第11話『対特別指定魔物討伐特選部隊』
「……全員揃ったな」
6月24日。夜も深まり空に星々が見え始める頃。トーワンという旧都街の西門に、7人の男女が集まっていた。
そのほとんどが40歳を過ぎた知恵と経験を感じさせる者達だ。皆一様にして腰や背中に武器が存在し、目つきが鋭い。傍から見れば明らかな緊張と集中が感じられるだろう。
その中には、刀を差したアルティスの姿もある。
緊張走る一同の先頭に立つのはボート・アルフォート。腕を組んで口を結び、心臓の高鳴りを抑えているようだ。
ボートは深く息を吐いて気持ちを押さえつけると、右の拳を天に突き上げ、高らかに宣言した。
「飯食いに行くぞー!」
「よっしゃあ! 待ってました!」
「ボートの金でお肉食べ放題〜!」
「え」
今日はS級モンスターの討伐のみを目的とした特殊部隊、対特別指定魔物討伐特選部隊、通称S級特選部隊の顔合わせの日である。
食事ということで顔が緩んでいるが、彼らはA級を含めた全冒険者の中でも選りすぐりの実力者なのだ。ボート・アルフォートを部隊長として据え、人類最強アルティス・ガパオを始め魔法、格闘いずれかもしくは両方が人類の限界まで鍛え上げられた秀才達の部隊だ。
魔拳を習得しており、単独でS級モンスターを討伐し得るアルティス・ガパオ。
A級トップレベルの実力に思慮深さと経験を併せ持つボート・アルフォート。
本人の要望によりB級に留まっているが、その魔法の実力はA級に引けを取らないオスマン・オスメ。
全身に爆弾をくくりつけ、それを投擲して戦うという異様な戦闘スタイルを持つデスパー・ポコ。
身の丈3倍ほどもある槍を手足のように操り、唯一無二の突破力を誇るレメン・カラー。
2本の短剣で戦場を駆け、最速かつ確実に標的を屠るピツェッタ・ルガリー。
あらゆる武具を完璧に操る、アルティスを除く現A級トップと言われるチドイラ・デンドロン。
以上7名。彼らこそが、現人類が結成できる最強の部隊である。
その7名は現在、ギルド内の酒場の席についている。次々と出てくる料理に手を伸ばし、積まれる皿はドンドン増えていく。
「あんさん食い過ぎだろう。もっと年寄りに飯を渡さんかい」
「おじいちゃんは体気にして野菜食べててくださいよ〜」
「ちょおいピツェッタさあん! その鳥オレの!」
「残念ねえ! 飯は戦い! 早い者勝ちなのよ!」
「大人げねえぞババア!」
その席では主に肉料理をめぐった戦いが起きていた。顔は笑ってこそいるがその眉は引き攣り声は大きく、今にも武器を抜きそうな雰囲気だ。
大人しく手を動かしているのはオスマン・オスメという枢機卿、普段から大人しいアルティス・ガパオ、この食事を全額奢らされる疑惑のボート・アルフォートだ。
オスマンは深緑色の修道服を見に纏った細目の男だ。小さな赤い帽子を、色が薄く長い茶髪に乗せている。歳は他の面々と比較して少し若く30代前半といった所。多くの人は慎重で堅実、聡明といった印象を受けるだろう。
「あぁ……これ全部俺が払うの……?」
絶望の表情を浮かべ、ボートは呟く。A級最上位冒険者とは思えないほど情けない声だ。
オスマンは苦笑いを浮かべつつ、申し訳なさそうに皿を置いた。
「ま、まあまあ、多少は私も出しますので……」
「たしょお⁉︎」
「し、仕方ないじゃないですかぁ……! 私B級なので皆さんよりお給料少ないんですよ」
「歩合制だろうが! 仕事してないのか⁉︎」
「できてないですよ、父が亡くなって今教会がバタバタしてるんですから。逆にボートさんはお金無いんですか?」
「貯金はほぼ募金した。この部隊についての会議や修行もあったし……」
「あー、なら仕方ないですねえ」
崩れ落ちるボートに苦笑を向け、オスマンは他の騒がしい面々を見る。
なんだかんだ楽しそうな彼らに、オスマンは微笑ましい様子だ。
「……まあ、作戦前日なのでこれぐらい許してくださいよ」
「……全く……報酬少なかったらギルド職員ぶん殴ってやる……」
と、大人2人が話し合っている時。
向かいの席では、とある少年がアルティスの肩に腕を回していた。
「アルティス〜! お前の飯ちょっと分けてくれー!」
「嫌だよ自分で頼めばいいじゃん。ていうか食事の時ぐらい爆弾外しなよ」
白髪を短くした、アルティスと同年代に見える少年だ。背が高く、右目が青、左目が黄緑のオッドアイ。顔のパーツや配置はかなり整えられ、爽やかな印象を与える。白いシャツにベージュのズボンという部屋着のような服装だが、体中に10センチほどの金属球がくくりつけられ異様な格好となっている。
彼の名はデスパー・ポコ。その全身の金属球は全て爆弾。彼には唯一無二の戦闘スタイルを成立させるだけの力があり、その実力はアルティスと同様17歳にしてA級に認定されているほどである。
同い年ということでアルティスとデスパーはそこそこ仲が良い。自分達以外歳上のS級特選部隊の中だと尚更気が許せるのだろう。互いに若くしてA級冒険者ということで、ライバルという間柄でもある。
「これ外すと着るの大変なんだって」
「万が一起爆したらどうするの」
「へーきだって! オレが魔力込めねえと爆発しねえから!」
2人はなんだかんだ言い合いをして、デスパーがアルティスの肉料理をいくつか掻っ攫う。
その後も賑やかな食事が続いたが、ある時ボートが手を叩き、一同の注目を集めた。
「あー、俺の小遣いを減らすのは一旦そこまでにして……明日からの作戦の大枠だけ説明するぞ」
ボートは懐から数枚紙を取り出した。1枚は地図、残りは文字がびっしり書かれた記録書のようだ。それらを皿を退けた机の上に並べ、話し始める。
「まず事の始まりから。6月16日、ここから約1300キロ北西の地点でS級モンスターである白竜らしき魔物を発見。すぐさま調査隊が組まれ、3日前の21日、
「特に無ーし」
「無ーし」
「大丈夫です」
「……んで、白竜討伐についてだが、明日25日の夜に目標地点に出発して、26日に到着。休憩のために一夜明かして、27日に討伐作戦。ここまではいいな?」
6人は無言で頷いたり、肩をすくめたりする。
「……こっから細かいことは明日詰めるんだが……討伐作戦は、白竜1体をアルティス1人が、もう1体を他6人が対処することを予定している」
「え……だ、大丈夫なんですか?」
そう言って驚いた様子なのはオスマンだ。
チラリとアルティスへ視線を投げ、おずおずといった様子で話す。
「その、アルティスくんの実力を疑っているわけではないんですが……1人というのは危険なのではないでしょうか……? トラブルが起こった際など、最低でも2人いないと対処できないと思うのですが……」
オスマンのもっともな問いに、ボートは難しい表情を浮かべる。
「んー、それはその通りなんだがな……戦力的にそうせざるを得ないんだ」
「……というと?」
「まず敵が2体いる以上、片方を放置するとそいつに一方的に攻撃される。だから戦力を分ける必要があるわけだが……問題なのは、アルティスを除いた6人は、1人でも欠けると白竜とまともに戦えなくなることだ」
「……A級最上位冒険者5人でも、戦えないということですか……」
「ああ。今までも白竜や亜種の黒竜を倒した例はそこそこある。だが当然S級相手の戦闘にマニュアルなんてねえから、そのほとんどはただ総戦力でぶつかるしかなかった。それらの戦いの記録から概算した、『S級モンスターと戦う最低戦力』。それがA級最上位冒険者6人ってわけだ。もちろん『最低戦力』だから多い分にはいいんだがな、ここにいる7人以外の冒険者は居ても邪魔になるだけだ」
「なるほど……それを踏まえると、S級を単独で討伐し得るアルティスくんがいることは、むしろ相当なアドバンテージですね……」
「ああ。だがトラブルに対処し辛いのは確かだ。だからアルティスは無理に倒そうとせず、俺達が片方の白竜を討伐するまで時間稼ぎをしてくれればいい」
ボートの真剣な視線がアルティスを射抜く。
その目から読み取れるのは信頼、不安、期待、罪悪感……まだ17歳であるアルティスに重荷を押し付けることに対する負の感情と、アルティスなら役割を果たしてくれるという希望。それらを押し殺し、ボートは1人の冒険者、そしてS級特選部隊の部隊長としてアルティスを見ていた。
幼少期から他人の感情に敏感であったアルティスはボートの心中を察し、自らも鋭い目つきでボートを見つめる。
「……大丈夫ですよ。僕が作戦の
そう言い切るアルティスに、6人は目を軽く開き、感心したような表情を浮かべた。デスパーを除き皆歴戦の冒険者だ。17歳にして強い覚悟や決意を抱くアルティスに、少し関心が高まったのだろう。
「かっこいいじゃねえかアルティスよ〜! 普段大人しいのにこういう時はビシッとキメるんだからな〜!」
デスパーはニヤリと笑みを浮かべ、小馬鹿にするような口調でアルティスに声をかけた。
しかし直後、デスパーの声のトーンは下がり、ハッキリとした口調となる。
「……まあ安心しなって。もしもん時はオレが全員爆殺してやるぜ」
その言葉にアルティスは一瞬目を見開いた。
肩をすくめ、アルティスは少し笑顔を浮かべる。
「……うん、頼むよ。けど逆に僕が助けることになるかもよ?」
「言ったなあ? オレにもしもの時なんてありませ〜ん!」
現人類最高戦力たる特別指定魔物討伐特選部隊。
生物としての次元が違うS級モンスターの討伐作戦を目前にして、ほとんど緊張の様子を見せない7人。それが余裕故なのか、現実感が無い故なのかは傍から見ては分からない。
人が竜に勝つのか、または強大な戦力を失うことになるのか、それは2日後に決まる。
結局S級特選部隊の豪快な食事は酒まで入り歯止めが効かなくなった。酔っ払った中年冒険者はボートの財布から金を溶かし、自らの胃袋を満たしていく。やがてボートまでやけになり、注文される品の数は増えていく。
2日後に決まるのはボートの財布の中身の多寡もなのではとアルティスとオスマンは気づき、2人はそっとお金をテーブルに置いたのだった。
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