第40話『慰安旅行』
「……私あの人嫌い……」
「オレもだ。尊敬できそうもない」
「あたしも。よく殴らなかったよ」
それがマリア、レオ、クミンのエーアトヌス家を出てからの第一声だった。
「お前ら人の親を……」
「いーんだよ。アイツァそういう奴だ」
通りを歩きながら、ギスギスした空気が漂う。ライフはオロオロしながら最後尾を歩き、「なんとかしてください!」という目線をオスマンに向けた。
オスマンは困ったような表情を浮かべ、頭を掻いた。
「……うーん……あ、そうだ」
「ど、どうしたんですかオスマン……?」
ライフが少しずつ希望を見出した表情でオスマンに声をかける。
「皆さん、今休暇中ですよね?」
今日は8月14日で、誘拐事件が幕を下ろしたのが12日なので2日経過している。誘拐事件の被害に遭ったマリア、クミン、ライフ、戦いで重症を負ったレオ、付随してエイジャックとブラトも現在療養のためとして休暇を貰っている。
レオの破裂した目と鼓膜が治った今日から1週間は依頼を受ける必要も無いし、任務も来ない。というか禁止されている。
「せっかく長めのお休みがあるなら、どこか旅行に行くのはどうでしょう」
「旅行っすか〜」
「いいじゃん! レオ行こう!」
「……良いと思う」
「確かに、冒険者になってから長期休暇取ってないな」
「オレァこの街から離れられるなら大歓迎だ!」
「よ、よかった、空気戻った……」
ライフはほっと息を吐いた。
冒険者に定休日は無い。逆に、必ず働かなければいけない日も無い。冒険者という職業は、主に自分がどの依頼を受けるか決めて仕事をする。一部の冒険者には任務という形で仕事が振られるが、その場合を除けば仕事をするか否かは当人に委ねられている。
E〜D級の冒険者は、1日1つの依頼を受け、基本毎日仕事をするというのがスタンダード。E級任務、D級任務の給料なら週に2日ほど休むことができる。しかしC級にまで到達すると、週3〜4日まで休みが増える。
ではB級以上の冒険者はさぞぐうたらしているのかと思うかもしれないがそうではない。B級以上の所謂上位冒険者と呼ばれる冒険者達は、任務の数がC級以下の冒険者とは段違いなのだ。
例えばA級冒険者なら当然主にA級任務を受ける。A級任務は1つで何十日も生活できるほどの給料だ。だがA級ともなると、本当に忙しい時は毎日任務がやってくる。そこまで来ると逆に忙しすぎて休みが無いというわけだ。
以上の理由により、客観的に見ればC級が1番のらりくらりとやっていける。しかし不思議なことに、ほとんどの冒険者はそれでもB級以上を目指す。その理由は金か名声か自己顕示か。命を危険に晒してまでそれを得ようとするのが冒険者という生き物だ。
「長期休暇取ってない、か。確かにマリアとパーティ組んでると、B級任務コロコロ来て案外休めないんだよな〜。ここらでパーっと疲れ取るのもいいな! エイジャックとかもなのか?」
「ああ。俺……とあとクミンもか。C級は1番コストパフォーマンスが良いと言われてるが……俺はC級任務見つけ次第片っ端から受けてるからな」
「あたしはまあ前入ってたパーティが結構しっかりしてるとこだったから、休みは多く無かったよ。それでも言えば休ませてくれたけど」
「私はD級だからあんま取れないな〜」
「なんだ、皆大変そうだなァ」
「お前はずっとサボってたじゃねえか!」
「サボッてたッつッてもオレの階級はC級だぜ?」
「あ、そのことなんですが……」
ブラドが胸を張って階級を自慢したその時、オスマンが声をかけてきた。
「ン、なんすか? もしかして昇級ッすか⁉︎」
「い、いえ、そのぉ〜……」
オスマンのそのはぐらかしたいが言わなければいけないという表情。頭を掻く仕草。階級の話。
それらの要素で、レオとマリアの2人はオスマンが何を言わんとしているのか、大体察することができた。
「……あんまり言いたくないんですが……ブラドくんの階級は、現在E級ということになっているんです……」
「……エ?」
「ですから、ブラドくんは現在C級から降級させられてE級になってるんです……」
「……エェ⁉︎ え、あッ、なん、はァ⁉︎ なんでっすかァ‼︎」
オスマンは必死にブラドを宥めた。割と精神年齢の低いブラドだ。こうやって癇癪を起こすと中々治まらない。まだ出会ってほんの数日だというのに、エイジャックはブラドの扱いに頭を悩ませているのが、側から見ても容易に察せられる。
なんとかブラドを落ち着かせると、オスマンはブラドの階級についての説明を始めた。
「……レオくん。3ヶ月前、私達が出会った日に、私はレオくんの階級についての説明をしましたね。では私はレオくんが何故E級なのかについてどう言ったか覚えていますか?」
「え? そりゃ覚えてますよ。魔法が全く使えないと……ていうか、格闘と魔法どっちかが全くできないと、魔力で身体ができてる魔物とかにやられるからE級になるんですよね?」
「その通り。レオくんの処置は例外であると私は話しました。……しかし、私はその例外的な処置が、2つあると言ったんです」
『……例外ですよ。冒険者、及び魔物の階級は強さのみを基準にして設定されます。ですが、2つ例外があるんです』
「その1つは、近接戦闘能力、魔法の技術、いずれかが完全に欠けていた場合、実力に関係なくE級になってしまうというレオくんに適用されたケース。そしてもう一つは……4ヶ月以上依頼をこなさないと、E級に認定される……というケースです」
「……4ヶ月以上依頼をこなさい……つまり4ヶ月以上サボる……?」
レオはブラドの方を振り返った。マリア達も釣られてブラドの方を向く。
「……エ?」
「ギルドは冒険者全員の名前、階級、戦闘能力等を記録しています。依頼ではなく任務を冒険者に課す際、なるべく最も適切な人に任務を与えるためです。4ヶ月もサボっていたら、本人の実力も変化しているだろうし、そもそも任務を課しても受けてくれない可能性が高いとして、ギルドはその冒険者をE級としているんです」
E級はある意味S級とは別ベクトルでの特別な階級だ。
単純に戦闘力がE級相当だということでE級に認定されている冒険者はいいのだが、唯一それ以外、つまり例外的なケースで認定されることのある階級がE級なのだ。
レオに適用された、格闘、魔法いずれかの完全な欠如。これは何年かに一度適用される者が出てくる。冒険者選別試験にて、豪運により1度も魔物と戦闘しなかったり、レオのように一切魔法を使わずに合格する、という者がちょいちょいいるのだ。
そしてギルドにとって特に面倒くさいのがブラドに適用された、4ヶ月間任務も依頼も受けていない場合だ。
そもそも依頼が任務という形で冒険者に与えられる事自体少々特殊なことだ。B級以上の危険な依頼を調子に乗った冒険者が受けて無駄死にしないように、または一刻も早く対処しないと被害が相当大きくなると予想される事件だったり、はたまた冒険者の実力を測るためのものだったり。
つまりは本当に適した人選でないと大変なことになる場合の依頼は、特定の冒険者に任務という形で与えられるのだ。
そのため人選においてずっとサボっている奴がいると、「こいつサボってんなら体鈍ってんじゃね?」「つか『嫌です』とか言って断ってくんじゃね?」などの懸念点が生じる。だから言ってしまえば「お前は使えん」という宣告も含め、長くサボっている冒険者はE級認定されてしまうのだ。
「……な、なんだよお前らその顔は……! まるでオレが悪いみたいな!」
「あんたが悪いんだよ」
クミンが一段と機嫌が悪そうにツッコミを入れる。ぐぬぬという表情でクミンを睨みつけるブラドを横目にクミンはプンスカといった様子だ。
「もう、話が逸れちゃったじゃん! 旅行だよ旅行! 日程は明日か明後日から3日か4日ぐらいとして……どこ行こっか! レオと2人だけならラブ」
「それ以上はいけない。……つっても慰安旅行だろ? そこらの王都街じゃ慰安もクソもないし……観光地とかしらね〜」
「観光地で言えば、私色々と知ってますよ。これでも割と長く冒険者やってるので」
オスマンが懐から円形に並ぶ王都街全体が描かれた地図を取り出し、手頃なベンチに広げてみせた。いかんせん直径が600キロ以上あるので縮尺はかなり小さいく細かい所は見えないが、王都街付近にある場所なら記録できそうだ。
「近いところから言えば、今私達がいるトゥエフの少し北西にある、冒険者育成に力を入れ、見学、体験もできるエーミール学院。サーティフ南西にある自然公園、タークショク森林。あとは……最南端の王都街、フォーティフのさらに南、海に近いところにある……亜人族の街」
その言葉に、特新部隊一同はピクリと反応した。特に、ブラドはカッと目を見開き、オスマンに迫った。
「亜人族ゥ⁉︎ それってあのネコ耳とかウサ耳とか生えてるあれッすかァ⁉︎」
「ま、まあそれだけではないですけど大体合ってます」
「皆、亜人族の街行こうぜ! オレ亜人族とか本とか教科書でしか知らねェからさ!」
そう叫ぶブラドの目はキラキラ輝いていた。まるでおもちゃを与えられた子供のように、レオを見つけたクミンのように、任務を与えられたレオのように。
といっても、亜人族という単語に反応したのはブラドだけではない。皆それぞれ思うところがあるようで、少し考える仕草をしている。
「……亜人族……私も見たことない……」
「あたしも〜! お耳触ってみたい! ……でも、具体的に亜人族ってどういう人達なんだろう」
クミンの素朴な疑問に、皆の視線がクミンに集まる。
「え、な、何……?」
「クミンお前、学校で習ったろ。理学とか歴史とかで。ちゃんと勉強してた?」
「レオにだけは言われたくない!」
この世には、完全な人型で、言語を操るほど高度な知能をもった動物が4種存在する。
第一に人間、または人族。ご存じ1番数の多い、現在もっとも繁栄している種だ。
第二にエルフ族。人間との身体的差異は皆一様に金髪であることと、耳が尖っていること。B級モンスター、スライムと同様、生命活動そのものに魔力を使用している。ただしエルフ族の場合依存しているわけではない。しかしそのため魔力の量が多い土地から離れられず、数も少ない。
第三に鬼族。人間との差異は額に存在する角。ここには魔力が溜まっている。基本的に人間と相違は無いのだが、好戦的で意地っ張り、戦いは拳にこだわり、魔法を好まないという性格をしている。その昔、角が薬の材料になるという迷信が広がり迫害され……かけたがその尽くを返り討ちにしたという逸話をもつ。
第四に亜人族。その特徴はなんといっても他の動物を取り込んだような外見だろう。犬耳、ネコ耳、ウサ耳、牙などを持つ。亜人族の中でもその種族は多岐にわたり、中には耳がヒレのようになった海人族、下半身が魚である人魚のように、水中に適応した種も存在する。また、他の三種族に比べて平均寿命が20年ほど短いという特徴もあり、これは他の動物の器官を無理やりくっつけているため、遺伝子に何かしらの不具合が生じているのではと言われている。
亜人族の街はその名の通り、亜人族達が集まる街である。世界各地に存在し、王都街から最も近いのは王都街のさらに南に存在するダイバーシティという亜人族の街。あと数キロも行けば広大な海にたどり着く地点にあり、その影響で水中で生活できる亜人族も多いのが特徴だ。
以上の説明を、オスマンは皆に噛み砕いて説明した。
「いいじゃないっすか! 海にも行けるし、できれば亜人族の人達とも手合わせ願いたいな!」
レオは拳を打ち付けた。他の面々も否定意見は無く、満場一致だった。
「では、行き先はダイバーシティということでオッケーですね? ダイバーシティ行きの転移魔法は私が作っておきますよ」
「……作れるんですか……?」
「ええ。なんなら地球の裏側まで行けますよ? 魔力さえあれば」
「……化け物……」
「いえいえ、マリアさんこそ充分化け物ですよ」
「……ふふっ」
「え、何、マリアちゃんが化け物って言われて嬉しそうに笑ってるんだけど……」
「クミン分かってねえな〜。化け物なんて冒険者からしたら褒め言葉以外の何物でもないんだぜ? マリアが化け物なのは事実だしな。オレが保証する」
「あたしは普通に強いって言ってほしいな……てか、レオも女の子相手にそんな気軽に化け物とか言わないで!」
「えぇ⁉︎ なんで、褒めてんのに……」
※※※※※
次週お休みです。次回更新予定は2023/7/21(金)です。
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