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「この村に15、6歳くらいの少年がいるはずだ。引き渡してもらおう」


スーツ姿の男たちの一人が言った。


「あんたらずいぶん無礼だな。まず自分たちが何者か名乗ったらどうだ?」

「我々はフジテの公務員だ。匿うとろくなことがないぞ?」

「信用できないね。そもそも少年なんてここには来ていない」

「嘘をつけ。調べはついてる。痛い目にあいたいらしいな」

「皆さん、手荒なことはよくない。あくまで穏便に行きましょう」


 白いスーツを着た長身の男だった。屈強なスーツの男たちの後ろから歩み出てきた。赤い瞳をしていた。


「すいませんね、お兄様方。私たちはあくまで穏便にことを進めたい。あなたがたも揉め事はさけたいでしょう?どうです?」


 赤い瞳の男は、村の若者の一人の目をじーっと見つめながら話した。すると、さっきまで敵意むき出しの若者の様子が変わった。


「…ああ…そうですね…そう思います…」


さっきまで敵意むき出しだった若者の一人が、急におとなしくなった。


「おいシンゴ!!どうしたんだ!!しっかりしろよ!!」

「君もそう思うでしょう?平和的にいきましょう」


赤い瞳の男は、今度はもう一人の若者の目をじーっと見つめながら話した。


「…ですよね…僕もそう思ってました…」


やはりおとなしくなった。


「おいツヨシ!!お前までどうしたんだ!!」


こうして次々と若者たちはおとなしくなり、結局、皆赤い瞳の男に従順になった。


「みなさん、少年がこの村に運ばれてきましたよね?今どこにいます?」

「少年は…村長の家にいます…」

「では案内してください」

「はい…わかりました…」


一同は村長の家に向かって歩き出した。


「おい、あいつらこっちに向かってくるぞ!簡単に村の中に入れるわけないんだが…君、あいつら本当に悪い奴か?」

「オレのじいちゃんはあいつらに殺されたんだ!!」


そのセリフにマサヒだけでなく、その場にいる全員が凍りついた。


「そうか…すまない。どうするエバ」

「どうすると言われても…」


 展開が速すぎて、ろくな考えが浮かばない。だが、気になる点がいくつかあった。遠目ではっきりとは分からないが、村の若者たちは、長身の男と話したとたん、様子が変わったように見えた。説得された、そんな感じではなかった。それにあの長身の男。ああいういけ好かない感じの男は、医者にも患者にも何人かいたので、さして珍しくはない。しかし、あの男は普通の人とは何かが違う。うまく説明できないが、今まで会ったことがないタイプの人間だ。何が違うのか、今ははっきりとはわからなかった。


「くそ、こんなことになるなんて…村長すいません、やっぱりオレが異能者ストレンジャーなんてつれてくるから…」


エバは驚愕した。


「マサヒ、それ本気で言ってるのか?」

「あいや、すまない…動転して…」


 この村は他の人たちとは違うと思っていただけに、その台詞はエバには大きなショックだった。


「それは違うぞマサヒ」


村長だった。


「マサヒ、お前の行いは正しい。正しいことをした人は、自分の行いを恥じても後悔してもいけない。もっと堂々としていなさい」

「村長…」


さっきまでとは別人の村長がそこにいた。その驚きで、さっきのショックは薄れた。


「少年、さっきの言葉、本当なんだね?」


少年は村長の目を見ながらうなずいた。


「家の奥に裏口がある。そこから森に逃げられる。ここは私にまかせて、ひとまず森に逃げなさい」

「ぼく一人で?」


マサヒがエバを見た。


「エバ、お前今失業中だろ?一緒に逃げてやってくれ。お前なら心強い」


なんでオレが、と思ったが、この状況で嫌とは言えない。


「森に逃げた後はどうするんだ?」

「ここはメチャケの森だ。簡単には見つからない」


自分たちが迷ったらどうするんだ?言いかけてやめた。考えている暇はない。


「仕方ない、わかったよ。いくぞ、君」


 とんでもないことに巻き込まれたもんだ、エバは、居づらい場所でも、簡単に仕事は辞めるもんじゃないんだな、と今さら後悔した。


「すいません、村長さんはいらっしゃいますか?」


外から声がした。


「村長…」

「私に任せなさい。」


村長が扉を開けると、背の高い、赤い瞳の男が立っていた。


「ここに少年がいると聞きました。私たちが探している少年です。会わせてもらえませんか?」

「あんた誰?」

「私はオールド・J・ストーリー。こちらのフジテの公務員のみなさんに頼まれて同行している、そうですね、探偵みたいなものです。さあ、村長さん、少年に会わせてください」

「少年は知らん。その代わりに私のイグアナの物まねを見せよう」


村長のイグアナのものまねが始まった。


「フフフ、面白い村長さんですね。しらばっくれても無駄ですよ。村長さん、私を見てください」


 赤い瞳の男は、村長のサングラスの奥の目をじーっと見つめた。が、村長の様子は変わることはなく、


「あんた、私のことを見つめてるが、LGBT(性的少数者)か?」


とおどけた。


「私の催眠術が通用しないだと?ばかな!」


(催眠術?…それであいつらおとなしくなったのか…)


 マサヒは合点がいった。だが、なんの設備もない場所で、なんの道具も使わず、目をみただけで催眠術にかけるなど聞いたことがない。それが本当なら、この男は…


「まさか…村長さん、ちょっとサングラスを外してもらえますか?」


オールドが言った。


「断る。これは私のポリシーだ」

「外しなさい、外せと言ってる」

「いやでーす。断りまーす」

「外せと言ってるだろ!!」


 オールドは、サングラスをはずすように、村長の顔を張った。村長の素顔があらわになった。


「そ…村長…」


 村長の素顔があらわになった。村長の両目は、傷で塞がれていた。マサヒは知らないことだった。


「やはり。目の見えない者に、私の催眠術は通用しない」

「どうします?オールドさん」

「しかたないですね。できれば穏便にすませたかったが。村長さん、この家の中、あらためさせてもらいますよ?」

「いいとも」


 スーツ姿の男たちが家の中にずかずかと侵入し、調べ始めた。マサヒは村長から、無駄な抵抗はするな、と言われていたので、おとなしくしていた。


「オールドさん、家の奥に、裏口がありました!」

「そこから逃げましたか。扉の向こうは、森ですね。メチャケの森、別名、冷笑の迷宮ブラックジョーク・ラビリンス…」

「どうします?オールドさん」

「まだそんなに深くは入っていないでしょう。追いましょう」

「わかりました。おい、追うぞ」


男たちは裏口から森へと入っていった。


「たいした村長さんですね。村長さんの威厳に免じて、この村には危害を加えないでおきましょう」


本音を言えば、騒ぎを大きくしたくないだけだった。


「ただし、このことは、他言しないように。このことが外に漏れたときは、私たちも保証はしません。平和でいたいなら、黙っていることをお勧めします」

「あんたの人生も、平和であることをお祈りしておるよ」


 村長がオールドに向かって言った。この状況でそのセリフを吐くのか。オールドは改めて、村長の威厳に敬服した。裏口から出て行く男たちを見て、マサヒはひとまずほっとした。だが、安心はできない。あの二人に何かあったら、自分に責任がある。この村に少年がいることを、フジテで触れ回ったのはマサヒであり、エバをこの村に連れてきたのも、ほかでもない、マサヒなのだから。


「あのエバという青年を信じよう。彼ならなんとかしてくれる」


村長がマサヒの心を読んだかのように言った。


「はい・・・」


 村長は今まで目が見えないことを隠して生きてきたのか、とんでもない村長だ、マサヒはこの人にはかなわないと思った。そして、マサヒはもう一度森のほうを見て、二人の無事を祈りながら、心の中でつぶやいた。


(エバ、気をつけろ。長身の、赤い瞳の男は、催眠術師の異能者ストレンジャーだ)

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