第39話『味のしない料理』

 荘厳、華美、派手、煌びやか、綺麗、でかい、すげー、エトセトラ。そんな言葉がピッタリと当てはまるのが、極東のファスを1とし、反時計回りに数えていった時に25番目の王都街、トゥエフだ。


 トゥエフは貴族や富豪が集まる街だ。何故そうなったのかという理由は、ひとえに最も過ごしやすい場所だからである。


 気温はもちろんのこと、王都街同士を繋ぐ街道がある街の北東、南西方面は起伏の少ない草原が広がり、山脈などが無く物流が通りやすい。近くには大きな湖と川が存在し川魚が採れ、人が少ない南東方面にはそこそこの大きさの木々生い茂る山があり山の幸も豊富。海で採れるもの以外の物資はまさに潤沢なのだ。


 それだけいい土地なのだ。需要が高まり土地の値段は高騰。それを買える上級民のみがこの地に住み着き、結果トゥエフはより発展しより土地の値段が高くなり、結果街全体が煌びやかな、貴族ばかりが集まる街となったのだ。


 そんな説明を、レオはマリアから事前に聞いていた。しかし実際に目の当たりにすると言葉以上にこの街の雰囲気を実感する。立ち並ぶ建物も、人々の仕草一つ取っても、他の街とは根本的に違うのだ。


 そんなことを、ボケーっと街の通りを見渡しながらレオは思った。


「……なんか……落ち着かないな……」

「う、うん……私、こういう場所苦手……」


 レオもマリアもそこにいるだけで若干萎縮してしまう。


 分かるのだ、通りを行き交う人々が自分達を見ているのが。別にそこに卑下の意志も何も無いのだが、チラチラ見られるというのはどうも落ち着かない。


「わ〜! あたしもこんな所住んでみたいなぁ〜!」


 レオとマリアとは対照的に、クミンは目を輝かせながら通りを眺めている。その視線はチラチラとレオに向いており、レオの気苦労を傘増ししていた。


 レオは大きくため息を吐き、後ろを振り向いた。


 そして目に入ったのは、ウキウキと視線を巡らせるクミンと……串焼肉を両手に持ってかぶりつくエイジャックの姿だった。


「ちょいちょいちょおい! 今から歓迎会なのに何そんな肉食っちゃってんの⁉︎」

「いや、お前……」

「世界的な貴族の出す飯だぞ⁉︎ そう何度も食えるもんじゃねえ! なるべく腹減らしといて食えるだけ食っとくべきだろ⁉︎」

「話を聞け‼︎」


 エイジャックはレオに近寄ると、声を潜めた。


「お前もブラドと父親との関係察せられるだろ。絶対にクソ気まずくなって飯なんて喉通らなくなるに決まってる」

「そ、そんな空気悪くなるか……?」

「それに、お前は貴族と結婚できさえすれば良い飯なんていくらでも食えるだろ」

「はあ? なんでオレが貴族とけっこ……」


 そこでレオはエイジャックの真意に気づき、ボッと顔を赤くした。エイジャックの言葉がマリアに聞こえてないかと、チラリとそちらの方を向く。その視線を察知し、マリアも振り向き目が合う。視線で何かと聞いてくるマリアに、レオはブンブンと首を振った。


 そんなレオを横目に、エイジャックはスタスタと前に歩いて行った。そして串焼肉を頬張りながら、


「フンッ」


と鼻で笑った。


(なんだあコイツ〜!)


 と、ぐぬぬという表情をするレオ。の後ろでぐぬぬという表情をするクミン。の後ろで苦笑いを浮かべるライフ。の後ろでニコニコ笑顔を浮かべるオスマン。


 なんだかんだいつも通りのやりとりをしている内に、先頭を歩くブラドの声が聞こえてきた。


「おい、もう着くぞ」


 その声に視線を上げれば、街からドデカイ通り一つで隔離された大豪邸が目に入る。


 エーアトヌス家はトゥエフの南端にある。小高い丘を丸々庭にし、木々、噴水、菜園、池などなど意識が高いあれこれは庭だけで網羅している。そしてそれらを睥睨するように、これまた巨大な豪邸が丘の天辺に築かれている。白くほとんど汚れの無いそれは、一般市民からすれば近づくのすら忌避してしまうような威圧感を放っていた。


「アレがオレん実家、エーアトヌス家だ。いやエーアトヌス邸? どうでもいいか」


 さらにしばらく歩くと、エーアトヌス家の庭の前まで辿り着く。庭の前にはかなり頑丈そうな門があり、そこから広大な庭全体を高さ3メートルほどの柵が囲っている。


 ブラドはなんの躊躇もなく門を乱雑に開け放ち、一行を招き入れた。


 広い。その一言に尽きる庭だ。もはや庭というか草原とも言えるそこは、小規模な冒険者選別試験を行えそうなほど広い。具体的には縦200メートル、横300メートルほどはあるだろうか。もしかしたらもっとずっと広いかもしれない。正直何に使うのか一行には見当がつかない。


 そこそこの時間をかけてその庭を踏破し、屋敷そのものにようやく辿り着く。


 ブラドは扉の前に立つや否や、扉に手を掲げた。すると手の先に魔力が集まっていき、火球が生成される。


「ええお前何やってんの⁉︎」


 レオは目を見開いた。


「……いや……長年の癖が……」

「突然魔法ぶっ放す癖とか……マリアでもそこまでいってないぞ」


 その言葉に、マリアはムッとした表情をレオへと向ける。レオはそれを苦笑いで宥めてやり過ごす。


 その前で、ブラドはこれ以上無いほど深〜いため息を吐き……観念して扉をノックした。


 直にパタパタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。内側から扉が開かれ、その人物が現れる。


 金髪を短めに切り揃えた女性だ。背は高くもなく低くもなく、どこかおっとりとした目が特徴的だった。


「あ……ブラド、お、おかえりなさい……」

「……ただいま、お母さん」

「……皆さんも、ようこそおいでくださいました。ブラドの母のピーツ・エーアトヌスです。日頃ブラドがお世話になっています」


 どこか困った表情をしながら、ブラドの母ピーツ・エーアトヌスは頭を下げた。レオ達も慌ててペコリとお辞儀をし、オスマンが前に歩みでる。


「本日はお招きありがとうございます。リアスさんはどちらへ?」

「夫は現在自室で仕事中です。こちらがお呼びしたのに、申し訳ございません」

「いえいえ。リアスさんには日頃お世話になっていますので」

「……さあ、中へどうぞ。お食事の準備をしますので、食堂にてお待ちください」


 中に入ると、だだっ広い玄関ホールが待ち構えていた。造りとしては、以前クミンやブラドが加入する前の特新部隊が任務で赴いた、魔物の館と呼ばれる館に近い。正面に巨大な階段があり、各階の両脇に主となる廊下が続いている。さらに一階の階段の両脇や、登ってすぐの正面にも扉があり、広さは魔物の館の比にならない。


「ここで魔物探すとなると苦労しそうだな」

「人の家入って第一声がそれか」


 レオとエイジャックのやり取りの最中に、一行は一階の階段脇の扉へと通された。


 中は白を基調とした縦長の部屋で、毎度のごとく無駄に大きい机に椅子が大量に並べられてある。ここが食堂のようだ。奥にまた2つ扉があるが、それは厨房に続く道だろうか。


 一行は扉に近い場所の机に座らされた。1番扉に近いお誕生日席の椅子だけ豪華な所を見るに、そこが当主の席のようだ。左手前からブラド、マリア、レオ、クミン、右手前からピーツ、オスマン、エイジャック、ライフと座る。


 それからすぐに料理が運ばれてきた。どれも純白の皿に乗せられ、見た目にも相当こだわっているだろう料理だった。野菜、肉、スープ、端的に言えばどれも高いと確信できる料理だ。


「お、おお……!」

「美味しそう……」


 レオとクミンが驚嘆を漏らす中、ピーツは料理を運んできたメイドに頭を下げていた。


「ありがとう。私も手伝いたかったのだけれど……」

「いえ、これが使用人の務めです」

「……ありがとう……さあ、皆さんどうぞお食べください。夫は直に来ると思います。先に頂いちゃいましょう」

「じ、じゃあ……いただきます!」


 真っ先に料理にとっついたのは当然レオとクミンだ。あたりまえのように肉料理に手を伸ばす。焼いて等間隔に切った肉に、恐らく特製であろうソースがかかった料理だ。


 口に含み、歯を下ろした瞬間、旨味の染み込んだ肉汁が溢れ、口からの中でソースと見事なコンビネーションを描く。柔らかく筋の無い肉は味が染み込んでいるのにしつこくない。


 という理論で生み出される味であるが、レオとクミンが出した感想は


「美味い!」

「美味い!」


の一言だった。


「……これなら私でもお肉が食べられる……」


 肉料理を食べてマリアが呟く。お世辞にも屈強とは言い難いマリアはあまり脂っこいものは食べられない。そんなマリアでも食べられるのだ、料理人の腕が察せられる。


 エイジャックやライフ、オスマンもそれら絶品の料理に舌鼓を打ち、皆ブラドの歓迎会というのを半分以上忘れていた。


「……ブラド」


 食事が始まってしばらくした時。ピーツは深刻そうな顔でブラドの方を向いた。


「何?」

「……私、ブラドに謝りたかったの……」

「……え……?」

「……私はずっと、あの人の言う通りにすることがあなたのためだと思ってたの……けどそれは間違ってた……子供に手をあげるのが子供のためなわけなかった……私はずっと、あなたを心で見てあげられていなかった……」


 その突然の告白に、皆の食事の手が止まる。ただしレオとクミンを除く。


「……ごめんなさい、ブラド……あまりにも遅すぎるけど……私、これからはちゃんとブラドのことを愛するから……だから……!」

「いいよ、お母さん。お母さんはアイツに洗脳されてただけだ。ワリィのはアイツに決まってる」


 と、その時。食堂の扉が開いた。そこから1人の男が入ってくる。


 かなり屈強な男だ。光を反射する金色の髪を短髪にし、鋭い目つきをしていた。顔はまさに野生を体現したような感じで、がっしりとした口や手入れされた髭が威圧感を放っている。


 一眼見ただけで、特新部隊の面々は彼が件のブラドの父親、リアス・エーアトヌスだと分かった。


「出やがったなクソ野郎」

「……」


 リアスはゆっくりと首を回し、皆を観察するような目つきで見回した。そして目を細め、ズカズカと机に歩み寄り、空いていたお誕生日席に座った。


「んで、クソ親父。なんでここで飯なんか食わせようとしたんだよ」

「誰が貴様なんかの父だ。貴様ごときが俺の子なわけがないだろう」

「ちょ、ちょっとあなた……!」

「おーおーそりャあ結構。こッちも元からテメェみてえな社会のゴミなんかを父親だとは思ッてねェよ。相変わらず偉そうな脇臭だな」


 そう言い放つと、ブラドはフォークを肉に突き刺し口に入れ、クッチャクッチャと咀嚼した。その目つきは空気すら切り裂けそうなほど鋭く、対するリアスも巨大な大槌のような威圧感を放つ。


 ピーツの話によって手が止まったレオとクミン以外の面々は食事を再開する機会を完全に失った。リアスの登場によって場の空気があまりにも冷たくなり、もう食事などできる雰囲気ではない。


 にも関わらず、レオとクミンは普通に食事を続けているし、すぐにマリアとオスマンも再開した。残るエイジャックとライフはチラリと視線を交わし、意を決して料理を一口口に運んだ。


(……味がしねえぇ……‼︎)


 張り詰めた糸のような空気。常人がそんな場所で食事を楽しむ余裕があろうはずがなかった。思わずエイジャックの口調が荒くなってしまうほど、平然としていられない空気なのだ。


「……今日お前らなんかをここに呼んだ訳だが……」


 険悪な空気の中、厳かなリアスの声が響く。その物言いに流石のレオやクミンでも手が止まり、険しい目つきをリアスへと向ける。


「……ブラドに冒険者を辞めさせろと言いたかったのだ」

「ハァ⁉︎ テメェ人の事情にずかずかと‼︎」

「事情? エーアトヌス家の事情を無視して冒険者になった貴様が事情を語るか。誇り高きエーアトヌス家から冒険者などというものを排出するなどあってはならないことなのだ」

「オレをそういう奴に育てたのはテメェだぜ。冒険者に関しちャお母さんやエーアトヌス家に関わってくれる人達には申し訳ねェとは思うが、それ以上にテメェがクズなんだよ‼︎」


 ブラドがそう捲し立てた瞬間。リアスは身を乗り出しブラドの頬を殴り抜けた。魔力無しなら肉体強度はライフよりも劣るブラドだ。咄嗟に反応できずに拳が直撃し、ブラドは椅子ごと後ろに倒れた。


 その光景にオスマンですら相当険しい顔つきになり、レオとクミンは目を見開いた。


「ッツ……‼︎」

「あなた、いい加減に……‼︎」

「ピーツは黙っていろ‼︎」

「ひっ……!」


 すぐに止めようとしたピーツだが、リアスに睨まれその足が止まる。


「……ついでに言うがそこの銀髪」


 そう言って、リアスはマリアの方へと視線を向ける。マリアはビクリと体を震わせ、視線を少し伏せて小さくなった。完全に怖がっている。


「身なりから察するに、お前も貴族のようだが……家名は何と言う」

「……ス……ストロガノフ……です……」


 そんなマリアを見て、レオはどこか懐かしい気持ちになっていた。約4ヶ月前、レオとマリアがパーティを組んだ直後、マリアに絡んできたホムラ・チリペッパーというB級冒険者に、マリアは同じように怖がっていた。


 今のマリアも同じように震え、あの時と同じようにレオの背中に隠れようとしているように見える。今でこそ頼もしい実力が目立つマリアだが、当時はやはり気弱な面が見えていた。


(今思えばオレも最初ビビられてたような反応だったなぁ)


 と、レオが心の中で呟いたその時。


「ああ、あの面汚しの家か。はぁ、貴様のような貴族に生まれておいて冒険者になるような無能がいるから貴族のイメージが悪くなるんだ」


 それを聞いた瞬間、エイジャックとライフは「あっ……」という表情になり、次いで顔を引き攣らせた。


 その視線をレオとマリア、そしてクミンに向ければ、案の定目元に影がさしている。さらによく見れば3人共腕が震えている。こればかりは恐怖ではなく、ぶん殴ってやりたいという気持ちの現れだ。


 その状態が数秒続き、リアスは眉間に皺を寄せてマリアの近くへと歩み寄った。


「何とか言ったらどうなんだこの脳無しが」


 そう言い、拳を振りかぶるリアス。それを見たレオは咄嗟に椅子を蹴倒し、マリアを庇おうと身を乗り出した。


 しかし次の瞬間、リアスの顔の横で小規模な爆発が起き、リアスは吹っ飛び壁に激突。頭から血を流し、一部の髪が焦げている。


 反対を見れば、口から血を垂らしたブラドが片手に空のガラス瓶を持っていた。


「ガッ!」

「……別にテメェを殺すことなんざ簡単だ。けどそれはオレのやりてェことじャねェ。オレはテメェに復讐したいんじャなく、過去を後悔させてやりたいんだ」

「貴様……‼︎」


 ブラドが血の垂れた頭を押さえて立ち上がり、ブラドの方へと一歩踏み出す……瞬間。


 突如両者の間の空間に、紫色の光の壁が生成された。そしてリアスの目の前に、オスマンが含みのある笑顔を浮かべて立ち塞がる。


「……これはお二人の問題なので私はあまり首を突っ込みたくなかったのですが……流石にやりすぎです。これ以上はプライベートでやってください」

「……チッ……見下すな」


 リアスは眉間に限りなく皺を寄せて、ゆっくりと立ち上がった。その視線はどこかこちらを煽っているようにも見えるオスマンに向いていて、そこには単なる苛つきなどではない負の感情があるようにレオは感じた。


「……あまり俺を怒らせるなよオスマン……俺の指示1つでギルドへの支援は全て消し去れるのだぞ」

「私がその気になれば、この街など一瞬で滅ぼせるということをお忘れなく」

「……趣味の悪い冗談だ」

「冗談じゃないんですけどね〜」


 ヘラヘラとしているオスマンだが、その細い目の奥に隠された真実はこの場の誰にも分からない。最もオスマンと交流のあるレオとマリアですら、オスマンの実力は把握しきれていない。


 オスマンは元B級冒険者。しかしその魔法の腕はおそらくA級になってもまだ有り余るほどだと、マリアは以前レオに話した。その時は


「そんなまさか〜、だったらなんでA級になってないんだよ。そこまで体術弱いわけでもないでしょ」


と返しはしたが、あるいは王都街一つを壊滅させることぐらいわけないのかもしれない。


 それからリアスとブラド、レオは自分の席に座り、食事を再開した。


 マリアとレオ、クミンは目に影を落としたまま、ブラドとリアスは険悪な表情のまま、エイジャックとライフは冷や汗をダラダラと垂らしながら食事をした。エイジャックとライフは以降、味のしない料理を堪能した。


 地獄のような数十分。その場にいた誰もが心から料理を堪能することはなかった。ただ皿をつつく音だけが食堂に響き、上位の魔物と対峙した時に匹敵する緊張感が存在する。


 誰も、これがブラドの歓迎会だというのは覚えていなかった。


 食事が終わると、リアスは何も言わずに自室に戻った。使用人達とピーツに見送られながら、レオ達がさっさとその場から離れたのは、言うまでもない。

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