第28話『化け物と天才』

「……もう、分かった……やろう」


 マリアは半身になり、身体中に青白い雷を纏った。


「お前はまだ殺さない。まだフルコースの途中なんだ」


 マークもダガーに雷を纏わせ、ピタリとその鋒をマリアに向けた。


 張り詰めた空気の中、マリアは冷静に思考を回す。


(多分あまり離れてはいないだろうけど現在地は不明、今のところ確認している余裕も無い。オスマンさんが動物を使役して見つけてくれる可能性もあるけど、ライフ達から話を聞いてここに辿り着くまでの時間差は少なくない……増援は期待できない)


 互いに相手の出方を伺ったまま数秒が過ぎる。8月初頭、夏のその日、ジワジワと気温が上がってくる。


(……マークは私が倒す)


 先に痺れを切らしたのはマリアの方だった。


 体に纏わせていた雷を一方向に収束させ、自身も突っ込みながらマークに向かって極太の雷を放つ。その威力は数秒という長い溜めにより向上し、エル段階にまで達している。


 マークは全力で後ろに跳躍し、その雷から逃れようとした。しかし雷の伸びる速度はマークの移動速度を超えており、眼前に肉薄する。


 マークは自らも帯電させていたダガーを突き出した。直後にそのダガーからも雷が伸び、マリアが放った雷と衝突する。マークがダガーを真横に振り払うと、付随して伸びていた雷と共にマリアの雷が薙ぎ払われた。


(やはり突っ込んでくるか……!)


 地面に着地し、もう一度マークは後ろに跳躍。マリアが放つ魔法に対応するため、全集中力を自身に向かって走ってくるマリアへと向ける。


 マリアは走りながら右腕を振り上げ、魔法を発動。手が触れた空間が暗闇に変化し、光が失われる。さらに腕を振り切ると同時に暗闇の球体が射出し、両者の間から光が消滅する。

 

 そのまま暗闇に飛び込み、マークの視界からマリアが消える。マークはもう一度バックステップをして距離を取ろうとした……瞬間。


 目の前の暗闇から白く細い腕が突き出してきた。マークは咄嗟に腕を交差し、攻撃し備える。


 ……が、1秒ほど経ってもマリアは暗闇の中に入り何もしてこない。


 マークが不審に思った直後、マリアが暗闇の中から飛び出し、マークの交差した腕をすり抜け顔面に手を掲げる。


 一瞬後にはマークの顔面が爆発した。マリアが圧縮した火球を放ち、直撃させたのだ。


「ッ!」


 マリアはマークから少し離れた後に振り返り、再び構えをとる。マークは少し焦げた髪の毛を弄り、振り向いた。


 直後、今度はマークがマリアに向かって走り始める。ダガーを構え、攻撃にも防御にも対応できる態勢で突っ込んでいく。


 対するマリアも、一瞬遅れてマークに向かっていった。両者が衝突する瞬間、マークはダガーを繰り出し、マリアはそれを最低限右に体を捩り回避。左手をマークの腹に突き出し、魔力の衝撃波と共に張り手で撃ち抜いた。


 しかしマークはそれに全く怯むことなく、自身の腹に伸ばしているマリアの左腕を掴むと、体を回転させて投げ飛ばそうとする。


 が、マークの動きはビタリと止まった。止められたわけではない。投げ飛ばそうとしたマリアが、微動だにしなかったのだ。その華奢な体からは全く想像できないほどの途轍もない力で地を踏み締めている。


 ならばとマークは再び右手のダガーでマリアの首を刺そうとした。それを見逃さず、マリアは空いている右手でダガーを掴み防御。これまた凄まじい力で刃を手で挟み込んでいるのだ。


(この女……!)


 マークが驚愕に目を見開くと同時に、その耳に小さな呟きが聞こえる。


「……エル・ウィンド」


 その瞬間、ほとんど密着していた両者の間に暴風が吹き荒れた。轟々と唸る空気の音が体を貫き、刹那の間の後全身に強大な圧力がかかる。マークは地面を踏み締めること叶わず、後方へと吹っ飛ばされた。


「ウォーター」


 躊躇も容赦も無いマリアはその一瞬の隙を逃すわけがなかった。エル・ウィンドの発動後、すくにマークへと手を伸ばし、30センチほどの水球を射出。


 それはマークが着地するその地点に着弾し、結果マークは着地の瞬間足を滑らせ、またも隙ができてしまう。


「ウル・ファイア」


 マリアはマークに向かって、圧縮した火球を3つ射出した。それらは真っ直ぐにマークへと飛翔し、寸分の狂いもなく全弾顔面に命中。轟音が三連続で響き、地面が焼け焦げる。


 爆発の光が収まった時、服が焼け髪が焦げたマークは、鼻から垂れる血を拭い、指に着いた血をチラと見てマリアへと視線を送る。


(……その膨大な魔力量による異常なまでの身体強化。高火力魔法の連発……その可憐な容姿と魔法の才に反し……この少女の戦法は、圧倒的脳筋……! そのくせ脳筋戦法を確実に通すための魔法の応用も効き、根本の単純な脳筋思考を実現させている!)


 マークはダガーをクルクルと弄び、マリアを見据えながら思案をしているようだった。その様子を、マリアは警戒しながら見ている。


「……マーク」

「……何故その名前を……」


 マリアの声に、マークは目を細めた。怒りなどは感じない。ただどこかから情報が漏れた可能性を案じている。


「ウェーブのかかった髪の女の人が言ってた」

「ああ……あいつか」

「……なんで私達を攫ったの?」


 昨夜、ウェーブ髪の女幹部に問うたのと同じ問い。帰ってきたのは殺しが楽しいからという悍ましいもの。しかしマークからはそのような狂気を感じない。自分のことなど後回しにし、ただ計画の成功を前提に動いているように感じる。


「……何故か、か……端的に言えば、人のためだ」


 予想外の回答に、マリアは訝しむ。


「人のため……?」

「ストロガノフ。お前は、異性に惹かれたことはあるか?」


 その問いに、マリアは過去のことを思い出した。そして特に脳裏に浮かぶのは、ニヤリとした笑みを浮かべた相棒とも言える少年。


「……ある」

「なら分からないか? そいつに出会った瞬間、自分が尽くすべき相手はこいつしかいないように思えるんだ……オレは、“あいつ”に全てを捧げる。あいつが望むなら、農業でも冒険者でも人殺しでも、どんなことでもやり遂げる」

「あいつ……?」

「お前も出会ったあの女だ」

「……確かに、この人のために色々してあげたいと思うことはある……けど、その人が道を外したなら、それを戻してあげるべきだと思う。あなたは間違っている」


 すると、マークは一瞬俯き、瞑目した。しかしすぐに顔を上げ、マリアを睨みつける。そこには、自分が想う相手を侮辱されたと言いたげな確かな怒りがあった。


「……お前には分からないだろうさ……俺達のように、環境に心を壊された者のことなんて」


 そう零した直後、マークは地面を蹴り、マリアに向かっていった。その速度は今までの比ではなく、次の瞬間にはマリアの目の前にダガーの鋒が迫っていた。


 マリアは咄嗟に体を捩って回避したが、それと同時にマークの左腕がマリアの腹部に冴えられていた。直後にその場所に火球が出現し爆発。凄まじい熱と衝撃がマリアを襲う。


「ぐぅ……‼︎」


 戦いの流れをリセットするため、マリアは後ろに跳躍しようとした。だが地面を蹴り、脚が地面から離れた直後。


 マリアの頭のすぐ横に、マークのダガーが迫っていた。咄嗟に仰け反り右腕を掲げ魔力で強化。頭へのダメージを抑えようとする。直後ダガーの刃がマリアの白い腕に接触し……あっさりと右腕が半ばで切断された。


 斬り飛ばされたマリアの腕は上に跳び、切断面から血が噴き出てマークの顔や体を汚す。マリアはあまりの激痛に顔を顰めた。


 マークはすぐさま追撃しようと振り切ったダガーを構え直し、脚に力を込め……直後、マークに降りかかったマリアの血の全てから、灼熱の炎が発生した。


「グアッ‼︎ な⁉︎」


 すぐさまマークは追撃を中断し、水属性魔法で消火しようと自身の体に手を当てた。その隙に、マリアは宙に飛んだ切断された自身の腕を左腕で掴み、バックステップで距離をとりながら切断面にくっつけた。そこから紫色の光が迸り、切断された腕は瞬時に癒着した。


 さらにマリアは両手を前に突き出し、魔法を発動した。


「エル・ファイア‼︎」


 それまでとは比べ物にならないほどの力を秘めた火球が射出された。本来10メートルにも達する火球を圧縮したそれは真っ直ぐにマークに向かい、着弾。離れた場所にいるマリアすらダメージを負いそうなほどの爆発が起きた。


 恐らくだがクミン達のいる戦場にも届いたであろう巨大な爆音。熱波は遠くの木々すら揺らし、地平線の先からでも見えそうなほどの光が発された。


 それらが収まった時、マークはまさに満身創痍だった。地面に膝を突き、何の感情を抱いているかは分からない瞳はマリアを捉えている。


(……齢15にしてエル段階まで操る魔法の実力、それに見劣りしない底なしの魔力量……腕を切断されても即座に対応し、それを成すだけの回復魔法の技量……それはもはや天才というより……)


 マークはマリアだけに聞こえるように、ボソッと零した。


「……化け物め」

「……本望」


 そう言うと、マリアは再び右手をマークに向けた。その手に火球が生成され、射出される……瞬間。マークの足元が円形に光り輝いた。


 転移魔法の発動。一瞬で光が強まり、マリアが咄嗟に放った火球は光を貫通して地面に衝突した。


「く……! 油断した……」

(……けどかなりダメージは与えられた。敵に回復魔法が使える人がいない限りは戦線離脱のはず……)


 と、マリアが目を細めた瞬間。背筋がゾワリと泡立った。魔法でも魔力感知でもない、本能が発する危険信号。


 マリアはバッと振り向いた。


 直後、目の前にいたマークが脚を振り、マリアの脚を払った。マークは転移魔法で逃げたのではなく、マリアの背後に転移していたのだ。


 眼前には腰を落としダガーを構え、今にもこちらに突撃しそうな体勢のマーク。対象にマリアは脚で踏ん張ることのできない状態。今のまま攻撃されれば充分な対応が出来ず、大なり小なりダメージは必至。


(……ならダメージ前提で自爆する……!)


 手を掲げたり、杖を向けたりせずとも発動しやすい魔法の形が自爆だ。別に自身の体の内側で魔法を発動するわけではなく、自身の周りの球状の空間で全方位に魔法を放つ。側から見れば自爆に見えるというわけだ。ただ球の内側にも魔法は飛んでくるので自身もダメージを受けるため、自爆というのもあながち間違いではない。


 引き伸ばされた時間の中、マークの踏み込みとマリアの自爆の溜めが進んでいく。


 それは、本当に一瞬だった。マークの脚払いの次の瞬間には両者が次手を組み立て、そのまた次の瞬間には互いの攻撃が炸裂する……はずだった。


 マリアが自爆技を放つ直前、眼前のマークが目を見開き、地面を踏み締める力の向きを180度変え、後ろに跳躍した。


(ッ⁉︎)


 マリアはそのマークの行動に目を見開き、魔法の発動を中断した。


 そのままマリアの体は後ろに倒れ……背後から暖かい何かによって支えられた。


「……え?」

「あっぶねえところだったあ! ギリギリセーフ!」


 マリアが自力で立ち上がると、マリアを支えたその少年は前に進み出、マリアの頭にポンと手を置いた。


「よく頑張ったなあマリア。帰ったらそのボサボサの頭どうにかしないとな」

「……レオ!」


 その少年……レオ・ナポリは背中の剣を抜き放ち、マークへとその剣を向けた。


「あとはオレに任せろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る