第23話『狂気』
その後は明日の作戦決行に向けすぐに就寝となった。クミンとライフはすぐに小さな寝息を立て、今日一日の疲労の回復に勤しんでいる。今日は戦いこそなかったが、魔物との遭遇や複数の幹部格と思われる人物との接触、そしてこの謎の施設への監禁。精神的疲労は昨日に引けを取らないだろう。
3人が入れられたこの部屋は、そこそこいい宿のリビングほどの広さを持った牢獄といった部屋だった。四方、天井、床、全てが石で囲まれ、一つの面に外と繋がる鉄扉がある。光源は全く無く、扉の隙間から漏れる光のみが僅かに光度を上げている。トイレとその仕切り以外は何も無く、まさしく人を閉じ込めるためだけの牢獄といった部屋だ。
そんな部屋の片隅で、壁を向いて寝転んでいるマリアは、意識を落とさず静かに聞き耳を立てていた。疲労を取るのも大切だが、夜マリア達が寝静まったと敵が判断してから、何か有用な情報を手に入れられるかもと考えたからだ。
「……なあ」
「なんだ」
「ここにいる女達、なんのために誘拐してきたんだろうな」
「さあな。けど奴のことだ、何か作戦があるんだろう」
「そりゃそうだけどよ、こんなガキ3人攫ってきたところでだろ」
「う〜ん……ま、俺らが考えてもしょうがねえだろ……って」
なんてことのない雑談。クミンとライフが寝てから2時間ほどは、それがずっと続いていた。しかしその時、ずっとダラダラしていたであろう2人の見張りの元へ、新たな人物がやってきた。
「こんばんは。2人ともお疲れ様」
その声は、マリア達に接触した女の幹部と思われる人物の声だった。
「お、おう。えっと……」
「ふふ、名乗ってないから分からないかしらね。まあ、名乗る気も無いけれど」
「ああそうかい」
どこか投げやりな男の声。女幹部の方はカツカツと音を鳴らしてマリア達のいる部屋に歩み寄ると、軋む金属扉をゆっくりと開けた。
「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫。少し顔を見るだけだから」
女幹部の足音が部屋に入ってくる。彼女は入り口近くで立ち止まると、真っ直ぐにマリアの方へ歩いてきた。しゃがみ込み、顔をのぞいてくるのが気配でなんとなく分かる。
咄嗟に寝たふりをしたマリアは冷や汗を流しながら必死に平静を装った。ジッと注がれる視線に耐えながら、何がしたいのかと思考を巡らせる。
しかし。
「……マリアちゃん、寝たふりなんてしなくていいのよ?」
「……」
どうやらお見通しだったようだ。ゆっくり目を開き、数時間前に見た女へ視線を向ける。その顔にはおっとりとした笑みが浮かべられており、こちらに危害を加える気は無いように思える。
「……何が目的なの?」
どこかから溢れ出る威圧感に負けず、マリアは短く問うた。
「目的? そうねえ……強いて言えば、楽しむことかしら」
「楽しむ……?」
「……もし……人を殺すのが楽しいと感じるなら……あなたはどうする?」
「え……?」
次の瞬間、女はその表情を恍惚としたものへと変えた。それはあまりにも艶かしく、そして同時に強い狂気を宿していた。背筋にゾワリとした感覚が走り、無意識のうちに女を睨む。
「……ふふ、もう分かったみたいね。あなた達はデザート。メインディッシュは……他の特新部隊のメンバー」
「他の……って……⁉︎」
「レオくんも、エイジャックくんも、そして3ヶ月間ずっとサボっていたもう1人の男の子も……きっと沢山の冒険者を連れてここに来ている。彼ら大勢の血と悲鳴を堪能した後……あなた達でこのディナーを終わらせるのよ」
「……どうしてレオ達が来ているって……」
「これよこれ」
そう言うと、女は爪の先ほどの小さな小石をポケットから取り出し、マリアに見せた。
「この石には魔力が込められていた。マーク……あ、あの金髪の人ね。彼、3年前から追われてる殺人鬼なのだけど……彼をずっと追っている特異体質の冒険者がいてね、その冒険者が操る魔法が自身の魔力を込めた物体を追跡できるというものなの。あの襲撃の時に私のポケットに滑り込ませてたから、きっと今もうこの場所に向かっているはずよ。……ここに来れば、ディナーの始まり。きっと沢山の冒険者達を連れてきてくれるはずよ」
それを聞いて、マリアはなんとなく理解した気がした。こいつらは、根っからの殺人鬼なのだと。ただ血を浴び、悲鳴を聞き、己の快楽を得るためだけに、街を襲撃し人を攫い、レオ達と戦おうとしている。そこに大層な目的など無い。血が、悲鳴が好きだから殺す。まるで飲食店で好きなメニューを選ぶように、当たり前のように行動している。
きっとこの作戦を決行するためだけにギルドから情報を盗み、あれだけのチンピラを交渉したのだろう。それだけ、こいつらは人殺しに快楽を見出している。その過程などどうでもいい。ただ、残虐に人を殺すのが楽しいのだ。
「あら、いい反応してくれるわね……今から待ち遠しいわ」
「……いくらあなた達が強くても、何十人の冒険者に勝てるはずが……」
「大丈夫よ。ちゃーんと作戦があるから。あ、その内容は流石に聞かれても教えられないわよ?」
眼前の女の狂気を垣間見た瞬間から、全身を包む恐怖や嫌悪感に負けじと、マリアはさらに情報を聞き出そうとするが、女にあらかじめ蓋をされてしまった。
女はそれからマリアに微笑みを向けると、マリアの頬に手を触れさせた。ピクッと体が反応するが、それも女からしたらスパイスのようなものだったようで、顔の微笑みを深くした。
そして睨みつけるマリアから手を離し、今度はクミンとライフの元へと歩み寄る。同じように頬に手を這わせると、満足そうに頷くと部屋を出ていった。
部屋には再び静寂が訪れる。女との接触は10分にも満たないはずなのに、それよりずっと長い時間緊張が続いていたような疲労を感じる。それだけ女がその身に宿していた狂気は深く、純粋で理解し難いものだった。
(……レオ……)
女の恍惚とした表情を思い出しながら、マリアは心の内で呟いた。誘拐されてから、レオに思いを馳せることが多いように感じる。
それだけマリアはレオを信頼しているし、本人はまだ自覚してないかもしれないが実力の伸びもかなり良い。マリアなどすぐに超えていきそうなほどに。きっとここに向かってくる最中にも、何が新しい技でも作っているのだろう。
そんなことを考え、マリアは改めてレオに想いを馳せるのだった。
(……レオ、きっと今も頑張って特訓してるよね。私もライフとクミンと頑張るよ……!)
その時、マリアは心の内に芽生えていた、甘酸っぱい感情に気づいてはいなかった。
翌日、恐らく朝。ロベアス・クミンは目を覚ました。途端に身体中に痛みが走り、体を捩る。この部屋に窓は無し、そもそも地下なので昼夜は分からない。だがクミンのレオについて行って鍛えられた感覚は、今がちょうど朝日が昇るぐらいの時間帯だと告げている。
「いったぁ〜……もう石の上で寝るのは勘弁だよ……」
そんなことを呟きながら、体をくねらせて痺れた感覚を追い出そうとする。
すると。
「……あ……クミン起きた……?」
という、今にも消えてしまいそうな、囁きにも近いマリアの声が聞こえてきた。
別に起きたことぐらいは敵に知られてもいいのでは? それにかなり早めに起きたはずだがマリアはもっと早かったのか? などと考えながら、クミンは体をゴロンと転がしマリアの方を向いた。
そしてマリアの顔を見た瞬間、クミンはギョッとした。こちらを向くマリアの顔は酷く疲れ果てており、もともとジト目気味の目は余計に瞼が降りている。全体的にげっそりとしているマリアはクミンのリアクションを見ると不思議そうな表情を浮かべた。
「おはよう……」
「お、おはよう。てかマリアちゃん、なんでそんなげっそりしてるの? ゾンビみたいだよ?」
「げっそり……? ……うんまあ、一睡もできなかったからしょうがないかも……」
「一睡も⁉︎」
すると見張りも部屋内の少女達が起き始めたと気づいたようで、一瞬気を引き締めたようだがすぐに空気を弛緩させまた適当な会話を始めた。
マリアは身体中の向きを変えクミンに背を向けると、ディレクション・サウンドにより見張りに聞こえないようにクミンに話しかけた。
「何があったのかはライフが起きてから話から、ちょっと待っててね」
それから数十分後、ライフも起床し、3人は作戦の細かな説明と相談を開始した。
会話についてはディレクション・サウンドを使うが、クミンとライフは使えないので別の方法で代用する。それはカット・サウンドという名で、物質化していない魔力で壁を作り、音を遮断するという音属性魔法だ。便利だがディレクション・サウンドに比べて消費魔力がかなり多く、マリアは作戦決行前に魔力を消費したくなかったので使っていなかったがやむを得ない。
「……そういえば、レオ達がここに来るのはいつになるのかな?」
「……多分、スフィーの襲撃の処理とかがあるから、その日の内には出発できない。でも私達はその間に街1つ分以上は移動してるから……最低でも明日になると思う」
「なら、私達が行動する方がいいか……作戦だけど、確か、情報収集をした後にここを爆破しまくって脱出するんだったよね」
クミンは朧げな記憶を頼りに作戦を復唱した。マリアはそれに頷くと、更新された作戦を話す。
「情報収集については、首謀者がB級モンスター程度なら軽く倒せる実力をもっていることとか、幹部格が3人いることとか……特にレオ達を迎え撃とうとしていることを知れたのは大きい。脱出できれば敵を捕まえられる可能性はかなり上がるはず……」
するとマリアは言葉を切ると、僅かな隙間から光が漏れる扉の方をチラリと向いた。
「……けど、まだ足りない。もっと敵を壊滅させられるぐらいの、決定的な情報が欲しい。だから作戦決行直後、ここを出て右が出口のはずだから、左の方に敵を倒しながら突撃する」
「具体的に決定的な情報って何があるかって言われると難しいけど……確かに、探索して損は無いね。計画書とかがあれば120点、敵の詰所があって襲撃できれば万々歳ってとこかな?」
「で、でも相手は何十人もいるよ……? 3人だけで全員倒しながらっていうのは……」
「全員じゃない。これは私1人でやる」
マリアの決然とした声で告げられたその言葉に、クミンとライフは目を見開いた。
「マリア1人で……? いくら強くても無理だよ!」
「そうだよマリアちゃん。3人で行った方が成功率も高いし、二手に分かれたとしてどちらかがまた捕まれば振り出しになる」
しかしマリアは決然とした表情を変えずに続ける。
「私は2人を助けるために来た。だから1番危険な役割は私がする」
その声はマリアの固い決意を察せられる声だった。クミンとライフは押し黙ることしかできず、難しい表情をした。
が。クミンはレオに似たニヤリとした笑みを浮かべた。
「……危険な役割……ね? だったらさ……」
クミンはそれからその場で思いついた作戦を話した。
「……なるほど……」
「ってことで、ライフ、できる?」
「……へ?」
マリアとクミンの自然がライフに向く。可愛らしい声を上げたライフはポカンとした表情になり、次いで顔を引き攣らせた。
「……めっちゃ重要なポジションじゃん私……」
「……でも、確かにクミンの作戦の方が成功率は高いと思う……敵への攻撃も両立できるし……」
「でもその役は最悪あたしが代われるけど……」
「いや、これは3人の中でライフが適任。それに、逆に私とクミンの役も私達が適任」
ライフはチラリと入り口の扉を見た。その奥にいるであろう大量の敵。それを思うと体が強張り、恐怖が心を蝕んでくる。
しかしライフは口元を引き締めると、決意を宿した瞳でマリアとクミンを見た。
「……やるよ、私。私にしかできないことがあるなら、私はそれを頑張りたい!」
その声は恐怖と緊張の色こそ出ていたが、震えてはいなかった。
マリアとクミンは顔に笑みを浮かべ、力強く頷いた。
それから作戦の詳細な話し合いが行われ、直に細かい動きまでが決定した。その話し合いの最中もマリアはカット・サウンドを常時発動しており、その後は仮眠をとり消費した魔力の回復を図った。
相談で交代で仮眠をとることになったが、マリアは攻撃の要なのでなるべく回復するべきだ、ということで交代からは外れ、クミンとライフが順番に仮眠をとった。
その間敵からの接触は何も無かった。敵の目標が後続のレオ達をただ殺すことだと判明し、そしてレオ達がここに到着するまで最低もう1日あることを考えれば、まだ大きな動きは無いのかもしれないが。
3人が準備を整えると共に時は過ぎていき、現在恐らく17時頃。夏であることを考えれば、日が落ち始めた時間だろうか。
マリアは目を瞑り、集中してイメージしていた。
「……ウィンド・カッター」
すると2本の風の刃がマリアの四肢を縛っている縄を切断し、虚空に消えていった。立ち上がり身体中の痺れをとると、同じようにクミンとライフの縄も切断する。
「……作戦……開始」
マリアは扉に向かって手を掲げた。
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