第37話『なんで黙ってた』
記録
解放暦1127年8月8日。王都街スフィーにて、観測した限り約200名の男女が襲撃するという事件が起きた。襲撃犯は街の住民を攻撃し、385名が死亡、56名が怪我を負った。その後現場に居合わせた冒険者達により襲撃犯122名を確保。また、事件の最中、今年度の特別新人訓練部隊のライフ・ライム、ロベアス・クミン、マリア・ストロガノフが誘拐された。
同年同月11日。48名の冒険者が襲撃犯らを襲撃し、98名を確保。しかしその後に襲撃犯に奇襲されたことで作戦に参加していた冒険者9名が死亡。その隙に王都街ズィーベンに炎が放たれ、スフィーと同じように約100名の男女がズィーベンを襲撃した。
結果、襲撃犯らを拘束し、街の消火が終わった時には、民間人502名が死亡、689名が重軽傷を負った。スフィー襲撃からズィーベン襲撃にて死亡した冒険者は29名。襲撃犯は40名。その中には一連の事件の主犯である少女が含まれており、また共犯者である少年は逃亡するという結果となった。
以下死者。
そこからは死亡した民間人887名、冒険者29名、襲撃犯40名の名がズラッと並んでいる。その記録書が置かれたテーブルの横には一つのベッドが置かれており、少年がそこに腰掛けていた。
「……はい、これでよし。ゆっくり目を開けてごらん」
少年の前に立っていた若い女性医師が少年から離れる。そして少年……レオはゆっくりと目を開け、辺りを見渡した。ベッドのすぐ横には女性医師の他にマリアもおり、心配そうにレオを見つめている。
「どう、ちゃんと見える? 聞こえる?」
「……えーっと……あー、あー……はい、大丈夫そうです」
「よかった。これからはあんまり無茶なことはしないでちょうだいね? 私の仕事が増えるから」
「は、はは……肝に銘じておきます……」
女性医師は今後のことを説明すと、げっそりとした様子でトボトボと病室を出ていった。開ききっていない目や隈、猫背にボサボサの頭から、その忙しさが容易に察せられる。
解放歴1127年8月14日の朝。ここはゼクスの病院だ。スフィー襲撃に始まった事件より3日。レオは主犯の女との戦いで自ら吹き飛ばした眼球と鼓膜を治療してもらうことができた。あの医師曰く、内側から破裂したせいでいつもと勝手が違って大変だったらしい。
マリアは女性医師が部屋から出ていったことを確認すると、レオの顔を見据えた。
「……心配した」
「ごめんってマリア。ああするしかなかったんだって」
「……事情は聞いた。私を傷つけたくなかったっていうのは……嬉しいけど、だからってあまり自分を傷つけないで。私の回復魔法もまだ未熟だし……私も、レオが傷つくところは見たくない」
「……分かったよ。もうしない」
その後はレオの経過観察……もとい医師の手が空く時間まで病室で待機。時間にして2時間ほど、ちょうど9時になるぐらいの時間に、レオとマリアは病院を出た。
ギルド前の馬鹿でかい広場の端に、オスマン、エイジャック、ライフ、クミン、ブラドが立っており、近くのベンチでボランジェが座っている。歩いてくるレオとマリアに気づくと、皆安心したような表情を浮かべる。クミンはレオに抱きつこうとして阻止される。
「レオくん、治療は……どうやらできたようですね」
「はい。いや〜マリアが回復魔法使えるからあれも治せるかと思いましたよ」
「……レオは私を過大評価しすぎ」
「マリアもな。いつもオレはすぐにマリアを超えるって言ってるけど、オレそんな強くねえぞ?」
「……それは本当だもん……」
イチャイチャしてる。その場にいたほぼ全員が同時にそう思った。言ってることが殺し合いの実力の話というところが、なんとも冒険者らしい。
そんな時。
「ああああぁぁぁ……」
という、まさにおっさんの呻き声のようなおっさんの呻き声が聞こえてきた。そちらを見れば、ベンチに腰掛けグラスを持ったボランジェが顔を赤くしている。横にはワインのボトルがあり、もう3分の1ほどが無くなっているように見える。
「朝っぱらから何飲んでるんですか」
エイジャックが苦笑しながらボランジェに向き直る。
「うるせえな……飲まねえとやってらんねえよ……ああクソッ、リッパーの野郎……! あの縄からどうやって……!」
そう言って、ボランジェは膝を叩く。この声色は悔しさや怒りが込められており、彼の心中が端的に現れていた。
さらにグラス内のワインを一気に飲み干すと、ボランジェはさらに深いため息を吐いた。
「……オレまだあの縄についてよく知らないんすけど……そんな強いやつなんすか?」
「ああ。そりゃあもう強い……なんせ縛られてりゃ勝手に魔力吸われんだからな。身体能力が魔力に依存してる奴ぁもう無力だ……」
「へぇ〜。そんなもんよく作れましたね」
「作ったのは俺じゃねえよ。WD・Sって研究者だ」
ふと湧いた疑問を投げかけ、しかし知らない名前をお出しされてレオはさらに疑問顔を深める。エイジャック、ライフ、クミン、ブラドはすまし顔。しかし、この中でオスマンとマリアだけは、真剣な眼差しをボランジェに向けた。
ボランジェは2人の目線を受けるが、なんのこっちゃというとぼけ顔。始めこそクールな印象を受けたが、今では完全にただのおっさんだ。50代に見えるがまだ34らしい。
一部のリアクションを意に介さず、レオは尚も質問を投げかける。
「WD・S?」
「それは私がお答えしましょう」
オスマンがキリッとした眼差しで歩み出る。
「……WD・Sとは、数十年前からギルドに魔法技術の提供を行っていた研究者です。しかし年齢も容姿も、性別すらも分からない謎に包まれた人物です。今から42年前の解放歴1185年、突如ギルドに一通の手紙と共に一本の剣が送られてきました。その剣には魔力を蓄積する性質があり、手紙にはその剣の量産方法が記されていました。手紙の主は自らをWD・Sと名乗り、以来長きに渡りギルドに魔法が込められた武器とその技術を提供し続けていたのです。今ではその魔法が込められた武器のことを、魔道具と呼んでいます。しかし昨年6月6日、自分はとある旅に出る、もう技術提供は行えないという趣旨の手紙と共に最後の魔道具がギルドに送られ、以来WD・Sは消息を完全に絶っているのです」
「へぇ〜」
「……さて、お話はこれぐらいにして……改めて、ブラドくんの紹介をしましょう。マリアさん達はほぼ初対面ですしね」
ブラドはオスマンに促され、一歩前に出る。こうして見ると、野生みが溢れた荒々しい顔つきだが、個々のパーツで見るとブラドはかなり整っている。思春期だというのに肌も荒れていないし、髪もツヤがあり清潔感がある。しかし荒々しく短くされた金髪、歯を剥き出しにする笑顔、そして細く鋭い目つきが、全体的に威圧感を放っている。
ブラドはニカッと笑うと、腰に手を当て女性陣の方へ向き直った。
「改めて、ブラド・エーアトヌスだ。よろしくなァ!」
割と大きな声で自己紹介をしたブラド。元々の威圧感も相まり、ライフがビクリと体を震わせる。クミンは「面白そうな人だなー」と考えながら自分もあいさつを返す。
そしてマリアは、鋭い目つきでブラドを見ていた。
「……ン? オレん顔になんかついてるか?」
「いや……あなた、今エーアトヌスって……」
それを聞いた瞬間、ブラドの目がさらに鋭くなり、マリアと同じように詮索するような顔つきになる。
突然の険悪そうな雰囲気にエイジャックとライフが汗を流し、レオとクミンが困惑の表情を浮かべる。
そんな中、ブラドが静かな声でマリアに問う。
「……お前、名前は?」
「……マリア……マリア・ストロガノフ」
「あー! お前ストロガノフ家の奴だったのか! なるほどそりゃエーアトヌス家を知ってるわけだな」
と、今度は一転旧友に出会ったかのような雰囲気になる2人に、オスマンとボランジェを除く面々が目を白黒させる。
「……あー、そういえばサボっていた特新部隊最後の1人は貴族出身だ、とかオスマンさんが言っていたな。ストロガノフ家も貴族なら、家名に聞き覚えがあってもおかしくないな」
「つか、マリアがそんな真剣な顔になったから何かと思ったぜ。エーアトヌス家ってどんな家なんだ?」
レオのその問いに、ブラドは罰の悪そうな顔をして頭を掻いた。「うーん、いやァ、そのォー」などと濁し、顔を背ける。
その様子にレオは疑問顔。視線をマリアに向け、マリアに説明を求む。
「……エーアトヌス家は、代々全ての王都街の物流を制御するほどの商会の会長を務める貴族。世界で唯一冒険者という職業があるこの一帯は物量がかなり多いから、そこらを全て牛耳るエーアトヌス家は世界有数の大富豪……ストロガノフ家でも、かなり重要な家だと教えられた」
マリアのその言葉を聞き、一同はその視線をブラドへと向ける。ブラドはさらにその顔を首が捻じ切れんばかりに背けた。オスマンは苦笑し、その様子をそっと見守っていた。
謎に気まずい沈黙。ブラドがこんな反応をするのなら、何か事情があるのだろうなと察しつつも、やはりあんな野生児が世界有数の貴族の出であることに何かしらのリアクションをしたくてたまらない。
そんな状態に耐え切れなかったのは、レオとクミンだった。まあ、やはりと言うべきか。
「お前なんで黙ってたんだ⁉︎」
「だったらあなたせめてもうちょっと身だしなみ気をつけたら⁉︎ 同じ貴族出のマリアちゃんを見習いなさい⁉︎」
「だあああああああ‼︎ そういうしがらみが嫌で出てきたってェのに‼︎ ぬああああああああ‼︎」
まるで駄々をこねる子供のように耳を塞ぎ、叫び声を上げるブラド。その反応にさすがのレオとクミンでも口を結び、押し黙った。
レオは日頃マリアを見ているから、貴族がどういうものかは大体予想ができている。マリアの歩き方や食事の仕方、教養などはかなり優秀だ。当然だがそれらは教え込まれたもので、おそらく貴族という家がらも相まって幼少期から学んできたのだろう。
マリアの動作を見る度にレオは思う。
「オレにそういうんは無理だな〜」
と。
とは思いつつもレオも別に無作法というわけではないし、マリアにマナーやらなんやらを注意されたこともない。やはりマリアは自分は貴族であるという自負を持って生活しているのだろう。
レオの頭にそんなことがフッとよぎる。「やっぱ合わない奴は合わないよな〜。オレを含めて」。そんなことをレオが考えた直後。
「なんだ、じゃあ家が嫌って理由で冒険者になったのか?」
案外こんなことをサラッと口にするのがエイジャックだ。
ブラドはチラリと目線をエイジャックの方へ向けると、苦虫を噛み潰したような顔をした後、深いため息を吐いた。
「……まあ、大体はな。……正確に言えば親父が冒険者を嫌ってたから冒険者になった」
「……冒険者を嫌ってた……?」
多くの者が疑問顔を浮かべる。そんな中、マリアの表情は曇り、どこか同情の念を抱きながらブラドを見ていた。
そして。
「うっ……」
そんな声を上げる、糸目の枢機卿が1人。
「え……オスマンさんどォしたんすか」
「いやあ、そのお……実はブラドくんが正式に合流したということで、歓迎会のようなものを計画していたんですが……」
「ですがァ?」
「……そのことがリアスさん……ブラドくんのお父さんにバレてしまいまして」
「……バレてしまいまして?」
「……エーアトヌス家で歓迎会をすることに……」
「はあ⁉︎ なんでッすかァ⁉︎」
ブラドは目を見開き声を荒げ、オスマンに抗議する。オスマンは困った顔で両手を上げる。
「し、仕方ないじゃないですかぁ……リアスさんにはギルドに多大な資金援助をしていただいているので……断ったらみーんな首! 無職になってしまいます」
「……クソッ! あのクソ親父‼︎」
レオ達はなんとな〜くブラドの家庭環境を察していた。そして家庭問題に巻き込まれる、と言ってはアレだが、第三者の気まずさといったらそれは凄い。
レオ達5人は互いに目配せで「この空気どうにかしてっ!」という意志を伝えるが、残念ながらこの場にそれを解決できる者はいない。
「……はァァァ……まあ、決まっちまったもんは仕方ねェ……んで、そのオレん実家行くのはいつになるんですか?」
「……8月14日のお昼です……」
「……え?」
「ですから、8月14日……つまり今日のお昼……つまり、今からです」
「……え……えェ⁉︎ オスマンさんなんで黙ってたんすかァァァ‼︎」
そう叫び、ブラドはオスマンの体をブンブンと揺らす。
「ひぃ〜〜!」という顔のオスマンの横で、レオ、マリア、エイジャック、ライフ、クミンの5人は目を見合わせ……まためんどくさそうな奴が増えたな、とげっそりとした表情をした。
その中でクミンを除く4人がクミンに対して、「お前が言うな!」と言う欲求を我慢していたことを、クミンはなんとなく察していた。
※※※※※
突発特新部隊現時点色々順位。あくまで物語の現時点、今後のネタバレにならない範囲で。ブラドとかほぼ何も判明してないけど。()は作者コメント。
座学
1位:マリア(貴族だし)
2位:ブラド(実は?)
3位:エイジャック(オールラウンダー)
同率4位:レオ(悪くはない)
同率4位:ライフ(悪くはない)
5位:クミン(もっと頑張れ)
魔法技術
1位:マリア(ハイスペック脳筋少女)
2位:エイジャック(オールラウンダー)
3位:クミン(美しい魔法使ってそう)
4位ライフ(実はそれなりに強い)
5位:ブラド(火力でカバーしてる感じ)
6位:レオ(まだまだこれから)
魔法瞬間火力
1位:ブラド(強い)
2位:マリア(悔しそう)
3位:クミン(マリアと同じタイプの脳筋)
4位:エイジャック(他の皆が強い)
5位:ライフ(火力を速度と技術でカバー)
6位:レオ(まだまだこれから)
肉体強度・格闘技術(魔力無し)
1位:レオ(文句無し)
2位:クミン(レオと一緒に遊んでたらそりゃね)
3位:エイジャック(オールラウンダー)
4位:ライフ(速力だけで言えばレオと同率1位)
5位:マリア(太れないの気にしてそう)
6位:ブラド(雑魚が)
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