第3話『エーミール学院 後編』
エーミール学院の広い廊下を、4人の生徒が駆けていく。
「で、クリス。水晶はどこにある予想なの?」
アルティスは走りながらクリスに問いかける。
作戦会議はアルティスとマフィの口喧嘩が原因で全ては纏まらず、校舎の仕掛けの確認だけで終わってしまった。本来なら防衛側がどこに水晶を設置しているか予想したり、水晶の場所に合わせたフォーメーションを考えたりしなければいけなかったのだが。
そんな理由があるので、クリスはアルティスをキッと睨みつけた。アルティスは視線を逸らし、それを見てマフィがクスクスと笑う。
「……相手チームのリーダー格は、多分ビージャ・ゼリ。エーミール学院内でもかなりの頭脳を持つやつよ。……あいつなら、多分入り口からなるべく離れた場所に水晶を置く……と思う」
「というのは?」
「ビージャは勝負が好きで、かなり攻撃的なのよ。ビージャなら水晶をなるべく遠ざけた上で、一気にたたみかけてくる……はず」
「自信なさげだなぁ」
「うるさいわね! いいから走りなさい! 挟み撃ちが一番の負け筋よ!」
「はいはい。一番離れた場所は……屋上?」
「ううん、違う。今年の仕掛け上一番入り口から遠いのは、三階の第五学年二クラスよ!」
エーミール学院の校舎はHの形になっている。入り口はHを横にして見た時の横棒の中央。入り口から校舎に入ると左右に廊下とクラスごとの教室、正面に特別棟に繋がる通路があり、その通路を渡って左右に特別教室が並んでいる。
普段なら入り口から一番遠いのは特別棟4階の端にある音楽室だ。しかし今日は魔法祭。校舎に様々な仕掛けがあり、移動ルートが変則的になっている。その内容は毎年異なるため、あらかじめ決めておくことはできない。
今年は普通棟の階段の、二階と三階の間が塞がっており、普通棟の階段からは三階より上にいけないようになっている。逆に特別棟の階段は二階と三階には繋がっておらず、行けるのは四階と屋上のみ。つまり普通棟の三階に行くには、特別棟まで行って上がって下がってという、面倒くさい動きをしなければならない。
つまり実質的に入り口から最も遠い場所は、三階の普通棟端の教室。つまり第五学年第二クラスなのだ。
まず一階の渡り廊下を通り特別棟へ。そこから階段で四階まで上がり、もう一度渡り廊下を渡って普通棟の階段で三階に下りる。そこをすぐに曲がった突き当たりにあるのが目的の第五学年第二クラスだ。
「つまり僕達は、考えうる中で最長の距離を、待ち伏せを掻い潜りながら走り切らなきゃいけないってことね」
「そういうこと! ……ビージャなら来るなら速攻……私達の道順で、スタートから最も早く不意打ちできる場所は……!」
クリスの説明が終わらないうちに、アルティスはピクリと表情を動かした。
「前‼︎」
そうアルティスが叫ぶと同時に、渡り廊下の終わり、その陰から二人、男子生徒が飛び出してきた。二人がクリス達に両手を向けると、そこから三十センチほどの炎の玉、火球が生まれ、射出される。
クリスはアルティスの声にいち早く反応し、前に進み出た。飛んでくる火球に怯みながらも自らも両手を掲げ、火球を撃ち返す。
襲撃してきた男子生徒二人は堪らず再び陰に引っ込んだ。
「やっぱり来た! 全員前に出て! この人数なら二人程度突破できる!」
「もう、いきなり大変ね!」
クリスが叫び、マフィが黒髪を靡かせながら走る速度を上げる。
クリスが立てた作戦。それは無視である。
敵のブレインであるビージャは十中八九速攻で仕掛けてくる。そして水晶の位置はなるべく遠い場所と予想できる。ならば襲ってくる面々は極力無視し、水晶の元に突撃してしまおう、という作戦だ。
本当ならどこで、誰が、どのように待ち伏せしているかも予測し、共有しておきたかったクリスだが……アルティスとマフィの口喧嘩で間に合わなかった。
アルティスは前に出てというクリスの声に従い、集団の先頭に進み出る。
そして訝しむような表情を浮かべ、クリスに話しかける。
「クリス、残りの二人は三階の渡り廊下にいる。二人無視すると挟み撃ちになっちゃうけどいいの?」
「え、どうして残りの人員の場所が……」
「魔力感知だよ。周りにある魔力の位置が分か……」
直後。
上にあった二つの魔力が移動したのをアルティスは感じとった。それらは渡り廊下を横に突っ切り、恐らく窓から飛び降りた。
アルティスは咄嗟に振り向きながら急停止し、後ろに向かって魔法で風を起こした。クリス達は咄嗟に顔を庇って足が止まる。
近くにいたクリスとマフィの腕を引っ張って前方に転ばせ、後ろにいた男子生徒を突き飛ばす。さらに両手を両側の開いた窓に向け、魔力を操作する。
同時に、三階から飛び降りてきた二人の女子生徒も渡り廊下に向かって雷を放っていた。
「ッ‼︎」
同時に、女子生徒達に向けられていたアルティスの両手から、毒々しい紫色に光る薄い板のようなものが広がった。伸びてきた雷はその紫色の壁に衝突。アルティス達には届かなかった。
人間……魔物の体内に存在する魔力は、圧縮すると物質化と呼ばれる現象が起きる。これを傷の治療に使うのが回復魔法。そしてアルティスが今発動したのが、物質化した魔力で壁を作る結界術である。
結界術によって敵二人の魔法を防御したアルティスは、小さめの火球を窓の外に向けて放ち、牽制を行った。女子生徒はたまらず壁の裏に身を隠す。
「前に走って‼︎」
そう大声で叫び、アルティスはクリスとマフィに指示を飛ばす。同時に後ろに突き飛ばしてしまった男子生徒の元へ駆け寄り、手を取って立たせる。
「ごめん、だけど今はとにかく……!」
と、アルティスが口にした……その時。
男子生徒……スネーク・ケーキはアルティスの手を振り払い、顔面を全力で殴り抜けた。
アルティスは顔を歪めて多々良を踏み、床に倒れる。混乱する頭で顔を上げ、スネークの顔を見るが……
「……小汚い平民ごときがこの俺に触るな‼︎」
その形相はあまりに屈辱的で、まるで冒涜的な目にあったと言わんばかりの憤怒だった。
アルティスの顔に、悲痛な表情が浮かぶ。
直後。
倒れたアルティスの頭上を、火球が通過した。一瞬だけ熱を感じた直後には視界に燃える球体が映り……スネークの顔面に直撃した。
「ッ‼︎」
火球はスネークの顔面で爆発。スネークはその衝撃で頭を激しく地面に打ちつけた。
「いっ……てえ‼︎ なんで俺が……ッ! こんな……ッ‼︎」
アルティスが地面に倒れるスネークに、怒っているような、悲しんでいるような表情を浮かべているその時。
「アルティス! こっち!」
後方からクリスの澄んだ声が聞こえてきた。
「させないよ!」
直後に響く、幼さの中に何処か艶と張りのある少女の声。三階から飛び降りてきた女子生徒の一人、敵の総大将ビージャ・ゼリである。
ビージャは窓枠に足をかけ、アルティスに向かって両手を突き出した。
「アル・ファイア!」
魔法の出力は前置詞によって表される。火球を放つファイアなら、弱い順にファイア、アル・ファイア、イル・ファイア、そしてウル、エル、オルと続きフルが最大出力。
つまり、ビージャの放った火球は出力を上げ、殺傷力を高めたもの。二チームが接敵した際男子生徒達が放った火球の大きさは三十センチ程度。しかしビージャが放った火球の大きさは一メートルほどもある。直撃すれば相当のダメージを負うことだろう。
アルティスはクリスの声に反応し、すぐさま立ち上がっていた。そして一歩を踏み出し、クリスとマフィの元へと走り出す。
が、直後。ビージャが放った一メートルほどの火球がアルティスの頭に直撃した。爆音と衝撃、そして熱が、エーミール学院の一階渡り廊下に響き渡る。
煙が立ち込めた廊下。火球が頭に命中し、爆発に巻き込まれたアルティスは……何のダメージを負った様子も無く、煙から姿を現した。
「ちょっ、マジ?」
ビージャが驚愕を含む笑みを浮かべる横を、アルティスは全力で走り抜けた。すぐにクリスとマフィに並び、尚も駆ける。
「これはチャンスよ! 敵全員がここにいるなら、水晶は守られてない! ここを抜けさえすれば……!」
「角の二人は僕がやる。クリスとマフィは急いで水晶の所へ」
「偉そうに指図しないでくれる?」
「ああそう、ならあなた様はモタモタしてないでさっさと先に行ってくださいませ」
「喧嘩しないの‼︎」
アルティスとマフィの口喧嘩に、クリスが怒号を上げた。
そんなこんなしていると、三人は渡り廊下を進み切る直前まで来ていた。しかし左右の壁の裏には奇襲を仕掛けてきた男子生徒二人がいる。彼らを突破しなければビージャ達との挟み撃ちだ。
だがここさえ突破できれば、敵チームは全員一階にいるため、水晶があると思われる普通棟三階へ直行できる。
アルティス、クリス、マフィは廊下の角に到達した。同時にアルティスが両腕を左右に伸ばし、魔法を発動しようとした。
……だが、一瞬遅れた。
廊下を渡りきり、男子生徒二人を攻撃しようとしたアルティス。だが些細な違和感により魔法の発動が遅れてしまった。否、自分の意思で発動を止めてしまった。
いなかったのだ。渡り廊下の角のどこにも。いるはずの男子生徒二人が。
その瞬間、アルティス、クリス、マフィの三人の思考は加速していた。
あまりに咄嗟の思考故……その思考が言語を纏ったのは、“事が起こった”後だった。
(な……⁉︎ どこにいった……⁉︎ 奥の教室に逃げ込んだか⁉︎ だったらこのまま突っ切ってしまえば……‼︎)
(アルティス……⁉︎ どうして撃たないの……⁉︎ もしそこに人がいないなら進んで体勢を立て直せるけど……‼︎)
アイデアを閃くがごとく一瞬で駆け巡った思考。
それらはすぐさま驚愕一色に染め上げられた。
特別棟廊下に出たアルティス達はその直後、右手から迫る極太の木の根に押しのけられた。
最後尾のマフィが廊下にたどり着いたと同時に、向かって右側の廊下のさらに奥。教室の外にいた男子生徒は二人で魔法を発動した。
それは魔力によって地面の生命の成長を促進し、木の根を生やす魔法のウル段階……ウル・ネイチャー。
廊下を縦横全て埋め尽くすほどの巨大な木の根。アルティス達が豪速で迫り来る壁のようにも思えるそれに気づかないはずがない。だが一瞬の困惑が気づきを遅らせてしまった。
結果、アルティス達三人は巨大な木の根に押し飛ばされた。
「グウッ‼︎」
「キャアア‼︎」
根から細かく突き出した枝が三人の体に突き刺さる。血を撒き散らしながら、クリスとマフィは強力な横からの圧力に息を詰まらせ恐怖するしかなかった。
「ッ‼︎ ……ウル・ロック‼︎」
そんな中、アルティスは魔法を発動した。
アルティスは木の根に右手を押しつけ直後に魔法が発動。光を発するゴツゴツとした球体が、アルティスの手と木の根の間に生成された。それはドンドンと大きさを増し、木の根を押しのけていった。
一秒もしないうちに光る球体は廊下全体を埋め尽くすほどまで巨大化し、そして発する光は霧散した。
そこに残っていたのは、巨大な岩だった。壁やガラス、床、天井を少し削り、岩は木の根を受け止めて停止させていた。
岩属性魔法、ロック。岩を生成する。
押し出されていた勢いのまま、三人は廊下に転がった。
「うぅ! い、いったぁ……」
マフィは床を転がり、強く打ったのか左肩を押さえていた。
(かなりまずいな…)
倒れたアルティスはすぐ体を起こし、辺りを見渡した。
廊下には窓と教室に続く扉が並び、その教室にも窓がある。岩で廊下は塞がったが、逆に言えば逃げ道がなくなったということ。先回りされて窓から攻撃されれば避けようがない。
アルティスは床に座り込むクリスへと顔を向け、声を発した。
「クリス、ここはまず教室へ!」
しかし、クリスが動く様子は無い。ただ床の一点を見つめ、呆然としているようだ。まるでもう、全て諦めてしまったかのように。
「……クリス……?」
アルティスもまた動きを止め、怪訝な顔をクリスへと向ける。
が、直後。
「男子組は奥から回りなさい! 女子組はこっち!」
というビージャの声が響いてきた。
「クッ! クリス、ひとまずこっちに!」
「あっ……」
悪態をつきながら、アルティスはクリスの腕をとって無理矢理立たせ、近くの教室に連れ込んだ。
マフィも同じ教室に入ったことを確認すると、アルティスは教室内の机や椅子を入り口に蹴り飛ばした。クリスを座らせ、さらに入り口に障害物を積み上げる。
もう一つの入り口も塞ぎ終わった後、クリスの元へと歩み寄る。尚も呆然とするクリスの顔を覗き込めば、目を見開き口を震わせ、どこか恐怖すら覚えていそうな表情をしていた。
「……ごめん……マフィ……アルティス……私のせいで……」
ポツリポツリと発されたその声は震えていた。
「な、何言ってるのよクリス……あんな奇襲をされたらどうしようも……」
「……違う……私なら……普段の私なら予測できたはずなのに……こんなミス、しちゃいけないのに……」
「『しちゃいけない』って……」
困惑するマフィの顔も見ずに、クリスは自分の両手を見つめた。
勉強も運動も人一倍努力してきた。誰よりもペンを握り、誰よりも動かしたその両手は、所詮弱者の飾りでしかないように思えて……
「……クリス、この程度の間違いなんていくらでも挽回できる。たしかにスネークはリタイアしたけど、正直あんな奴いてもいなくても変わらな」
「違うの……挽回できるとかできないとか、そんなの関係ないの……貴族として、レート家として、どんな小さなものでも失敗はしちゃいけないの……! しかも……私のミスで、他の人まで傷つけた……!」
「……」
クリスが持つプライド……否、誇りがどのようにして生まれたのか、アルティスはその時なんとなくだが理解した。
アルティス自身はあまり知らないが、レート家は途方もない年月、何世代にも渡って少しずつ大きくなってきた家だと聞く。
そのような話を幼少期から、より事細かに聞かされ、クリスの中に自分も努力していかなければならないという使命感、義務感が生まれたのだろう。
それは成長していくにつれ肥大化し、いつしか如何なる失敗も許されないという、歪んだ呪いへと変貌した。
クリスの自分の努力への誇りは、積み重なる精神的負荷から生まれた自己防衛本能……なのかもしれない。
「……それは違うよクリス。どんな家に生まれても、どんな場所で生きようと、失敗をしちゃいけない人なんていない」
「でも……! お父様はいつもレート家に恥じない人になれって……!」
「それは失敗をするなってことじゃない。少なくともクリスのお父さんは確実に一つ間違いを犯してるしね」
「え……?」
「実の娘にそんな歪んだ義務を信じ込ませてるなんて、相当罪深い間違いだよ」
クリスは無意識に顔を上げた。そして、自分をしかと見据えるアルティスの目と視線を交わす。
「……僕はクリスと同じチームになれて、素直に嬉しいと思った! それはクリスが失敗しない人だからじゃない! 失敗しないために努力できる人だと思ってるからだ!」
「……」
「……けどまあ、努力ばかりじゃいつか潰れる。偉そうに色々言ったけど、僕が結論言いたかったのは……! ……もっと楽しんで! 学生生活なんて人生で一度きりなんだから、ちょっとした出来事でも、もちろん魔法祭も、楽しもうよ! 僕みたいに卑屈にならないでさあ! もしそれでクリスの父さんが叱ってくるならぶっ飛ばせばいいんだよ!」
どこか罰の悪そうな、気まずそうな顔で言い切ったアルティス。
言い終わってから恥ずかしさが込み上げてきたのか、頭を掻きながら顔を逸らすアルティスを見て……
「……ふふっ」
クリスは笑った。
「……それだけカッコつけたこと言って、何今更恥ずかしがってるのよ……ふふふっ、変な人」
「うぅ……ああそうだよ、そうやって笑ってればいいんだよ! あとついでにそこで気まずそうにしてるマフィも馬鹿にしとこう」
「え? な、何よ突然!」
アルティスの言葉に「考えさせられるな」と思いながらも傍観していたマフィは、突然話を振られしかも煽られていたことに声を裏返らせた。
すっとぼけた顔でそっぽを向くアルティスに詰め寄るマフィ。そんな二人を不思議そうに眺め……クリスは無意識に口を窄めた。
アルティスがチラリと視線を向ければ、そんなクリスの顔が目に入る。その様子からクリスがある程度回復したようだと、アルティスは息を吐いた。
と、その時。教室の窓に、一つの人影が映り込んだ。艶のある茶髪を整えた少年。先程奇襲を仕掛けてきた男子生徒の一人だ。
男子生徒は窓に手を掲げ、何かしらの魔法を発動しようとした。
が、直後。アルティスが放った鞭状の圧縮した空気が窓を突き破り、男子生徒をぐるぐる巻きにして拘束した。
「えああああ⁉︎ 何何何何うわあああああ‼︎」
突如として体の自由を奪われた男子生徒は、奇怪な声を上げてジタバタと体を捩る。しかし非情にも、彼の体は全くもって動かない。
アルティスは魔法を発動したまま窓を開け、男子生徒を担ぎ上げた。そのまま扉のバリケードをどかし、廊下の窓を開け、今まさにこちらを攻撃しようとしていたビージャへと投げつける。
「ぬぎゃあああビージャああああああ‼︎」
「ちょまっ‼︎ なんであんたが飛んでくグハァッ‼︎」
男子生徒諸共、ビージャは再び地面に転がった。
口を間抜けにも広げて倒れた二人を見つめる女子生徒を無視し、アルティスは教室へ戻りクリスを見た。
「……で、どうすんの? 何か巻き返せる作戦とかある?」
「……うーん……いや、もう考えるのは疲れたわ」
「と言いますと」
「作戦も何もなく突撃するのよ! 三人で誰が水晶を取れるか競争ね!」
そんな脳筋以外の何者でもない作戦を、クリスは今までで一番の笑顔で言ってのけた。
そんなクリスを見て、アルティスもまた笑い、マフィは呆れ顔を浮かべた。
「ははっ、いいじゃん」
「あぁ、なんでクリスがこんな脳筋に……あんたのせいよ、アルティス・ガパオ」
再び顔を背けるアルティス。
一方その数メートル離れた中庭。
そこではアルティスに投げ飛ばされた男子生徒が拘束から解放され、ビージャに引っ叩かれているところだった。男子生徒はヨロヨロと立ちあがろうとする。
「ちょっと早くどきなさいよ! 変なところ触ったら潰すわよ!」
「何をだよ! 痛い! やめて!」
と、ビージャがそれはもう鬼気迫る顔を浮かべていた、次の瞬間。
もつれている二人の目の前、開かれた窓から順番にクリス、マフィ、アルティスが飛び出してきた。窓枠に足を掛け、我先にと中庭に跳んでくる。
「ちょっ!」
そこからは、文字通りの泥試合だった。
ビージャは男子生徒を蹴り飛ばし、両手を伸ばして火球を放った。それはクリスの横を通り過ぎ、校舎にぶつかり爆発する。
中庭へと降り立った三人は、一目散に一階の渡り廊下へと向かった。水晶があると予想される普通棟三階に行くための特別棟階段。そこへの道をアルティスが岩で道を塞いでしまったため、一度外に出るしかなかったのだ。
ビージャが立ち上がろうとしている間に、女子生徒が三人の前に立ちはだかる。と言っても体を大の字にして通せんぼしようとしているだけで、とても三人を足止めできそうにない。
案の定、女子生徒が止められたのは真ん中を走っていたビージャだけ。クリスとアルティスは左右を抜けていった。
「ああっ! ま、待って!」
「待ってと行って待つ人はいないでしょう?」
そう言うと、ビージャは女子生徒に正面から抱きついた。
「足止めさせてもらうわよ」
マフィは女子生徒の身体を弄り、くすぐった。
「いやあああ! ちょっ、や、やめっ! うわああああはああ! ひぃぃぃ!」
女子生徒が体を動かし抵抗するも、マフィは全く力を弱めない。
そんな二人の横を、十個弱の火球が通り過ぎていく。ビージャが起き上がり、走っていくクリスとアルティスに向けて撃ったのだ。
火球が地面や校舎にぶつかって爆発し、クリスは顔を顰めて足を止めた。
しかし、アルティスはその瞬間に踵を返していた。
一気に体の向きを変え、右手を斜め左上へと伸ばす。その先にあるのは……普通棟三階。
次の瞬間、アルティスの右手から鞭状の炎が飛び出した。炎は真っ直ぐ、素早く伸びていき、目的地近くの窓枠上部に突き刺さる。さらに直後、右手から伸びていた炎の鞭の弛みが消え、まるで巻き取られていくかのようにアルティスの手へと勢いよく戻っていく。だが先端は校舎に固定されているため、アルティスの体は普通棟三階へと一気に近づいていった。
「何ィ⁉︎」
その光景を目の当たりにし、目を丸くするビージャ。すぐさま空中を移動するアルティスへと両手を向ける……が。
その瞬間、走ってきたクリスにぶつかられ、ビージャは地面に倒れてしまった。
「わっ! クリス……⁉︎」
「させないわよ、ビージャ!」
「私を押し倒すなんてね……! お互い泥だらけだ!」
そこからはビージャが抵抗し、クリスが押さえつけの繰り返し。
ビージャが動く度に土埃が舞い、両者の体を汚していく。たとえクリスの拘束を抜け出せても、また抱きつかれアルティスへの攻撃ができない。
片やくすぐりで拘束し、片や土まみれの取っ組み合い。歴史あるエリート校の行事にしてはあまりに幼稚な戦いだ。なんなら男子生徒二名は怖がって逃げてしまっている。
しかし、戦っている人達の表情は不思議と生き生きとしていた。今という時間一瞬一瞬を楽しむように。瞳には輝かしいものがある。
マフィのくすぐり攻撃、クリスとビージャの取っ組み合いが始まって十数秒後。
「お〜い皆〜」
という声が上空から響いてきた。
視線を上げれば、普通棟三階の窓際にアルティスが立っている。右手には何やら直径二十センチ程度の球体を持っていた。
アルティスは何の迷いもなく、窓から飛び降りた。地面にドスンと着地すると、右手に持った球体……水晶を一同の前に差し出す。
「水晶ってこれで合ってるよね。僕達の勝ちだ」
そう言って、アルティスはニヤリとした笑みを浮かべた。
「……っだああ! 負けたあ!」
ビージャは水晶を見ると、悔しそうだが爽やかな笑みを浮かべ、地面に倒れた。
「……は、ははっ……疲れたあ……。……けど……ちょっとの間だったけど……楽しかったな……!」
髪をボサボサにし、所々に擦り傷を携え、泥まみれになったクリスは、穏やかな笑顔を浮かべ空を仰ぎ見た。
※※※※※
終わった直後に言うのもあれだけど魔法祭失敗だったなあ!
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