第4話 夕食
鐘が鳴り、私たちは鍋の周りに集まった。衛生管理者によって、注文した品が配膳される。
私の皿に盛り付けられたのは、崩壊前のものと全く同じリゾットだった。ホタルのナポリタンも、ツユキのそばも、崩壊前のレシピと何も変わっていない。ただ肉はどれにも入っていない。
当然味も同じで、住人たちも美味しそうに食べている。
「これの材料も、長老の庭で採れるのですか」
「いえ、野菜以外の材料がどこから来ているのかは、衛生管理者しか知りません。その衛生管理者は代々、結城家が務めているので、ここの住民たちは誰も知らないんです」
「でも、レンガの囲いの中にはあるんですよね? 目撃すらされていないんですか?」
「そうなんですよ。噂では、外にあるとか」
「外にあったら、出ていく様子が目撃されませんか?」
「僕も、その説には否定的なんです。我々の家にはカワシグサを植えることが義務付けられているので、夜中にこっそり起きて収穫しにいくことも不可能ですし、何より夜間しか行動できないなら、育てるのはあまりにも困難ですから。なんとか知りたいと思っているんですけど、何の手がかりもなくて」
「なるほど。まあ、体に悪いものではないので、ありがたくいただきましょうか」
食べ終わったツユキは、ノートを開いて何かを書き始めた。覗き込むと、私についての情報が色々と書いてある。
「私の勉強ですか」
「そうです。教科で言うと、ここの成り立ちについてのことなので、地学になります。地学はまだ分からないことだらけなので、僕が完成させたいんです」
「ええっ、地学って完成してないの?」
驚くホタルの口の周りには、ナポリタンのソースがこびりついている。
「事実を調べるだけなのに?」
「簡単に言いますけど、全部が文献に乗っているわけじゃないんですよ。それに文献にだって、いくつもの矛盾があるんです。例えば、カワシグサは崩壊の約二十年前に突然変異で最初の一輪が生まれ、その噂を聞きつけた人々がここに村を作って栽培法を確立し、彼らがカワシグサを使用した睡眠を何年も続けた結果、当時の一日のサイクルからは考えられないような長時間睡眠に耐えうる体質を手に入れたことで、食糧難を凌いで崩壊を生き延びたと文献にはあるんですけど、そのカワシグサの栽培には崩壊後と全く同じ成分の水が不可欠で、しかも四十時間に一度は水やりをしないと枯れてしまうんです」
ツユキは脳内図書館の蔵書の一冊を手に取り、その内容を饒舌に読み上げる。
「カワシグサの最初の個体が発見されてから四十時間以内にその性質を導き出して相応の量の水を用意できるとは考えにくいですし、約二千二百年間で初めての突然変異が、二十年以内に再発するというのも都合が良すぎると思いませんか? ヒミコさんが食べているその米の産地のことだって、結城家とかつて密接な関わりがあったという我が貝野家の末裔にすら、厳重に隠されているんですよ。調べて分かることは、あまりにも限定されているんです」
ユイナにとっての言語と同じくらい、ツユキは地学に熱を注いでいるらしい。ノートの表紙には「地学 19」と書かれている。
「ツユキくん、ほんとに物知りなんだね……」
学校で習ったことを覆されたホタルは、目を丸くした。
私の記憶にもカワシグサの名は無い。文献に書いてあることは真っ赤な嘘だろう。
「でもヒミコさんがいれば、地学はぐっと完成に近づくと思うんです! 崩壊前のことを知っているし、それに、文献にあったH-02というアンドロイドに名前も見た目もよく似ている。これは間違いなく、崩壊の謎を解明する最大の手がかりに違いありません!」
「お、お姉様はすでに停止しています」
「え、お姉様って、やっぱりH-02のことを知って——」
「ツユキ、もう帰るぞ」
強い力で腕を掴んできたツユキを、父親らしき男が咎めた。
「ちょっと待ってよ。ああ、もう、父さん……」
ツユキは腕を引っ張られ、長老宅に引き摺られていった。
「お姉ちゃんがいるの?」
ホタルは訊く。
「ええ。一度も会ったことないですし、もう死んでいますけどね」
「生き別れかあ。色々あるんだね」
そう言ってホタルは最後の一匙を飲み込んだ。
瀬奈親子と別れて寝室に戻り、きょう一日の出来事を整理する。
瀬奈家と貝野家は、重要度がかなり高そうだ。
ホタルは、初対面にしてはかなり親切にしてくれた。今後も案内は任せたい。
ツユキはこの寝室の内部を見たがるかもしれない。断り方を考えておかなければ。
地図を見る。ネジはまだ回っていない。回る条件とは何なのだろうか。
思い返してみると、この平和な混沌は、長老を中心に回っているような気がする。
両耳を十秒塞いで今日の記憶を保存し、浅い眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます