第29話『前夜 前編』

 その少年……レオ・ナポリは背中の剣を抜き放ち、マークへとその剣を向けた。


「あとはオレに任せろ」

「……レオ・ナポリか」


 地面に膝をついたマークは、鋭い目線をレオへと送る。そこに焦りや恐怖は無く、ただ相手を観察しているように見える。対するレオも顔には笑みが浮かんでいるが、目は真っ直ぐにマークを捉えて離さない。


「はじめまして……ではないか、ジャック・ザ・リッパーさんよ」

「……レオ・ナポリ。肉体強度と身体能力は今期の冒険者の内でトップであり、魔法が使えないことが原因で現在はE級であるがその実力は裕にB級の域にまで達している……マリア・ストロガノフに次ぐ今期の天才」


 そんなことを口にしながら、マークはゆっくりと立ち上がる。


「お褒めに預かり光栄だな。けどそれが分かってんなら、この2対1の状況がやばいってことも理解してるだろ?」

「……ああ」


 レオとマークは各々の武器を相手へと据え、構えをとった。


 この状況ならマークは転移魔法での逃亡一択。もう次の瞬間にはレオは動くだろう。転移魔法の一瞬の時間の遅れを逃さぬために。マークとしてはレオの攻撃を転移魔法発動と同時に受けた後、さらに距離をとらねばならない。


 一瞬で動きを脳内に構築し、マークは神経を張り詰めた。


 しかし。


(……何故来ない!)


 両者見つめ合ったまま数秒が過ぎた。もし構えをとった瞬間に転移魔法を発動していればマークの逃亡は既に完遂できていただろう。


 そんなことを考えながら、マークは後ろに跳躍しながら転移魔法を発動。足元が円形に光を放つ。


 同時にレオも動いていた。剣を振りかぶり、力を込める。だが既にマークとの距離は剣では届かないほど。マークの転移完了まで残り1秒も無い。


 後ろで咄嗟に魔法を放とうとしたマリア……そしてマークは、直後目を見開くことになった。


「……イル・ファイア・カッター!」


 レオがそう声に出すと同時に、剣が振り下ろされた。同時に、その剣筋から三日月型の薄い炎が出現し、真っ直ぐマークに向かって飛んでいった。


 地面から足を離したマークが対応できるわけもなく、炎の斬撃はマークの左肩から右脇腹にかけてに直撃。赤い線が滲み、血が噴き出す。


 笑みを深めたレオの顔を見るマークの顔は、驚愕一色だった。次の瞬間には後悔の念が浮かび……レオを睨みつけながら、強い光の中へと消えていった。


 レオは息を吐くと、剣を背中の鞘に収めた。振り向き、眩しい笑顔をマリアへと向ける。


「……久しぶりだな、マリア。3日ぶりか? 怪我は無い?」

「……うん。途中で肘から先斬られちゃったりしたけど、治したから今はもうなんでもない」

「えっ? 肘から先って……とれたってこと……?」

「うん……」

「ええ⁉︎ ほ、本当になんともないのか⁉︎」

「大丈夫。治したってば」

「な、ならいいんだが……」


 頭を掻き、複雑な表情を浮かべたレオだが、すぐに表情を和らげ、右手を掲げた。


「ま、何はともあれ……おかえり、マリア」

「……うん。ただいま」


 マリアも淡い笑みを浮かべ、レオの手に自分の手を軽く打ちつけた。


「……でも、どうして逃したの?」


 マリアの質問の意図としては、レオならば転移魔法発動を阻止、もしくは自分もついていくことができたと思うが、何故わざわざ隙を作ったのか、というものだ。


「元々あいつは逃す手筈だったんだよ」

「そうなの?」

「ああ。この作戦の目標はスフィー襲撃犯達の捕縛。転移魔法を使えるあいつを捕らえることは難しいだろうから、追跡の手段を得るのが目的だったんだ」

「追跡の手段?」

「本軍に参加してくれた人に、“自身の魔力を付与した物体を追跡できる”魔法を持ってる特異体質がいてな。その人の魔力をオレの剣に付与し、その魔力を使って炎の斬撃を撃って、傷口からあいつに魔力を付与した。これでその特異体質の人がいる限り、あいつの居所は筒抜けってわけよ」


 レオは歩きながらマリアに情報を与えていった。昨夜送られたオスマンからの手紙では伝えきれないことも多く、マリア、クミン、ライフは作戦の全容を把握できていない。


 そのため、マリアはレオが何故この場にいるかも分からないのだ。


「……でも、なんでレオがここに?」

「マリア達が反対から撹乱するって話だったろ? 撹乱は人数が多ければより意表がつけるってんでオスマンさんがオレとエイジャックをよこしたんだよ。んで、草原の向こうで大爆発が起きたのが見えて、これはマリアだって思ってオレが全力で走ってきたってわけ。だからクミンとライフの方にはエイジャックがついてるはずだ」

「なるほど……それで、レオ」

「ん?」

「さっき……魔法を撃ててたよね」


 それを聞くと、レオは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。マリアはキョトンと疑問顔を浮かべる。


「ああ、まあな。ここに来るまでの2日でコツを掴んだんだが……マリアのおかげだよ」

「……え?」

「スライムの森でオレが魔法を撃てた時、何をイメージしてたか考えてみたんだが……それがマリアの姿だったんだよ。だからまだマリアがよく使う炎属性しか使えないんだけどな。マリアのお陰で、かなり前進できたよ」

「……私の姿……」


 呟き、僅かに頬を染めるマリア。レオはそれを見てキョトンと疑問顔を浮かべる。


 しかしすぐにいつものニヤリとした笑みを浮かべ、視線を先の戦場に投じた。


「……さて、まだ戦いは始まったばっかだぜ。エイジャック達と合流して、とっとと奴らぶっ飛ばすぞ!」

「……うん」


 2人は草原の奥にある小さな森、響いてくる雄叫びや悲鳴の元へと走り出した。









 時は少しばかり巻き戻り、マリア達が敵のアジトへと到着した日の夕方。


 ガタガタと揺れる馬車の荷台で腕を組み、端に座るエイジャック。何台も進む馬車の群の最後尾、エイジャックは荷台から手を突き出し、奇妙な声を発しているレオを呆れ顔で見つめていた。


「オラッ! デリャ! ぬおおおおお!」


 現在レオは魔法の練習中である。馬車での移動中は魔物と遭遇しないかぎり暇になるので、その間に魔法の練習をしようと判断したのだ。もっともここ数時間の移動で全く進展は無いのだが。


「……っだあああでねえ! 何がイメージだ! 見えねえもんをどうイメージすりゃいいってんだ!」

「別に必ずしも魔法そのものをイメージする必要はないぞ。“こうしたら魔法が撃てる”ってイメージの“こうしたら”の部分が肝心なんだ」

「んなこと言ったってよ〜……」

「もしくは、魔法を撃つ姿を想像するとかな」

「……魔法を撃つ姿……」


 レオは目を瞑り、この4ヶ月で見てきた魔法使いの姿を思い出した。オスマンの結界術、エイジャックの風の刃、ライフの岩石の生成……様々な風景が甦るが、やはり1番見てきたのは、マリアの巨大な火球を撃つ姿だ。


 目を開き、レオは荷台に置いてあった自分の剣を持ち、鞘から引き抜いた。軽く息を吐き集中すると、目を瞑り剣を振りかぶる。振り切るのではなく、バッと正面に剣を向け、一言呟く。


「……ウル・ファイア」


 その瞬間、レオは今までに無い感覚を覚えた。魔力による身体強化と似ているが、力が解放されたのではなく力が動いたような感覚。体内の魔力が右腕、手、剣と伝わったのが分かる。


 レオが驚愕に目を見開くと同時に、伸ばされた剣の先から衝撃が迸った。陽炎のように空間が歪み、勢いよくそれが射出される。空間の歪みはやがて霧散し、自然の中へと消えていった。


「おお」

「い、今……!」


 剣を鞘へと仕舞い、自分の右手を見つめるレオ。その香りは歓喜に綻び、抑えられない嬉しさが込み上げているようだった。


「できたじゃないか」

「できた! 魔法撃てた! てか今のなんだ⁉︎ オレ火球撃ったつもりだったのに! でもかっけえな! エイジャック何だったんだあれ!」

「落ち着け。今のは魔力をただ飛ばしただけ。単なる衝撃波だ。けど、一度できればもう体でやり方が分かるだろ? あとは今の飛ばした魔力に炎を付与するイメージができれば火球は撃てる」

「……これで……オレも……!」

「……っていうか、急にできたな。どうイメージを変えたんだ?」

「……エイジャック、魔法を撃つ姿っていったろ? だから、“マリアの”姿をイメージしたんだよ。いつも冷静に、時には豪快に魔法を放つ……あのかっけえ姿をな」

「言うほど時にはか?」


 と、レオが感慨に浸っていると、馬車群の前方からオスマンの声が響いてきた。


「そろそろゼクスに着きます! 検査の準備をしておいてください!」


 レオとエイジャックが前方を見てみると、レンガの壁に囲まれた街が見えた。


 ゼクス。スフィーの隣にある6つ目の街。建物が少なく広大な広場があり、パーティメンバーを募集する冒険者の待ち合わせ場所として利用されている。


 なにせ人数が多いので荷物検査にも時間がかかる。先に人の検査を行うため、馬車群に乗ってきた冒険者約30名が前方に集まる。


 検査待ちの時、オスマンはレオとエイジャックの元へ歩み寄ってきた。


「さて、この街で何人かの上位冒険者と合流することになります。そして、この4ヶ月間サボっていた、今年度特新部隊最後の1人も」

「サボってたって……生活はどうしてたんですか」


 少々呆れ顔でエイジャックが訪ねる。


「彼は貴族出身でして、出る時に少しばかり持ってきたそうですよ」

「マリアみたいなっすか……って、それってお金パチってきたってことじゃないすか!」


 レオがそんなことを言っている間に、馬車の荷物の方の検査も終わったようだった。再び馬車に乗り込み、一行は街の中心の僅かに北に位置するゼクスのギルドへと向かった。


 ギルドの南、街の中心には一際大きな広場があり、上級冒険者との合流はこの場でする予定である。


 手続きを済ませ、オスマン、レオ、エイジャックはその広場へとやってきた。オスマンが辺りをキョロキョロと見渡し、目的の人物を探す。


 すぐにオスマンは広場の北東にいる、その人物を発見した。そこに歩み寄り、呼びかける。


「ブラドくん! こちらですよ!」


 オスマンの声に、その人物が振り返る。


 身長はレオよりほんの少し低いぐらいだろうか。日の光を反射する金色の髪を短髪にしていた。顔はまさに野生を体現したような感じで、鋭い目やがっしりとした口が威圧感を放っている。腰には縦に細長いポーチがズラリと巻き付けられている。


「紹介します。解放歴1127年度特別新人訓練部隊最後の1人……ブラド・エーアトヌスくんです」

「オウお前ら、よろしくなァ!」


 これまた威圧感のある笑みを浮かべたその人物……ブラド・エーアトヌスはズカズカとレオとエイジャックの元へ歩み寄ってきた。


「オレはレオ・ナポリだ。よろしくな!」

「エイジャック・ターメリックだ」


 ブラドは差し出された2人の手を取った。


「……んで、4ヶ月もサボってたんならちゃんと強えんだろうな?」


 レオはニヤリと笑みを浮かべる。エイジャックも少しばかり厳しい目つきをブラドに向ける。やはり長期間サボっていた人物だ、その実力には懐疑的なのだろう。


 そして当のブラドだが、目を細め口角を上げた。


「なんだ、随分疑われなるみてェだな。来いお前ら! 今からそこらの魔物ぶち殺しに行くぞ!」

「おい待て! まだ他の冒険者との合流が……!」


 エイジャックの呼びかけも虚しく、ブラドは北の通りを全力で走っていき、あっという間に背中が見えなくなってしまった。


「……全く……どうして冒険者はこんな癖のある奴らばかりなんだ……」

「癖がねえとやってらんねえって。……で、オスマンさん。あいつ、本当のところどれだけ強いんですか?」


 オスマンはそれを聞くと、面白がるように2人を見て含みのある笑みを浮かべた。


「……総合的には皆さんにまだまだ及びませんが……瞬間火力だけでいえば、あのマリアさんをも凌駕しますよ」

「……マリアを超える火力……?」


 レオとエイジャックはその驚愕の言葉に生唾を飲み、顔を見合わせた。そして、無言でブラドのことを追いかけるのであった。

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