第31話『襲撃犯掃討作戦①』

 解放歴1127年8月11日、午前5時43分。7番目の街、ズィーベンの広場に、48名の冒険者が集っていた。


 A級3名、B級7名、C級10名、D級19名、E級9名の計48名だ。


 本日の朝方、スフィー襲撃、及び特新部隊誘拐を行った襲撃犯達を奇襲し、捕縛する作戦が決行される。自身の魔力を追跡できる魔法を持つボランジェ・ラグランダムによれば、敵がいるのはズィーベンとゼクスを繋ぐ街道から少し外れた場所、そこのズィーベンから3キロほど離れた場所らしい。そこにオスマン達は突撃する。


 今は作戦の最終確認のために集まっている。昨夜、誘拐されていたマリア達が自力で脱出し、さらに敵に甚大な被害を与えしかも幹部の情報まで盗んでくるという嬉しい誤算があったので、急遽作戦が変更になったのだ。


「……さて、皆さん集まりましたね?」


 オスマンが1つの建物の壁に大きな地図を貼り付け、冒険者達に呼びかける。


「これから今作戦の最終確認を行います。まず、襲撃犯達が潜んでいるのは、この森の中にある……」


 オスマンは手に持ったチョークで、地図の街道から少し外れた森を丸で囲った。


「かつて囚人を収容するために作られた監獄です。大雑把に言えば、ここを我々が襲撃する、というのが今作戦です。作戦は4つの段階に分けられており、まず第一段階は戦場予定地の北からこの場にいるほとんどの冒険者が突撃します」


 丸で囲った森の上に一本線を引き、下に矢印を伸ばす。


「第二段階は幹部、及びボスの捜索です。A級冒険者であるアクルドさん、フェルさん、レキルさんの3名を中心に、B級以上の上位冒険者は戦場を駆け回り幹部とボスを捜索。発見できなければ他の冒険者と共に敵の掃討に移り、発見できれば上空にいる私の操る鳥に合図を送り、A級冒険者達が応戦し捕縛します。ただしジャック・ザ・リッパーに関しては、皆さんに与えたボランジェさんの魔力を使い、マーキングするだけに留めるだけで大丈夫です。もっとも、当然倒せるなら倒して構いません」


 今度は戦場の下、南に短い線を一本引く。そしてそこから上に矢印を伸ばし、戦場にぶつける。


「マリアさん、ライフさん、クミンさんの3名は作戦開始後しばらく戦場南で待機。第三段階、10分後、反対側から奇襲し戦場を撹乱。敵の捕縛率を上げます。……そして、レオくん、エイジャックくん」


 そう言うと、オスマンはレオとエイジャックに目線を向けた。2人共話を振られるとは思っておらずに目を見開いた。


「お2人には、作戦開始時南に移動し、マリアさん達と合流し共に作戦を実行してもらいたいのですが」

「……俺とレオが、ですか?」

「全然いいですけど、どうしてっすか?」


 すると、オスマンはフッと表情を和らげた。


「撹乱の方に戦力を集めた方が、倒せる敵の数も多くなりますしねぇ〜」


 その面白がるような表情に、レオとエイジャックはオスマンの真意を察する。


「そういうことなら仕方ねえよなぁ〜?」

「参加させてもらいます」

「エ、オレは?」


 と疑問顔を浮かべるブラドの肩に、片目を隠した黒髪の男、レキル・カルダが腕をかけた。


「察してやりなよ。2人からしたら突然お仲間が誘拐されて3日だぜ? 早く顔見せてやりたいってことだろ?」

「アーネ」

「……そして第四、最終段階ですが……ここまでくると作戦などありません。混戦が予想されますが、できるだけ多く敵を確保してください。そして……7人の幹部、及びボスのジャック・ザ・リッパーには殺害許可が出ています。また、その他の面々は各々危険性が高いと判断すれば殺しても構いません。質問や異議のある者は? ……大丈夫ですね? では時間が惜しいです。早急に配置につきましょう」


 最後の打ち合わせの最中、日もどんどん昇り朝日が広場に差し込んでいる。照らされる冒険者達の顔は真剣そのもの。決意と自信に満ち溢れ、民衆が見ればこれから始まる作戦はきっと成功するだろうと思える顔つきだった。


「……にしても、マリア達自力で脱出するとはなあ。絶対皆を助けるぞなんて言って馬鹿みたいじゃん」


 ズィーベンから移動を開始した直後、レオは苦笑気味にそう言った。


「まあ凄いことだろ。それに、なんだかんだあいつらはやるだろうとは思っていたしな」

「たしかに」

「なァ、その3人ってそんな強ェのか?」

「ああ、強いぜ。マリアは間違いなく今期最強だし、ライフの機動力は気を抜くとオレでも遅れを取る。まあ、クミンに関しては未知数だけどな……」

「なんでだ? 聞いたぜ、お前とそのクミンって奴は幼馴染なんだろ?」

「そうなんだけど……学校卒業するときのクミンはお花とかそういうのが好きな普通の女の子って感じだったからな。突然再会したかと思ったら冒険者になっててしかもC級の特新部隊だ。本当に何があったんだか……」

「フーン」


 そんな会話をしていると、すぐに目標地点の森の北の端に辿り着いた。東西一線に冒険者が配置され、オスマンは鳥と視覚を共有して目標地点付近を偵察する。


 目標地点では、3羽の鳥が円を描くように飛んでいる。その下には約100人の武器を持った男達がいる。不自然に存在する扉を囲うように配置され、扉前の広場だけでなく街道付近や深い森の中までも敵が配置されていた。


 そこから南に飛ぶと、今度は森の南方面からマリア、ライフ、クミンの3人が歩いてきているのを確認。クミンがこちらに気づいたのか手を振ってくる。


「……予想される7人の幹部、及びジャック・ザ・リッパーの姿は見えませんが概ね予想通りです。レオくん、エイジャックくん、今からマリアさん達の方へ向かってください」

「はい」

「りょーかいです!」


 レオとエイジャックが戦線から離れ、南に走っていく。ここからなら10分もせずにマリア達の元へ辿り着くだろう。


 オスマンが鳥の視覚で付近を観察しながら時間が経過していく。緊張張り詰めた空気では時の流れが長く感じる。


 そろそろレオとエイジャックがマリア達の元へと辿り着いたかという時、時間にすると7分後ぐらいだろうか。


 突如、マリア達の後ろの地面が光り、そこから金髪の男が出現した。


「な……⁉︎ マリアさん達の地点でジャック・ザ・リッパーを確認‼︎」


 3人共迎撃するが、ジャック・ザ・リッパーはそれを意に介さずマリアへと接近。直後に転移魔法が発動され、光が収まった頃にはマリアとジャック・ザ・リッパーはいなくなっていた。


 冒険者の面々がざわつくなか、オスマンは「チィッ!」と舌打ちをした。


「まったく嫌なタイミングで……‼︎」

(向こうに行く可能性は考えていたが、こんなタイミングで! このタイミングではレオくんとエイジャックくんも到着してないし転移先を探してピンポイントで増援を送ることも難しい……‼︎)


 オスマンが顔を歪めていると、その肩にポンと手を置く者がいた。茶色の帽子と無精髭のボランジェ・ラグランダムだ。


「そんな焦んなくていいと思いますよ、オスマンさん。奴の強さは精々B級下位。話を聞く限り、マリアなら問題なく倒せるでしょう」

「ですが……!」

「若者を危険に晒すのを躊躇う気持ちも分かりますが……今期の天才の片割れを信じましょうよ。本音を言えば俺が奴と戦いたいぐらいですが」

「……そうですね……ジャック・ザ・リッパーはマリアさんに任せます。全員、準備はできてますね?」


 オスマンは厳しい目つきで周りを見渡した。言葉はいらなかった。


「……作戦、開始です」


 その言葉をきっかけに、約50人の冒険者は、南に走り出した。


「お、おい! 北から来たぞ!」


 誰のものかも分からない叫び声が聞こえた数秒後、金属がぶつかり合う、激しい戦いの音が響き渡った。









「……ってなわけで始まった掃討作戦ですけど……フェルさんはどうしてこの依頼を受けたんです?」


 作戦開始時から約1分。折り重なったチンピラの上に座り、足を組み頬杖をついているのはレキル・カルダだ。黒髪で片目を隠し、どこか色気のある笑みを浮かべ、目の前で戦闘をしているゲトゥーフェル・チェルを眺めている。


「別に? 依頼を貰ったから受けただけよ。人を助けるのに理由なんているかしら?」

「まあそうですよね。あなた最近婚期気にしだしたらしいですし、いろんな人見て回らないとですよね」

「やかましいわ!」


 そう言ってレキルを睨みつけながら、ゲトゥーフェルは目の前の男の武器を弾き飛ばし、持っていた縄で拘束した。


 A級冒険者はその実力故多忙だ。安定してA級モンスターを討伐できるものは数少ない。そのためA級ともなると世界各地に派遣され、上位の魔物の討伐に当たるのだ。こんなチンピラの掃討に3人も参加するのは相当できすぎた話だろう。


「そういうあなたはどうなの?」

「まあ俺も大層な理由なんて無いですよ。金払いが良かったんでね。この任務1つで給料3ヶ月分ですよ」

「……確かに、特新部隊が攫われたっていうのは大事よね」


 その時、レキルの背後に1つの影が接近していた。ナイフを持った男が、息を殺して不意打ちしに来ていたのだ。


 ナイフが振り下ろされ、無防備なレキルのうなじに迫り……うなじから突如として飛び出た白乳色の腕にナイフを弾かれ、さらに顔面をぶん殴られた。


 男は吹っ飛ばされ地面に倒れる。


「グガァッ‼︎」

「精々E級の君達が俺に不意打ちなんてできるわけがないだろう?」

「ヒ、ヒィ……ッ!」


 そう言うと、レキルは立ち上がって背後を振り返った。顔の不穏な笑みを深め、右手の人差し指と中指を上にクンと曲げる。


 すると男が倒れた地面から先程の白乳色の何かが突き出て男を持ち上げた。さらにその先端付近が数本に分岐し、男をぐるぐる巻きにして拘束した。


 突然生えてきたそれは、一見して魔力の塊のようなものだった。色は白乳色でどうやら形は変幻自在のよう。しかし色は魔力が物質化した時の毒々しい紫ではないし、物質化した魔力でなく魔法だとしてもどの属性にも分類できないだろう。


「武器何も持ってないと思ったら、何よそれ」

「特異体質なんですよ、俺」

「そうじゃなくてどういう魔法なのよ」

「敵地の真ん中で言うわけないじゃないですか」

「……ま、それもそうね」


 2人の会話が幕を下ろすと同時に、ゲトゥーフェルの放った斬撃が男の腹を切り裂き、男は呻き声を上げながら倒れ伏した。


「あの女だ! あの女をやれ!」

「A級のゲトゥーフェルだ! こいつを殺したら大金星だぞ!」


 その叫び声と同期し、10人以上のチンピラがゲトゥーフェルに向かって走っていく。


「フェルさん‼︎ グッ⁉︎」

「よそ見すんじゃねえよこのタコ‼︎」


 ある1人のC級冒険者は、5人の敵を相手に手間取っていた。C級と言えばほとんどの冒険者がそこで打ち止めになる階級。見たところ20台前半に見える彼も、充分優秀な冒険者と言えるだろう。


 しかし、対人戦となれば話は別だ。魔物より遥かに知能か高く、連携も上手、しかも相手を殺せない対人戦ではいつもの勘が鈍るのだ。事実、精々E級程度の力しかないチンピラ5人に遅れをとっている。E級モンスター5体相手ならば、余裕で勝てるというのにだ。


 そのC級冒険者は、一度に10人の敵がゲトゥーフェルに突撃するのを視界の端に捉え、ゲトゥーフェルの元へ走ろうとした。しかしすぐに敵の攻撃が飛んできて走り出せない。


 大量の武器が振り下ろされ、ゲトゥーフェルに迫る。汚れたナイフの切っ先が、ゲトゥーフェルの白い肌に触れる……瞬間。


「……エル・ウィンド・チャクラム」


 その場所で、真っ赤な爆発が起き、真っ赤な雨が降り注いだ。赤い血が突風により真上に吹っ飛び、そして降ってきたのだ。


 ゲトゥーフェルは10人に攻撃される直前、剣を構えて回転した。同時に剣筋に沿うように風の刃が出現。それが外側に拡散し、10人の男全員を切り裂き、さらに体を吹っ飛ばした。さらにエル・ウィンドを真上に発動し、血を真上に飛ばしたのだ。


 血の雨を、自身の周りに作り出した風の球体で凌ぎ、一滴も汗をかいていないゲトゥーフェルは、すました顔で息を吐いた。


「……確かに、この程度であの報酬は過度な気はするわね」

「あの、血、かかってるんですけど」


 血の雨で身体中赤く染まり、見ようによっては重症の見た目になったレキルは、苦笑を浮かべながらゲトゥーフェルを見る。


「あら、ごめんなさい? これくらい軽く防げると思ったのだけど」

「フェルさん、アクルドさんを変人扱いしてますけど、あなたも大概ですよ……まあ、いいか」


 すると、丁度その時、森の奥からアクルドが出てきた。皺が刻まれた厳つい顔をぐるりと回し、その場の戦況を確認する。手には大量のロープがあり、それらは全て気絶した敵に括り付けられている。


「幹部は1人も見つからなかった。マリアの方のジャック・ザ・リッパーは?」


 アクルドはそう言うと、自分の右後方を向いた。その場所に上から降ってきたオスマンが着地し、こめかみに手を添える。


「……つい先程、レオくんがマリアさんとジャック・ザ・リッパーに合流。ボランジェさんの魔力のマーキングに成功しました」

「そうか。ボランジェ、ジャック・ザ・リッパーの現在地は?」

「ズィーベン内の北西です。マリアとの戦闘でかなりの手傷を負ってたんで、なるべく遠くに転移したとするなら、転移魔法の効果範囲は10キロ前後だと思います」

「了解。よくやった。俺はこれから監獄内に潜む敵を全て拘束する。お前らはこのまま地上を頼む」


 それからアクルドは、広場に不自然に鎮座する、地下へと続く扉の中へと入っていった。


 それから約1分後、内部にいた敵32名全てを拘束し、アクルドは無傷どころか返り血すら一滴も浴びずに生還を果たした。


「……早すぎません?」


 またもや苦笑を浮かべてレキルが零す。


「まあ、他の冒険者を守らなくてもいい分やりやすい。……さて、お前ら、幹部の捜索は一区切りだ。幹部に警戒しながら、敵を殲滅するぞ」

「言われなくとも!」

「まあ、俺も少しは仕事しますか」

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