第12話『交流』
6月25日13時頃。トーワン北東部。
旧都街間を繋ぐ街道から少し逸れた平原。ちょっとした森の近くで、7人の男女が集まっている。
「凄い……これ全部チドイラさんの……?」
「ああ。今年70にもなるジジイのコレクションだ。俺の生涯は武器のためにあったからな」
S級特選部隊7人は、そこでピクニックをしていた。天気は晴れ。暑すぎず寒すぎない気温。地面も湿っておらず中々のピクニック日和だ。
お昼を食べ終えたのんびりとした時間、アルティスはある1枚の絵画を見て驚愕を顕にした。それは壁一面にびっしりと武具がかけられた絵だ。片手剣、両手剣、細剣、短剣、戦斧、メイス、盾、弓、兜、鎧……その他諸々。片手剣だけでいってもさらに細分化できるほどありとあらゆる武具が描かれている。
その絵の持ち主は、にこやかな表情を浮かべる老人だ。切り揃えられた髪は白く染まり、顔には深い皺が刻まれている。だが服の端から除く四肢は老体とは思えぬほどの“締まり”を見せ、その実力が窺える。
名はチドイラ・デンドロン。アルティスを除くA級最強と言われる歴戦の冒険者だ。
「種類という点じゃほとんどコンプリートしたと思ったんだがなあ、3、40年くらい前に魔道具ってもんが出てきてぽかーんよ。武器に魔法が組み込まれてるんだと。それもコレクションに加えたかったんだが高いのなんの。死ぬまでに全世界の武器フルコンプリートはその時点で諦めたわい」
「いやいやだとしてもですよ……これ全部でいくらかかってるんですか……? 数百万なんてもんじゃないでしょう……?」
「そこはA級冒険者の財力よ。欲しかったら俺が死んだ後持ってくといい」
「さ、流石にそれは……」
「あの馬鹿息子にやるよりよっぽどいいわい。このコレクションだけは絶対に相続させん」
「そこまで言いますか……」
チドイラは腰にある白鞘の刀を抜き放ち、空へと掲げた。研ぎ澄まされた刃は陽の光を反射し銀色に輝いてる。鞘の方は汚れが目立ちその刀がどれだけの死戦を潜り抜けてきたのかが分かるのに、刀身の方はまるで新品のような外見だ。それだけ手入れが行き届いているということだろう。
「……やはり美しいな、刀というものは」
「なんでチドイラさんは刀を選んで使ってるんですか?」
「戦い方にあっとったんだよ。技術で詰めていく感じのな。ま、他の武器も常人以上に扱える自信はあるがな」
「はっはっは!」と豪快に笑うチドイラ。そこに1人の女性が近づいてくる。
「なら私の武器と交換して1戦戦いましょうよ」
そう言うのは、外はねのある茶髪を肩上で切り揃えた女性冒険者だ。背中には身の丈3倍ほど……彼女の身長が160センチほどなので5メートル弱もある槍が背負われている。服装は飾り気のない質素なもので揃えられ、落ち着きのある印象を与える。歳の方は40過ぎといった所だろうか。
彼女の名はレメン・カラー。S級特選部隊に選ばれたA級冒険者である。
「ほう、武器交換か。面白い」
チドイラとレメンは武器を放り、互いの武器を手に取った。
「管槍か。割と好みだな」
レメンの槍は管槍という部類に入る。
管槍とは、柄を短めの筒に通した槍のことだ。利き手で柄、反対の手で筒を掴んで運用する。通常の槍は両手または利き手を突き出すことで攻撃するが、後者の場合反対の手を緩める隙や手との摩擦があったりと若干の威力の減衰が発生する。摩擦を軽減する筒を装着することで、利き手での突きの速度を引き上げるのが管槍だ。また、筒を起点に回転を加えることで唸るような攻撃も可能となる。
が、それは通常の管槍の話である。
レメンの管槍は全長実に4メートル40センチ。管も何も通常の槍としての運用は不可能である。
「使い方教えてあげても良いですよ?」
「結構。自己流でやってやる」
チドイラとレメンの2人は10メートルほど距離を取った。互いに武器を構え、ピタリと動きを静止させる。
「魔法は禁止でいいか?」
「当然ですよ。技術の勝負ですから」
鍔の無い白鞘の刀が正面に据えられる。異様な様を見せる槍がわずかな弛みとともに真っ直ぐ相手に向けられる。
瞬間、両者は動いた。
レメンは流れるよな動きで体を動かし地面を蹴る。数十キロの人間の体が、吹っ飛ぶかのように一気に移動する。たとえ10メートル離れていようと、常人ならば反応できないほどの速度だ。
高速で振るわれた刀を、チドイラは巨大な槍の柄で受ける。ギィン! と異様な音が響き、両者の動きが一瞬止まる。
レメンはすぐさま腕の力を抜き、後ろに走って距離をとった。魔力さえあれば老化による肉体の衰えはほとんど無視できる。そしてチドイラはA級最強と謳われる冒険者。力勝負では敵わないと判断して距離をとるのは英断と言えるだろう。
チドイラはレメンを追うことはせず、左手で管槍の筒を持ち、右手で槍を後ろに投擲した。筒が滑り、槍の先端がチドイラに迫る。
やがて筒が外れないようにする返しにより、槍は動きを止める。同時にチドイラは右手で柄を掴み、今度は走りながら前方に投擲。
槍の先端は凄まじい速度でレメンの腹部に迫る。レメンは咄嗟に刀を振り下ろし、迎え撃とうとした。
その直前。チドイラは飛んでいっている途中の槍の柄を、右の拳で叩きつけた。すると槍は左手で押さえらえている筒を起点に、
結果レメンの眼前で槍の刃先は不自然に跳ね、握られた刀の柄の先端に命中。不意打ちということもあり刀はレメンの手から離れ、宙に打ち上げられた。
同時にチドイラは地面を蹴り、回転しながら宙を舞う刀をキャッチする。
レメンと観戦していたアルティスは驚愕に目を見開いた。チドイラは軽々地面に着地すると、刀を器用にくるくる回して笑みを浮かべた。
「白鞘は刀を長期保存するためのもんだ。鍔もなければ柄は滑りやすい。初見の武器でいきなり実践は危ないぞ?」
「とか言いつつ私の槍を初見で使いこなさないでくださいよ……」
レメンは呆れも含んだ苦笑を浮かべ、鞘をチドイラへと返却した。
アルティスも表情を引き攣らせ、2人とへ歩み寄る。
「中々に豪快な戦い方をするんですね……あらゆる武具を使いこなすとは聞いていたけどまさかここまでとは……」
「いや〜、難しい武器ほどハマった時は楽しいな」
満足そうな笑みを浮かべるチドイラ。戦闘時の動きのキレとのギャップにアルティスとレメンは一層表情を引き攣らせた。
と、その時。
「おーい! 作戦直前に怪我すんなよー!」
という声が響いてきた。
見れば、街道の方からボート他S級特選部隊の4人が歩いてきていた。
「チドイラさん、さっきのミスってたら手首取れてましたよ?」
「はっはっは、ミスをすればな」
軽快に笑うチドイラに困ったような顔をするボート。たとえチドイラが圧倒的な技術力を有していると理解していたとしても、ハラハラする気持ちは止められない。もしS級特選部隊のメンバーが今怪我をしようものなら、今晩からの討伐作戦が頓挫してしまう。
普段あまり見せないボートの表情にアルティスは苦笑を浮かべる。アルティスは手に持っていたチドイラの武器コレクション絵画を返却しようと、チドイラに写真を差し出した。
と同時に、チドイラのさらに後ろから伸ばされた手が、まるで交換だとでもいうように別の絵画を差し出してくる。
アルティスから絵画を受け取ろうと手を伸ばしていたチドイラは困惑した表情で後ろを振り返る。
そこにいたのは、黒髪を肩下まで伸ばした女性冒険者だ。全体的に細いといった印象で、手足はスラッとしていてスタイルが良い。腰に2本1対の短剣が指してあり、ラフだがヒラヒラの少ない落ち着いた服を見に纏っている。年齢はレメンと同じく40代前半といったところか。目が細く謎のドヤ顔を浮かべている。
彼女はピツェッタ・ルガリー。両手に短剣という戦闘スタイルの、S級特選部隊のメンバーだ。
「……ピツェッタさん、これは……?」
「うちの息子。可愛いでしょ?」
「え、は、はい、可愛いですね」
ピツェッタが持つ絵画は、積み木で遊ぶ小さな男の子の絵だ。歳は5歳頃だろうか。髪は黒く、笑顔が眩しい。
アルティスはあまりに唐突な息子自慢に眉を寄せ、困惑の表情を浮かべた。
「その子ねえ、今年学校卒業するのよ。だから就職先どうしようかってなってるんだけど冒険者になるって言い出したらどうしたらいいと思う? 私も親に凄く反対されたけど今なら分かるわ。子供が危ない目に合うのって本当に怖いのよ。だから冒険者にはなってほしくないんだけどねえ、私自身が冒険者だからどう諭したらいいのか……」
「は、はあ……」
一方的に息子について話すピツェッタ。
その唐突さと勢いにアルティスは押され、気の抜けた返事しかすることができなかった。
しかし話の内容自体は真っ当なものだ。子供が死亡率の高い冒険者になると言えば、大多数の親は反対するだろう。実際アルティスも紫蛇の一件の後ということもあり、相当反対された。
「……ま、まあ冒険者を志願するとは限りませんし、そんな心配することないんじゃないですか? 今年卒業っていってもまだ6月ですよ」
「うーんそうかもしれないんだけど……」
ピツェッタは懐からさらに複数の絵画を取り出した。その枚数は10や20ではなく、恐らくその全てに息子の絵が描かれているのだろう。
(こ、これが親バカというやつか……)
表情を引き攣らせるアルティスの傍ら、ボートとチドイラは空を眺めていた。その方角は北西。白い雲がまばらに浮かび、青い空はどこまでも続いている。だが目的地は1300キロの彼方だ。地平線が精々5キロと考えると、目的地の天気は見当もつかない。
「うーん、あっち晴れてくれてるといいんですけどね」
「竜相手だとブレスがあるから晴れてりゃいいってもんでもあるまいて。視界の問題はまだしも、足場が不安なら空中で戦えばいいだけのこと」
「そんな簡単に言わないでくださいよ……」
竜種は背に翼を持ち、風属性魔法と組み合わせることで空を飛ぶことができる。さほど高くは食べないが、10メートルも飛ばれれば一般人は手も足も出ない。
あまり記録には残っていないが、恐らく古代より竜種に襲われれば、上空から炎を放たれ抵抗もできず集落が滅ぶ、というのがテンプレートだったのだろう。今でこそ魔法や鉄砲が存在するが、昔は竜なんてそれこそ神と呼ぶに相応しい気まぐれな上位存在だったのだろう。実際竜種の痕跡が確認された地域には、竜を崇める文化が未だに根付いている場所もある。
それほど人類が恐怖してきた竜種だ。体調も武器も戦場すらも万全にしておきたい。
視界と足場が悪いがブレスの無い雨か、良くも悪くもお互い全力を出せる晴れか。結局は運だが、双方の場合を想定しておいた方がいいだろう。
ボートは振り返って楽しげに交流するS級特選部隊5名を見た。雨なら誰が不調になるのか、逆に誰かが全力を発揮するのか。S級が相手だ、考えすぎということはあるまい。
と、その時。
「……お前ら、戦闘体勢に入れ」
北西の空を眺めたまま、チドイラははっきりとそう口にした。
瞬間、チドイラ以外の6名は各々の武器を持ち、円形の陣を引き全方位を警戒した。アルティスは刀を構え、ボートは大剣を担ぎ、デスパーは両手で体の金属球を掴んでいる。その目は一様に細く、集中力の高まりが感じられる。
「どこですか?」
ボートが鋭い声で問う。
「チドイラさんの魔力感知範囲広すぎるんですよ……合わせるのが難しい……」
レメンは槍を真っ直ぐ前に据えながら独り言ちる。
魔力感知。文字通りある程度離れた場所に存在する魔力を感知する技術だ。
上位冒険者ならほとんど会得しているが、その仕組みは全くの不明。ただ意識するとなんとなく魔力のある場所とその量が分かるのだ。世間では魔力が脳に影響して野生の本能を活性化させているだとか、魔力がもたらした第六感だとか、様々な憶測が飛び交っている。
魔力感知の効果範囲は魔力操作技術及び魔力出力次第。人類屈指の戦力であるS級特選部隊の面々で、感知範囲は半径1000メートルといったところだ。
その中でも抜きん出た実力を持つチドイラの魔力感知範囲は、実に半径3000メートルにまで達する。
「……方角は北西。距離は3キロ。数は1」
チドイラでなければ感じ取れなかったその魔力。しかしもう少しすればトーワンに住む人々全員が、魔力の代わりに恐怖を感じることになるだろう。
特別と冠される上位生物を目撃して。
「……どうやら相手さんは俺らとの
瞬間駆け巡る思考。驚愕、疑心、疑問、否定、信頼。
混乱する頭を回転させ、6人が一瞬にして出した答え。
「作戦開始‼︎」
ボートの一声と同時に、5名は同時にトーワンへと駆け出した。
その場には、人類トップ2の冒険者が残る。
アルティスは脳内に渦巻く様々な思考を飲み込んだ。今あれこれ考えては間に合わないかもしれない。だから、質問は最低限に。
「僕が残った理由って聞いていいですか?」
「避難誘導に支障が出ない最少最強の人員だから」
「なるほど」
素早く言葉を交わし、今度は2人は北西に向けて走り出す。
「……はぁ、またS級の襲撃ですか……ワンパターンだな……」
「まあそう言うな。結果が同じなら原因も同じ。原因究明がしやすくなったと考えよう」
「なら魔物が引き寄せられる原因ってなんなんですかね?」
「うーん、もしかしたら人が集まるのは良くないのかもしれんな。俺らみたいに魔力多い奴らは特に」
「なるほど? ……で、今の状況、他の5人は離脱して平気なんですか?」
「俺ら2人なら仕留め損じることはあるまい。あやつらを街中に送ったのは万が一のためだ」
耳元で空気が唸る中、2人は僅かな間で会話する。
チドイラはアルティスの疑問に口の端を持ち上げた。
「単純な実力、攻撃力、機動力、結界術……S級特選部隊は、本来市街地での防衛戦を想定した部隊だからな」
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