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向かい合っていたといっても、談笑しているわけではない。睨み合っているのだ。理由は単純にして明快で、野郎がメンチを切ってきた、その程度のものだった。肉体労働系の人が集まる場所でしばし見られる、なんのことはない風景だった。しかし、睨み合っているエバは痩身だ。とてもケンカが得意そうには見えない。肉体労働系の数人のうちの一人が言った。
「おめーの風貌で俺たちにケンカを売るのは度胸があるとは言わねえ。大丈夫か?自分をちゃんとわかってるか?間違いなく無事には帰れなくなるぞ?俺たちは構わねえけどな」
エバは返す。
「いや、睨んでたわけじゃない、見てたんだ。一番強いあんた、今糖尿病だろう。それなのにこんなとこで酒飲んで。悪いことは言わない、今すぐ帰って、今後酒は飲まないほうがいい。ついでに糖質制限もしたほうがいいだろう」
「親方・・・」
エバには、よくある病気なら、人の顔を見ただけで判断することができた。たまたまいた肉体労働者の親方と呼ばれた人物の顔を見て、初期の糖尿病と判断し、家に帰って静かにしていればいいものを、と、じっと見てしまったのであった。親方の体は、どちらかと言えば筋肉質というより、脂肪の方が多そうな体つきであった。
「な・・・な・・・何を抜かしやがる・・・そんなわけねえだろうが。か、仮にそうでも、てめえには関係ねえだろう!」
「親方、そうなんですか?」
「やかましい、クソガキ、その生意気な口閉じてやる!!」
親方と言われる人物が、エバの胸倉をつかみかかった。が、エバが親方の腕に触れたとたん、バチバチという音と共に小さな雷のようなものが発生し、親方のつかみかかった腕が、だらんと下がった。
「全身麻酔だと倒れて動かすのが面倒だから、局所麻酔で勘弁してやるよ」
「うおおお!左腕の感覚がねえ!てめえ、今なにをした!!」
「親方!!!」
男たちが身構えた、すると遠くから、
「あんたら、そこまでにしてくれ。」
と声がした。店の店主だった。白髪頭の初老の男だった。癖なのか、時々首を傾げるような仕草をした。見た所、特に何かの病気ではない、エバは見て取った。
「ここには色んな人が来るが、今みたいなのはそう滅多に見ねえ。常識では考えられない出来事だ。あんた今の、
「
他の客もざわざわし始めた。はじめて見るよ、とか、ホントにいるんだ、とか口にしている。「なんて日だ!」などといった叫び声も聞こえた。
「知らないね。俺は自分でそう名乗ったことはない」
「おい、今麻酔っつったな。これはそのうち治るのか?」
「ああ、ほっとけば2、3時間で元に戻る」
「そうか。おいお前ら、やめだ。店変えるぞ。こんなのに関わりたくねえ。酒がまずくなる」
男たちは店から出て行った。
「お客さん、御代はいらない。悪いがあんたも出て行ってくれないか」
店主が言った。周りをみると、数人の客が帰り支度を始めていた。痩身の男にとってその状況は、人生で何度か体験したことのあることなので慣れていた。
「親切で忠告したのに。はいはい、どうもすいませんねえ」
エバは店を後にした。店の方から、
「シタラ!ヒムラ!アヤメ!今日はもう店仕舞いだ!」
という声が聞こえた。今日はもう閉店するらしい。随分嫌われたものだ、エバは溜息をついた。店を出て少し歩いたところで、後ろから声がした。
「ちょっと待ってくれ。」
見ると、農業者風の男だった。
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