Run away , through the labyrinth

1

 メチャケの森。フジテのはずれに存在するその森は、別名、冷笑の迷宮ブラックジョーク・ラビリンスと呼ばれていた。森の深部では磁石が効かなくなり、太陽の光が入らないほどうっそうとしていたため、太陽の位置もわからない。また、登ったり降りたりと、小さな山や谷もあり、視界を邪魔していた。一度入ると方向感覚を失い、森から出られなくなってしまい、嘘か真か、気がおかしくなって笑うことしかできなくなる、といういわくつきの森であるため、いつからかそういう呼び名がついた。この森の特性を利用し、自殺目的でこの森に入る者もいた。またこの森には、熊や狼や猿など、猛獣も生息しているため、多くの人はこの森に入ることを恐れた。今、この森を走る二人の人がいた。エバと少年である。


「ちょっと待ってくれ君!」


 自分より運動能力が高いと分かっていたが、それにしてはずいぶんと早い。ついていくのがやっとだ。下手をすれば、あっという間に引き離される。


「早くしてよ、追いつかれちゃうよ!」

「まだ奴らの姿は見えない。ちょっと休憩させてくれ」

「ちょっとだよ」


エバは両手を両膝につき、息を整えた。


「ずいぶん早いな。森の中は得意か?」

「…僕はこの森のもっと深いところでじいちゃんと住んでたんだ」

「なんだって!こんな森でどうやって!」

「じいちゃんは農業をしてた。ときどき鹿とかも捕まえてた」

「そうか、それは大変だったな」


 今の時代に自給自足生活とは。かなりの苦労があったはずだが、今は無駄な詮索はしないことにした。


「じいちゃんが奴らに殺されたって言ってたな。なぜだ?」

「わからないよ!ぜんぜんわからないんだ!!」


少年は少し激高した。


「すまない、落ち着いてくれ」


どうやら少年も、訳も分からず逃げているようだ。


「とにかく逃げようよ、早く!」

「わかった」


また進もうとした、そのときだった。小高い丘の上から、獣のうなり声が聞こえてきた。見ると、10頭前後の狼の群れだった。


「グルルルルルル…」

「こういう時に、そうきたか・・・」


 エバは広告のキャッチコピーのようなセリフを吐いた。それどころではないだろうに。こういう時のために、マサヒはオレに行かせたのだろう。自分の「麻酔」は獣にも通用するはず、少しくらいは怪我するかもしれないが、なんとかなるだろう、エバはそう考えた。彼の異能ストレンジが、彼の危機感を奪っているのかもしれない。それはさておき、心配なのは、少年だった。


「ううう…まただ、なんでいつもこうなんだ…うううう…」


尋常ではないほど狼狽している。なにかトラウマでもあるのだろうか。


「心配するな!落ち着け君!オレがなんとかするから!」


 そうこうしているうちに、狼の群れは駆け出した。こちらに向かってくる。エバは身構えた。最初の一頭が、エバに接触する、まさにその瞬間だった。


「ピィーーーーーーー」


 わりと近場から、口笛のような音がした。狼たちはその口笛のような音に反応したのか、静かになり、音のした方向を見ている。エバもその音がした方向を見た。また、見知らぬ男が立っていた。

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