雨の中
「ん……」
今は何時だろうか。
黒崎はふと目を覚まし、スマホを確認した。
時刻はまだ夜中の1時で、窓の外からはまだ激しい雨音が聞こえている。
二度寝しようかとも思ったが僅かに尿意を感じ、面倒くさかったが仕方なくトイレへと向かった。そして用を足してトイレから出てふと玄関扉に目を向け、そこで、鍵が開いている事に気がついた。
「確かめたつもりだったんだがな……」
少し寝ぼけた頭でそう呟きながら、鍵をかけようとし、ふと、手を止めた。玄関には、きちんと七瀬の靴がある。それを確認しても、何故か、ざわざわと胸騒ぎがした。
七瀬はちゃんと部屋にいるのか?
不安を感じ、衝動的に体が動いていた。
慌てて七瀬がいるはずの部屋を開け、電気をつける。だが、そこに、彼の姿はなかった。
「嘘だろ……」
とそこへ、
「ふゃ……どうかしましたか? えへへ、やっぱり一緒に寝ますか?」
寝ぼけた晶がへらへらしながら部屋から出てきた。
「そんなこと言ってる場合じゃない! 七瀬が消えたんだ!」
「ええ! どういうことですかっ? トイレじゃなくてですかっ?」
「いや、トイレじゃない。どうやら裸足で出て行ったらしい。傘も置いたままだ」
「ええええ! ど、どうしよう、探しに行かないとっ」
「晶は都筑先生に連絡してくれ。私は探しに行きがてら阿賀波達に電話してみるよ」
「は、はい、わかりました!」
「じゃあ行ってくる」
「あ、あの! 私も一緒に行きます!」
「駄目だ。雨も降ってるしこんな時間だ。危ないから家出待っていろ」
だが晶は言葉を無視し、黒崎の手を強く握るのだった。その彼女の目には涙が浮かび、表情には不安と焦りが滲んでいる。
「こうなったのは私にも責任があります。私が気をつけて見ておかなかったから」
「それは違う。気づかず寝てしまっていた私の方にこそ責任がある」
しかし、晶は首を振る。
「私、先生なのに。七瀬君、よく保健室に来てくれてたのに。なのに私、何も気づいてあげられなかった……」
晶はボロボロと涙を流し、悔しさと後悔を口にする。
「私がもっと早くに気づいてあげれたら、何かしてあげられたかもしれないのに」
「晶……」
「私、私っ……」
「ほら、もう泣くな」
黒崎はそう言って、親指で晶の涙を拭う。
「ごめんなさい……」
晶は手の甲で涙を拭うと、パッと黒崎の顔を見る。
「私、何もしないでじっと待っていたくありません。だから、一緒に行きます。お願いです、一緒に連れて行ってください」
「まったく、しょうがないな。その代わり絶対に私から離れるんじゃないぞ?」
黒崎のその言葉に、晶は力強く頷いた。
「はい!」
★
「うーん、むにゃむにゃ……時生さぁん…………」
深夜一時。京介はよだれを垂らしながら、だらしない顔で熟睡していた。
夢の中では時生がステージの上で歌い踊り、京介はそれを最前列でペンライトを振り振り全力で応援しており、現実でも寝ながら右手を振り振りしている。
「んあ……ふぁっ?」
夢の中の時生の歌声がスマホの着信音だと気づき、寝ぼけた頭であたふたと手探りでスマホを探した。
「黒崎先生? どうしたんだろ」
と眠い目をこすりながら電話に出ると、
「ふぁい、もひもひ……」
「ああ、阿賀波か? 悪いなこんな時間に。七瀬から何か連絡来てないか?」
「七瀬君? あの、七瀬君がどうかしたんですか?」
どこか切羽詰まった黒崎の声に、ようやく、完全に目が覚めた。「ああ、実はな――」黒崎から事の経緯を説明してもらった京介は、電話を着ると、弾けるように部屋を飛び出た。
カッパを着た京介と時生は正木と緋夏の待つ近所の神社の前にやってきた。全速力で走ったため、到着する頃には京介はもう既にヘトヘトになっていた。一方の時生はまだまだ体力が有り余っているようで、疲れた様子を一切見せていない。
「ちょっと、そんなんで大丈夫なの阿賀波君」
緋夏が不安げな眼差しを京介に向ける。
「ご、ごめん。でもこれでも僕体力ある方だから………ゲェッホゲェッホ!」
「わあ! 京介君大丈夫っ? おんぶしよっか?」
「お、お気遣いなく……」
「本当に大丈夫なのかしら………」
「そんなことより七瀬のことだ。この雨の中傘も差さずに裸足で出て行ったんだろう」
正木が軽く辺りを見回す。
「一体何を考えてるのかしら。みんなに心配かけて……」
口では迷惑そうに言いながら、緋夏のその表情は、心配や不安といった感情が隠しきれずにいる。
「裸足で徒歩、無一文ならそう遠くまでは行けないだろう。俺は委員長と一緒に、京介は烏丸と一緒に探そう」
「う、うん。そうだね。もし見つかったら連絡くれるって黒崎先生言ってたし、そしたらすぐ連絡するね」
「ああ、頼む」
そうして4人はふた手に別れて、七瀬を探し始めた。
七瀬の行きそうな場所、好きな場所、物、街中を走りながら記憶を辿ってみたが、全く見当がつかなかった。よく考えたら、京介は、彼の好きな場所も物も、よく知らなかった。
「時生さん。僕らって七瀬君のこと全然知らないのかな」
「うん……。いつもにこにこしてるけど、そういえば自分の話ってあんまりしないよね」
「なんだか悔しいね。僕達友達なのに……」
「京介君……」
「ああ、ごめん。じゃあ行こうか。そうだな、僕がもし家を飛び出したら、まずは人気のない場所に行くかな。時生さんはどう?」
「私ならファミレスとかカフェで甘いもの食べまくるかも!」
「うーん、でもお金持ってないって言ってたしなあ」
「京介君だったらどこかに隠れちゃいそうだよね。七瀬君はどうだろう」
「雨宿りができて隠れられそうな場所かあ。黒崎先生の家から近い場所なら、河川敷とか? 橋の下なら雨宿りもできて隠れられるかも?」
時生は人差し指をアゴに当てて、ちょっと首を傾げる。
「よし、行ってみよう!」
「うん!」
二人は頷きあうと、河川敷を目指して走り出した。
緋夏と正木は京介達とふた手に別れてから、学校付近や七瀬の家の付近等、行く可能性のありそうな場所を探してみたが、七瀬どころか人っ子一人いなかった。その間も何度も電話を掛けていたが、一度も電話に出てはくれなかった。
そして、一旦和菓子屋の軒下で雨宿りすることにした二人は、七瀬に何度めかの連絡を取ることにした。
「だめね。全然出ないわ」
「こっちも全然既読が付かんな」
正木は右手で七瀬に何度めかのメッセージを送っていた。だがどれだけ待っても既読にならず、通話機能も無視されていた。
と、正木は手を滑らせてスマホを取り落としてしまい、アスファルトで跳ね、水たまりにはまってしまった。そしてそれを拾うが、再び手から滑り落ちてしまう――
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ。雨で手が濡れてるだけだ」
とスマホを拾うと、レインコートのポケットに入れる。
「ねえ。……右手、もしかしてまだ治ってないんじゃ」
「安心しろ。もうちゃんと治ってるよ。うちのケーキのデコレーション、綺麗だろ? あれは俺も手伝ってるんだよ」
正木はそう言うと、緋夏の目の前で手を握ったり開いたりしてみせた。
「もし後遺症が残ったら、一生無理やり言うことを聞かせるつもりだったんだがな。そうだな、例えばメイド服を着せて服従させてみたりバニーガールの衣装を着せてあんなことやこんなこと」
「本当、相変わらず最低な冗談しか言わないのね」
「いや、本気だぞ」
正木はふざけて左手でピースサインをしてみせた。
「……ねえ、正直に言ってちょうだい。貴方のその手」
「だから、ちゃんと治ってると言ってるだろう。もう病院にも通ってない。そんなことより今は七瀬だ。……アイツは人に弱い部分を見せるような人間じゃなかった。だからこういう時、アイツがどういう行動に出るのかさっぱりわからん……」
「何かないの? 七瀬君が好きな場所とか、よく行く場所とか心当たりは」
「さっぱりだ。虱潰しに探していくしかないな」
と歩きだそうとすると、スマホの着信音が鳴った。
七瀬か、と急いで確認するが、相手は京介だった。
「もしもし。七瀬が見つかったのか?………そうか。わかった。何かわかったらまた連絡をくれ」
そう言って、正木は電話を切った。
「七瀬君、見つかったの?」
「いや、それがな……」
正木は眉間に深いシワを刻み、珍しく深刻そうな表情を見せる。そんな、今まで何があっても表情一つ変えなかった正木の様子に、緋夏は不安そうな表情を浮かべる。
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