホタルも今初めて気になったらしい。ネジを回すどころか、世界を受け入れるだけでも一苦労だ。


「この村の平均寿命は大体五十歳前後なんだけど、長老は今年で百十七歳。しかも元気いっぱい。すごいよね〜」


 すごいで済まされるようなことではないと思うが、我々にはすごいと言うことしかできない。そうですね、と合わせた。


「そういえば、長老は家から出ないのですか」

「長老はね、五日に一回だけ出てくるんだよ。なんでかは知らないけど、そうしたいんだって」

「じゃあ、次出てくるのは……」

「明後日。なんか用事あるの?」

「はい。ここの世界ネジの条件には、長老が関わっている気がするんです」

「世界ネジ?」


 ホタルは首をかしげる。そうか、ツユキの知識量が異常なだけだったのか。


「私の寝室の上にある、あれです。あれが世界中の生存街にあって、それら全てを回すことが私の仕事なんですよ。でも力ずくじゃ回らなくて、その生存街で或る条件を満たすことで回りだすんです」

「わたしたち以外にも、生きてる人がいるの⁉︎」


 声が大きかったことを申し訳なさそうにしながら、ホタルは興味深そうに顔を近づけてくる。


「ええ。ここを含めて、九つの生存街があります」

「そうなんだ……! 会ってみたいなあ〜」


 ホタルの好奇心に応えたいが、全ての生存街がここと同じように平和だとは限らない。それに、人間を同伴させるのは博士が許してくれるだろうか。


 ゆっくりとスープを飲み干し、皿を所定の場所に片付けると、背後からミキの声がした。


「せっかくなんで、埋めるとこ見ていきます?」


 明後日まで仕事は無さそうだし、新しい工事への興味もある。


「はい、そうします」

「ついてきてください」


 ミキは歩き出し、私は追いかけて並んだ。


「最近仕事無かったんで、楽しみです」


 そう言って笑うミキが右手に持っているのは、工具箱だろうか。


「どうやって埋めるんですか?」

「家とその周りを濡らした後に、地面を燃やすんです。一応、変化へんげっていう名前があります」

「燃やす? 砂をですか?」

「ここの地面は、学校では砂だと教えられるんですけど、木材の性質も有しているんですよ」


 ミキは足元の砂を、ちょうど手のひらに乗るぐらい抉り、腰のポーチから瓶のようなものを取り出して液体をかけた。すると砂は固まり、叩くと木材のようにコンと音がした。


「ほら。こうなると燃えるんです」

「原理は解明されていないのですか」

「今のところは、そうですね。ツユキくん辺りが解き明かしてくれると信じてます」


 私の寝室の前に立つと、ミキは宣言通り、寝室の根本とその周りに液体をかけ、火をつけた。じわじわと燃え広がり、寝室が沈んでいく。数十秒かけて完全に沈み、世界ネジが私の目線と同じ高さになった。


「もう一工程あるんで、ここで待っててください」


 言われた通りにしばらく待っていると、ミキは巨大な筒を運んできた。そして寝室の屋根の一部に大胆に穴を開け、そこに筒を繋いだ。


「じゃあ、直していきますね」


 ミキはさっきとは別の液体を取り出し、木材になっている部分にかけた。すると木材は砂に戻り、砂は寝室を完全に覆った。


「終わりました。ここが出入り口なんで」


 筒を指差してミキは言う。覗き込んでみると、そこにはホタルの家にあったような立派な階段があった。


「あ、ありがとうございました……」

「それでは、ここで」


 軽くお辞儀をして、ミキは去っていった。


 変身を遂げた寝室の前に立ち尽くす。手が届くようになった世界ネジを回そうとしてみるが、すぐに感電して諦めた。

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