第27話『対峙』

 夜空に飛び去っていく1匹の鳥が視界から消えた時、マリア達の周りは先程の休息中の緩んだ空気ではなく、僅かに緊張感のある空気へと変わっていた。


 3人とも疲れている顔をしてはいるが、皆一様にやる気のある輝いている目を携えている。冒険者という殺し合いを生業とする職業に就いているからか、戦いの覚悟など造作もないことなのだろう。


「……さてと、あたしらも明日に向けてお眠りしましょうか」

「あの、さっきはごめんね、私すぐ寝ちゃって……」

「いいっていいって。ライフは精神削れる役割だったからね。安心したらそりゃ眠くなるよ」


 申し訳なさそうに言葉を紡ぐライフに、クミンは安心させるように笑みを浮かべる。しかしライフはどこか思い詰めたような表情を浮かべ、視線を落とした。


「……ねえクミン」

「何?」

「……クミンはさ、怖くないの? その……魔物とか、死ぬのとか」

「あたし? うーんまあ、特には」

「どうして? 明日の作戦で……ううん、今日寝てる間にも殺されるかもしれない。私は怖い。マリアもレオもジャックも、皆怖がってるようには見えない……私、冒険者向いてないのかなあ……」


 そう零すライフの肩は、小刻みに震えていた。いつも怖がっているライフだが、真に心にのしかかった不安は、最後に漏らした言葉なのかもしれない。


「……ねえライフ。言いづらかったらいいんだけど……ライフはどうして冒険者になったの?」

「……私が住んでた村の村長さんが凄く強くて、襲ってくる魔物をドンドン倒してて……あんなに怖い魔物と、笑いながら戦う村長さんがかっこよくて……憧れちゃったんだ」


 ポツリポツリとそう話すライフは、少し俯き、悲しみと不安を感じさせた。きっとやりたいことができない、ではなく、やりたいことに向いてないという考えが、余計にライフに精神的な不安を残しているのだろう。


 クミンはそんなライフを見、そっと目を閉じた。浮かぶのは、幼少期に笑いながら魔物と戦う想い人の姿。


「……あたしはね、冒険者に必要なのは強い心だと思うんだ」

「強い心……?」

「ほら、冒険者って凄く危険な仕事じゃん。自分が死ぬ可能性だって高いし、仲間が死ぬ可能性なんてもっとだよ。そんな残酷な仕事に向いてるかどうかって、あたしは精神面の話だと思うな。例えば、ライフが冒険者に向いてるって思う人って誰?」

「……マリアとレオ、エイジャック……」

「じゃあその3人の心が弱いと思う?」

「……思わない」

「でしょ? 残酷な環境で生き抜くためには、強い心とある程度イかれた頭が必要なんだよ」

「……でもだったらやっぱり私には向いてないよ……魔物も誘拐してきたあの人達も、怖くて体が震えちゃって……」

「あたしは強い心って面なら、クリアしてない冒険者なんていないと思うけどな」

「……え?」

「子供の頃は大人の黒い面や非情な現実なんて知らないから、冒険者になりたいって思う。けど年を重ねていくにつれて色々分かってきて、普通15にもなればなりたいなんて思わない。そもそも選別試験で20分の1ぐらいが死ぬし、例え生き残ったとしても戦いの恐怖に負けてすぐやめちゃう……怖くて体が震えてても、冒険者をやめたくないって思うってことは、ライフは冒険者に必要な強い心があるってことだと思うよ」


 ライフは顔を上げ、クミンの顔を見た。浮かんでいるのはあのニヤリとした笑みではなく、ライフを想う心からの笑みだった。


 ライフはまた少し顔を下げたが、すぐに顔を上げた。そのライフの顔に浮かんだ淡い笑みは、少しでも希望や期待を宿しているようだった。


「……ありがとう、クミン。私もっと頑張ってみるよ」

「ならよかった。ってか、蚊帳の外にしちゃってたけど、マリアちゃんはなんで冒険者になったの?」


 クミンはパッとマリアの方を向いた。するとマリアは木に体を預け、頭を傾け静かな寝息を立てていた。クミンとライフが話していたほんのちょっとの間に……もしかしたらオスマンが使役する鳥が飛び去った直後にもう寝ていたようだ。


 既に眠りは深いようで、二人がしばらく見つめていても起きる気配は無い。まだ夜遅い時間でも無いが、それだけ疲労が溜まっているのだ。


「……ま、変に喋ってて眠れないといけないか。ライフ先に寝てて。交代の時間になったら起こすから」

「う、うん。ありがとね」


 それからライフもすぐに入眠し、クミンが見張りをした。数時間でライフが見張り、そのまた数時間後にはマリアが見張る。そうして何事も無く時間は過ぎ、緊張張り詰める一夜は、ある時差してきた朝日によって幕を閉じた。


 そして、スフィー襲撃に始まった、誘拐事件が終わる一日が始まる。









「……ごめん、昨日はすぐ寝ちゃって……」


 正面から登る太陽から溢れる日差しを浴びながら、マリアはそんなことを口にした。


「いいっていいって。元々あたしが最初に見張りやる手筈だったし」

「……面目ない……」


 今、マリア達が東に向かっているのは草原だ。三人が休憩場所にしたあの森の入り口を出発し、少し南下してから東に進んでいる。


 昨夜渡されたオスマンからの手紙では、今日の作戦が事細かに記述されていた。ライフが入手した幹部の資料の情報もその作戦に組み込まれており、ボスのマーク、及び幹部は強力な冒険者を一定の距離をとって配置し、対応するとのことだ。


 そしてマリア達三人の与えられた役割は、簡単に言えば撹乱だ。まずオスマン達本軍が北から敵のアジトに攻め入る。少し時間が経った後に三人が南から奇襲し、場が乱れたところを一気に確保するというもの。


 よって敵から見つからない程度には戦場から南に離れる必要がある。本軍の作戦開始まであと15分ほどなので、マリア達は大体あと25分後には持ち場についていなくてはならない。


「さてと……あたし達を弄びやがって。血祭りにあげてやるわ!」

「……殲滅する」

「2人とも怖いって……」


 3人は睡眠によって回復した体力を思う存分に振るおうと、やる気を漲らせていた。


 しばらくして、あの地下施設のある森の南端にたどり着いた。作戦開始まであと5分ほどだろうか。直に金属音や爆発音、雄叫びや悲鳴が聞こえてくるだろう。


「……2人共、準備はいい?」

「う、うん!」

「あたしもとっくのとうに……」


 3人が横並びになり、クミンが一歩踏み出した、その時。


「後ろ‼︎」


 そう叫びながら、クミンが振り向きダガーを構えた。ほぼ同時にマリアとライフも振り返り、戦闘態勢をとる。


 これまたほぼ同時に、3人から5メートルほど離れた地面が、円形に光り輝いた。1度しか見たことはないが忘れるはずもない……転移魔法の光。


 直後光が一気に強まったかと思えば、そこからダガーを構えて飛び出してくる口に黒いバンダナを巻いた金髪の男……マークが飛び出してくる。


「クソ……ッ‼︎」

「ッ‼︎」

「2人共前へ‼︎」


 叫びながらマリアが手を突き出しながら後ろに飛び、クミンとライフはマークに向かって走り出す。同時にクミンは持っていたダガーを投げてライフに渡し、自らは手に火球を生成する。


 クミンとライフは左右からマークを迎撃しようと躍り出た。Yの字のように3人が接近、接触する……だが。


 マークはクミンが射出した火球を左手で払い、腕に当たった瞬間に爆発。同時に振るわれたライフの斬撃を、右手のダガーで撃墜し、ライフの持っていたダガーを吹き飛ばしてしまう。


 突進の勢いを全く落とさず、マークは2人の間に飛び込み、通り過ぎた。即席で出力を出せなかったからか、火球の爆発でダメージを負った様子は無い。おまけにクミンとライフには見向きもしない。


「な⁉︎」

「嘘……!」


 マークは2人の間を通り抜け、一心にマリアの方へと駆けた。ライフとクミンが反応するより早く、あと一歩というところまで接近し、ナイフを突き出す。


 その直前、マリアは自分の胸の前に火球を生成し瞬時に起爆した。威力は大したことないが光と黒煙が撒き散らされ直径数メートルの視界が塞がれる。


 同様に後ろに跳んだマリアは、両手に火球を生成し眼前から向かってくるであろうマークへの攻撃の態勢をとった。自らの視界も塞がってしまっているが、マリアが有り余る魔力で体を強化すればそう易々とダメージは負わない。マリアならこの状況でも攻めるのが吉だろう。


 しかし、相手が悪かった。この状況においては、マリアはただ全力でマークから離れなければならなかったのだ。


 マークは黒煙の中から出てこなかった。マリアがそれを不審に思うより早く、マリアの足元が円形に光り輝く。


(転移魔法! 狙いは私の分断……⁉︎)


 一瞬後、円形の光は一気に光を強くし、マリアと黒煙の中のマークを飲み込んだ。


 強い光に目を瞑り、尚も防御態勢を崩さなかったマリアは、すぐに自分が別の場所に転移させられたのが分かった。周りにあった爆発の熱や煙の匂いが消え、一転して爽やかな空気と涼しい風が吹いたからだ。


 目を開け、自分をまたも連れ去った男、マークを見る。


「……なんで私だけを?」


 静かで端的なマリアの問いに、マークはダガーを持った構えを全く崩さずに答えた。


「……マリア・ストロガノフ。圧倒的な魔法の才とそれに見合った魔力量をもつ。炎属性や雷属性など、高火力で殲滅力の高い魔法を好み……B級スタートを果たしたその実力は、今期の冒険者の中で間違いなくトップである……そんな天才を、一端のチンピラが相手にできるわけないからな。ロベアス・クミンやライフ・ライムは数でゴリ押せるだろうが、お前だけは俺直々に戦わないといけないと判断した」


 それを聞き、マリアは眉を顰める。


 前半のマリアの情報は、特新部隊のメンバーを知っているレベル、つまりギルドでも相応の地位についている者が知り得る情報だ。つまり、マークはギルドから情報を盗み得るということ。


 マリアはそれが事実であると確信し、昨晩にオスマンから聞かされたとある情報を思い出していた。


「……ギルド幹部、ジュース・カボス」

「……何故知っている? ……いや、あの資料か。てっきりどこかにしまったのかと思っていたが……そういうことだな?」


 ライフが手に入れた7人の幹部の資料。そこに、ジュース・カボスという初老の男性の情報が載っていた。それをオスマンに見せた後に送られてきた手紙では、このジュースという男性はギルドの重要役員であることが記されており、情報が漏れている可能性を指摘していた。


 そのためマリア達は自分達の情報が敵に漏れており、誘拐されたことの動機に繋がるかもしれないと考えていた。さらには戦闘時の作戦まで組まれているかもしれないとも。


 とはいえ、どこからともなく現れる転移魔法使いは対策がしづらい。常に神経を張り詰めてはいたが、ピンポイントでマリアだけをまたも攫うことに集中されると先程のように事態は一瞬だ。まだ新人で魔法の出力に溜めがいるマリア達では対応は難しかった。


「ストロガノフ。お前なら逃げ出した後もまた来ると思っていたよ。クミンはともかく、ライムまで来るのは少し意外だったが」

「……もう、分かった……やろう」


 マリアは半身になり、身体中に青白い雷を纏った。


「お前はまだ殺さない。まだフルコースの途中なんだ」


 マークもダガーに雷を纏わせ、ピタリとその鋒をマリアに向けた。

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