第35話『己を討つ①』
「さて……全てを話してもらおうか。ジャック・ザ・リッパーさんよ」
魔力を奪う縄に縛られ、胴体には十字の刀傷があるマークは、虚な表情を浮かべ、俯いていた。
ボランジェが強めの口調で命令してもその様子は変わらず、生きる気力すら失ったのではないかと思える。
「まずは幹部の居所を吐いて貰おうか」
「幹部……?」
「とぼけるな。マリア達が盗ってきたあの資料にあった7人の男女のことだ」
それを聞いた瞬間、マークは顔を上げて少しばかり目を見開いた。そして段々と、その口角が上がっていく。
「……は……ははっ……ははははっ! そうか、幹部か! ははははは!」
その笑いで傷が裂け、マークの体から血が滴る。
「……何がおかしい」
「いやあな……あいつらは幹部じゃねえよ。心から通じ合った友人達だ」
それを聞いていたボランジェ、レオ、エイジャックはその異様な反応に眉を顰めた。ボランジェが友人達を幹部と間違えたことがそんなにおかしいか……精神が削られ錯乱したか、本当に変な奴なのか……否。
マークのことだ。必ずあの7人には何か秘密がある。
(でも何も判断材料がねえ……レオとエイジャックをいつまでもここに縛り付けるのも駄目だ……)
「……まあいい。その友人達は今どこにいる」
「友人が不利になることなんて言うかよ」
「……チッ。レオ、エイジャック。今すぐズィーベンに走れ。俺はこいつの見張りをしておく」
「分かりました」
「りょーかいです!」
レオとエイジャックは北へ向かって全力で走り出した。木々を避け、枝を潜り、落ち葉を蹴る。曲がりくねった道を全力で走る。
すぐに森から脱出し、遠くにズィーベンが見えた。3キロほど離れたその場所からでも分かるほどの黒煙。既に街一つが丸々炎に飲み込まれていることが容易に想像できる。ここから見える南門には、チラホラと避難してきたであろう住民が見える。しかし少なすぎる。ぎりぎり100人いるかどうかだ。
「街が炎に……‼︎」
「ああ。敵の目的は人を殺してただ快楽を得ること。そりゃあこんな酷えこともするわな。にしても避難住民が少ないな……街の中に結界でも張ってるのか?」
「ここから避難住民が見えるのか……」
2人は走る速度を速めた。
途中のC級以下の冒険者を追い抜き、ズィーベンに突入する。
当然だが、レオがエイジャックの元へ向かった時より時間が経っており、炎の勢いはかなり激しくなっていた。恐らく東西南北の大通りは完全に炎に包まれ、じわじわと街の深部まで炎は伸びていっているだろう。人々が街の中央に向かって無我夢中で駆けているが、通りにいる男達に無差別に攻撃されている。
1人の女性が足がもつれて転び、立ちあがろうとしたその時。血塗られたナイフを手に持った男が目の前に立ち塞がった。呆然と顔を上げる女性の顔は後ろからでは分からないが、きっと絶望の表情を浮かべているだろう。
レオとエイジャックでは魔法でも届かない距離。2人が歯噛みした瞬間、男の背後で爆発が起きた。男は手前に吹っ飛ばされ、頭から地面にダイブする。
そこにいたのは、杖を伸ばして立っているマリアだった。
「あ、マリア!」
「レオ! エイジャック! マークは……⁉︎」
「エイジャックが倒したぜ。今は拘束してボランジェさんが監視してる」
「そっか、よかった……」
と、その時。ほっと息を吐いたマリアの後ろから、棍棒を振りかぶった男が現れた。レオは咄嗟にマリアを左手で抱き寄せ、右腕を掲げて棍棒をガード。右手で小さな火球を射出し、男を吹っ飛ばした。
マリアを立たせると、殴られた右腕をプラプラさせてレオは振り返った。
「あ……ありがとう……」
「おいレオ、カッコつけて直に受けるな!」
「こんぐらいへーきへーき。マリア、もしかして魔力が……」
「うん……もう勾玉のも無いし、さっきから頭痛くて集中できない……!」
「ッ……ここで疲労が来るか……ここはオレとエイジャックに任せろ」
「ああ。元々マリア達は作戦にいない予定だったんだ。ライフとクミンも連れ戻す」
「大丈夫……魔力さえあれば頭痛だって治せる……」
そういうマリアだったが、こめかみを抑え少しふらついている。それはそうだ。今日含め4日、ずっとマリア達は緊張張り詰めた戦いの渦中にいたのだ。経験の浅いマリア達には精神的にも肉体的にも負担が大きすぎる。
レオはマリアの少々頑固な性格を理解していた。だからレオは歯噛みすると、自分の首に下がっている黒い勾玉のネックレスに手をかけた。
「分かった。じゃあオレの備蓄した魔力を渡す。多くはねえが無いよかマ」
と、その時。
「魔力がねェんだってェ〜〜⁉︎」
そんな声がレオ達の頭上から聞こえてきた。見上げると、炎の光を反射し、短い金髪をオレンジに光らせたブラドが落下してきていた。
「えっちょ‼︎」
ブラドは3者の中央にドシンと着地。荒々しい笑みをレオに浮かべる。
「魔力が無いならオレに任せな!」
ブラドは腰のポーチからガラス容器を3本人取り出し、栓を抜いて中の赤黒い血を一気に飲み干した。
「え……それ、血……?」
ドン引きしているマリアを横目に、口の端から血を垂らしながら、ブラドの魔力が一気に増幅する。マリアは目を見開き、ブラドを見つめる。
「まさか……特異体質……?」
「その通り! そら!」
ブラドは月属性魔法ムーンを発動。紫がかった白色の光がブラドとマリアを繋ぐ。するとブラドの溢れんばかりの魔力がマリアに移動した。
月属性魔法、ムーン。魔力を操る月属性魔法の最も基本となる魔法で、二者間の間で魔力を行き来させることができる。相手の魔力を奪う場合は相手が対抗することができるが、自分の魔力を相手に与える場合はその限りではない。
スッカラカンだった魔力がある程度回復したマリアは、自分の体を見渡し、再び驚愕の表情を浮かべた。
「す、凄い……」
「オレは飲んだ血を魔力に変換できるんだ」
「ありがとう。これでまだ戦える。……レオとエイジャックは北へ向かって。中央広場でA級冒険者達が結界を張って皆を守ってる。そっちに加勢して」
「分かった。無理すんなよ、マリア!」
レオとエイジャックは業火に包まれる大通りを走り出した。左右から熱気が押し寄せ、どこからか発されているか分からない悲鳴が絶えず響く。大通りには血を流したり黒焦げになっていたりする死体が転がっているが、ふと空を見ればまるでその惨状を嘲笑うかのように青空が広がっていた。
走りながらエイジャックは風の刃を飛ばし、レオは敵を見つければ真っ直ぐにそちらに走り顔面に拳を叩きつける。やはり敵個々の実力は低い。だが敵の多さと味方の少なさ、何より街を包み込む炎が被害を拡大させていた。
敵を倒しながら走ること数分。レオとエイジャックはズィーベンの中央広場へとたどり着いた。そこには広場全体を覆う紫色で球状の結界が存在した。中には大量の住民が避難していて、さらに人が外から来るたびに近くの冒険者が結界に穴を開けて避難させており、中の人数は増えていっている。
そして結界の南側に、巨大な大剣を携えた大男、アクルド・センイが立っていた。
「アクルドさん!」
「すみません、待たせました」
「レオとエイジャックか……話は聞いている。どうなった?」
「ジャック・ザ・リッパー確保。現在ボランジェさんが監視しています」
「……そうか。よくやった。じゃあエイジャックは東通り、レオは北通りへ行け。人手が足りない」
「了解です」
「りょーかいです!」
「……そろそろ張り直すか」
レオとエイジャックがそれぞれ北と東へ走り出した背後。アクルドは真上に腕を掲げた。すると結界の頂点、そこから紫色の魔力が現れ、元よりも一回り大きな結界を構築していく。
レオは走りながら振り返り、その光景を目撃した。物質化した魔力は、そのまま本人の魔力量を視覚的に表したものとなる。元々実体が存在していないためイメージはしづらいが、それでも直径100メートルを超える範囲を包めるほどの魔力量ということは分かる。
恐らくだがマリアでもあの規模の結界を何度も張り直すことはできないだろう。こういう一見簡単そうに見える難しいことを軽々やってのけるのが、上位冒険者である所以だろう。
「魔力量ってどうやって増やすんだ?」
そんなことをぼやきながら、レオは北へ向かって大通りをひた走る。
しばらく走ると、前方にズィーベンの住民達を見つけた。恐らく情報があまり出回ってないのでどうしたらいいのか分からないのだろう、ただ周りの男達から逃げ惑っている。
レオは近くまで行くと立ち止まり、大きく息を吸った。
「おいお前ら‼︎」
「あ? なんだあのガキ」
「あの格好冒険者だろ。早めに始末するぞ」
男達は手を止め、レオの方を向く。そしてレオはさらに叫ぶ。
「そうやって力の無い人達を襲ってばっかで、みっともねえなアンポンタン‼︎ それに住民にばっか構ってると、オレが後ろから刺しちゃうぜ! まずはオレを殺せ間抜け共‼︎」
「なんだぁあのクソガキィ⁉︎」
「大人舐めると痛い目見るんだってことを〜?」
「教育ぅ〜‼︎」
レオの煽りに、男3人が反応する。1人の男がナイフを振りかぶり、気色の悪いニヤケ面を浮かべてレオに走ってくる。
そのナイフが駆り出されると同時に、レオは身をかがめてナイフを回避。直後に男の腹を剣で一閃。血の線を刻まれた男は地面に倒れた。
「は……⁉︎」
「まるで歯ごたえがないなあ。本気でやれって!」
「こんのガキぃ〜‼︎」
こんどはここら一帯で暴れていた男達全員、6人が一斉にレオに向かって走ってくる。レオは背中の剣を引き抜くと右肩に担ぐようにして構え、すぐさま左に剣を振るった。そこから炎の斬撃が射出され、複数の男達の腹を抉る。
そこから二撃、三撃と剣を振るい、打ち出された炎の斬撃は男達を奥へと吹っ飛ばしながらダメージを与える。
「ホッ! ハッ! セアッ!」
さらにレオは前方に走り出した。一瞬で6人の男達の中心に辿り着くと、回転しながら剣を振るい、真上に跳躍。渦のような剣の軌跡に炎が生成され、炎の竜巻が作り出された。
「アル・ファイア・トルネードォ‼︎」
「ぎゃああああああ‼︎」
男達は全員吹っ飛ばされ、地面に転がった。
「っと……南に結界が見えるでしょう? あそこに避難してください!」
「あ、ありがとございます!」
レオの言葉に、住民達が感謝の言葉をかけ南へと走っていく。
レオはさらに北へ進んだ。やはりまだまだ敵はおり、住民を襲っている。時間がかかれば家屋の倒壊の危険も高まるため、一刻も早く住民を避難させなくてはならない。
ある男の攻撃を後ろに回って、レオは男達の背中に斬撃を加えた。男達は地面に倒れ、レオは息を吐き剣の血を払う。
その時だった。
「レオー!」
レオの後ろから、そんな声が聞こえてきた。振り返れば、北の方面から腰まで届く銀髪を靡かせたマリアがこちらに駆け寄ってきている。
「マリア! あっちは平気なのか?」
「うん! 人手が増えてきたからこっちの増援に駆けつけろって言ってた!」
「そうか、ありがたいな」
「ねえ、レオは大丈夫だった?」
「ああ問題ねえ。魔力もまだ余裕がある。にしても南通りから北通りまでよくこんな短時間……で……」
違和感。何も間違ったことを言っていないはずなのに、現実との摩擦を感じる。立体的な思考に、ある一つの棘が刺さっているようだった。
マークの傷を癒した謎の人物、一行に現れない幹部、マークの不自然な言動。
『……は……ははっ……ははははっ! そうか、幹部か! ははははは!』
そこに根拠は何も無かった。しかし、それらの疑問がふと頭をよぎり、何かその答えに辿り着きかけた……気がした。
(……オレは北通りにいて、マリアは南通りにいた……じゃあなんでマリアが北から来るんだ……それに口調もどこか変だった……)
マリアはしばし茫然とするレオの横を通り過ぎ、通りに取り残された住民達へ声をかけた。
「皆さん! 北へ走ってください! 街を脱出するんです!」
「……え……何言って……」
マリアの声を聞き、住民達がレオとマリアの方向へと走ってきた。冒険者が助けに来てくれたという安堵、自分達は助かるんだという希望、命を救ってくれる冒険者への感謝……皆がそのような顔を浮かべている。中には思わず涙を流す者までいた。
人々が北へ走り、マリアとレオまであと10メートルというところまで来た。
その瞬間、マリアは杖を人々に向け、巨大な火球を射出した。
人々がそれに反応する間も無く、火球は爆発。凄まじい熱と衝撃が恐らく北通り全体にまで響く。爆発によって人々は吹っ飛ばされ、近くにいた者は即死。少し離れた場所にいた者は体の前面が一瞬で焼けこげ、両脇の燃え盛る建物へと飛び込んだ。
その一瞬の出来事の後、そこには悲鳴と呻き声が満ちた。全身を炎で焼かれる女性、訳も分からず突如として体の前面に激痛が走り地面を転がる男、突然吹っ飛ばされて体を火傷し、大声で泣く子供。
「……は?」
「……はぁ……ああん……」
レオはゆっくりと振り向き、その惨状を目にした。何が起こったのか、分からない。いや、十分に分かるが、理解ができない。
マリアが作戦と反する指示を住民に出したかと思えば、次の瞬間には住民を爆破。あの瞬間に10人は死んだし、即死しなかっただけでもう手遅れの人はもっといるだろう。
目の前ではマリアが自身の体を抱き、艶かしい喘ぎ声をあげている。
茫然とする頭を回し……レオは一つの結論に辿り着く。
「……お前……誰だ」
するとマリア……否、マリアの姿をした何者かはゆっくりと振り返った。
紅潮した頬と、ゾッとする不気味な笑顔を携えて。
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