第25話『戦慄の旋律』

「よし、それじゃあ脱出へと移行しようか……ライフが戻ってきたから本気出せる」

「うん……手加減はしない」

「ふ、二人共何を……?」


 ライフがなんとなく二人がやろうとしていることを察し、顔を引き攣らせたその瞬間。


 直径10メートルにも達する火球が、三人の頭上に出現した。空気を唸らせ、熱と光を振り撒くその物体に、その場にいたほとんどの者は視線を吸い寄せられた。


 この圧倒的な破壊力を秘めた炎の塊を作り出したのは、当然マリアだ。右手を真上に突き出して魔力を操り、頭上に火球を生成したのだ。


 そして次の瞬間、その火球は周りの木々を焦がしながら、マリア達を取り囲むチンピラ達に向かって落下し始めた。


「な⁉︎ 避けろォ‼︎」

「うあああああ‼︎」

「この化物バケモンが‼︎」


 三者三様の叫び声を上げながら、火球が向かう先に立っていた男達は全力でその場から離脱しようと走り出した。


 しかし遅い。巨大な火球が地面に着弾した時、その場にいた者達は一様に全身を凄まじい熱に包まれ、その周りにいた者達も、着弾時の爆発に成すすべなく吹っ飛んでいく。その熱風はマリア達を挟んだ反対側にも届き、男達の動きを止めた。


 マリアは風属性魔法ウル・ウィンドを発動。結果爆発の衝撃や余波、熱風はマリア達に届くことは無かった。


 このたったの一撃で、マリア達を包囲していた百人近くのチンピラの約半数が戦闘不能に陥った。残ったチンピラは呆然と倒れた仲間達を眺め、クミンとライフも驚愕を通り越してドン引きの表情を浮かべている。


「マ、マリア……凄いね-……」

「やっ……ば。今のエル・ファイアでしょ? エル段階ってA級冒険者が使うようなものだよ? なんで冒険者になって4ヶ月の可憐な女の子が使えるの?」

「……そんなこと言われても……」


 敵の約半数が倒れた今なら、ここからの脱出は可能だろう。だが、より甚大な被害を敵に被らせることにより、来るレオ達本軍の戦いを楽にしておくという算段がある。そのため戦闘は継続する。ライフも加わったことにより、この場にいる者が全滅するのは時間の問題だろう。


 ただし、脱出をすぐに行わないのは、何も敵をぶちのめすためだけが理由ではない。いくつか懸念点が残っているのだ。


 その最たるものが、ボス及び幹部の動向だ。


 マリア達はこの脱出作戦決行前、マークという恐らくボスの金髪と、既に3人確認している幹部についての対応に頭を悩ませていた。そいつらが作戦決行時にどこにいるのかが分からないため対応は臨機応変ということになってしまう。扉を出て右か左か、はたまた施設の外で待機しているのか。敵の実力も分からないため、結果下された結論はなるべく最短で施設を脱出し、会敵しなければ敵の殲滅、会敵した場合は少しだけ探りを入れて脱出を優先するというものだった。


 そして作戦決行時、マリアとクミンはマークとも幹部とも会敵することなく施設を脱出し、敵の殲滅に移行した。その後も幹部以上の人物が出てくることはなく、ライフが幹部の資料を持ってきた。これは脱出作戦には好都合だが、その後の逃亡やレオ達との本戦を考えると戦闘力の把握や位置の特定は重要だ。


 という理由があり、マリア達は脱出可能な状態になっても、敵を攻撃し続けているという訳だ。しかし再び捕まってしまっては元も子もない。ある程度の時間が経つか、会敵して少しだけ探りを入れればすぐに逃亡に移行する手筈となっている。


「……一昨日ちょっと見たけど、やっぱマリアちゃんメチャクチャ凄いな……こりゃ、あたしも負けてらんないな!」


 そう言うと、クミンは未だに呆けてるチンピラ達に突っ込んでいった。さすがに敵が向かってくるとなるとチンピラ達も気持ちを立て直したようで、ナイフやダガーなどの各々の得物を構えてクミンを迎え打とうとする。


 普通の人間、特に女性なら、刃物を持った男数十人に向かっていくなど自殺行為以外の何者でもないだろう。しかし、クミンは普通の人間などではない。倍率40近い部隊のメンバーで、何よりあの戦いバカのレオに幼少期から着いてきた女だ。


「うらああああ‼︎」


 チンピラ集団の中から、1人がダガーを突き出して飛び出してきた。クミンはその刺突を体を捩って回避し、すかさず男の腕をとって背負い投げる。背中を激しく地面に打ち付けて悶えている男の手首を捻り、クミンは持っていたダガーを強奪した。


「……ねえ知ってる? マリアちゃん。戦いには、それぞれのリズムってのがあるんだよ」

「リズム……?」


 電気を溜め込んだ水球を敵の方へ放り投げながら、マリアは肩越しに振り返った。


「そ。マリアちゃんみたくドッカンドッカンやってても、ライフみたく素早い動きで撹乱してても、そこには等しくリズムがある。戦いとはリズムの崩し合いである、って、あたしの言葉」

「……つまり?」

「簡単な話。戦いで重要なのは、自分の戦いのリズムを引き出すこと。こんな風にね」


 すると、クミンは1メートル強の大きさの火球を生成した。それを左の手振りで奥へ飛ばすと、強奪したダガーをそれに突きつける。


 そしてダガーを指揮棒のように振りながら火球を操作し、眼前のチンピラ達の頭に正確に直撃させていく。


 チンピラ達はじっとしていたらやられると直感で悟り、今度は全員がクミンに向かって突撃してきた。ものの数秒で、あっという間にクミンは周りを包囲された。


 しかしクミンは慌てるどころかレオに似たニヤリとした笑みを浮かべると、姿勢を低くしてダガーを握り直した。


 まず、ナイフを振り上げて向かってきた男に、ノールックでダガーを向け追従してきた火球を直撃させる。次いで同時に襲いかかってきた左右と正面の男の攻撃を、クルクルと体を捩り、回転させ踊るように回避。さらに流れるようにしてしゃがみ込み、3人のふくらはぎに正確に斬撃を加える。クミンはそこから跳躍し、頭上を超えて男達の包囲を脱した


 クミンの戦いのリズムは、一連の動きを四分割してイメージする。先程で言うと、1で攻撃を回避し、2でしゃがみ、3で攻撃して4で跳躍だ。戦いの中で拍子が変化しようと4つで1つのイメージを崩さずに戦うのが、クミンの戦い方なのだ。戦いはリズムがどうのこうのというのはクミンの持論だが、魔法で大切なイメージ力を近接戦闘に応用するという点に関しては的を得ているだろう。


 包囲を脱したクミンは、再びダガーを指揮棒のように振りながら火球を操作し、敵を攻撃し続けた。近づいてきた敵は足の腱を斬って無力化し、その間にも正確無比な弾道が敵を殲滅していく。


「さて、そろそろフィニッシュかな」


 そう言うと、クミンはダガーを真上に振り上げた。それに伴い火球も男達の上空へと移動する。


「イル・ファイア」


 その詠唱と共に、浮かんだ火球が一気に2倍ほどの大きさになった。クミンはダガーを振り下ろし、まるで指揮者が一曲を締めるように両手を広げた。


 同時に、巨大な爆発が目の前で巻き起こった。ダガーが振り下ろされると同時に火球も急降下し、チンピラ達のど真ん中に落下。直後に爆発し、その周囲にいたチンピラはまとめて吹き飛んでいったのだ。


「……凄い……」


 そんなクミンの戦いを見て、マリアは呟いた。


 別にクミンの実力を疑っていたわけではない。特新部隊のメンバーに選ばれるという実績はあるし、レオと幼少期から関係があったのなら、それ相応の実力はあるだろう。しかしこうして目の当たりにするとやはりその実力は確かだと納得させられる。


 元々マリアはクミンが数の多い敵に押される可能性、言ってしまえば足手まといになってしまう可能性も考慮していたが、そんなものは杞憂であり少々傲慢な考えだったようだ。予想以上に敵を倒していくクミンの背中を見ながら、マリアは後でクミンに謝ろうと考えるのだった。


 しかしマリアも優秀な冒険者。戦いに関係ない思考は頭の隅に仕舞い、戦局を把握する。


 戦いが始まってから、敵の数は元の5分の1程度まで減っている。このまま敵を全滅させることはもはや容易だろう。戦いながら懸念していたマークや幹部達の動向は不明だが、下手に探ってまた捕まるなどしたら振り出しになる。できればレオ達のためにも強さを把握しておきたかったが、ライフが持ってきた資料を手に入れられただけ良しとするべきか。


 これだけ騒いでいるのに駆けつけてくる気配が無いというのは不可解だが、やはりここは慎重になるべき時だ。マリアは撤退の判断を下し、右手を真上に掲げた。


「エル・ファイア」


 その先に、轟々と唸り空気を焦がす10メートルほどの火球が作り出された。チンピラ達は少し前に自分達を半分ほど吹っ飛ばしたそれを見、目を見開いた。


「森の方へ!」


 透き通った綺麗なマリアの声が、火球の発する唸りに負けず、明瞭に響く。クミンとライフは瞬時にその言葉の意図を判断。それぞれ相手にしていた敵を吹っ飛ばすと、すぐさま体を近くの森へと向ける。


 直後、真上の火球が動き出した。密度が減り僅かに閑散とした広場。その最も敵が集まっている森とは反対に向かって、火球が落下した。


「あああああッ! 来るなぁ‼︎」

「クソッタレが……!」

「……化け物め……」

「あの子に殺されるなら本望……ッ‼︎」


 火球の落下地点にいた者は吹っ飛ばされた仲間の姿を幻視し、各々の叫び声を上げた。必死にバラバラに逃げようとするが、いつもポーカーフェイスの可愛らしい天才の前では無駄な抵抗だった。


 火球は何人かのチンピラを灼熱の内部に招き入れ、地面に激突。広場全体を包み込む熱風とそれ自体に破壊力がありそうな轟音を振り撒き、大爆発。


「ぎゃああああああ‼︎」

「ノオオオオオオ‼︎」

「おほあああああああ‼︎」

「ああああああんっ‼︎」


 聞くに耐えない情けない叫び声、もとい喘ぎ声を喚き散らしながら、特新部隊最強の全力攻撃の標的になったチンピラ達は、普通ならありえない見事な直線運動で吹っ飛んでいった。


 それと同時に、マリア達も動いていた。


 爆風をきっかけに3人が奥の森へ向かって走り始め、爆発に気圧されているチンピラを蹴散らしながら全力ダッシュ。


「くっ! 逃がすかァ! 追えェ!」


 2度目の爆発に気圧されていたチンピラ達は、深い森に向かうマリア達を必死になって追いかけた。しかしその距離は全く縮まらず、あっという間にマリア達は森に突入した。


 森は木々が密集した、人の手が入っていない自然のものだ。日が落ちてきたためその中はそこそこ暗く、密度の濃い木々によってさらに視界が悪くなっている。


 マリア達が森に入ってからものの数秒で、チンピラ達はマリア達を見失った。


「マリアちゃん、もういいんじゃない?」

「うん……じゃあ、二人とも私の側に」

「う、うん!」


 森を100メートルほど進んだ時、3人は一本の木の陰に座り込み、身を寄せ合った。それを確認すると、マリアは自分の胸に手を当て、魔法を発動させた。


「イル・ダーク」


 その詠唱の後、胸に当てられたマリアの手の先に黒い光と形容できるものが発された。それは段々と球状を成し、大きくなっていく。やがて3人の体を全て包み込んだ。


 これは闇属性魔法の基本魔法、ダークのイル段階だ。闇属性は光を減少、遮断できる魔法で、姿や物を隠したり、光属性魔法を相殺することができる。


 自分を透明にできる訳ではないので、側から見ればポツンと黒い球体があるので違和感があるが、ただでさえ暗い森、低い太陽の後光で作られた木の影でこの魔法を使うと、目を凝らさなければその違和感に気づかないほどにまでなる。


 3人が息を潜めてその場に止まっていると、自分達を追っているチンピラ達の声と足音が聞こえてきた。ほんの10人ほどだが、「まだあまり遠くには行っていないはずだ!」「早く捕まえるぞ!」などと声を上げてこちらに走ってきているようだ。


 闇の球体は外からはただの黒い塊だが、内側からは多少暗くなるだけで外の景色は見える。少しして森のさらに奥に走っていく男達の後ろ姿が見えた。


「……うん、周りに気配は無いよ」


 クミンの気配感知でも敵が周囲にいないことを確認し、マリアは魔法を解いた。既に周りは暗くなってきていて、移動をするなら早めがいいだろう。


 3人はすぐさま立ち上がり、チンピラ達が走っていたのと反対の方向、つまりあの広場へと走った。やがて広場が見えるが、ぶっ倒れて気絶したチンピラ達も無視して尚も進む。こちら側は多少木々が生えているだけで森という規模ではなく、すぐに平原に出ることができた。


 沈みかけた夕日が空を染め、振り返れば暗くなった空とのグラデーションを見ることができる。しかし今はそんなことを気にしている場合ではないため、平原に出てもまだ真っ直ぐに走り続ける。


 頃合いを見て戦線離脱し、敵をおびき寄せ反対側に逃げる。ここまでがマリア達の作戦だった。これにより少しでも敵の捜索範囲から逃れ、時間を稼ぐためだ。


「ねえマリアちゃん、なんで街行かないの?」

「多分近くの街は隅々まで洗われる。ギルドに事情を説明したくても多分時間がかかるし、その間に見つかって戦闘になったら周りを巻き込んじゃうかもしれない……あと、お金が無い」

「……もどかしいね。あたしらが脱出できたことをレオ達に知らせないと、いらない心配かけちゃったりとか、向こうの作戦に支障が出るかもしれないし……なんとか連絡はしたいけど……」

「で、でもまずは休息だよ。マリアもクミンも沢山戦ったから、魔力も体力も消耗してるだろうから……」


 3人は遠くに見える街に行けないことに歯痒さを感じながら、尚も西の草原を進んでいった。

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