5

 次の朝、ホテル・ダイバーへ向かった。ロビーで待っていると、マサヒがやってきた。


「おお、姿を見るまで本当に来てくれるか不安だったよ。よかった。さっそく向かおう」


 イトモイまではマサヒの車で向かった。車の中でいろいろな話をしたが、村長の話は面白かった。変わり者の村長で、名をカズ・ウッドフィールドと言うそうだ。


「イグアナの物まねが得意でね。話も面白いし、村の人気者だ。でも一番すごいことは、めったなことでは怒らないところだ。今回の少年の件では、診察料も払ってくれるって言ったんだ。すごい村長だよ」


 そんな村長が自分と会ったら、どんな反応を示すだろう、エバは不安と期待の入り混じった複雑な感情になった。夕方になったころ、ようやく村に着いた。ここまでかなりの距離のようだ。


「まず村長に会いに行こう」


 100人ぐらいが住む村だそうだが、村の雰囲気は明るかった。例の変わり者の村長のおかげかもしれない。村人が自分をあからさまに見てきたが、敵意は抱いてないようだった。村の奥のほうにある、ちょっと大きな家についた。マサヒが扉をノックした。


「村長、お医者さんを連れてきたよ」


少しして、村長らしき人物が姿を見せた。


「ああ、そう」


サングラスをかけていた。小柄で、赤い色の、祭司が着るような服を着ていた。


「村長、お医者さんをつれてきたよ。もっとも今は失業中だそうだけど。でも村長、この人ただのお医者さんじゃないだ、本人はわからないって言ってるけど、多分、医者の異能者ストレンジャーなんだ」


その話はしばらく黙っていてくれと言うつもりでいたが、時すでに遅かった。


「ああ、そう」


 村長の反応はそれだけで、特に嫌がる風でもなかった。意外だった。この世界では、異能者ストレンジャーは縁起の悪いものとして、忌み嫌われる。たいていの人は自分を異能者ストレンジャーと看做すと、あからさまに嫌な顔をして、その場を去っていく。今回のような場合は、即座に追い出されてもおかしくはなかった。エバは、この村長はそうとうに変わっていると思った。


「髪切った?」

「え?」

「村長、今日始めて会うのにそんなのわかるわけないだろ」

「ああ、そう」


エバは、この村長は変わり者を通り越し、大丈夫なのか?と不安になった。


「村長、そんなことより、さっそくあの子供を診てもらおうよ」

「ああ、そう」


 エバは、村長の家の中に通された。その子供は村長の家の中にいるらしい。村長の家の奥に進み、寝室に入ると、少年がベッドの上で寝ていた。エバには、多少の病気は顔を見ただけで症状を判断できるが、ぱっと見では、その症状はわからなかった。確かに、ただ寝ているだけに見える。


「どうだ?」

「見ただけでは分からない。ちょっと調べてみる」


 エバは触診してみた。子供というので、12歳前後かと思ったが、歳は16歳、なかなかに発達した筋肉、運動能力はかなり高い、ということが分かった。エバの能力だ。大きく気になる点が2つあった。一つは極度の筋肉疲労。激しい運動をした程度のものではなかった。もう一つは、数箇所の骨のヒビ。腕や足に見られた。それ以外は特に問題がない。内臓も脳も無事だ。試しに体をつねったが、なんと少年は体をひねった。痛みに対する反応がある。つまり、意識はある。が、目は覚めない。そう、まるで、


「強引に眠っているかのようだ」

「どういうことだ?」

「つまりその、目が覚めるのを拒んでいると言えばいいのか」

「そんなこと可能なのか?」

「普通は無理だ。だが、精神の働きで、そういうことがあるのかもしれない」

「治せるか?」

「筋肉疲労や、骨のヒビは、オレなら、…その…、細胞分裂の促進により、普通より早く治すことは可能だ。そういうことがオレには…その…できてしまう…」


 その代わり寿命が、病気や怪我の程度によって多少減る、ということは言わずにおいた。


「つまり治せるってことか?」

「筋肉疲労や骨のヒビは治せる。意識障害であれば、それも治せる。睡眠状態を覚醒させることもできるが、あまりお勧めはできない」

「なんでだ?」

「睡眠は、生物にとって必要な行動だ。脳や内臓、その他の疲労を回復させるための行為だ。それを途中でやめさせるのは、健康上よくない」

「そうか。それならとりあえず、その筋肉疲労と骨のヒビを治してくれ」

「わかった」


エバが少年の体に触れると、バチバチという音がした。


「なんだそれは?」

「脳からの体の各部への命令は、微弱な電気信号によって行われる。詳しくはわからないが、俺には、その電気信号を外部から送ることができるようなんだ。それで、たいていの病気や怪我を治す。神経を麻痺させることで、麻酔もできる」

「ウイルスなんかも?」

「体に抗体を作るよう促せば」

「すげー。いや、ちょっと待ってくれ、エバ、まさかあのウイルスが蔓延したときにワクチンを作ったのって・・・」

「いや、その頃は俺はまだ医者ではなかった。それに、もし医者であったとしても、俺ができるのは一人一人の病気や怪我を治すことで、薬やワクチンの製造は専門外なんだ」

「ああ、そうか。でも、病院で働いてたときもそうやって治してたのか?」

「いや、俺は外科医だったが、たいていは普通に手術してた。これはどうにもならないって時だけ、ほんのごくたまにこれで治してた」

「そうかあ。それにしてもすごいな。あんたやっぱり…」

「その話はやめてくれ」


 数分ほどかかり処置を終えた。次は意識障害の可能性のある頭を触った。昨日今日できたのではないであろう手術痕があった。小さい頃に頭の手術でもしたのだろうか、脳にもなにか手術をした痕跡があった。調べてみようとしたところ、その手術をしたのであろうあたりに、ブラックボックスのような、エバでも解析不能の部分があった。触診だけでは分からなかった。これが関係あるのだろうか?しかし、それ以外は脳に問題はなさそうだった。脳はやはり睡眠状態であると思われた。


「これは個人的見解だが、筋肉疲労や骨のヒビが回復すれば、目が覚めるかもしれない。とりあえず、様子を見てもらえるか」

「わかった」


 エバは、ブラックボックスのような部分のことは、なんとなく、ひとまず伏せることにした。そして、エバは、数日、マサヒの家で泊めてもらうことになった。


次の朝、マサヒにたたき起こされた。


「起きてくれエバ!!子供の目が覚めたんだ!!」


村長の家に行ってみると、少年がベッドの上で体を起こし、ぼーっとしていた。


「よう、具合はどうだ?元気か?」


マサヒが軽く声をかけた。


「…ここどこ?僕をどうする気…?」


 15歳にしては少し幼いか?…そんな印象だった。田舎の少年とは、こんなものなのだろうか。


「君が森で倒れていたところを、このマサヒがここまで運んでくれたんだ」

「そして君の怪我を、このエバが治してくれたんだ」

「どうする気って、何もしないよ、保護しただけだ。君名前は?」


少年は名乗らない。逆に質問してきた。


「…ここどこ?」

「ここはイトモイって村だ」


マサヒが答えた。少し安心したのだろうか、少年は窓の外を見た。


「腹減った?」


村長だった。


「そうだ村長、なにか作ってくれよ、ついでにオレのも。エバ、村長は料理も得意なんだ」


 村長が朝食を作ってくれた。本当にうまかった。色々と多能な村長だ。少年も朝食を食べた。食欲はかなり旺盛だった。疲労回復のためか、成長期だからか。


「森で何があったんだ?」

「…覚えてないんだ…」


 記憶喪失だろうか?記憶喪失というのは治したことがないが、意識障害であれば治せるだろうか。あとで試してみるのもいいかもしれないが、あのブラックボックスのような部分が関係しているのなら多分お手上げだ。

 朝食を食べ終わった頃だった。村の入り口のほうが騒がしくなった。村の入り口の見える窓のある部屋まで移動し、外を見ると、村の入り口には、車2台と、スーツ姿の男たち、それと、村のたくましい若者数人が対峙していた。スーツ姿の男たちの後ろには、一人だけ他とは雰囲気の違う男が立っていた。白いスーツを着ており、長身で、どこか気取っていて、いけ好かない感じがした。


「知り合いか?」


 マサヒと同時に同じ言葉を発していた。どうやら村の関係者ではないらしい。ふと少年を見た。ひどく狼狽していた。


「あ…あいつら…うあああ…じいちゃん…じいちゃん…」


何かを思い出したのだろうか。


「大丈夫か!落ち着け、あいつら何なんだ?」

「…銃を持ってる…」

「何だって?あいつら悪い奴なのか?」


 ひどく大雑把な質問だが、とにかくどういう手合いか知りたかった。言葉こそ発しなかったが、少年は何度もうなずいた。悪い奴…子供じみた人物評価だが、ひとまずそれで納得した。少年のほうが悪い奴でない保証はないが、自分の直感を信じた。少年に害はない。


「エバ、あいつら何考えてるかわかるか?」

「オレが分かるのは、触診したうえで、年齢とか、身体能力とか、病気とか、そういったことだけだ。精神のことはまるで専門外だ」

「あいつらの狙いは…僕だ…」

「どういうことだ?」

「殺されるかもしれない…」


震えながら少年が言った。


「どうする?エバ」


あまりの突然の出来事に、考えが浮かばなかった。

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