第26話『接触』
走っている間にも太陽はドンドンと沈んでいき、あっという間に辺りは暗闇に包まれた。視界が悪く、シンと静まり返った草原は人として根本的な恐怖を感じる。
視界が悪くなったため、魔物に襲われる可能性を考慮し、3人は周囲を窺いながらゆっくり歩いていった。同様の理由で魔法で明かりを作るのも憚られ、ただ暗闇がどこまでも続いている。
「……星綺麗だなぁ……」
そんな中、気配感知で視界を補えるクミンは空を見上げて星々に見惚れている。マリアは辺りを警戒しながらも迷いなく進んでいく。ビクビクしているのはライフだけだ。
「ふ、2人とも歩くの早いって。怖くないの?」
「近づけば気配で分かるもん」
「警戒してるから……」
「この2人本当に肝が座ってる……!」
「……あ、あれ森じゃない?」
「え……見えない……」
マリアやライフよりも五感が鋭いクミンが、まっすぐ前を指差した。いくら星明かりや月明かりがあるとはいえ、視界はこれ以上ないほど悪い。マリアもライフも眼前には何も見えず、暗闇ばかりが広がっていた。
しかし少し進むと、2人にもそれが視認できた。少し細めの木々が群衆している。横幅100メートルもいかないようだったが、確かにそれは森だった。
マリアは周囲を見渡し、そこに歩み寄った。あまり近づきすぎると森に棲まう魔物に襲われる危険性があるので、行けるのは森の入り口までだ。クミンが入り口から中を索敵し、近くに魔物がいないそことを確認すると、3人は一気に身体の力が抜けて地面に座り込んだ。
「はぁ……疲れた……」
「だね。この3日間緊張しっぱなしだったよ。ライフも、大変な役割ありがとね」
「う、ううん。ずっと戦ってた2人より全然だよ……あ、そうだ、林檎食べる?」
「えーいいの? ありがとう!」
「ずっと持ってたんだ……」
3人はライフが入手、もとい窃盗した林檎を食べながら、体の疲れを癒した。夜中なので魔物への警戒は怠らないが、それでも体を休められるのは大きい。それに、水は与えられていたが3日間何も食べていないのだ。林檎一つでも3人にとってはとてもありがたい食料だった。
一昨日、正確には解放歴1127年8月8日に、マリア達が滞在していたスフィーが武装集団に襲撃された。その対応の最中、ライフ、クミン、マリアが誘拐され拘束され、馬車で移動を開始。翌日、つまり昨日あの牢屋に入れられ、襲撃、誘拐から数えて3日目となる今日、脱出作戦を決行した。
齢15の少女3人が経験するにはあまりにも濃密で苦しい3日間だ。それを耐え抜き、自らの力で脱出してのけたのは流石エリート部隊の面々と言わざるをえない。
3人は木に背中を預けて横並びで座り、ぼんやりと星空を眺める。見張りを置かないといけないので寝てはいけないのだが、少しの間3人は無言で時を過ごした。当然警戒は怠らないが、本能的に襲ってくる魔物への警戒より、悪意で襲ってくる人間相手の方が緊張感があり、3人にとっては充分な休養となっていた。
「……あーあ、せっかくレオと再会できたのに、大変なことになったなあ。帰ったら誕生日プレゼントあげないと」
「え……誕生日って、レオの?」
「あれ、知らなかった? まあレオは自分からそういうの言わないからね〜。8月8日がレオの誕生日だよ」
「そうだったんだ……じゃあ、何か用意しないとね」
「何がいいかな〜。やっぱり武器かな〜。ライフはどう思う?」
そう言ってクミンが顔を向けると、ライフは目を閉じ、静かな寝息を立てていた。
「……まあ、ずっと怖がってたもんね。さて、見張り最初はあたしやるよ」
「ごめん、お願い……もう魔力が無くて」
「あんなボンボンデカイの撃ってたらそりゃね」
マリアは溜まっていた息を吐き出し、クミンはチンピラから強奪したダガーを検分する。あんな小悪党が使うような物なので決していい物ではないが、血の跡や鯖も少なく、脅しでしか使っていなかったように見える。
クミンは立ち上がり、ダガーを振って慣れの作業に入った。クミンの得物は
と、クミンがダガーを持っての練習で眠気を追い払っていると、上空から「ホホーゥ!」という鳥の声が聞こえてきた。その鳥はそれから真っ直ぐにクミン達のいる森の入り口まで降下してきて、地面に降り立つとじっとマリアとクミンを見つめてきた。
「……鳥?」
「こんな近づいて来るなんて、随分人懐っこいね」
クミンがダガーの練習を再開すると、今度はその鳥はマリアをじっと見つめてきた。マリアはなんだかそれが気になってしまい、見つめ返してしまう。
すると。
「……オスマンさん……?」
その鳥に、僅かながら魔力を感じた。魔物の定義は体内に魔力を有している動物だ。この鳥はどう見ても魔力を含まない普通の動物。動物が魔力を有する場面は限られる。例えば、何かしらの魔法がかけられている場合。……冒険者選別試験のように、視覚を共有して操るという魔法のような。
「え? ……ええ⁉︎」
クミンが目を見開いて鳥を見ると、鳥は「その通りです!」とでもいうように「ホホゥ!」と鳴いた。
「う、嘘でしょ?」
「ホーゥ……」
「ほ、本当に?」
「ホホゥ!」
「本当ならもう一回鳴いてください!」
「ホホゥ!」
「じゃあ今度はホゥホゥホホゥって鳴いてください!」
「ホゥホゥホホゥ!」
「わー本当にオスマンさんだー!」
クミンが大きな声を出したことで、既に眠っていたライフがゆっくりと瞼を開けた。ライフは目を擦り、キャッキャしているクミンとただの鳥を見て目を見開いているマリアを見てその特異な状況に困惑する。
「……2人共、どうしたの……?」
「あ、ライフ起きた? 見て! オスマンさんが助けに来てくれたよ!」
「え⁉︎」
途端、ライフは期待に目を輝かせてキョロキョロと辺りを見渡し……クミンが鳥に手を伸ばしているのを発見した。
「……」
「やめて! その哀れみと失望を宿したような目をやめて!」
それからクミンとマリアは事情を説明した。聞きているうちに色々と理解したライフは、今度は本当に希望を目に宿らせた。
「よ、良かったぁ……助かるんだぁ」
「ホゥ!」
安堵故か少し涙目になっているライフを横目に、しかしマリアは何かを熟考しているようだった。
おそらく、オスマンの手助けがあればレオ達との合流は可能だろう。レオ達と一緒なら捜索されても迎え撃てる。だが今の疲弊した状態で、しかも夜に数キロも移動するのは危険だ。ならばやはり一夜明けてから合流するべきか……。
「……オスマンさん、これを」
マリアは地面に置いてあった、7人の幹部の資料を鳥の前に置いた。鳥はそれを順番にザッと見落としてマリアを仰ぎ見る。
「これは私達が脱出する時、ライフが取ってきてくれた敵幹部と思われる者達の資料です」
それからマリアは、クミンとライフの注釈を挟みつつ、この3日間自分達の身に何が起こったのかを話した。
8月8日は街1つと半分ほど進み、9日に謎の施設に到着。10日、つまり今日の夕方に脱出作戦を決行し今に至る。謎の施設はここから東に向かった先にあり、空から見渡せば森に不自然に存在する扉が見えるだろう。
以上のことを中心に、接触した3人の幹部の資料に載っていない特徴やマークというボスの実力等を話す。
話し終わった後、マリアはチラリとクミンとライフを見た。2人共目が合い、キョトンとした顔になる。
そして意を決したように眼差しを鋭いものにすると、マリアはオスマンに向けて言葉を紡いだ。
「……私、オスマンさん達の作戦開始と同時に、もう一度施設に向かおうと思います」
「え⁉︎」
「ど、どうして? マリアちゃん」
クミンとライフが驚いた表情をマリアに向ける。心なしか鳥の方の目つきも疑問を抱いているように見える。
マリアはその発言の意図を3人に説明する。
「……私の予想ですけど、オスマンさん達の作戦の最優先事項は、私達の救出じゃないですか?」
鳥は「ホゥ!」と、おそらく肯定の意を示した。
「私達が自力で脱出した以上、目標は敵の確保にシフトする。けれどマークや7人の幹部の実力も未知数。他の有象無象はいいけど、実力者、特に転移魔法を操るマークは恐らく同行しているB級以上の上位冒険者とぶつけた方がいい。だから少しでも“その他”の意識を引きつけるために、広範囲殲滅に長けた私も加勢した方が作戦の成功率は飛躍的に上がると思います」
マリアの説明を聞き、クミンとライフは複雑な表情を浮かべた。それは再び敵地に乗り込まんとするマリアへの尊敬、今度は無事ではすまないかもしれないという不安、マリアがいれば作戦の成功率は上がるだろうという確信に裏付けられた希望……そして自分も参加するかへの迷い。
しかしクミンはすぐに表情を和らげると、ニヤリと笑みを浮かべた。それを見て、ライフも覚悟を決めたような表情になり、マリアを見る。
「そんなことマリアちゃんが言ったら、あたしもやるしかないじゃん!」
「わ、私も! マリアとクミンにばっかり辛い思いはさせない!」
「……2人共……」
マリアは2人に柔らかい笑みを浮かべた。
「じゃあオスマンさん! 明日の詳しい作戦会議を……」
3人がパッと後ろを振り返ると……あの鳥の姿はどこにも無かった。辺りを探しても影も形も無く、空に浮かぶ生物もいない。
呆然と見合わせる3人。もしやあの鳥はオスマンが使役した鳥でもなんでも無く、たまたま魔力を含んだ餌を食べてたまたまクミンの呼びかけに対応した本当にただの鳥だったのでは。
ぬか喜びしたかもしれないという不安が胸中に満ちる……しかしその時。
再び同じ鳥がマリア達の前に降り立った。今度は右の脚に何やら紙が結び付けられている。だがやはり一度感じた不安はそうそう消えることはなく、単なる悪戯なのではないかという思考がよぎってしまう。
だが、クミンが結ばれた紙を解き、中を3人で見た時、ようやく胸を撫で下ろすことができた。
紙……手紙には、以下のようなことが記されていた。
「まずは皆さん、ご無事で何よりです。この鳥は、私、オスマンが操り、あなた達を捜索していたものです。私達は現在、ズィーベンという王都街にて待機していますが、皆さんが今いるのはゼクスとズィーベンの間の草原です。皆さんを発見できた時点で私達が救出に向かい保護する手筈だったのですが、マリアさんの立てた作戦を本当に実行するなら、敵に発見されないよう、その場で待機した方が良いでしょう。しかしその行動が危険というのは言うまでもないです。私達は、皆さんは一刻も早く保護されるのが英断だと考えます」
ここまで呼んだ時、3人は決意を浮かべた表情を、オスマンの操る鳥に向けた。
「……私はやります。少しでもレオ達の助けになれるなら」
「あたしだって、何されるか分かんない状況で放置されたんです、何かやり返さないと気が済みませんよ!」
「私だって、皆の役に立ちたいんです……!」
オスマンの手紙は、まだ次のように進む。
「ですが、もし皆さんがそれでもと言うのなら、以下の通りに行動をしてください。皆さんを発見できた以上、作戦は早い方が良い。決行は明日の早朝です。以下は明日の私達の人員や配置、動き等を記しています」
そこからは手紙に書いてある通り、作戦に参加するメンバーや作戦の内容が記されていた。驚きなのは、A級冒険者が3人も参加することになっていたことだ。A級冒険者は才能ある者が何年と必死に努力してようやく辿り着ける境地。故にその実力は凄まじく、人数も少ないため与えられる任務が多く忙しい。言ってしまえばチンピラの掃討作戦に3人も参加するのはできすぎた話と言ってもいい。
3人は記されていた作戦の内容を読み込み、明日の動きをイメージし、話し合った。
ある程度動きが固まった時、マリアが幹部の資料をもう一度オスマンに見せると、鳥はズィーベンに戻ろうと翼を広げた。
「オスマンさん……また明日」
マリアのその声を聞き、その鳥は北へと飛び立っていった。
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