第33話『襲撃犯掃討作戦③』
その時の光景は、傍から見れば圧巻の二文字だっただろう。広い広場のあちらこちら、足の踏み場も無いほどに、大量の男達が倒れている。周囲の草木は所々血で汚れ、まだ意識がある男達が呻き声を上げていた。その光景を、何も感じないかのような顔を浮かべて睥睨する冒険者達。
「あれ、これで終わり?」
相変わらず折り重なった男の上に足を組んで座るレキルは、少し辺りを見渡しながらそうぼやいた。
それに対し返答をするのは、戦いが終わったというのに息も上がってない上汗すらかいていないゲトゥーフェルだ。
「まあ、この場にいる奴らはね。けれどまだ幹部とジャック・ザ・リッパーは姿形も見ていない……ボランジェさん、奴は今どこに?」
「位置は動いていない。ズィーベンの北西だ」
「奴は転移魔法を持っています。次の瞬間には自分の背後に現れるかもしれない。全員警戒を怠らないように!」
……それは、一瞬のことだった。
オスマンが全体に指示を飛ばした直後、広場“全体の”地面が円形に光り輝いた。
その事を、アクルドとオスマンが認識。続いてレキルとゲトゥーフェル、少し遅れてレオ、マリア、クミンと続いたところで、初めの2人の思考が回り始める。
この光は転移魔法の兆し。ジャック・ザ・リッパーの襲撃か? ならば何故こんな規模で? もしや自分達を奴の元へと送るつもりなのでは……否。
アクルドとオスマンは顔を歪めた。同時に叫ぶ。
「増援です‼︎」
「構えろ‼︎」
必要最低限の言葉。たとえそれだけでも、普段の皆ならばすぐさま行動できただろう。しかし、作戦完了と信じた故の安堵、それが生んだ僅かな認識の遅れが、致命的な隙を生んだ。
直後、光が一気に強まる。その場にいた者が目を瞑る、または闇属性魔法で目を守った瞬間……雄叫びが聞こえてきた。
「おおおおおおおおおおおおお‼︎」
「殺せ‼︎ 進めええええええ‼︎」
「おおおおおおおおおお‼︎」
オスマンと会話をしたあのC級冒険者がその声を聞き、目を開けた直後。映ったのは、片手直剣を振り抜く男の姿を見てだった。
片手剣はC級冒険者の首に直撃。ドスッという鈍い手応えと共に刃が数センチ食い込む。さらに横から火球が飛んできて、衝突の衝撃と爆発で剣が押し込まれ、C級冒険者の頭はあっさりと切断された。斬られた首が血を撒き散らしながら宙を舞い、地面に落ちる。
そんな光景が、同時に13ヶ所で起こる。しかしそれでも尚静まらない人の波。広場の中心に転移してきた男達。その様は、文字通り必死だった。恐怖に顔を歪め、汗を流し、無我夢中で目の前の冒険者に襲いかかる。
その一瞬で冒険者9名が、首を刎ねられたり、心臓を斬られたりして命を落とした。
しかしその一瞬は、上位冒険者達が行動を起こすに足る時間だった。
この場を奇襲した13人の男達は、二撃目の攻撃を放とうとした瞬間、一斉にその全員の体が脱力した。振り上げた腕が落ち、膝からその場に崩れ落ちる。そこに合わせ、2倍以上の数の冒険者が襲いかかり、全員を瞬く間に拘束した。
「クソ……ッ‼︎ 油断した! 何故こんなことを……‼︎」
オスマンは歯を砕かんばかりに食いしばり、絶命した冒険者達の遺体を見た。
(……13人……何故こんな小規模な襲撃を……⁉︎ ジャック・ザ・リッパーのことだ、何か策があるはず……一体何を……‼︎)
オスマンは上空に旋回させていた6羽の鳥の視覚と己の視覚を共有した。その場から散らし、周囲を索敵する。街道沿い、深い森の中、南の平原。
そして北の街、ズィーベンを視界に入れたその時。
「……ッ‼︎ 全員ズィーベンへ走ってください‼︎」
オスマンの叫び声に、その場の冒険者全員の視線が向く。多くの者は突然の小規模の襲撃に未だ混乱していたが、レオ達特新部隊やB級以上の冒険者は目つきが鋭くなる。
アクルドが端的に状況を確認する。
「何があった⁉︎」
「3日前のスフィーと同じように、ズィーベンが襲撃を受けています!」
「敵数は⁉︎」
「100以上!」
それだけ聞くと、B級以上の冒険者10名と特新部隊の6名は北に向けて全力で走り出した。
「皆さんも急いでください!」
「り、了解!」
「え……で、でも、待って……」
「遺体は結界で保護します! あの襲撃は、ズィーベンの攻撃に気づくのを遅らせるためのものです! 恐らく私達は最初から敵の術中にはまっていた……敵の目的は殺しの快楽……私達は最初からここに誘い込まれていたんです!」
オスマンの迫真の声に、目に涙を浮かべていた冒険者達も覚悟を決めたようだった。その場にいた全員が北へ走り出す。
オスマンは1人その場に留まると、手を上に突き出した。すると広場の中心の上空に紫色の魔力が発生し、それは球状に広がり広場を覆う。魔力を物質化することでできる結界だ。
結界の構築完了を確認すると、オスマンもまた北へと走っていった。
一方先に移動したレオ達。A級の3名は遥か先にいるが、特新部隊はまとまって行動していた。
しばらく走ると、ズィーベンの街並みが見えて来る。……それはまさに地獄絵図だった。
人々の悲鳴が響き渡り、それをかき消すように炎が燃える音が充満している。通りでは男達が民間人を無差別に襲い、建物に火を放っている。血を流して倒れる者、全身炎に包まれ焼け死ぬ者、子供を守ろうと抱き抱え、その子供ごと剣で体を貫かれる者。どんどんと人が死んでいっていた。
「ッ! こりゃひでえな!」
「元々街にいた冒険者も作戦のために引き払ってる……他の冒険者が到着するまで、私達ができるだけ被害を抑えなきゃ……」
「オイオイィ! オレでもありゃァ無理だぞ!」
「……誰……?」
「どーも! ブラド・エーアトヌスです!」
「え、エーアトヌス……⁉︎ ……ううん、今はいい。レオ、先に行って! 少しでも早く戦力を!」
「ああ、分かっ……た……」
「……レオ?」
レオは走りながらマリアの方を振り返った。この場にいるのは特新部隊6人……のはずだった。レオ、マリア、ライフ、クミン、ブラド……
「おい……エイジャックはいつからいないんだ⁉︎」
「……クソッ、油断した……」
エイジャックが現在いるのは森の中。位置は分からないが、恐らく主戦場となったあの広場から東に広がる森だろう。
そしてエイジャックの目の前にいるのは、金髪を靡かせた1人の男……ジャック・ザ・リッパー。
オスマンからズィーベンが襲撃されていると報告を受けたあの時、特新部隊6人は一斉に北へと走った。そして最後尾だったエイジャックは、突如として背後から何者かに攻撃された。背後からの刺突を、勘と本能でギリギリ回避。振り返り、声を上げる間もなく転移魔法が発動したのだった。
「エイジャック・ターメリック。剣術、魔法共に高水準。例年なら間違いなく天才と謳われていた逸材」
「うるさいな、分かっていて言ってるだろ」
(マリアに受けた傷が治っている……こいつか幹部が回復魔法持ちか、面倒だな……)
ジャック・ザ・リッパーが悠長にエイジャックの情報を喋っている間、エイジャックは刀を構え、観察していた。
「どうせレオとマリアのせいで霞んでるって言うんだろ。そんなこと言われなくても分かってる」
「ああ。ただし霞んでいるだけだ。隠れた実力者であるお前が最後尾を走ってくれていて助かったよ……ズィーベンには行かせない」
すると、エイジャックは呆れ顔を作った。肩を落とし、ため息を吐く。
「はぁ……お前、確か本名はマークっていうんだっけか。実は俺仲の良い友人からジャックって呼ばれててな。お前がそうやってジャック・ザ・リッパーなんて通り名で暴れてるせいで少し嫌な気分なんだ」
「……なんだ、いきなり」
「いや、ただ本人に言いたかっただけだ」
すると、マークはいかにも不快だというように眉を顰めた。そして一瞬悲しそうな顔になった後、再び厳しい顔に戻る。
「……別にその通り名は俺が名乗っているわけじゃない。それに俺だってその名で呼ばれるのは好かん」
「へぇ。なんでだ?」
「……俺の名前はマーク……フルネームはマーク・ザ・リッパー」
「ほう? つまり本名が通り名になるのが嫌だと」
「違う。そして俺の父親の名はジャック……つまり、ジャック・ザ・リッパーは俺の父親の名前なんだ。父さんの名前を、こんなところで使われて欲しくないんだ、俺は」
「それこそ自業自得だろ。可哀想だな、お前の父親は。息子が殺人鬼になった挙句に通り名が自分の名前なんて。お前のせいで、苦しい思いしてるんだろうな」
その瞬間、エイジャックは全身に鳥肌が立ち、恐怖に体が包まれるのを感じた。エイジャックの言葉を聞いた途端、マークの表情は恐ろしいものに変化した。目は憎悪の炎に燃え、全身から魔力が立ち上り、ゾッとするほど野生動物のような殺気を放つ。
エイジャックが体をこわばらせた次の瞬間、マークはこれまでで1番の叫びを発した。
「黙れ‼︎ 俺はあの女とは違うんだ‼︎ テメェになにが分かる‼︎」
直後、マークはダガーを振りかぶってエイジャックに向かって突進してきた。エイジャックは咄嗟に刀を抜き放って迎撃する。しばらく力が拮抗していた両者だったが、すぐにお互い後ろに跳んで一度距離をとる。
(ダガーと刀だ、機動力は相手が上! ならば攻めあるのみ!)
着地した瞬間、エイジャックは刀を大上段に振りかぶって地面を蹴った。さすが特新部隊と言うべきか、一瞬にしてマークの目の前まで接近。既にマークには回避する時間は無かった。
振り下ろされた刀を、マークはダガーで受ける。その瞬間にマークは左手を突き出し魔法を発動。風の刃がエイジャックの腹部を斬り裂く。しかしエイジャックは全く動じず、再び刀を振るった。
金属同士がぶつかり合う音と魔法が放たれる音が、断続的に響く。深い森の中だというのに、刀とダガーを器用に振り回す。
互いに速度も膂力もほぼ互角。拮抗した力のぶつかり合いを制するのは知能と精神力。両者共に汗を流しながら、極限の集中を続けていた。その色は、エイジャックの方が強いように見える。その理由は単純だ。エイジャックの方が僅かに力が劣っているのだ。その僅かな差を、集中力と反射でギリギリ補っている。
であるならば、先に限界が来る方は明確だらう。
マークの放った火球がエイジャックの顔面を直撃し、エイジャックは一瞬硬直した。
「グッ……‼︎」
直後にマークの前蹴りが腹に当たり、エイジャックは地面を滑る。すぐさま起きあがろうとしたエイジャックだが、その首元にマークのダガーが突きつけられる。
「……3日前より、随分と強くなったな」
「そりゃあどうも……! こっちは肉弾戦のスペシャリストがいるもんでね……!」
「……やはりお前は“あいつ”の興味に値しない。ターメリック、お前は普通のエリートだ。ストロガノフやナポリのようなトんだ戦い方ができない。あいつが好むのは、自分と同じように狂った人間……その対象に入っていないお前は単なる前菜だ。早めに死にたくなかったらここで大人しくしていろ。直にあいつに殺させる」
「……あいつっていうのは、あの資料にあった女のことか?」
「……そうだ」
「はは、尽くす相手がいるのか。俺はそんなところでもお前に劣っているらしい……けどな、俺がお前に勝っていることが1つある」
「何?」
エイジャックはニヤリと口の端を吊り上げた。直後、マークに向かって大きく口を開ける。さらにその一瞬後、エイジャックの口の中が銀色に光り輝き、細長いナイフの形を作った。
それが射出されるのとほぼ同時に、マークは後ろに跳躍しエイジャックから距離をとっていた。寸前で上体を逸らせてナイフを回避する。
同時に、エイジャックは動いていた。
起き上がると同時に刀を振り抜き、風の刃を飛ばす。それはマークの右脇腹から左肩までを斬り裂き、紅い一本の線が滲んでくる。さらにエイジャックは地面に倒れた向かって跳躍した。
マークの真上に到達した時、エイジャックはボールを投げるかのように右腕を振りかぶった。そして、魔法を発動。
「……イル・メタル」
エイジャックの手の中に、抱えるほど大きな金属の球体が生成された。それは直後に地球の重力を受け落下。エイジャックはさらに自らの力も込め、金属球を押し出す。
打ち出された金属球は、マークの胸部に直撃した。
「ガハッ‼︎」
(肋が……‼︎)
エイジャックは地面に着地した瞬間後ろに跳躍し、刀をマークの首に突き刺そうとした。しかしマークは地面を転がってそれを回避。跳ね起きてエイジャックの方を向く。
「……フーッ……フーッ……」
(俺は回復魔法は使えない……魔力を全て身体強化に使って少しでも傷を癒せ)
「お前は俺より強いから油断する。その油断を作戦に織り込めたことを考慮すると、お前より俺の方が強い。けど俺の方が強いとお前が油断しなくて……関係ないが、こういうのパラドックスって言うらしいぞ」
エイジャックは刀を鞘に仕舞いながら言った。
「……俺がお前に勝っている部分。それは実戦経験だ。お前がやってきたのは一方的な殺害。実践じゃあ、拘束するなら中途半端にはするなってのは常識だ。どんな魔法撃ってくるか分からないからな。……呼吸の度に激痛、斬撃の跡は少しでも動くと傷が広がる……そんな状態で、“普通のエリート”と斬り合いなんてできるか?」
「……まあ、無理だろうな……」
(……だからこそ、ダガーの利点である速度で、一撃で決める)
両者、得物を構え、集中力を高める。
(……そう思っているだろうターメリックの裏を突き、スローな一撃目でタイミングを崩し、二撃目で殺す‼︎)
瞬間、マークが動いた。左肩に担ぐようにしてダガーを振りかぶり、横払いでエイジャックを斬りつける。
エイジャックは咄嗟に刀を抜き、防御しようとした。マークのダガーが減速し、エイジャックは目を見開く。そして一瞬の硬直。その瞬間、ダガーがエイジャックの刀を打ち……
(……は?)
否、エイジャックが手にしていたのは刀で無かった。茶色く細いそれは、この森にはいくらでも落ちている……
(木の棒……⁉︎ 俺の拘束から逃れる時に拾って……)
今度はマークが目を見開いた瞬間、エイジャックは上体を左に捻って抜刀し……マークの右肩から左脇腹にかけてを深く抉った。
「……パラドックスでもなんでもなかったな……やっぱり俺の方が強い」
マークの体に十字の血の線が浮かび上がる。
「……マ……ナ……」
マークは膝から崩れ落ち、自らの血でできた血溜まりへと身を投じた。
エイジャックが刀についた血を振り払い、納刀したその時。
「エイジャックーーー‼︎」
「この声……レオか!」
直後、森の木々の陰からレオとボランジェがこちらに走ってくるのが見えた。2人の焦り具合から見て、おそらくエイジャック及びマークを探していたのだと察する。
「エイジャック、怪我は?」
「少し斬られたが薄皮一枚だ、問題無い」
「よくやったエイジャック……! ……とっととこいつを処刑しちまいたいが、こいつはこの一連の事件の全てを知っている」
ボランジェは地面に倒れているマークに手をかざした。すると白乳色の光がマークを包み、荒れていた息が少し落ち着いた。
これは星属性の魔法だ。14種の属性の中で、他と違い抽象的な名前の星属性と月属性。
星は生命力、月は魔力をあやつる魔法の系統だ。人は亡くなったらお星様になるという御伽噺のような話から生命力を操る魔法は星属性、月光には僅かに魔力が含まれていることから魔力を操る魔法は月属性と呼ばれている。
ボランジェは自らの生命力をマークに与え、マークの命を伸ばしたのだ。さすがに回復魔法は使えないので、治療しないといずれ死ぬが。
さらに懐から縄を取り出し、ボランジェはマークを拘束した。この縄には月属性の魔法が組み込まれており、拘束した対象の魔力を吸収する効果がある。
「さて……全てを話してもらおうか。ジャック・ザ・リッパーさんよ」
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