第21話『潜入調査とガールズトーク』

 縛られて動かせない手足、投げ出された体、塞がれて真っ暗な視界。得られる情報はガタゴトとした振動から、自分が馬車に乗せられているであるだろうということだけだ。


 マリアは後ろ手に両腕と脚を縛られ、布で目隠しもされて馬車の荷台に寝かされていた。近くにはライフとクミンも同じように拘束され横たわっている。


「ひっ……ひっ……嫌だぁ……」


 ライフの啜り泣く声がマリアの耳に届く。位置的にはマリアの頭の方向だろうか。


 するとギシッと木の軋む音が聞こえた。


「うるさいぞ、静かにしろ。もし騒ぎ出したら喉を掻っ切るからな」


 人が歩く音がライフに近づき、男の声が聞こえてくる。ライフが一度「ひっ……」と恐怖に満ちた声を出し、それ以降嗚咽を堪えたのか声が聞こえなくなる。恐らく喉にナイフか何かを突きつけられたのだろう。


 マリア達3人はスフィーでの襲撃の最中、転移魔法を操る謎の男に誘拐された。3人は転移魔法で恐らく街の外であろう草原に飛ばされ、すぐに拘束された。始めに手、次に足を縛られ、最後には目隠し。その状態になった後もう一度転移魔法が発動し、そこで自分がどこにいるかは完全に分からなかった。


 その後担がれ、少し移動した後に投げ出されてしばらく放置。そこが馬車の荷台だと気づいたのは、数時間後に馬の蹄が地を蹴る音が聞こえ、自分が寝ている場所が揺れ出した時だった。


 マリアが荷台に乗せられ、ライフとクミンが近くにいると分かったのはライフの泣き声とクミンの「お腹すいた……」という声が聞こえたからだ。マリアも声を出して二人に自分も来たということを伝えると、ライフはマリアでも敵わなかったのかと絶望の声をあげ、クミンは3人居れば退屈しないねと呑気なことを言ってのけた。


 クミンはマリアが来てからしばらくなんの緊張感も無く喋っており、先ほどのライフと同じく注意されたという出来事があった。現在はスゥスゥと規則的な呼吸音が聞こえる。誘拐されたというのに寝ているのだ。


(なんか、レオに似てるな……)


 とマリアは思った。マリアの体内時計に狂いがなければ、現在は大体午後八時ごろ。確かに眠くなってくる時間帯ではあるが、いつ何をされるのか分からない状況で眠れるとはなんと豪胆なことか。


 マリアがクミンの豪胆さに半分呆れ、半分感心していた時、ついに馬車の揺れが止まった。時間と感覚で考えれば街一つと半分ぐらいは移動したはずで、誘拐された時の転移でどれほど離れたのかは分からないが、少なくともスフィーからは街一つ分以上離れたことになる。行って帰ってくるなどという変な移動でもしていない限りは。


 馬車が停止すると、クミンが起きたのかムニャムニャと声を出した。そして伸びをしようとしたのかゴトゴトと音がした後、


「ん〜、ん? ……ああ、そういえば……」


 という声が聞こえてきた。


 すると近くに座っていた男の声が聞こえてくる。


「今日はここで野宿する。何度も言うが、騒いだら殺すからな」

「ご飯は?」

「無い」

「ケチ! ケチケチケチ!」

「黙れ」

「ヘイヘ〜イ」


 起きて早々誘拐犯と言い争いをするクミン。ライフは泣き疲れたのか眠っているようだ。誘拐などというまだ10代の少女が経験するには……いや、年齢など関係なく恐ろしい事件に巻き込まれたのだ。精神的疲労は大きいだろう。あげく最悪は殺すとまで言われたのだ。普通なら軽くパニックに陥っても不思議ではない。仲間の側に寄り添い、敵の内部情報を調査しようとしたマリアや、自分を殺すかもしれない相手と軽く口論するクミンの方がおかしいのだ。


 内部情報の調査とは言っても、マリアは具体的な方法などは考えていなかった。敵の状況や目的などわかるはずもないし、臨機応変で対応するという実質ノープランの作戦で来てしまった。


 マリアが馬車に乗せられて最初にしたこと、それは敵の数の把握だった。マリアはレオとは違い生物の気配を察知することはできない。それでも視界が奪われることで研ぎ澄まされた聴覚で必死に周りの情報を集めようとしていたのだ。


 その結果はあまりいいものではなかったが、成果ゼロという訳でもなかった。


 それは少なくとも自分達の周りにいる敵の数はおよそ約25人ほどだということ。これはあくまで推測だが、3人が乗せられている馬車と共に走っている馬車が5台であり、一台に5人ほど乗っていると仮定した数だ。


 その情報をマリアは必死こいて得たのだが、すぐにその頑張りは無用だったことが発覚するのだった。


「ねえマリアちゃん」

「……クミン、敵に聞こえるかもしれないからあまり喋るのは……」

「ダイジョブダイジョブ。近くに人はいないよ」

「え? どうしてそれが……」

「あたし気配察知できるんだよ。レオには足元にも及ばないけどね」

「え……本当? ……じゃあ、近くにいる敵の数って分かる?」

「うん。気配を察知できる範囲ギリギリだったけど、足音とかあったから分かるよ。今は近くにいないけど、日中確認した限りではこの馬車に1人、左後ろの馬車に4人、真後ろの馬車に6人、左の馬車に5人、右の馬車に7人、前の馬車に6人の計29人。もしもっと奥に馬車がいたらそれ以上。流石に音を拾いきれないから分からなかった」


 その確信に満ちた言葉に、マリアは目隠しされた目を見開いた。何も見えなかったが。


 マリアが必死に、それこそ脳の容量がはち切れんばかりに集中して音を拾っていたというに、クミンは敵の確認を目で物を見、耳で音を聞き、舌で味を感じるが如く、自然にやってのけたのだ。というのも、レオ曰く気配察知は集中することはあっても意識してすることではなく、自然にできるのだという。


 マリアが驚いている気配が伝わったのだろう、クミンがおそらくニマニマしているだろう声色で話し始めた。自分が何を考えているまで見透かされるというのは、なんとも嫌なものである。


「どう? すごいでしょ。昔からレオと一緒に遊び回っていたからね〜。いつからかあたしも気配察知できるようになったんだ〜」

「……昔から……」

「え、なになにマリア昔のレオ気になるぅ〜⁉︎」


 クミンのその口調は、まるで友人が顔を赤らめて好きな人についてを喋ろうとしていうところをからかう時のそれだった。確かにレオの昔については気になるが、マリアが「昔から……」と溢したのは、昔から遊び回っていれば自分も気配察知が会得できたのだろうかという考えを巡らせらからだ。


 故に、クミンのちょっとうざい口調で放たれた言葉に、一瞬思考が詰まった。


「……え?」

「やっぱり4ヶ月も二人っきりだからねえ〜、そりゃあレオの一人や二人気になっちゃうよ。だってレオだもん。でもレオの正妻の座は譲らないよ〜⁉︎ マリアちゃんもレオと愛の交わりしたいだろうけどあたしだって……」


 と、クミンが暴走に入ったところでマリアはクミンの言っている内容をようやく理解した。


「わ、私は別にそんなんじゃ……」


 言い方はともかく、マリアは頬を染めるでも恥ずかしそうに俯くでもなく、少し困り顔でそう答えた。


 しかし暴走中のクミンはそんなことには気づかない。


「かーッ! 甘酸っぱいねぇ〜! いいだろうではあたしが昔の今思うと可愛らしいレオのことを……いや待て、それだと余計に恋敵をアグレッシブにさせてしまうんじゃ⁉︎」


 「アグレッシブなのはクミンなんじゃ……」という思考を、マリアは口には出さなかった。元々あまりおしゃべりは得意でないし、今言っても絶対に無視される、というかクミンの耳に入らないだろうと確信していたからだ。


 その後も敵に聞こえるのではとハラハラする声量でクミンは喋り続けた。


 すると直にライフがモゾモゾと動く音が聞こえてきた。クミンの声で目が覚めてしまったのだろう。


「んぅ……え……? あ、ああっ……!」


 と目覚めてすぐに自分の状況を思い出し、泣きそうな声を漏らすライム。


「あ、ライフ起きた?」


 マリアが声をかけようとした直前、クミンがまたも緊張感の無い口調で話しかける。マリアはもともと口数が少ない方だと自覚しているが、レオとはあまり気負いせずに話せるようになってきたがやはり自分のコミュニケーション能力は低いのかと少し落ち込んだ。実際低い方なのでなんとも言えない。


 しかしそれも一瞬のことで、マリアはクミンが何か話しだす前に、自分がここにいる……否、来た理由を話した。クミンが気配で敵の位置を捕捉できるので、聞かれることなく話すことができる。2人はマリアが敵の調査のためにあえて攫われたと知ると、


「なるほど。いいね。あたしも協力させてよ」

「わ、私も! 怖いけど……敵を倒すためなら頑張るから!」


 と作戦参加を申し出た。決然としている2人には悪いのでマリアは言わないが、実はもともと問答無用で手伝わせる予定だったりする。いくら強いといえども敵は未知数だしマリアより強いかもだしということを考慮すれば、1人での作戦決行は非合理的だろう。


「それで、まずは何するの?」

「……できれば敵戦力の総数を知りたい。スフィーで暴れてた人は皆チンピラだったから、ここにいる人がほとんどだと最初は考えたんだけど、さすがに29人は少なすぎると思う。転移魔法があるし、幹部以上の人はそもそもスフィーに来てないかもしれない。だからまずはこのまま敵のアジトに運ばれることに賭けることから始まっちゃうんだけど……」

「しっ。誰か来た」


 マリアの説明を、クミンが鋭い声で静止する。ピタリと話すのをやめ、静まり返る。まだ冒険者になって4ヶ月だが、さすがは特新部隊の面々だ。判断が早い。


 そしてすぐに、マリアの耳にも近寄ってきた人物の足音が聞こえてきた。その足音は2つ。


 その2人は真っ直ぐマリア達のいる馬車に向かってきており、1人が荷台に乗り込んできたのが、ギシッと木の軋む音で分かった。もう1人は荷台近くで立っているだけと思われる。


「へぇ〜。これが攫ってきた子達か〜。若いね。皆何歳?」


 位置的に乗り込んできた方の人物の声だ。若い、それこそマリア達とそう変わらない年齢に思える男の声だった。


 男の問いに答える義理は無い。しかし逃げ出す手段があるとはいえマリア達は命を握られている。答えなければ仲間に危害を加えられるかもしれない。


 そう考えマリアが口を開いた……時には、既にクミンが声を出していた。


「皆15歳で〜す。だよね? 誰かもう誕生日過ぎた人いる?」


 ナチュラルに受け答えするクミン。それに釣られて、ライフも律儀に答えてしまう。


「え? えっと……私は2月だからまだだけど……」

「マリアちゃんは?」

「……10月」

「じゃあ皆15歳だ。てか、2人とも誕生日教えてよ」

「……2月4日」

「……10月16日……」

「あたしは9月22日」


 これまたナチュラルに女子トークが再開され、ライフでさえも自分を殺すかもしれない敵がすぐそばにいることを忘れかけている。一瞬で蚊帳の外に放り出された敵さん達はどんな表情をしているのだろうか。


 きっと苦笑してるか怒ってるんだろうな、とマリアが思うのと同時に、おずおずと言った様子で荷台に乗り込んできた男が話し出した。


「あの〜オレ達のこと忘れてません?」

「あっそういえば」

「うっ……まあいいか」


 その時、男の雰囲気がスッと切り替わるのを、マリアでも感じ取った。場の空気が一気に重くなり、蛇に睨まれた蛙のように、マリア達は緊張で体が強張った。


「……いい声で泣きそうな奴らだな。綺麗なデザートになりそうだ」


 続いて発された男の声は、自分の興奮が抑えられないような声だった。3人は目隠しされているから男の顔は見れないが、きっと冷たさと熱を同時に携えた、恐ろしい目をしているのだろうと感じた。


「……ま、いっか。オレらはまだどうもしねえからさっさと寝な。明日は丸一日移動になりそうだ」


 “まだ”という言葉にライフがビクリと体を震わせる。クミンでさえも雰囲気を冷たいものにしている。


 男はすぐに荷台を降り、もう1人と共に遠くへと歩いていったようだ。


 遠くの方で、ギリギリ


「……オレのちんちん見る?」

「それやめろって言ってるだろ」


 という会話が聞こえてきた。答えたのは、あの金髪黒バンダナの声だった。


 2人がこの場から去った後も、マリア達は緊張が解けないでいた。さすがに、自分を殺すのを匂わす発言を敵がするのは精神が削られる。ライフはまた嗚咽を漏らしているし、クミンでさえも喋らずに黙っている。


 が。


「……スゥ……スゥ……」


 穏やかな寝息が直に聞こえてきた。


(……さすがにレオはここまでじゃない……よね……)


 内心クミンの豪胆さに呆れたマリアであったが、やはり疲れは相当なものだ。恐らく朝になって奴らが近づいてくれば起きるだろうし、クミンも気配察知があるならいざという時も安心だろう。


(……レオ……そっちも頑張ってね)


 そう心の中で呟いた後、マリアの意識は速やかに闇の中へと溶け込んでいった。

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