第4話

 午後五時四十五分。

 ゆっくりとのぼっていった赤光が空にたどり着いたようだった。炭の奥からのぞくような濃厚な赤は地平線に引火し、その火を広げていった。さきほどまで鈴のように青かった空も、いまや緑に近い色に変わっていた。和紙の切れ端のように浮いていた雲も端から焦げていた。

 ビルの向かいは公園を中心にして戸建てが多く、それほど高い建物はない。その家々の屋根を夕焼けの光が滑るように撫でていった。光の筋を追って根本を見れば、住宅街を抜けた先にビルが立ち並んでいるのが見えた。大小様々なビルが乱立しているが、その中で一対、双子のように同じ大きさのビルがあった。夕陽を背に、ビルは黒一色となっている。その双子ビルの隙間から陽光がさしていた。地獄の扉が開いていた。その先では、すべてが燃えている。ひと思いに燃やし尽くすような優しさはなく、無駄に燃焼時間を長引かせるような低い温度だった。赤黒い舌で触れるか触れないか、ぎりぎりのところを焦らしながら、少しずつ舐めとかされていくようだった。

「死ぬと、どうなる? 天国や地獄へ行くのかな?」

「ただ灰になるだけさ。肉も記憶も意識も、何もかもが無に帰す。考えなくてもわかるだろう?」

 魂はどこへ行く? その問いは喉のまわりを三周した後、胸の中へと戻っていった。代わりに、「救いがないな」とボヤくだけにとどめた。

「救いなどあるものか」

 少しうつむきながら、彼はそう言った。黒く丸い目は夕陽に照らされて、ゆらゆらと陽炎をまとっていた。

「怖いよ」

 その恐怖は救いのなさに対してか、死神に対してか。僕が吟味している間、彼は待っていた。どこか遠く、車のクラクションがフェイドインし僕達の沈黙を濁した。死神は右方を見た。僕には見えない車が見えているのかもしれない。そして、彼は言った。

「死後は恐怖すら認識できないだろう。しかし、その恐怖は死後にしかわからない。今考えても無駄だ。お楽しみは死んだ後にとっておけばいい。お前がどれほど想像力にあふれていようとも、その恐怖の味を知る由はない」

 声も無く彼は笑っていた。遠く、カラスの鳴き声が聞こえた。もしかしたら彼が鳴いたのかもしれないが、陽炎につつまれたような彼の目を見ていると酷く遠近感が狂い、不確かだった。

 彼はうつむき、何かを注視しているようだった。

「例えば、今あそこに歩いている男が見えるか?」

 僕達がいるビルに面した大通りからすこし逸れた路地に数人の人が行き交っていた。その中で成人男性は一人だった。おそらくあの人のことだろう。若くもないが年寄りでもない男がポケットに両手をいれてのろのろと歩いている。僕はうなずいて続きを促す。

「あの男は一か月後に死ぬが、そんなこと本人はもちろん知らないだろう。まるで自分が永遠に生きるかのように、死を意識すらしていない間抜け面をしている。明日からも同じ日々を続ける。のろのろと、だらだらと生きて、そのまま唐突に死を迎える」

 死神が息継ぎもせず続ける。

「人間は本当の意味で立ち止まることは出来ない。どれだけ寄り道しても、素晴らしい景勝地に心を奪われても、立ち止まることはない。立ち止まっている気がしても、うずくまっている気がしても、逆走している気がしても、どんな時も絶対にその歩みは止まらない。最終目的地は死だ。全ての道は死につながる。そこには穴が開いている。その穴は人間からは見えない。穴なんてなく、その先も道が続いているように見えてしまう。それゆえスピードをゆるめることなく足を踏み出し、踏み外し、落ちる。唐突に終わる」

 ……。やはり死神は死期を知る能力があるようだった。その事実は僕の半身を刀で切り裂くような衝撃を与えた。何も言えない僕は黙ったまま聞き続けた。

「しかし、それでいい。人間は、生き物は、そういうものだ。そして、そこに恐怖の入る余地はない」

 確かにそれはそうだが、せめて心の準備はするべきではなかろうか。準備とは? 絶対にいつか死ぬという恐怖に向き合う、あるいは薄れさせる、目をそらす。若ければ若いほど、理性と意識が明晰であればあるほど、恐怖は鮮やかに輝きだす。かといって、死を理解しないほどに耄碌してしまえば、それはもう生きていると言いがたい。意識の手綱を握っている間に、恐怖と決着をつけなければならない。

 恐怖とは人生が失われる恐怖だろうか。失われるのが惜しいと思えるような価値がこの人生にあるかは疑問だった。

 ただのサラリーマン。唯一無二ではない、取り換え可能な一兵卒。遠くに見えるビルが仮にオフィスビルだとすれば、その中で働いているたくさんの人の中の一人にすぎない。所属する会社からすると多少の価値はあるのかもしれないが、その枠組みを取り払って客観的に見ると、無価値で、顔を知りたいとも思わないほどの脇役だ。いくら出世しようが、耐えきれなくなって蒸発してしまおうが、他人からすればみじんも興味がわかないだろう。

 ここ東京は、確かに日本一発展している首都である。だが、それがどうしたというのだろう。ただの小国の一部にすぎない。この空を進めばたどり着く世界の各国や、世界の果てから見れば、僕の存在は眩暈がしそうなほどに小さかった。

 宇宙、歴史、時の流れ……。僕の人生はあまりに小さく、一瞬で、取るに足らなかった。

 一匹の蟻や蚊のように、運命の大きな手によって一瞬で潰されかねない。たとえ潰されたところで、運命が胸を痛めることはない。失われてどこかに影響が出るだろうか。せいぜい運命の手が汚れるくらいのものである。その手はすぐに洗われる。

 僕の人生はその程度のものだ。惜しむ価値はない。惜しむ価値がなければ恐怖も生まれないはずだ。

 しかし、恐怖は確実にある。錯覚かもしれない。恐怖は、人間という生き物にはじめから備わっていて、アンインストール不可能な機能なのだろうか。現代人には不要な機能かもしれない。であれば無視すればいいはずだ。

 しかし、それは眠れない夜にやってくる。いっさい具体的な言葉を持たないまま何かを伝えようとする。その声は、隣室から聞こえる咳のように不吉だった。僕の中心部分を黒いハリガネムシがゆっくりと這っているかのように不快だった。

 この消極的で抽象的な恐怖の裏にこそ、僕の人生の価値が隠されている予感がした。すぐに意識をそらされるため、普段は気付けないが、確実にその奥に踏み込む必要を感じるのであった。

 その予感を信じ続けるという気の遠くなりそうな作業を日々繰り返す。そのためには、僕の中にある無色の意志をかき集める必要があった。

 その作業を隙あらば邪魔しようとする存在があった。虚無である。

 虚無はさしずめ喪服を着た淑女のようであった。

 彼女は虎視眈々とこちらを狙っている。彼女は熱心で、丁寧で、呆れるほどに真面目であった。怠惰な僕はいつもそれに負けてしまう。邪魔をする一方で、彼女は確かに僕をコントロールしてもいた。僕が楽観的な考えや、正の感情に支配されそうになったとき、僕の首に巻かれた鉄臭く重い輪と、それに繋がる鎖を優しく引っ張るのである。その首輪は抵抗力を奪う魔法がかかっている。その鎖は思考力を奪う魔法がかかっている。気付いた時には、気持ちよくまどろみながら彼女の前に跪いている。しかし、その時の僕は、冷静な判断力をもってその行為をしていると錯覚するのだった。

 虚無。彼女は年々力をつけていく。僕の生への執着や希望や寿命と引き換えに、若さと永遠の命を得ているのかもしれない。年々魅力的になっていくのだ。この現実世界に存在する女性が持っている色が薄れていくのと反比例するように、彼女の色彩はますます鮮明になっていく。

 僕が煙草に火をつけるとき、彼女は嬉しそうに笑う。一応、笑わないように努力はするようで、数秒の間、その存外大きな口が形を崩さないように耐えるのだが、いつも最後はこらえきれず美しい笑顔を見せてくれる。僕はその笑顔を必死に見ないようにする。五分か十分経ち、煙草の火がフィルターにたどり着くころになって、ようやくちらりと一度二度彼女の顔を見る。そのころにはもう華は満開を過ぎている。完全に僕の負けである。小声で悪態をつきながら煙草を灰皿にねじりつけ、火を消す。その後、くしゃくしゃになった吸い殻を見つめながら、負けたという事実を何度も何度も反芻する。煙草を吸うよりも長い時間反芻する。一時間くらいの時もあった。その間中、彼女はずっと僕の心臓を撫でながら慰めてくれる。屈辱である。そのまま優しく心臓を両手で包み込み、いっそのこと鼓動を止めてくれればいいのにと何度か願ったことがある。彼女はそれに答える素振りすら見せたことがない。

 ごくまれに身心共に調子がよく、僕にしては充実した一日をすごした日には、彼女は冷徹になる。あえて僕が目の前の作業を終えるまで待っているきらいがある。やりきって、油断したところで思い切り鎖を引っ張るのであった。その時はいつも、ただその場で転ぶだけではなく、何十メートルもの深さに掘られた落とし穴に落とされたかのように落ち続けることになる。浮遊感を感じるほどだった。底にたどり着いた時、僕という存在はバシャンと音をたててはじけ飛ぶ。そこから、自分の欠片をかき集めて、パズルみたいに組み合わせて、やっと元の形を取り戻した時には丸一日以上たっているのであった。その作業のたびに、確実に、見逃してしまう欠片がある。自分ではそれが欠けてしまっていることに気付けない。欠けているという確信はあるのに、体のどこを探しても欠けた部分などないために、いつも腑に落ちないまま諦めるのだった。見失った欠片はどこへいくのだろうと考えた。当然、彼女が密かに集めているのだろうなと思った。僕の見えないところに、もう一人の僕を作り上げていく。それはたいそう彼女好みで、彼女にとって都合のよい状態なのだろうと思われる。今ここにいる僕はいずれ用無しとなるのだろう。

 彼女からは死の臭いがする。洗っても洗っても落ちない血のように、いくらごまかしてもどうしようもない死の臭いが。だけれども、一つ言えることは、彼女は虚無の使い或いは虚無そのものであり、決して死神ではないということだった。

「君は、男だよね?」

「絶世の美女だと言ったろう」

 彼は右足を少し上げ下ろしした。チャッチャッと音が鳴った。

「君と話していると、すべてに意味がない気がしてきたね」

「意味はないな。俺はお前らが生まれる前からいたが、何もかもいつかは死ぬ。この星さえも。お前らが滅んだ後も俺は存在し続ける。お前らの出現前後で、俺やこの世界が何か変わるということは無い。始まって終わる。その間で何が起きようとも意味はない」

「そこまで無意味なら、いつ死んでも変わらない気もするね……」

 飛行機が赤い光の中を飛んでいる。鳥よりも小さく見える。次元のはざまへ侵入するかのように機体がぼやけて揺れていた。

「ただ、俺は記憶力がいいからなあ……この世界が終わった後でも、お前のことは覚えているだろう。多分な」

 僕は思わず彼の顔を見た。目を見た。嘴を見た。漆塗りのような艶が美しいと思った。そこに感情は読み取れなかった。

 また空を見たが、飛行機は雲に隠れたのか、その姿が見えなくなっていた。

 眼下の公園に、一人の老人が入っていった。彼はこけないようにしているのか、足が痛むのか、慎重に歩いていた。かなりの高齢に見えた。定年はとうに過ぎているだろう。彼ほどの年齢であればもしかしたら戦争を経験しているのかもしれない。僕には想像も出来ないほどの熱量を過去に置いてきたはずだ。その生身の肉体の中はすべて焼け落ち、今あそこで動いているのは外殻だけをまとった亡霊なのかもしれない。剥がれ落ちた記憶と理性を、その筋力の落ちた腕で必死に引き留めているように見えた。

「僕の両親はまだ生きているんだけどね、二人とも定年退職して暇そうにしてる。日がな一日テレビを見て終わるんだ」

 毎日そのような生活をしているのかは知らないが、少なくとも帰省した時にみた両親の行動パターンはそのようなものだった。いつまでも若い気がしていたが、年々、会うたびに老けていく。肌にはりがなくなり、白髪が増え、毛量が減り、目が濁っていく。

「二人とも趣味らしい趣味がなくてね、本当にただ消化試合をしているようにみえる」

 父は大の酒好きで、毎日飲んでいた。それも過去の話で、今となってはドクターストップがかかりノンアルコールビールを飲んで自分をごまかしている。父が酒屋でノンアルコールビールを選びながら「このメーカーのこれが美味いんだよ」と言った時の物悲しさといったらなかった。

 母はクロスワードパズルが好きなようだが、それもそこまで熱心なものでなく、手慰みに気が向けば少しやるという程度であった。本も読まないし音楽も聴かない。スポーツもしない。二人とも何が楽しくて生きているのかさっぱりわからなかった。

 息子である僕を産み、そして育て上げた。残念ながら僕はまだ独身だが、それでももう独り立ちしているので、両親の仕事は終わったといっていいだろう。それで満足なのだろうか。息子といっても所詮は他人なので、その人がどう生きようが関係ないはずだ。愛する息子? 血がつながっているだけで愛を感じることができるのだろうか。それであれば、僕が両親に対して愛を感じていないことの説明ができない。人によるのだろうか。両親は僕を愛しているのだろうか。その愛する息子を育てることこそ、人生の目標や目的で、やりたかったことなのだろうか。直接聞いたことがないし聞く気もないが、おそらく違うだろう。元々やりたかったことがあったはずだ。それはどこへいった? 既に成し遂げたのだろうか。そういった話はしたことがないので、やはりわからなかった。もしかしたら、僕を育てるという作業を優先するために、それぞれの夢を諦めた可能性だってあるかもしれない。

「少なくとも、僕から見る限り、父も母も、何も成し遂げてないんだよね。僕も同じような人生を歩みそうだけれども……それはともかく。何か成し遂げれば、それはその人にとって意味のある人生と言えるんじゃないかな?」

「そうだな、その人間からみた人生に限定すれば意味を持たせることができるだろう」

「それこそが、本来意味を持たない人生に意味を持たせる方法だと思ってるよ、僕は。ただ、まぁ、何も成し遂げないまま、掴めないまま、納得できないまま終わる人生のほうが多いだろうけどね」

「ほとんどの人間がそうだな。どれだけ自分を制御して進み続けようとも、目的地にたどり着かず、納得できないまま、なし崩し的に終わりを迎える。仮に、何かしら成し遂げたとしても、それで終わるわけではない。その後も時間は決して止まることはなく、前日までと変わらないスピードで日々は続くんだ。せっかく見出した人生の意味とやらは徐々に薄れていくことになる。その時にこそ気付くのさ、本当の無意味さに」

 カァ、と彼は笑った。


 午後六時十分。

 太陽は山の向こうに隠れた。先程まで空の上で騒いでいた何者かは、既に沈黙している。空からは昼の成分が抜け落ち、今は黄色と白と水色が混ざりあって曖昧に停滞していた。水色から白へ、白から黄色へ。そして、黄色からマーマレード色にグラデーションしていく。マーマレードは少し煮詰めすぎたように濃かった。山は昼間の日光で焼き付いた残像のようにぼんやりしていた。


 午後六時二十分。

 ラベンダーの香りが漂ってきそうな空。底のほうには杏子シロップが沈殿している。山と空の境界が際立っている。日曜日のためか、遠くの方に見えるビルにはほとんど灯りがともっていない。

 僕はコーヒーを飲んだ。最後の一口だった。


 午後六時三十分。

 空の裏から宇宙の色が漏れだしている。それを押し返すかのように、山の裏では火が燃えている。火はゆっくりと濃縮されていく。火から漏れだした橙が空に広がっていく。

 僕は煙草に火をつけた。いつもより焦げ臭かった。山のむこうから漂ってくる煙を吸っているつもりで味わった。


 午後六時四十分。

 舐めればざらっとした渋みを感じそうな濃紺の空。濃紺に押しつぶされた残火。夜よりも黒い山は、いまだ抵抗を続け、空に溶けきることなく存在していた。影だけとなった山から、ムクドリのような雲がちぎれて離れていった。


 午後六時四十三分。

 山からは赤黒い湯気が立ちのぼっていた。鎮火した後は、語る者も歌う者もいなかった。

 夜になった。煙草の灰が落ちた。


「黄昏……。僕は黄昏を見るために生きている気がする」

 毎日黄昏を意識して見るわけではない。しかし、ふと窓に目をやり、既に夜になっていた時。もう少し早く気付けば黄昏を見ることが出来たにも関わらず、寸でのところで見逃した日には、その日一日の価値を台無しにしてしまったかのような気分になるのだった。

「ずっと見ていたな」

「あぁ。死神から見ても、黄昏は美しいか?」

「あぁ、美しいとも」

 気のない返事に聞こえた。本心だろうか? と考えていると、それを見透かしたように、

「疑り深いやつめ」

 と、死神はこちらを見ながら言った。そして、続けて、

「お前は黄昏を見た。朝を待たずして死ねるか?」

 僕は二通りの返答を考え、沈黙を選んだ。

 パイプ椅子に背をずしりと預けた。椅子はギィと鳴いた。その勢いのまま上を見た。目を閉じると、どこからか日曜日が終わる音が聞こえた。夜空の上のさらに上。高いところで鳴っている。飛行機が通りすぎる音とはまた違う、柔らかくて不穏な……。

 そのまま、うつらうつらし始めたので、眠気に抗うことなく身をゆだねた。

 

 目を開けると、僕は海の底にいた。深い場所にいた。

 日の光が減衰され重苦しい紺色となった海水には、星屑のようにプランクトンが浮いていた。海の底では低音が鳴り響いている。海の流れる音か、地の流れる音か、僕の血が流れる音か。

 海の底から浮かび上がり、息を吸った。誰かが叫んでいる。発狂している。


 ……。夢をみていた。夢の内容は魚のように逃げてしまった。時間をかけても思い出せそうになかった。

 いつの間にか椅子に座ったまま眠っていたようだ。地平線、山々のほうをみると時間が戻ったかのように、また黄昏の空が広がっていた。薄黄色の帯を挟むようにして、黒い青と橙が、せめぎ合っている。さきほど見たときには、橙の領域は既に消えて、不可逆な夜を迎えていたはずだ。寝ぼけているのだろうか?

 腕時計をみた。朝の五時十三分。

 暁だった。

 ビルの屋上で夜を明かしたことになる。

 はっとして横をみると、死神は消えていた。

 僕は最後の煙草を吸うことにした。

 百円ライターの回転部を親指ではじく。火花が飛び散る。火はつかない。もう一度。親指が痛んだがさきほどより強くはじいた。火花が勢いよく飛び散ったが、やはり火はつかない。周りは薄暗かったが、透明の本体を揺らして確認すると、オイルはまだ入っていた。

 もう一度。火花が飛び散る。三回目でようやく火がついた。煙草の先端が火に触れると、ちり、ちり、と音がした。

 山の際にも火がついていた。夜明けが来る。朝日そのものの姿はまだ見えないが、先行して木々の葉が光を放ち始めていた。

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死神は黄昏に問う 川野笹舟 @bamboo_l_boat

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