第20話『会議』

 記録


 解放暦1127年8月8日。王都街スフィーにて、観測した限り約200名の男女が襲撃するという事件が起きた。襲撃犯は街の住民を攻撃し、385名が死亡、56名が怪我を負った。その後現場に居合わせた冒険者達により襲撃犯122名を確保。また、事件の最中、今年度の特別新人訓練部隊のライフ・ライム、ロベアス・クミン、マリア・ストロガノフが誘拐された。その犯人は転移魔法を使えるとの情報があり、それについても確保した襲撃犯に事情聴取を行う手筈となっている。


 襲撃の翌日の正午近く、以上の記録書を眺めながら、オスマンは鋭い視線を上げた。ここはギルドの会議室。長机にはスフィーギルド長、その他ギルドの重要人物、事件に居合わせた冒険者達が、同じく記録書を手に神妙な顔つきをしている。当然その中にはレオとエイジャックもいる。


「……この事件を受け、我々は多数の犠牲を出してしまった」


 厳しい表情を崩さず、40代ほどのスフィーギルド長は話し始めた。


「約半数の襲撃犯を捉えることに成功したとはいえ、これは我々の敗北に他ならない。亡くなった街の住民も、そして当然戦いの最中に命を散らした冒険者も、あまりにも無念な最後だっただろう……」


 この襲撃における犠牲者385名の中には襲撃に対応していた冒険者も数に含まれている。そこにはB級以上の一流冒険者の名もあり、最大でもB級下位の実力のレオやエイジャックが生き残れたのは運が良かったからに他ならない。


「……さらには今期の特別新人訓練部隊の少女3名が誘拐されると言う事態まで起こった」


 ギルド長はここでさらに険しい顔つきになった。


「……我々がこの事件についてできる最低限の贖罪は、次なる戦いにおいて必ず勝利し、襲撃犯達を捕え、誘拐された3名を奪還することであろう。冒険者の諸君、私も戦いに参加できず申し訳なく思うが、力を貸してくれ」


 その言葉に、この場の冒険者達はその瞳に固い決意を漲らせ、頷いた。この中には先の戦いで仲間を失った者もいる。これは単にギルドからの依頼や任務ではない。冒険者達当人の意志、想い、そしてケジメの問題なのだ。


 そしてレオも、今ここにいないマリア、そしてクミンとライフに想いを馳せる。


 好意を寄せるマリアはもちろんだが、クミンは6年間共に過ごした仲であるし、ライフとも数ヶ月しか一緒にいたことはないが、そこには確かな友情がある。全員が全員レオにとっての仲間であり、誰も欠けさせたくはないとレオは思う。


 レオは未だある程度親しい人間を亡くし、傷心したことはない。魔物の館で死亡した3名とは、エイジャックとは違いほとんど交流は無かったし、約8年前に友人が死亡した時も、少し寂しいと感じはしたが戦いの楽しみに見出した衝撃により大きな感情は隅に押しやられたのかもしれない。


 これを聞くと人々はレオを心無い人間かと思うかもしれないが、レオとてまだ16歳の少年だ。もしもマリアや皆が死んでしまったらと考えることがたまにある。当然そんなの嫌だと思う。それは自分が辛い思いをするのが嫌だからと言う自己中心的な考えなのかもしれない。しかしレオには仲間を想う気持ちが確かにあり、それは心からの本心だ。


 だからレオは真剣な眼差しを携え誓う、必ず3人を無事に取り返す、と。


 レオが決意を固めると同時に、ギルド長が再び話し始める。この場の決然とした雰囲気に、皆が皆が神経を張り詰める。


「早速で悪いが、次なる戦いについての議論を始めたいと思う。それについて、E級冒険者レオ・ナポリからまず話たいことがあるそうだ」


 そこでレオが立ち上がり、多くの視線が寄せられる。そのほとんどはE級という言葉故懐疑的なものだ。しかしレオが階級に反する実力を持っていることを知るのはほぼ特新部隊のみであるし、レオが特新部隊のメンバーだということについてもギルドの上層部のみが持つ情報だ。


「……オレは誘拐された3人の内の1人、マリア・ストロガノフとある程度親しい仲にありました。だからこそ分かったんです……マリアは自らの意志で敵の手に渡ることを選びました。その意志を、オレに伝えてきたんです」

「自らの意志で……?」


 冒険者の中から疑問が飛んでくる。


「恐らく、ライフ、クミンと誘拐されていく中で、自分が次の標的になる可能性が高いと判断したのでしょう。そしてマリアは、自分は敵の手に渡り、敵の内部情報を調査していくことにしたと思われます」

「敵の内部情報を調査って……」

「いくらB級スタートの天才と言っても……」


 レオは迷いなき瞳を浮かべ、それを冒険者達に向けた。


「マリアは強いです。まだまだ新人のオレが言うのなら説得力は無いかもしれませんが、断言します」


 するとオスマンはレオの決意を察したのだろう、顔をフッと和らげ、レオに似たニヤリとした笑みを浮かべた。


「……そうですね。マリアさんは強いです。マリアさんだけではなく、ライフさん、クミンさんの実力も、私が保証します。いざとなれば自力で脱出できるでしょう」


 レオの言葉に懐疑的だった冒険者達が少しざわつく。オスマンは元B級冒険者であり、今ではギルドを支える重要人物だ。その実力や実績は冒険者内で噂になっており、そのオスマンが断言するというのはレオとは比べ物にならないほど絶対的なものなのだろう。


「……3名が敵の内部情報を調査……つまり……」

「はい。マリア達が内側から、オレ達が外側から奴らを追い詰めるんです」

「外側からって言っても……具体的にどうすれば……」


 冒険者の1人が零した言葉に、オスマンが立ち上がる。


「それについては私から説明しましょう。今回の襲撃の犯人は、ほとんどがある程度名の知れた盗賊団や窃盗団、残りはどこにでもいるようなチンピラでした。事情聴取によれば、彼らは金を渡すから、ひたすらに街で暴れろ、人を殺そうが物を盗もうが構わない、という旨の言葉と共に、多額の前金を譲渡されたそうです。同時に暴れた後に生き残ればその倍支払うと、金髪で黒いバンダナを口に巻いた男に言われたと、皆口を揃えて言いました」


 金髪で口にバンダナを巻いた男。その言葉にレオとエイジャックは反応した。間違いなく、3人を誘拐したあの男だろう。


 オスマンはレオとエイジャックをチラリと見ると、視線を戻して言葉を続ける。


「特徴からして、3名を誘拐した男本人と見て間違いないでしょう。……そしてここからが本題です。この金髪の男は、おそらく約3年前から暗躍する上級賞金首、通称“ジャック・ザ・リッパー”であると思われます」

「ジャック・ザ・リッパー……」

「由来は3年前の彼の最初の犯行……とある飲食店の女性店員を殺害したという事件にて、彼が“ジャック”と被害者の血で床に書き記していたこと。そこに切り裂き魔を意味する“リッパー”が合わさったものです」

「……今回の襲撃の主犯格がその切り裂き魔っていうのが、どう本題に繋がるんですか?」

「実はこのジャック・ザ・リッパーを、長年追い続けている冒険者がいるんです。それがこの方です」


 同時に、オスマンは長テーブルの真ん中あたりへ手を向けた。


 そこに座っていたのは、一見単なるベテラン冒険者であった。おそらく普段使いしているであろう茶色い帽子が机の上に置かれ、今は顕になっている顔は気だるげだ。目はギラリと鋭く、少々汚い無精髭を生やし、顔全体からは長年培われた経験が感じられる。服は帽子と同じ色のコートを着込んでいる。


 てっきり普通の先輩だと思っていた両隣の冒険者が驚愕の表情を向けた。男はポリポリと髭の生えた顎を掻き、コートのポケットに手を突っ込んで立ち上がった。身長もかなり高く、それに見合った体格も持ち合わせていた。


「……ボランジェ・ラグランダムだ。よろしく」


 聞いていて心地よくなるような重低音の声だった。ボランジェと名乗ったその男はぶっきらぼうに再び椅子に腰掛け、両隣のまだ20代前半に見える冒険者を少し驚かせた。


 一見失礼極まりない態度だが、彼の性格を知っているであろうギルドの重要人物達やオスマンは平然としている。


「ボランジェさんは“特異体質”。刻まれた魔法は自身の魔力を付与した物体を追跡できるというもの」

「もう既にあえて逃がした男のポケットに魔力を仕込んだ石を忍ばせてある。行こうと思えばいつでも……」

「ち、ちょっといいですか?」


 レオは自然に流れていく会話を遮った。


「なんですか?」

「特異体質って……なんですか?」


 するとレオに集まっていた視線が、急に冷たいものになっていく。最初こそレオが声を発したのは誰も気にしていなかった。このような会議の場では疑問を残していくのは非合理的だからだ。しかしその内容に、冒険者は冷たい視線を送り、ギルドの一部の者は苦笑を浮かべている。


 そんな中レオのことをよく知るオスマンは嫌な顔一つせずに、レオの質問に答えた。


「特異体質とは、生まれながら肉体に特殊な魔法が刻まれている人のことを指します。特殊、というのは回復魔法や結界術のように14の属性に分類されないということです。例えばボランジェさんの“自身の魔力を付与した物体を追跡できる”魔法、他にも魔物を使役したり、少し先の未来を見たりといったものもあります」

「なるほど……」

「……それにしてもリッパーの野郎、不自然な移動ばっかしてると思ったら……転移魔法を持っているとはな……」


 ボランジェの目線が厳しくなり、辺りが緊張に包まれる。約3年もの間、ずっとジャック・ザ・リッパーを追い続けてきたのだ。正義感か己のプライドかは分からないが、長年煙に巻かれて目の敵にしてきたのだろう。


「もう一度言うが、既にあえて逃がした男のポケットに魔力を仕込んだ石を忍ばせてある。行こうと思えばいつでも突撃できる」

「今その反応はどちらに?」

「隣街のゼクスとその向こうのズィーベンの間を北上している。ここ一日ずっと移動してるらしいな。万が一のためにも、早めに追いかけた方がいいと思うぞ」


 そう言うと、ボランジェはその視線をギルド長に向けた。ギルド長はしばらくの間瞑目していたが、ある時カッと目を開き、厳格な声色で話し始めた。


「……この後すぐ、スフィー及び目的地までの周辺の王都街へ冒険者を集う張り紙を出す。そして今日、午後7時にスフィーを出発し、奴らの追跡を始める。異論はないか?」


 ここにいる面々が皆一様に真剣な表情で頷く。


「……絶対に奴らを捉え、3人を救い出すのだ」


 具体的な作戦会議については今後集まってくる冒険者を含めて行うため、移動中及び移動先で、ということになった。その後すぐに会議は終了し、冒険者達は各々の心情を胸に解散した。


 レオとエイジャックは会議後、スフィー中央の広場のベンチに並んで腰掛け、緊張が解放されたからか大きなため息をついた。


「……あーあ、せっかくの誕生日がえらいことになったなあ」

「……皆は無事なんだろうか」


 エイジャックは思い詰めた表情で、ぽつりと零した。


「きっと大丈夫だって。今思い詰めてもしょうがねえ。3人を信じよう」

「……」

「……けど……」


 そう小さく声に出し、レオはエイジャックに向けて拳を突き出した。エイジャックが顔を上げると、いつになく真剣なレオの顔が目に入る。


「……絶対皆を助けるぞ」


 会議では気丈に振る舞ってはいたが、きっとレオも心の中では3人を心配する気持ちが大きいのだろう。きつく結ばれた口が、それを物語っていた。


「……ああ!」


 エイジャックはレオの拳に、自分の拳を力強くぶつけた。



※※※※※



 書き溜めが無くなったので、週一投稿に移行したいと思います。なにぶん私まだ学生でして、今(2023年1月)は学年末なので忙しいのです。勉強もありますので、隔週になる場合が多々あると思いますがご了承ください。


 次回は2023/2/10(金)20:00投稿予定です。また、今後は毎週金曜日の20:00に投稿していきます。週刊誌のように、気長に待っていただけるのなら幸いです。

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