第24話『作戦決行』
「……作戦……開始」
マリアは扉に向かって手を掲げた。
「……アル・ファイア」
その先に、1メートルほどの火球が出現し、すぐさま射出された。錆び付いてはいるがまだまだ頑丈な鉄扉に直撃し、爆発。金具を根本から破壊し、耳をつんざくような音と共に、ひしゃげた鉄扉は吹っ飛んでいった。
「なんだ⁉︎」
「扉が‼︎」
同時に、マリア達は部屋を飛び出していた。
驚愕の声を漏らす見張り二人は、あまりに突然の出来事に頭が混乱し、飛び出てきた“二人”の少女の攻撃に反応できなかった。左の男はマリアが顔に手を伸ばし、発射した火球が直撃し失神。右の男はクミンの渾身の右ストレートを顔面にくらい、石の壁と板挟みになってこれまた意識を手放した。
聞こえてくる会話から推測していたが、やはり見張りは二人だけらしい。その二人が起き上がらないことを確認すると、マリアとクミンは素早く周囲を見渡した。
正面は元いた部屋のと同じ鉄扉。左を見ればそれが片側につき4つずつ並んでおり、さらに奥には木の扉が一つあった。右には鉄扉は無く、10メートルも行かない場所で左に折れている。
二人がそこまでを確認した時、轟音を聞きつけたチンピラ達が左に並んだ扉からワラワラと出てきた。
「なんだ今の音は⁉︎」
「は⁉︎ おいあの女って!」
「まさか扉を爆破したのか⁉︎」
「逃すな‼︎ 追え‼︎」
マリアとクミンを見つけると、鉄扉を容易く破壊したと思われる二人に恐怖の念を抱きながらも気丈に突撃してきた。
その数は廊下いっぱいに広がってもまだ部屋に残っている様子から見て数十は確実。しかしスフィー襲撃に加担した者の人数が数百人であることを考えると100人以上は確実かと思われる。たった8つの部屋に100人以上入れるとは思えないので、恐らく残りは外にいるのだろう。外の方が人数が多いとも考えられる。
そこまでを瞬時に思考したマリアは、こちらに走ってくるチンピラ達に向かって手を掲げた。そして片手で掴める程度の大きさの火球を幾つも射出する。飛んでいった火球はコントロールが効いておらず、チンピラ達の頭上に消えたり当たったとしても腹部や脚部。頭にヒットはしていない。
「ちょ、マリア何やってんの?」
「私達が迎撃が無理だと思って逃げたと思わせたい。後ろに走りながらクミンも撃って」
「なるほどりょーかい!」
敵の数を見て咄嗟に思いついた作戦を、なるべく短い言葉でクミンに伝える。さすがに新人とはいえ、特新部隊に入れたクミンだ。すぐさま了承し、マリアと共にチンピラ達が迫ってくる方向から反対に走り始めた。
その間もギリギリまで威力を下げた火球を振り向きながら撃ち、必死さをアピール。普段ポーカーフェイスのマリアはいつも通りだが、クミンはご丁寧に表情を作ってまで演技している。時折振り返り様に見せるその表情は、チンピラ達の突撃に拍車をかけた。
二人が走り始めてすぐに石の廊下は壁にぶち当たる。しかしそこの左にはこれまた石でできた階段が鎮座しており、壁にかけられたランタンがこびりついた苔を照らしている。
チンピラ達は階段に差し掛かった二人を見、逃してなるものかと走る速度を上げた。うるさい足音が元々マリア達がいた部屋の前を通り過ぎ、遠ざかっていく。
その音を、部屋の隅で蹲っていた少女……ライフ・ライムが聞いていた。ライフは足音が遠ざかり、上へ登っていくのを確認すると立ち上がり、吹っ飛んで無くなった扉からゆっくり頭を出して周囲を見渡した。
人がいないことを確認すると、ライフは廊下に身を躍らせ左へ全力で走り出した。
その速度は、小柄な体格からは全く想像できないほどのものだった。始めの一歩で体を一気に加速させ、一歩一歩確実に速度を上げていく。通りすぎる際、開け放たれた他の鉄扉を素早く顔を巡らせ、あっという間に最奥の木の扉までたどり着く。
この身体能力は、ライフが魔物との戦闘において、自然に鍛え上げられたものだ。ライフは特に大型の魔物との戦いにて、小柄な体格故に重い攻撃を受け止めることができない。それは使用する武器がダガーだということも要因の一つだろう。結果ライフは戦闘で防御よりも回避を行うことが多かった。
そうして鍛え上げられた瞬発力、反射神経、速力は、実にレオに匹敵する。
(0、0……1、0……3、2……0、5……計11……意外と残ってる)
今ライフが数えていたのは、8つの部屋に残っていた敵の数だ。さすがに突然の出来事だ、準備が必要だったり、単に面倒だったり、はたまた万全を期して装備を整えていたり、数人部屋に残っていると予想したのだ。
しかし、ライフの役割はこの場所で出来る限りの敵の情報を見つけ出すこと。流石に全員をリストアップした書類などは無いだろうが、この場所がなんなのか、最寄りの街がどこなのかを知れたり、周囲の地図でもあれば喜ばしい。
たどり着いた木の扉の取手を掴むが、鍵がかかっていて開かない。
「ロック」
するとライフはそう呟き、手を何かを握るような形にした。すぐにその手に岩が生成され、ライフはそれを掴んだ。
岩属性魔法、ロック。岩を生成する。
ライフは生成した岩を持った腕をふりかぶり、躊躇なく鍵穴の辺りに振り下ろした。バキィッという音と共に一撃で粉砕し、扉が開く。
素早く中に入り込むと、そこはやはり他と同じく石でできた部屋だったが、様子が違った。そこには木でできた机や椅子、棚や本棚が置かれた空間だった。
もしかしたらマークという名のあの金髪や幹部の部屋なのかと考えながら、ライフは図早く部屋の物色を始めた。
まず目に留まったのは机の上に置いてある数枚の紙だ。それを手に持って見た時、ライフは目を見開いた。
その紙に書いてあることを端的に表すなら、敵の情報だった。
上部にリン・アプリという恐らく名前が書かれ、その下に外見的特徴、性格的特徴、癖、家族等の対人関係と続く。そして名前の横には肖像画が描かれており、一枚目に書かれていたのはなんとあの女幹部の顔だった。
二枚目、三枚目とめくっていくと、ミカ・ジュース、ズンダ・ダイクと続き、計七枚ある。ミカ、ズンダは書いてある特徴からして前者が中性的な声の幹部、後者が若い声の幹部だろう。
(これは……幹部の資料!)
恐らく一、二を争うレベルの重要な情報を手に入れ、ライフは内心で両手を上げて喜んだ。
しかし。
(……でも書いてある情報が不自然すぎる……外見や性格なんて幹部なら把握してるだろうし……癖と対人関係なんて必要ない。それより戦闘スタイルでも書いた方が……いや、今はいい。他には何か……)
あまりに突飛な内容の資料に疑問を浮かべるライフ。だが今は時間が惜しい。考えるように先にライフはこの部屋を漁った。
もっとも資料以外には何も無く、本棚や棚は空っぽ。強いて言うなら隅に置いてあった箱に、氷と共に冷やされた食料が入っていたぐらいだ。
「……な⁉︎ お前ッ‼︎」
ライフが箱の中に入っていた林檎を匂いから腐っていないと判断し一口齧ったタイミングで、部屋に残っていたチンピラが乗り込んできた。
チンピラは手に持ったナイフを振りかぶり、ライフに向かって走ってくる。
ライフは左腕で二つの林檎と今自分が齧った林檎を抱え、右腕を振りかぶった。
「ロック」
その詠唱と共に再び岩が生成され、ライフの手に収まる。振りかぶられたライフの腕、そこから投擲された岩は、一直線に男の持つナイフへと飛んでいき吹き飛ばした。
さらにそこから男が次手の行動を起こす前に、ライフはその速力をもってして男に接近する。普段気弱で怖がりでも、400人弱もの冒険者から選ばれた特新部隊のメンバー。その行動に一切の躊躇も容赦も無く、繰り出されたライフの拳は男の顔面を打ち抜き、壁に叩きつけるに至った。
あまりの衝撃に男の意識は消え失せ、白目を剥いた体が地面に倒れる。ライフは溜まっていた息を吐き出すと、弾き飛ばした男のナイフを右手で持った。右手にナイフ、左手に資料と林檎を持ち、ライフは部屋を出て施設の脱出の段階へと移行した。
部屋を飛び出し左に曲がると、一人の男の背中が見えた。男は物音により振り返り、ライフを視界に収める。
「ッ! 不意打ちか‼︎」
ライフが男に向かって走り出すのと、男が一歩後ろへ下がり、距離をとるのは同時だった。ライフの右手には仲間のチンピラが使う汚れたナイフが握られており、おそらく仲間を一人倒したのだろうと男は咄嗟に推測したのだ。さらには脱出したと思っていた三人の内の一人が入り口とは反対側にいたのだ。背後から襲撃するのが目的だと男は理解した。
そんなチンピラにしては頭のいい男だったが、実力の方は眼前の小さな少女には及ばなかったようだ。
ライフは咄嗟に右手のナイフを投擲。さらに空いた手に再び岩を生成。
男は飛んできたナイフをライフから見て右側に体を捩って回避。同時にカウンターを仕掛けるために前に進み出た。
しかし、遅い。その瞬間には右側の壁にライフが張り付いていた。男が接近してくると同時に壁を蹴って、男の目の前を通って左側の壁に移動。これまた同時に男の頭を岩で全力で殴り抜けた。
また壁を蹴って床に着地し、壁に跳ね返った投げたナイフをキャッチする。血のついた岩はポイだ。背後の男が地面に倒れる音など意に介さずに真っ直ぐに廊下を走る。
それからは敵が来るにしても背後だったので、ライフは無視して突き進んだ。突き当たりを左に曲がると、階段上の鉄扉が開け放たれており、夕焼けに染まるオレンジ色の光が見える。
階段を全力で駆け上り、光の中へと飛び込んだライフは、まずこちらに背を向ける男のふくらはぎを切り裂いた。
「あがあ⁉︎」
突如として背後から攻撃を受けた男は地面に崩れ落ちた。そこに向かって顔の大きさぐらいの火球が飛んできて男の顔面に直撃する。
「マリア! クミン!」
「あ、ライフ! こっち!」
「よかった……第一段階はクリアだね」
扉を出てすぐにある広場では乱戦が繰り広げられていた。背中合わせで戦うマリアとクミンは、火球や殴打で敵を攻撃しながら広場の真ん中で陣取っていた。ライフを見つけるとマリアが大きめの火球で敵の包囲に穴を開ける。ライフはそこに滑り込み、三人は合流を果たした。
「何その林檎⁉︎」
「二人にもあるよ」
「……なんで持ってきたの?」
二人の元に辿り着いたライフは左手で持つ幹部の資料を二人に見せた。
「これ、多分幹部の資料!」
「か、幹部の……⁉︎」
「本当⁉︎ これは凄いラッキーじゃない⁉︎」
顔を綻ばせてしまったマリアとクミンだったが、すぐに顔を引き締めて自分達を包囲する敵へと視線を戻した。
そしてクミンはニヤリと不適な笑みを浮かべる。
「よし、それじゃあ脱出へと移行しようか……ライフが戻ってきたから本気出せる」
「うん……手加減はしない」
「ふ、二人共何を……?」
ライフがなんとなく二人がやろうとしていることを察し、顔を引き攣らせたその瞬間。
直径10メートルにも達する火球が、三人の頭上に出現した。
※※※※※
次週お休みです。次の投稿は2023年3月17日20時となります。
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