第32話『襲撃犯掃討作戦②』
場所は移り、戦場南の森の端。
その場にはエイジャック、ライフ、クミンの3人がそこで待機していた。数分前に南西の草原でマリアのものと思われる爆発を確認し、レオがそこに向かった。エイジャックは予定通りライフとクミンと合流し、マリアが分断されたことを聞いたのだった。
それからさらに数分後。草原の方面から走ってくる2つの影が見えた。
「エイジャックー!」
「レオ! マリア!」
それはレオとマリアだった。レオは無傷、マリアも服に血の跡はあるが大きな怪我は無いように見える。
「ジャック・ザ・リッパーは⁉︎」
「逃げたがボランジェさんの魔力はつけられた! ついでにマリアのおかげで相当重症だ。敵に回復魔法持ちがいてもしばらくはもつ!」
「よし……少し前倒しになったが順調だ……!」
レオとエイジャックが慌ただしく情報交換をする間にも、北の方から叫び声や金属音が聞こえてくる。冒険者側が優勢か劣勢かは分からないが、少なくとも計画が停止していない以上押されすぎていることはないはずだ。
「これからは合図が来るまでここで待機でいいのか?」
「ああ。レオが向こう行った後も特に連絡は無い」
「ふー、少し一息つけるかな……」
と、レオが溜まっていた息を吐いた、その時。
「レオーー!」
と、クミンがレオに向かって突撃してきた。レオの首に手を回し、満面の笑みで力を込める。
「よかったあああ! 再会した日のうちに離れ離れになっちゃうんだもおおん!」
「は、はは……ま、クミンとライフも無事でよかったよ」
「怖かったよおお!」
「ク、クミンはずっとこんな調子だったじゃん」
「にしてもお手柄だったな、幹部の情報を手に入れるなんて」
レオはクミンの腕を力技で振り解きながらライフの方を向いた。ライフは少し照れたように笑うと、首を振った。
一方、マリアは少しムスッとしたような、拗ねたような表情になった。もっともその表情の変化はクミンのようにマリアと知り合ってすぐの者には分からないほど微々たるもので、レオやエイジャック、ライフがなんとな〜く分かる程度のものだったが。
「マリアとクミンが上で暴れ回ってくれたおかげだよ。私はただ走ってただけで」
「暴れ回ったか、はは! そうこなくっちゃな!」
そう言って、レオはニヤリとした笑みをマリアに向ける。途端、マリアの拗ねた顔がほんの僅かに赤く染まる。それを見て、レオはさらにニカッと笑って見せた。
その光景を見たクミンは頬を膨らませ、エイジャックとライフは呆れ顔を浮かべる。
「……3日ぶりの再会で積もる話もあるだろうが、まずはこの作戦に集中しろ。お前ら、これを」
エイジャックは背中に背負っていた杖、ダガー、小さめの片手剣を、それぞれマリア、ライフ、クミンに手渡した。
「取り上げられたお前らの装備にできるだけ近いものを取り寄せた。少し慣らしておけ」
マリアは杖を受け取ると、握り心地と重量、素材を確認し、それを槍のように振り回し最後に1発火球を撃つと、満足そうに頷いた。
「……うん、問題ない」
「私も」
「クミンはすまないな、お前のは特注だったから用意できなかった」
「ううん、全平気だよ。あたしも攫われたその日に買ってまだ一回も使ってなかったから」
その時、上空から「ホーウ!」という鳥の声が聞こえてきた。オスマンからの突撃の合図だ。
「……予定より早いな。まあいい、行くぞ!」
エイジャックとレオを戦闘に、5人が森の中に入り北に向かって走っていく。葉を踏み、枝を潜り、木々の間をすり抜け、戦場に向かってひた走る。
鳥の視覚を通じてオスマンは5人が動き出したことを知っているはずだ。予定より早く突撃命令が出たということは、5人が到着するタイミングも加味してオスマンが新たな作戦を用意しているのだろうか。
5人が走っていると、どんどん戦いの音か大きくなってきた。レオはその鋭い聴覚で残りの距離を計り、背中の剣を抜き放った。
「あと30メートルだ!」
そしてすぐに、5人はその戦場に飛び出した。いち早くそれに気づいた1人の男が目を見開き、迎撃態勢をとるが、次の瞬間にはレオの蹴りが男の顔面に直撃していた。
男は吹っ飛んで地面を転がり、戦場のど真ん中で停止した。それにより戦場にいたほとんどの者がレオ達の存在に気づく。集中力が分散したものから元々相手にしていた冒険者に倒され、そこにさらにレオ達の攻撃が合わさる。
「オラオラァ! 戦いだ戦いだあ!」
満面の笑みを浮かべ、レオは戦場のど真ん中に突撃していく。
左右にいる男2人の斬撃を、体を逸らして回避。すぐさま身を翻し、2人の後頭部を掴んで地面に叩きつける。
その直後、地面にしゃがみ込んだ状態のレオの背後からナイフを持っている男達が突っ込んできた。しかしレオはそれを気配察知の力で読み取り、真っ直ぐ上に跳躍。真下、漢の頭頂部に向かって小さめの火球を数発射出し、男の頭で爆発。
レオが着地した直後、全方位から数人の男が攻撃を繰り出してくる。しかしレオはそれをひょいひょいと回避し、合間合間に攻撃を行い、確実に敵の数を減らしていく。
「す、凄い……」
そんなレオの様子を見て、1人のC級冒険者はそう零した。ゲトゥーフェル、並びにA級冒険者の実力を目の当たりにしたあの男だ。敵の数が着々と減ってきているのもあり、大きな怪我も無くここまで戦ってきていたのだ。
そんな彼の呟きを、糸目の聖職者、オスマン・オスメは聞き逃さなかった。顔に含みのある笑顔を浮かべ、C級冒険者の元へと歩み寄っていく。
「驚きましたか? レオくん達の実力に」
「お、オスマンさん……はい。これでも9年以上冒険者やってますけど、彼の方が実力は上です。あれが15歳、1年目というのは、正直頭が上がりませんよ」
「まあ、レオくんは幼少期から魔物と戦ってきたらしいので、一概に1年目とは言えませんがね」
「なるほど、そうだったんですか……でも、それを考えてもまだ俺とレオくんの戦いは何か……根本的な何かが違うように感じます」
「それが彼ら彼女らが特新部隊たる所以ですよ」
「……え?」
オスマンは少しニヤリと口を吊り上げると、視線をレオやマリア、エイジャックへと戻した。笑顔で戦うレオとクミン、真面目な顔で戦うマリア、エイジャック、ライフ。表情は違うが全員かなりの余裕を持って戦えている。とても15歳の新人冒険者には見えなかった。
「1つ質問をしましょう。あなたは何故冒険者になったのですか?」
「え……な、何故と言われても……」
「恐らく、たまたま自分に戦いの才能があったから、ではないでしょうか?」
「……そうですね、たまたま俺に戦いの才能があって、自分の才能を生かせる仕事に就いて給料を貰っている……そんなもんですかね」
「けれど特新部隊の皆さんは違う……彼ら彼女らは、頭がイカれてるんです」
「え、えぇ?」
「元々冒険者はある程度イカれた頭を持っていなければできません。いくら才能があっても、自分が死ぬ危険を冒してまで生物を殺して、収入を得る……そんな選択をする人なんてそうそういません」
「い、言われてみればそうですね……」
「そのイカれた冒険者の中でもさらにイカれてるのが特新部隊です。皆さんに冒険者になった理由を聞いてみてください。ある人に憧れたら、魔物から人々を守りたいから、想い人を探したいから……しまいには戦うのが楽しいからなんて言うんですよ! なんの損得もない憧憬、他人のため、好きな人を探すため……言ってしまえばどれもわざわざ命をかけるほどのものでもない! けれど頭のイカれた人達は何故か一貫して意志が固い……自分のやりたいことのためなら努力を惜しまないんです。だから強い。B級以上の上位冒険者に変人が多いのも同じ理由です。皆、成し遂げたい、自分が心からやりたいと思うことがあるんです」
オスマンとC級冒険者の目の前で、まさにその頭のイカれた男女が敵を蹂躙している。ある者は心底楽しそうな笑顔で、ある者は表情を全く変えないで。まるで広場でただ運動しているかのように、敵を攻撃し血を流させている。
マリアはいつものポーカーフェイスを全く崩さず、両手を伸ばして数えられないほどの火球を射出していた。火球1つ1つは片手で持てるほど。しかし射出される速度と量が、マリアの前方に幕を作っている。そこに一度入れば、あっという間に全身ボロボロだ。
数秒炎の流星群を作っていたマリアだったが、ある時ふと空を見上げ、考え込む素振りを見せた。だがすぐに決断したようで、真上に1つ、3メートルほどの火球を放った。
人々がチラリとそれを見やった次の瞬間、その火球から大量の炎の触手が伸びた。まるで針が放たれたかのように四方八方に伸びた炎の触手は、数人のチンピラの頭を打ち、地面に叩きつけたした。
(うーん、これは失敗だな……雷ならイメージしやすかったけど、炎だと敵味方の判別のイメージが難しい……私の火力を生かすなら炎属性だもんな……練習しなきゃ)
と、マリアが思考を巡らせた瞬間、マリアの背後の茂みから男が2人飛び出した。2人はそれぞれマリアの腕に抱きつき、簡易だが拘束した。そこに合わせ、ナイフを持った男が正面から突っ込んでくる。
「テメェのねえ乳削ぎ落として殺してやる‼︎」
明らかに劣勢の現状に苛ついた男の単調な刺突。たとえ拘束していたとしても、今期1番の天才にそんなぞんざいな攻撃が通じるはずがなかった。
男がマリアに接近した直後、マリアの周りが球状に光り輝いた。それもただの光ではない。赤、オレンジ、黄色、まさに炎が放つ光。それがマリアを包み込むように放たれている。
簡潔に言えば、自爆技である。
男3人がそれを認識した刹那、光は一層強まり、さらに次の瞬間にはマリアを中心にした大爆発が起こった。ナイフを持って突っ込んできた男は派手に吹っ飛ばされ、マリアに密着していた2人は熱と衝撃を全身にモロに受け、地面に倒れた。
光が収まりそこにいたのは服の節々が若干焦げたマリアだった。よく見れば服は少し濡れている。爆発の寸前に全身を濡らし、自身へのダメージを軽減したのだ。
そんなマリアを、エイジャックは少し心配そうな目つきで見ていた。
「おいマリアいいのか? そんな魔力使って。足りるか?」
「……もう体の方にはほとんど無いけど……私にはこれがある」
そう言って、首にぶら下がる白い勾玉のネックレスに触れる。するとそのネックレスが紫色に光り出した。
「なるほど、レオとのペアルックだから何か仕掛けはあると思ったが……外付けの魔力の備蓄か。……俺も欲しいんだが」
「貰い物だから……」
「ッ! マリア後ろだ!」
呑気な会話に怠けていると、再びマリアの背後から男が飛び出してきた。今度は拘束なんて回りくどいことはせずに、確実に刺しに来ている。
エイジャックの計画とほぼ同時にマリアは振り向き、手に持っていた杖を振り抜いた。杖の先端が男の横っ面に直撃し、それと同時にここにきていたレオの蹴りも顔面に受ける。
「マリアに手ぇ出すんじゃねえ!」
男は天才2人の全力の殴打をモロに受け、吹っ飛んでいった。その方向は、クミンが戦っている場所。
突如飛来してきた男を、クミンは別の方向に殴り抜けて方向を変えた。男は顔面から地面に大分し、土と草を巻き上げた。
「あ、すまんクミン」
「咄嗟だったから……」
「へーきへーき! てかさー、これ倒した敵数とかでボーナスでるかなー?」
「さすがにねえだろ。てか、マリア達3日前からろくに休めてねえだろ。無理すんなよ?」
「疲れは魔法で取れる……だから問題ない」
「マリアが言うと説得力があるんだか無いんだか……」
レオ達5人の奇襲は成功した。A級冒険者3名という過剰な戦力に元々敵が押されていたということもあり、その効果は絶大なものだった。加えて敵は前日、たった3人の少女にボコボコにされており、その3人が奇襲してきたことによる混乱も生じた。
結果、作戦参加冒険者48名とマリア、ライフ、クミンの3名を加えた計51名の冒険者は、作戦開始からたったの14分47秒で、146名の襲撃犯の無力化に成功した。
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