52hertz

江古田煩人

52hertz

人類史上初めてのエイリアンによる侵略は、一滴の血も流されることなく行われた。どこからか湧き出てきた薄紫のもやが空を一面覆い、鐘のような音が一回鳴っただけだった……本当に、それで全てが終わった。人々はそれが侵略だった事すらも気づかないまま、人類としての全意識をエイリアンに明け渡した。薄紫のもやは数分後に晴れ、人々はそれぞれの生活に戻っていったが、自らの瞳が薄紫に変じていることには誰も注意を払わなかった。彼らの星ではそれが当たり前なのだから、当然のことだった。


「俺はお前らのような虫けらから、人類を救い出さなきゃならないんだ」

男はショットガンを構えながら叫んだ。彼は半年前に、無差別銃撃事件の主犯として終身刑を言い渡された身だった――あの運命の日に、看守が独房の鍵を開けるまでは。昨日まで同僚からヴィクトルと呼ばれていたはずの看守は自らをメアピスと名乗り、笑顔で続けた。

「この惑星の支配種は我々メアピスへと問題なくシフトされました。我々は音波を通じてあなた方人類の脳波と共鳴することにより、人類の肉体をホスト先として利用しています」

この看守に留まらず、男が接触した全ての人々が図ったように同じ言葉を繰り返した。自らの気が狂ったわけではないことを確かめると、男はそこでようやく全世界の人類がエイリアンに乗っ取られたことを――実にばかげているが――理解した。

人の皮を被ったエイリアンは実に平和的な、そして協調的なふるまいを見せた。全ての物事が何事もなかったかのように、だが以前よりずっとうまく運んでいた。かつて人類が夢見ていた恒久的な世界平和は、エイリアンによる世界政府の設立と共に、侵略からわずか二か月で達成された。

男は一人きりの反逆計画を悟られないよう、上辺だけはエイリアンに迎合した。かつて男の仲間であった武器商――彼もまた薄紫の瞳をしていた――は、何のためらいもなく男に銃火器と弾薬を手配した。彼らは人間の悪意に対してまるで無頓着で、争いに関する能力を根本的に持ち合わせていないように見えた。男はホワイトハウスで行われる世界政府支部の定例会を作戦決行の日と定めた。案内役は男の大荷物に気を払うそぶりを見せず、笑顔で男を見送った。いや、それどころか、登壇した世界大統領に向かって男がショットガンを発砲しても、彼らは穏やかな笑みを浮かべていた。至近距離で頭を打ち砕かれた大統領も、ワイシャツを真っ赤に染めながら顔の下半分で微笑んでいた。

「我らが同胞たちよ。我々は、彼を守る使命を帯びています」

男が予期していたような暴動も、罵声もまるでなかった。大統領は茫然と立ち尽くす男を血まみれの手で指し示しながら、朗らかに告げた。

「ご覧なさい。残念ながら彼は、我々が基準とする意識レベルに達していません。同胞たちよ、すでに知っている通り、彼は我々の集合意識と共鳴することができなかったただ一人の地球人類です。我々は彼を見守ってきました。我々にできる事は、この惑星において最後の地球人類である彼を保護し、受け入れることです。祝福しましょう。最後の地球人類よ、あなたの意識が我々と共鳴せずとも我々は常にあなたと共にあります。これまでも、またこれからも、我々はあなたに協力し、共に歩んでゆきます」

膝から地面へ崩れ落ちた男を取り囲み、薄紫の瞳をした人々は微笑みをたたえながら一人、また一人と拍手を始めた。吠えるような男の絶叫が辺りにこだましたが、やがてそれも無数の拍手の音に呑まれ、消えていった。

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52hertz 江古田煩人 @EgotaBonjin

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