捕まえたいね、京介君!


 京介がいつも通り学校に行って、いつも通りに教室に入り、いつも通り自分の席に着こうとすると、緋夏と正木と七瀬に囲まれ、そのまま両脇を抱えられて屋上まで連行されてしまった。

 屋上に京介を連行した三人は何故かスマホを彼に差し出し、怒った顔を見せている。

 理由はなんとなく察していた。

 というのも、時生から、この三人も心配してくれていたという話は聞いていたからだ。にも関わらず三人の連絡先を知らない京介は昨日一日休んだせいで礼や謝罪もできずじまいだった。


「あ、あの、えと……この間はごめん……あの、僕、沼田先生の家で寝ちゃって」

「そんな話はいいから連絡先交換してくれ」


 しどろもどろに説明する京介の言葉をぶった切り、単刀直入に七瀬が言う。


「本当、どれだけ心配したと思ってるの」


 緋夏がジトっとした目で京介を見る。


「烏丸、泣きながら電話かけてきたんだぞ」


 正木は呆れたようにため息を吐く。


「ていうか二人が一緒に暮らしてるなんて初めて知ったのだけど」


 鋭い緋夏の眼差しが京介に突き刺さる。


「うぇ⁉ そ、そうだっけ⁉ あれ、委員長には言ってなかったっけ」

「初耳よ!」

「あ、ご、ごめん!」

「そんなことより。早く連絡先交換して頂戴」

「う、うん、わかった……えーと、どうやるんだっけ」


 京介がスマホの操作にもたついていると、


「ここだよ、ここをこうしてこう……で、こう」


 七瀬が慣れた手付きでスマホを操作し、パパっとアドレスを交換した。


「あ、そ、そっかありがとう……」


 そうして全員とアドレスを交換し、ついでにグループまで作って入れられてしまった。後で時生にも声をかけるつもりらしい。


「そういや阿賀波って写真撮るの上手いんだって? こないだ烏丸さんが言ってたけど。どんなの撮ってるか見せてくれよ」

「ちょっと七瀬君、やめなさいよ。そういうの阿賀波君苦手なんだから」

「あーそっか、悪い」

「う、ううん! あの、もう、大丈夫っ……だと思うからっ!」

「そうなの? 無理してない?」


 緋夏が心配そうに聞いてくる。


「うん、大丈夫……だよ! 僕、自分の好きなことをちゃんと好きだって言いたいし……」


 正直、撮影した写真を見せるのは恥ずかしいし怖い。彼らが笑わない保証なんてないし、もしかしたらまた傷つくことになるかもしれない。でも、好きなことをこそこそ隠しながら生きるのはもう嫌だった。好きなことを好きだと言いたいし、笑われても胸を張れるような人間になりたかった。


「そっか。じゃあ、見てもいいんだな?」

「う、うん! あ、て言っても最近は空の写真とか近所の猫とかその辺に咲いてる花とかばっかだけど……」

「へー、いいじゃん。そういう日常の風景、好きだぜ?」


 と七瀬は京介からスマホを受け取り、緋夏と正木と一緒に写真を見る。


「へえ、本当に写真撮るの上手いなお前。あ、この猫このへんでよく見るな」

「あら、この夕焼けに染まった空凄くきれいだわ」

「ほお。美味そうなラーメンだな」


 三人は笑うこともなく、写真を見ながら楽しそうにわいわいと話をしていた。その反応が嬉しくもあり、なんだか恥ずかしくもあった。

 すると、


「って、おいこれ……!」


 と、三人がぎょっとして、七瀬と緋夏が顔を真っ赤にした。正木は「ほお。これはなかなか」と、眼鏡をクイと押し上げる。


「え、な、なに⁉ 何か変なものあったかな!」

「いや、変なものってわけじゃねえけどさ」


 と七瀬がスマホの画面を京介に向ける。

 そこには、自宅のソファに横たわって眠る時生の姿があった。


「これはいやらしいぞ」


 正木がクイと眼鏡を押し上げる。


「うわあああ! ご、誤解だよみんな! これはアレだよ、時生さんが自分のインスカ用に自由に撮影していいって言うから撮影しただけでっ! べ、別に変な意味はないんだよ!」

「だからって寝てるとこ撮影するかしら」


 緋夏が冷ややかな眼差しを向けてくる。


「ちゃ、ちゃんと時生さんに写真送ったから大丈夫だよっ! 盗撮とかじゃないからねっ?」


 ブンブン手を振り回し、あたふたしながら説明する京介。だが緋夏の眼差しは冷ややかなままだ。


「あ、この写真烏丸さんのインスカで見たことあるわ」

「ほう。この写真も見たな」

「ほ、ほらね? ちゃんとそれ用だから、盗撮とかじゃないからねっ?」

「……わかったわ。でも寝姿を勝手に撮影するのはいかがなものかと思うわよ」


 緋夏の冷ややかな眼差しがザクザク突き刺さる。


「ご、ごめんなさい……次から気をつけます……」


 別にいやらしい気持ちは一切なかったのだが、やっぱり、寝てるところはマズかったらしい。一応時生にも後から報告はしたのだが、もしかすると、嫌な気分にさせてしまったのかもしれない……

 京介は一人大反省会を繰り広げ、両手で顔を覆って項垂れた。


「僕なんてボットン便所の奥底にこびりついたクソだよ……」

「ま、待って誰もそこまで言ってないわよ⁉」


 予想以上にヘコむ京介に驚く緋夏。


「お前、わかりやすいくらいヘコむんだなあ」

「まあ、烏丸がいいと言ってるならいいんじゃないのか?」


 七瀬と正木はそう言ってくれるが、京介は自分の行いを反省するばかりである。

 とそこへ、


「あー、みんなこんな所にいた!」


 時生が扉を全開にして飛び出してきた。


「時生さん、僕なんて野菜室の奥底でくたびれてしまった葉物野菜の切れ端だよ……」

「なになに京介君、また落ち込んじゃったの⁉」


 時生が慌てて京介に駆け寄る。


「また、って毎日こんななの?」


 思わず七瀬が聞く。


「んー、毎日ってわけじゃないけど、落ち込んだ時はだいたいこんな感じかなあ」


 時生は背伸びをし、京介の頭を撫でる。

 そんな二人の姿を見、緋夏が拗ねたようにふいっと顔をそらす。そんな彼女を、正木は見逃さなかった。


「で、今度は何があったのかな?」


 時生が心配そうに聞くと、七瀬が小さく肩をすくめて事情を説明する。


「烏丸さんの寝姿を写真に撮ったことがバレて委員長に引かれてさ、それで、自己嫌悪に陥ってるっぽいんだよ」

「ああ、なるほど。別に気にしなくていいよ京介君。だって、自由に写真撮っていいって言ったの私なんだもん。それにあの写真ちょっと大人っぽくて好きだよ!」

「ありがとう時生さん……」

「うんうん! だから、気にせず写真撮ってね!」

「うんありがとう……」


 時生の言葉に救われ、やっと少しだけ元気を取り戻した。だが一方の緋夏はというと、もう完全に二人に背中を向けてしまっていた。


「……もう授業始まるわよ。早く行きましょう」

「あ、本当だ! みんな急ごう!」


 時生は京介の手を引いて走り出した。

 それに続いて七瀬も慌てて走り出した。

 正木はそんな三人を見送ってから、少し心配そうに緋夏を見るのだった。


「大丈夫か、委員長」

「なにが? 私は別に何ともないわよ」


 平気な顔をしながらチラッと正木を見る緋夏。

 だが正木にはわかっていた。それが彼女の精一杯の強がりであることが。


「ほら、早く行きましょう。ホームルーム始まっちゃうわよ」


 緋夏は何でもないような顔をして、さっさと歩いていく。

 そんな彼女の後ろ姿を、正木は呆れた様子で見送るのだった。



   ★




 リビングで掃除機を掛けていた美月は、鈴木からの電話に手を止めた。

「はいはーい、どうしました鈴木さん? 」

『本当にずみまぜん……この敏腕マネージャーの鈴木飛翔つばさが……まさか雨ごときにやられるとは……一日で治すつもりだったのですがまさか二日も……』

「あらあらいいのよぉ。人間ですもの、風邪くらいひきますよ。それよりありがとうございます、京介君を探してくれて」


 美月はうふふと嬉しそうに笑う。

 鈴木は昨日から少し風邪気味だったらしく、仕事を休んで一日ゆっくりしていたらしい。だが一日寝ても治らず、時生の迎えに行けなくなってしまったと美月に連絡が来た。


「ところで鈴木さん独身でしたよね? お食事は大丈夫かしら? よかったら何か作りに行きましょうか?」

『お構い無く……風邪を移しては申し訳ないので。あと、彼を探したのは別に心配だったからではなく、時生さんが泣きながら電話を掛けてきたからで』

「うふふ、そうですね。でも、何かあったら連絡くださいね?」

『ええ。ありがとうございます……それでは失礼します』

「ええ、それじゃあ。お大事にー」


 そうして電話を切ると、美月はすぐに時生に連絡を入れた。と、すぐに、時生から『みんなと写真撮ったよー!』というメッセージと共に、一枚の画像が送られてきた。そこには、京介の腕にしがみつく時生と、その後ろで七瀬、正木、緋夏がぎゅうぎゅうになってなんとか一緒に写真に収まろうとする姿があった。


「あらあら。京介君もみんなとお友達になれたのねえ」


 時生から送られてきた写真を見て、美月は嬉しそうに頬を緩ませた。




  ★


「え。沼田先生、無断欠勤してるの?」


 休み時間、美術室に移動しようとした京介は、七瀬からその話を聞いて思わず机から身を乗り出した。


「ああ。昨日から来てねえみたいだぜ。職員室から教頭がヒステリックに喚いてる声が聞こえてきてたわ」

「ねえ。貴方何か知らないの?」


 緋夏に聞かれ、京介は不安になった。


「だいぶ体調悪かったみたいだけど……もしかして家で倒れてたり……」

「まあ少し心配ではあるけど……あの先生だいぶ怪しげだしなあ」


 七瀬はそう言うが、昨日の沼田の様子や彼が見せた良識ある大人の態度を思い出すと、彼のことは皆が言うような怪しい人間には思えなかった。


「あ、あのさ。沼田先生ってそんなに怪しい人なのかな。えと、僕も良くは知らないけど……でも噂だけでそんなふうに言うのは違うかなって」


 と、そう言ってから、京介はハッとして、


「ご、ごめん! あの、別に、七瀬君のこと怒ってるわけじゃなくてっ」

「だから一々気にすんなって。確かにお前の言ってる事は正しいよな。俺もあの先生の事なにも知らないのに噂だけで決めつけてたし」

「確かにな。この間少し話をしたが、まあ、割とまともな先生だったぞ」


 正木は左手で眼鏡をクイと押し上げる。


「ねえ、それじゃみんなで様子見に行ってみようよ!」

 

 時生がガバッと机から身を乗り出す。


「何言ってるの。授業はどうするのよ。それに私達が様子を見に行かなくたって、他の先生が行ってるかもしれないじゃない」

「うーんそうか……でも気になるなあ」

「んじゃあ、都筑先生に聞きに行ってみるか?」

「うんうん、そうしよう!」


 七瀬の提案に全力で乗っかる時生。

 京介も、勝手に様子を見に行くよりもその方がいいと思ったが、しかし、彼に何かあったとして彼ら教師が本当の事を教えてくれるとは思えなかった。とは言え、現実的に考えて自分達に今できることはそれしかない。

 本当は家まで様子を見に行きたい所だったが、仕方なく諦めて七瀬の提案に従うことにした。



 そうして五人は職員室の都筑の元へとやって来た。都筑は難しい顔で誰かと電話をしていたが、しばらくすると「了解しました。じゃあまたこっちからも連絡してみます、はい」と電話を切り、深いため息を吐き出した。


「あのー、今ちょっとよろしいですか?」


 正木が声をかけると、都筑はビクッと肩を震わせた。


「なんだお前らか。いつの間にいたんだよ」

「さっきからずっとおりましたが」

「悪い、気づかなかったわ。で、何のようだ?」

「はい。昨日から沼田先生が無断欠勤してると聞いて少し心配になったもので」 

「まーた沼田先生の話かよ。お前ら好きだなあ」


 都筑はうんざりしたような顔をして、がっくり項垂れた。


「いや俺は別に好きじゃねえけど……」


 七瀬がぼそっと訂正した。


「って、そうだ阿賀波。お前、沼田先生のこと何か知らないか? 体調不良で蹲ってたとこ助けたって言ってたよな」

「あ、は、はい。なので家で倒れてるんじゃないかと心配で」

「いや。家の玄関は開いてたけど誰もいなかったって教頭が言ってたよ。まあ、何も知らないならいいや。ほら、とっとと教室帰れ」


 都筑は冷たく手で追い払う仕草をする。

 七瀬はむっとした顔を見せ、


「んだよ、せっかく心配してんのにさあ」

「お前は別に心配してねえだろ。もういいから、沼田先生のことは俺ら教師でなんとかすっからよ。子供は勉強に集中しとけ」

「そうね。都筑先生の言うとおりよ。もしかしたら仕事がしんどくて現実逃避してどっか行っちゃっただけかも知れないし」

「そ、そうなのかな。大人がそんなことするのかな」


 京介は納得行かない様子だが、都筑は大きく頷いた。


「ある、あるあるだわそれ。俺だって毎日それだもんよぉ。仕事なんかほっぽってどっか行っちまいたいよなあ。保護者からの理不尽なクレーム、素行不良の生徒の指導、生徒同士のトラブルに、山積みの仕事……あー今すぐ全部投げ出して京都辺りに旅行行きてえよぉ」

「それ生徒の前で言うことじゃないでしょうよ……」


 緋夏が呆れ顔を見せる。


「や。でもな、そんぐらい、教師でなんてしんどい仕事だって話だよ。加えて沼田先生なんて生徒に妙な噂建てられててさ。いや、あんな不気味な絵描くのも原因だけどもよ……とにかく、まあ、来たくなくなる気持ちもわかるっちゃわかるんよな。だからまあ、お前らが気にするようなことじゃねえって事だよ」

「んー、でもわかるなあ。私はアイドルの仕事してるけど、行きたくない時あるもん。苦手な人と仕事しなきゃいけない時とか、やりたくない仕事とかさあ」


 時生がうんうんと頷きながら言う。


「そっか。心配ではあるけど、病気で倒れてるわけじゃなさそうだし、あんまり僕らが気にしてもしょうがないのかな……」

「そうそう。だからあんま心配すんなって。明日にはひょっこり顔出すだろ」


 都筑は心配する様子もなくそう言って、また片手で追い払うような仕草を見せる。

 もしかしたら緋夏や都筑の言う通り仕事に行きたくなくてついサボってしまったのかも知れないし、それなら沼田先生はめちゃくちゃ怒られるだろうが、部屋で倒れていなかったということなら、まだ安心できる。

 京介は都筑の言葉を信じることにした。


「わかりました。じゃあ僕達は教室に戻ります」


 京介がそう言って頭を下げると、他の四人も続けて頭を下げた。

 そうしてやっと去ってゆく五人の背中を見送ると、都筑は深いため息を吐くのだった。


「本当にただのサボりならいいんだけどねえ」


 とスマホを取り出し、沼田に電話をかけてみる。

 昨日から二十回以上は掛けたはずだが、一度も電話には出てくれないままだ。しかも彼は結婚もしておらず親兄弟親戚もいないため緊急連絡先は空欄で、更に行く宛の手がかりもなく、最早彼のことを探す手立てもなかった。


「都筑先生ぇー、沼田先生の件はどうなりましたかねえ」


 突然、岡田が背後からぬうっと首を出してきた。


「ぬわあ! な、何なんですか急に!」

「沼田先生担当はアンタでしょう? だから聞いたんですよ」

「勝手に決めないでもらえますかね! ていうか沼田先生の件については昨日報告しましたでしょう。出勤してきたらこっちから話をしてみるつもりですのでご心配なく」

「その肝心の沼田先生が出勤して来ないんじゃあねえ。全く、無断欠勤なんて何を考えてるのやら」

「とりあえず、学校が終わったらもう一度家に行ってみますよ」


 適当にあしらう様に言う都筑だったが、内心、沼田のことが心配だった。

 岡田と校長にはプライバシーに関わることは伏せつつ掻い摘んで話はしたが、彼と美海の関係を詳しくは説明しなかったし、彼女の哀しい最期の事も伏せておいた。二人も何かを伏せて話をしていることは気づいていたようだが、深く聞いてくることはなかった。



  ★


 京介はずっと、気になっていることがあった。

 時生達もいたし都筑に言うのを躊躇ったのだが、沼田の部屋で見た精神医療センターの薬の袋のことがずっと頭の片隅に引っかかっていた。それに彼は時生のことを、美海と呼んでいた……もしかしたら、いや、確実に、彼は精神的な問題を抱えているのではないだろうか?

 それに正木が、彼が美術室の床を埋め尽くすほど何枚も時生の絵を描いていたと話をしていたのも気になる。

 自分なんかが気にしても仕方のないことだとわかってはいるのだが、それでも、授業に集中できない程に彼のことを考えてしまうのだった。

 そんな彼の様子に時生達も気付いていており、心配をしていた。


「なみ……阿賀波ー、聞いてるか?」


 と岡田に呼ばれていることに気が付き、はっと顔を上げる。と、クラスメイト達が振り返って京介を見ていることに気が付き、その視線に耐えられず慌てて俯く。


「あ、やっ……すいません!」

「ん。ヒンドゥー教はヴェーダ信仰と何を受け継いで生まれた宗教だ?」

「へあっ?」


 突然の質問に驚いて顔を上げた京介は思わず素っ頓狂な返事をしてしまい、それを聞いたクラスメイト達からクスクスと笑いが漏れる。恥ずかしくなって再び俯く京介……と、隣で、時生がこそっと耳打ちをしてくれた。


「バーモントだよ、京介君っ」

「ばっ……バーモント! です!」

「はあ? お前、そりゃカレーだろうがよ。なんだ、もう腹が減ったのか?」


 岡田は呆れ顔を見せる。

 そしてまた、クラスメイト達がクスクスと笑う。それはけして京介を馬鹿にして笑っているわけではなく、ただその状況がおかしくて笑ってしまっているだけだ。それは京介にも理解できたが、理由がなんであれ恥ずかしいものは恥ずかしいので、顔を真っ赤にして震えてしまうのだった。


「あ、あれ? ごめん京介君……あはは」

「バラモン教でしょ、まったく……」


 一つ前の席から、緋夏の呆れた様な独り言が聞こえてきた。


「はっはっは。昼はカレーパンにするか」


 正木が楽しげに笑う。


「カレーの話はもういいよ。ほら、授業進めるぞ」


 岡田の一声で楽しげな教室の雰囲気が一瞬でいつものつまらない授業モードに戻ってしまった。


 京介は沼田のことが心配ではあったが、気にしても仕方ないと気持ちを切り替えることにして、授業に集中した。すると時生がこっそりと、


「ね。京介くん。帰りにみんなで沼田先生探しに行かない?」


 そんなことを提案してきた。


「えっと……時生さん今日はお仕事じゃ?」

「は! そうだった……雑誌の撮影があったんだった。うぅう、今日ほど自分がアイドルであることを恨んだことはないよ! 私も沼田先生捕まえたかったなあ」


 時生は悔しそうに足をばたつかせた。


「時生さん、もしかして虫取りくらいの感覚……?」

「おいこらそこー、死語やめろ」


 再び岡田に注意され、京介は慌てて口を噤んでぎゅっと肩をすぼめて俯いて、時生はわざとらしく真面目ぶった顔をして背筋を正してみせた。

 そんな二人を、いや、京介を、一部の男子生徒が嫉妬丸出しの眼差しで睨んでいるが、二人は全くそれに気づかないのだった。


 そして時生は京介にこっそり耳打ちをする。


「えへへ、怒られちゃったね」

「う、うん……」


 時生はなんだか嬉しそうだが、京介は少し居心地悪く感じていた。


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