第30話『前夜 後編』
2人が走り出していた頃には、既にブラドは人混みに紛れ姿が見えなくなっていた。しかし魔物を狩るのならば向かう場所は町の外以外はありえない。
ゼクスの北門に着くとブラドが腕を組んで門に寄りかかっており、2人に気づくと小馬鹿にするような顔になった。
「なんだなんだァ、疑ってたわりには遅ェじゃねェか!」
「お前が話を聞かないからだ。この後も予定はあるんだぞ」
「まあいいじゃねえかエイジャック。オレも丸一日の移動で体がかったるくてな。夕飯前のバトルと行こうぜ!」
「全く……まあいい、さっさと終わらせるぞ。俺達より強い人達を待たせて迷惑をかけるわけにはいかない」
「ヘイヘーイ」
3人は北門から草原に出ると、すぐ近くにある森へと向かった。暗くなってきたのであまり奥へ入ると危ないが、街道付近に魔物はいないしいたとしても低級。ブラドの実力を見る以上半端な強さだと判断できない。万が一があっても、B級までならレオとエイジャックで倒せるため、相当なことが無い限りは大丈夫だろう。
森の入り口を周り、魔物がいないか探す。するとすぐにとある木の影に、レオは一つの魔物の気配を感じた。
「お、そこに何かいるぞ」
「エ、見えねェけど」
「レオは生物の気配を察知できるんだ。今のところ逃したことはない」
「ええ⁉︎ 凄ェなお前! どうやんだ⁉︎」
「どうやんだって言われても……手足をどうやって動かすんだって言われても難しいだろ? 強いて言うなら慣れだな」
「えぇ……」
「しっ、お前ら。来る」
エイジャックが2人を静止させた直後、一本の木の後ろから一体の魔物が姿を現した。
紺色の毛色の四足獣だ。爪、牙、共に鋭く、低い姿勢から発される視線は威圧感がある。
狼型の魔物の一種、
「紺狼か。ま、特新部隊の相手にしちゃあちょうどいいんじゃねえの?」
「そうだな。ブラド、俺達は危険な時以外は手出ししないからな」
「わーってるってェよ。こいつ何級だ?」
「C級だが」
「Cか、ならいけるな」
ニヤリと口角を釣り上げると、ブラドは紺狼に向かって走っていった。紺狼も敵意を鮮明に感じたのか、ブラドに向かって走り始める。
走り出してすぐ、ブラドは背中に下げていた片手直剣を引き抜いた。走りながら左肩に担ぐようにして構え、狙いを定める。
両者が交差する一瞬、ブラドは剣を、紺狼を爪を繰り出した。硬度のある2つがぶつかり合い鋭い音が鳴る。互いにダメージを与えられなかったために少し走った後に振り向き、再び構えをとる。
次は紺狼が先に動いた。姿勢をさらに低くし、ブラドに使って走り出す。ブラドはそれを視認すると、バックステップをしながら左手で腰のポーチの1つを開き、中に入っていたガラス容器を取り出した。栓を片手で抜き、中の液体を一気に飲み干す。
直後、ブラドが放つ威圧感が飛躍的に上昇した。体内の魔力を使用し、肉体を強化したのだ。
ブラドの目の前に紺狼が飛び込んだ瞬間、ブラドは思いっきり姿勢を下げて剣を振り抜いた。紺狼の左前脚が切断され、血が溢れる。悲鳴と唸り声が混ざったような声を漏らし、紺狼は警戒態勢に移った。
「魔力回復薬か。元々の魔力が少ないのか、決め打ち用か……足りないものを道具で補うのはいいが、あれじゃあ隙が大きすぎるな」
レオとエイジャックが見守る中、ブラドと紺狼との戦いは続いていた。紺狼の爪をブラドが体を捻って回避し、斬撃を繰り出す。
「……だが、さっきはその隙も織り込んでたように見えたな」
「だな。見たところ、肉体という面では女でしかも小柄なライフより弱い。けどC級相手に戦えているのは……」
「豊富な戦闘経験から成る慣れ。今の自分ができる最善を選び続けている」
そう、一見して互角以上に戦えているブラドであるが、戦いに慣れている者の目なら分かる……ギリギリなのだ。回避も、攻撃後の立ち直しも、正面からのぶつかり合いも、どれもがギリギリなのだ。爪は回避しきれずに所々服が切れているし、剣を振ってからも休む暇などなく次の動作に移っている。爪と剣での押し合いも、押された瞬間に退いていた。
だというのに、ブラド本人は焦る様子が無い。時折飲むポーチの中の液体を飲む隙も、エイジャックが言うように戦いに織り込んである……言うなれば、慣れている。
「……とても4ヶ月もサボってた奴の動きじゃねえな」
レオがそう零した時、紺狼とブラドの戦いは決着を迎えた。
紺狼の爪の攻撃をブラドが回避し、後ろに跳躍する。既に脚が一本無いというのに、紺狼は果敢にブラドに飛びかかる。それを見、ブラドは口角を吊り上げると、ポーチを2つ開け、2本のガラス容器を取り、栓を抜いて中の液体を飲み干した。
そして、ブラドは剣を背中の鞘に仕舞い、両手を向かってくる紺狼に突き出す。すぐさま、一言。
「エル・ファイア……‼︎」
その瞬間、ブラドの手の先から10メートルを超える火球が発射された。熱と空気を唸る音を周りに振り撒きながら、凄まじい速度で紺狼へと向かっていく。
正面に向かって走っていた紺狼が回避できるはずもなく、すぐさま火球は着弾。少し離れた場所にいるレオとエイジャックにも届くほどの熱風と、何キロ先でも聞こえそうな爆音、そして暗くなってきた空すら照らす光を発する巨大な爆発が起こった。
諸々が収まり、レオとエイジャックが目を開けた時には、紺狼は見る影もなく黒焦げになっていた。
「……なんだと……⁉︎」
「は、はは……瞬間火力で言えばマリアより強いってオスマンさん言ってたが……」
「なんだこの魔力出力は……!」
「ヘーイオッケー!」
手をプラプラさせ痺れをとり、ブラドは黒焦げの死体に歩み寄った。
そして、徐に背中の剣を抜き、死体に突き刺した。中までは流石に燃えてないので普通に血が出てくる。
「おいブラドお前何して……」
2人が訝しんで近寄り、エイジャックが覗き込んだその時。ブラドは剣を突き刺してできた死体の傷口に齧り付いた。血が噴き出し、それをグビグビと飲み込む。
「ッカァ! マジィ!」
「……何……やってんだ……?」
ドン引きしているレオとエイジャック。それを横目にブラドはさらに傷を広げ、溢れた血を飲み、ガラス容器に入れる。
数分間無言で血を啜り、ある程度で満足すると口の周りや体の前面を血だらけにして立ち上がった。
「ッフー! 一体狩れば満タンになんのコスパいいな」
「……もう一度言う。何やってんだ」
「さ、さすがのオレでも……ちょっと……」
「……な、なんだよその顔は! 別に血が好きで飲んでんじゃねェって!」
「じゃあなんでなんだ」
「“特異体質”なんだよオレは! “飲んだ血を魔力に変換する”、それがオレに刻まれた魔法だ!」
その情報に、レオとエイジャックは目を丸くした。
「じ、じゃあもしかして戦闘中飲んでたそのポーチの中身って……」
「ああ。血のストックだ」
そう言って、ポーチの中から1つの容器を取り出し、中身を見せた。先程は暗い上に遠かったので見えなかったが、見れば中には赤黒い液体……血が入っていた。
特異体質。生まれながらに特殊な魔法が刻まれた者。それは戦いにおいて多大なアドバンテージとなり、特異体質というだけで階級が1つ上がるとも言われている。
「なるほど……刻まれた魔法故魔力量が途轍もなく、それに合わせて出力も上がっているのか」
「そりゃ確かにマリアより火力高いってのも納得だな……」
「ヘッヘー! どんなもんだい!」
「疑った俺が悪かったよ。じゃあ早く街に戻ろう」
もうどっぷり日も沈み、辺りは暗闇に包まれていた。そろそろ魔物も周りを警戒するようになるので、早めにゼクスに戻らないと余計な体力を消耗する可能性がある。
3人は急いで街まで戻り、中央の広場へと向かった。そこにはスフィーからついてきた冒険者約30人に加え、新たなメンバーも加わり、合計50人ほどが顔を合わせていた。
そこの北東辺りにオスマンが立っており、3人を迎えた。
「遅いですよ、皆さん」
「すみません、ブラドの特異体質の説明を受けてまして」
「あれ、私言ってませんでしたっけ?」
「言ってませんよ」
オスマンが頭を掻いていると、オスマンの後ろから聞いたことのない声が聞こえてきた。
「相変わらずですねーオスマンさん」
「……情報の伝達はしっかりしろと言っているだろう」
「ですってよ」
見てみると、3人の冒険者と見える男女が見えた。
「……紹介します。今回参加してくれたA級冒険者の皆さんです」
「こんばんは。ゲトゥーフェル・チェルよ。よろしくね」
「……アクルド・センイだ」
「俺レキル・カルダ。仲良くしようぜ」
ゲトゥーフェル・チェルと名乗ったのは、茶髪を小さなポニーテールにした背の高い女性だ。美しい微笑みや雰囲気から、全体的に大人の余裕というものを感じる。腰には細身の片手剣がかけられていた。
アクルド・センイは見たところ190センチはありそうな大男だ。顔に刻まれた皺は長い冒険者生活による知恵や経験を物語っている。背中には普通の人間には持ち上げることもできないと思える巨大な大剣と盾がある。
レキル・カルダはA級冒険者3人の中では最も若いであろう男だ。綺麗な黒髪で片目が隠れており、浮かんでいる笑みはどこか不穏で色気を感じさせる。武器は体のどこにも見当たらず、ポケットに両手を突っ込んでいる。
3人共その佇まいから潜在的な戦闘能力の高さが窺える。
「……あなた達が今年の特新部隊の3人ね。私のことは気軽にフェルと呼んで頂戴」
そう言って、ゲトゥーフェルは手を差し出し、レオ、エイジャック、ブラドの3人は順に握手をしていった。
「レオ・ナポリです。よろしくお願いします!」
「エイジャック・ターメリックです」
「ブラド・エーアトヌスだ。よろしくなァ!」
続いてレキルが3人と握手をする。
「今年は豊作だって聞いてたけど、間違いじゃなかったみたいだね。3人共潜在能力高いよ。期待できるね」
と、レキルが笑みを深めた直後。
「甘やかすな。俺から言わせればどいつもガキだ。まだまだ呆気なく死ぬレベルだぞ」
アクルドは目を細め、レオたち3人に軽蔑の表情を向けた。レオはムッとした顔になり、エイジャックは目を細めブラドは「は?」とでも言いたげな表情を浮かべる。
そんな3人のことなどお構い無しに、アクルドはさらに言葉を募らせる。
「いくら潜在能力が高くても、それを引き出せなければなんの意味も無い。表面化した実力のみを評価しろ」
「はいはい……相変わらずお硬い人だ」
「ごめんなさいね。この人強いけどその分たくさん努力してきたから、その分お硬いのよ」
「いえ……俺がまだ実力不足なのは自分でも分かっています。既にB級に手をかけているレオやマリアと比べたら、俺なんて赤ん坊同然です」
エイジャックは少し俯き、左腰にかかっている刀に手を添えた。
父を殺され、ひたすらに体を鍛えた。武器も手に入れ、戦う力を得た。初めて魔物を倒した時……助けた人の顔を見た時、この道を貫き通したいと思った。
けれど冒険者になって特新部隊に入って、直面するのは自分の実力不足。レオの力を見た時、マリアの魔法を見た時……ブラドの一撃を見た時。
(卑屈になってるわけじゃない……けど、俺ももっと強くならなきゃいけない。少しでも魔物に殺される人を減らすために……皆の足で纏いにならないために)
決意めいた表情を浮かべるエイジャックに、ゲトゥーフェルは苦笑いを浮かべる。
「真面目ねぇ」
「さ、レオくん達も色々聞きたいことはあるでしょうけど、明日も早いですから、ここらでお開きにしましょうか」
その後、ゲトゥーフェル達とオスマン、レオ達は各々の宿へと向かっていった。
明かりの少ない夜の道、その道中でブラドは額に汗を浮かべながらレオ達に話しかけた。
「……アイツらはヤベェぜ……あの婚期気にしてそうな女も、老け顔のおっさんも、女殴ってそうな男も、ただモンじゃねェぜ……!」
「……それもしかして……アクルドさん達のことか……?」
「確かにあの人達は強いなー。マリアと初めて会った時、オレの体つきとか歩き方とかで実力を計ってたけど……オレも慣れてきて分かるようになってきた。あの人達、オレどころかマリアよかクソ強え……! ワクワクしてくるな!」
「よォし! オレ必死に鍛えてアイツらいつかぶちのめす!」
「ぶちのめすな」
そして翌日、一行はゼクスのさらに隣街、ズィーベンに向かい、さらに次の日、誘拐犯達のアジトへの襲撃計画が実行され、レオはマリアと再会することとなる。
※※※※※
来週休載です。次回は2023/5/5(金)投稿予定です。
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