第5話 殺意
力蔵は静の旅装束を商人に売り、静御前は姿を変えて京へ向かったと教えた。噂好きの商人たちに
前を歩くのは水干姿の凜々しい男が数名、荷物を入れた
誰ひとり置き去りにすることなく面倒を見るのが力蔵の方針で、歩けない年寄りは大きな荷物と共に馬の背中にあった。馬は武士が乗りつぶした駄馬や老馬ばかりが11頭。官道以外は荷車の通れる道が少ないから、馬は必需品だった。それには槍や薙刀も載せていて、若い傀儡子が手綱を引いている。
最後尾を弓矢を肩に掛けた勝蔵が歩いた。そこで一党を見守るのが次の長者になる修練なのだ。
半日歩いて浜田に入る。そこから東に折れて
集落に入ると住民が集まる。子供たちは手を打って
秋の日が落ちるのは早い。力蔵は
「ここで夜明かしをする。男どもは年寄りと子供の分だけ小屋をつくれ。女は
力蔵の指示で男たちが林の中に六つの小屋を張り、三カ所に火をたいた。
火の周囲に輪を作り、暖を取りながら食事をとる。静は輪の外側に座って緩い粥をつついた。
「野宿は初めてか?」
熊蔵が隣にやってきて、自分の女房に対するように言った。
「はい。いつも母に守られていましたから……、野宿などは……」
吉野山で道に迷ったことを思い出したが話さなかった。忘れていた磯禅師を思い出し、胸が痛む。
「なるほど。しかし、野宿をさせてはいるが、我々も子供を大切に育てている」
「あ……、そういう訳では……」
「傀儡子には傀儡子の、白拍子には白拍子の生き方がある。傀儡子の子供は、それを不幸とは考えないぞ」
「ハイ……」
「だからといって、傀儡子が一生、傀儡子で終わるわけでもない。己に運命を変える気力があり、それなりに努めたなら、僧侶にもなれるし武士にもなれる」
「白拍子も傀儡女になれと?」
「いや、白拍子でも傀儡女でもない。女になれ」
「えっ……、あほなことを」
一昨日、唇を奪われた記憶が脳裏を過った。
「1人では風邪を引く。俺の懐に入れ」
熊蔵が水干の上に羽織った
「御冗談を。梅香さまに叱られます」
「梅香が嫉妬などするものか。むしろ喜んで自分も若い男を探すに決まっている」
熊蔵が声を上げて笑った。
「ワシが何だって?」
「静に抱かせろと頼んでいたのよ。冷え性のお前を抱いていては、俺が凍える」
傀儡女たちが笑う。槍をかついだ男がひとり飛んできた。野盗を警戒していた爽太だ。
「抱かれるなら俺にしろよ。熊蔵のような爺さんではだめだ」
傀儡子の間には、老人を敬う気持ちはあっても儒教的な上下関係はない。生きることには平等なのだ。上下関係があるとすれば、長者か、そうでない者か、という違いだ。
「爽太なんかやめておけ。俺の嫁になれ」
二人の間に
「いやぁー、若い者は元気がいいな」
熊蔵が困惑する静を置いて移動した。
焚火の周りでは幾組かの男女が絡み合った。が、それを好奇の眼で見る者はなかった。夜が深まると、見張りを残して皆寝入った。静も焚火から少し離れた大木を背にしてうとうとした。そうしていつの間にか熟睡したものらしい。気づいた時に人の声はなく、
――シャリ……、風の音に混じって落ち葉を踏む音がする。最初は野盗を警戒する男の足音だと思ったが、それにしては足の運びが足音を隠そうとしているように感じた。
もしや、野盗なのか……。全身を耳にして音の行方を探る。
――シャリ……、足音は一つで、徐々に近づいてくる。
叫び声を上げるべきか……。それとも誰かを起こすべきか……。迷っている間に足音の主は、静が背にしている大木の後ろにいた。
「静、起きているのだろう?」
押し殺した声は熊蔵のものだった。驚きと安堵で返事が出来なかった。すると熊蔵が隣に腰をおろして肩を抱き寄せた。
「この前は静の涙に負けたが、今は闇。涙をこぼしたところで眼に入らん。ワシが引導を渡してやろう」
彼の大きな手が衣の内側に滑り込んでくる。助けを呼ぶには静のプライドが高すぎた。
「何をなさいます……」
声を潜めて抗議する。それが熊蔵の本能を刺激したのかもしれない。彼は慣れた手つきで着物の裾をまくりあげた。
ゴツゴツした指が下腹部の柔らかい場所を開き、彼が侵入してくる。犯された静は恥ずかしさと悔しさで全身をかたくし、唇をかんで耐えた。
「静、お前が美しすぎるから悪いのだ。だから義経や頼朝ばかりか、
全てが終わったあと、熊蔵は屁理屈を残してその場を離れた。
静は死のうと思った。境川に戻り、
「静、馬鹿なことをするな」
流れから静を引き上げたのも熊蔵だった。
「死なせてください……」
静は泣いた。泣いて泣いて、涙が出なくなるまで泣いた。
「お前はもう死んだのだ。これからは生まれ変わった静として生きろ。そうして義経殿を見つけてみろ。何かが変わっているかもしれない」
それは熊蔵の行動を正当化するものだったが、不思議なことに静の気持ちを変えていた。彼女は生きることを選んだ。
翌朝、白女が静の顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい。顔色が悪いよ」
「いえ、何でも……」
「初めての野宿がきつかったのかい。もう少し休んでいるといい。人手は多いから……」
静は朝食作りの作業を免除された。目だけで熊蔵を捜す。その男は、何もなかったような顔をして仲間と談笑していた。
あの男、義経さまに殺してもらおう。……静は誓った。
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