第19話『誘拐』

「きゃああああああ‼︎」

「ライフ⁉︎」

「ッ! お前ら行くぞ!」

「うん……!」


 3人は街の奥へと駆けていった。


 ライフは先ほどまでこの通りにいたはずだが姿が見当たらない。悲鳴は左奥から聞こえてきた。おそらくどこかの路地裏に入ったか連れ込まれたのだろう。


 3人はバラけ、片っ端から道を捜索していった。


 そしてエイジャックがとある路地裏に入った時、ライフはいた。


 ライフがこちらに背を向けて座っている。様子から見るに腰を抜かしているようだ。その奥には黒いバンダナを口に巻いた、金髪の男が立っている。その男は右手に持ったダガーを器用に回し、エイジャックの方へと視線を投げた。


「ライフ‼︎」

「……じ、ジャック……!!」

「ライフから離れろ‼︎」


 見ればライフの右脚には一本のナイフが突き刺さっている。立ち上がれないのはこれのせいでもあるようだ。ライフは無事な左脚でなんとか男から離れようとするが、パニックになっているからかうまく力が入らない。


 男はエイジャックの言葉には耳を貸さず、右手のダガーを振り上げた。路地裏に入る僅かな光を反射し、ダガーがギラリと輝きを放つ。


「いやっ、やめ、やめぇ……!!」

「チィッ‼︎」


 エイジャックはその瞬間、腰を落とし抜刀の構えをとった。直後に刀を抜いて振り抜くと同時に地面を蹴り、ライフを飛び越え男に迫る。その速さは常人ではまず対応不可能なほどだった。


 しかし男はその冷酷な内面を窺わせる冷ややかな目でエイジャックの動きを完全に見切り、ダガーを掲げて刀を受けた。刀自身の重さとエイジャックの全身全霊の力がぶつかり金属音が鳴り響くが、男は微動だにせず、それどころか刀を押し戻しエイジャックを弾き飛ばした。


「クッ‼︎」


 エイジャックがライフの横を通り過ぎ、着地すると同時に男もまた走り出す。ダガーを突き出すように構え、下から押し上げるように突き出してくる。ほんの2歩でエイジャックの前まで到達した男は、凄まじい速度でダガーを突き出してきた。


(速い‼︎)


 なんとか反応できたエイジャックは刀でその刺突を防御した。しかし男の踏み込みの強さや膂力により押し返されそうになってしまう。エイジャックは地面に倒れるのを回避しようと、力を受け流すように後ろに跳躍した。


 男は腕を脱力させ、ライフのもとまで駆け寄った。そしてダガーを腰の後ろにある鞘へと収め、エイジャックに視線を向ける。


「……お前は興味に値しない」

「は……⁉︎」


 聞いている者を切り裂くような鋭い声だった。


 直後、男の足元が円形に光り輝いた。その円はその場から逃げることができなったライフも範囲に入っており、ライフは「へっ、えっ、何……⁉︎」と混乱している。


 それを見た瞬間、エイジャックは再び地面を蹴ろうと脚に力を込めた。しかしエイジャックが行動を起こすほんの少し前に、光は一気に輝きを強めた。


 日の入ってこない路地裏が、不自然な光で埋め尽くされる。エイジャックは咄嗟に腕で目を覆ってしまった。


 その光はすぐに収まり、エイジャックは目を開けた。しかし、そこにはライフもバンダナ男もいなかった。


「なんだって……⁉︎」

(単なる目潰しの魔法じゃなかった……まさか転移魔法……⁉︎)


 すぐさま路地裏から出て辺りを見渡すが、やはりライフらの姿は無い。近くにはライフを探していたレオとマリア、そして遅れてやってきたクミンがエイジェックのいる場所に走ってきていた。


「おい、今の光はなんだ!」


 レオがそう言って、皆が合流する。


「今のはおそらく転移魔法だ! それでライフが拐われた!」

「転移魔法〜⁉︎ 拐われたって……なんで!」

「知るか! まだ近くにいるかもしれない、全員で探すぞ!」


 マリア、エイジャックが街の奥、レオとクミンが入り口側に走り出す。


「……ライフ、大丈夫かなあ……むさ苦しいおじさんとかに犯されたりしてないかなあ」

「わざわざ転移魔法まで使って誘拐だろ? 何か目的があるとは思うが……人質にするとか身代金とか。でもこんな大規模な襲撃を敢行するほどのもんじゃねえ。……だめだ、オレにはさっぱり分からねえ」


 2人は話しながら通りを全力で駆けていく。数多くある路地裏に忙しなく目を向けながら、レオは気配察知にも神経を集中させ、ひたすらに走っていった。


 そしてクミンがとある路地裏に目線を向けたその時。その路地裏から男の腕が伸びてきて、クミンの口を塞いだ。


「んむぅ⁉︎」


 クミンの動きが急に止まったことを察知したレオはすぐさま振り返る。すると口を塞がれ、路地裏に連れ込まれようとしているクミンの姿が視界に入った。


「ッ‼︎ クミン‼︎」


 急いできた道を引き返す。その距離は約10メートル。レオなら一瞬のうちに移動できる距離だ。


 しかし、レオがその場に到達する一瞬の間に、男の腕に捕まえられたクミンの足元が円形に光り輝いた。次の瞬間にはその光が一気に強まり、レオは目を瞑ってしまった。


(クソッ、しくったか‼︎)


 レオの予想通り、次に目を開けたその時には、そこにクミンはいなかった。


「チッ!」


 レオはすぐさま街の奥……マリアとエイジャックの方へと走っていった。


 クミンを捜索しようかとも考えはしたが、転移魔法を使っている以上近くにいる可能性は低い。ライフを捜索したのも近くにいる“かもしれない”からだ。自らも誘拐される可能性がある以上単独行動は危険だ。2人と合流した方が得策だろう。


 特新部隊でも抜きん出た身体能力を持つレオの全力疾走。その速度は16歳になったばかりの少年の域を遥かに逸脱していた。


 数百メートルをあっという間に走破し、通りを観察しながら走っているマリアとエイジャックの背中を捉える。レオはある程度接近した時点で声を上げた。


「マリア! エイジャック!」


 すると2人は振り向き、1人でこちらへ走ってきたレオに対して怪訝な顔を向ける。


「どうしたレオ」

「クミンもいかれた!」

「え……⁉︎」


 レオのその言葉に、2人は驚愕に目を見開く。しかしそこは選ばれし特新部隊のメンバー。駆け寄ってきたレオも含めてすぐさま背中合わせになり、周囲を警戒する。


 しんと静まり返った街の通りで、緊張に体をこわばらせて警戒する。特に死角となる建物の陰に注意を払い、さらに突然足元で転移魔法が発動するかもしれないため足元も注意する。


 数秒、数分、十数分……どれだけ時間が経っても敵がくる気配は無い。


 すると、街の奥から1人の男が3人の元へ走ってきているのを、レオは目撃した。それは深緑色の聖職者服に赤い小さな帽子を頭に乗せたオスマン・オスメだった。


 オスマンは恐らく風属性魔法を使ったのだろう、オスマンの後方の倒れた男達が後ろに吹っ飛び、加速してきている。


「オスマンさん!」


 レオのその声に、エイジャックとマリアも振り向く。


「皆さん、無事ですか⁉︎」

「オレら3人は大丈夫です! ただ、ライフとクミンが……」


 刹那。レオは右後方数メートル先に、1人の人間の気配を感じ取った。その気配はレオが振り向くと同時に動き始め、通りに出た。


「マリア……‼︎」


 そう声を大にしながらレオは振り向く。マリアの後ろに、黒いバンダナを口に巻いた金髪の男がいた。そいつは左手にダガーを持っていて、右手はマリアに向けられている。レオは見たことが無いが、ライフのことを拐った男だ。


 状況から判断して、男がこの場にいる3人の内の誰かを誘拐しようとして、その標的をマリアに決めたのだろう。それを一瞬の間にレオは考える。同時に走り出そうと脚に力を込めようとする。


 しかし、レオの体は動かなかった。否、動くのをやめた。その理由はレオが男と同時に視認したもの……マリアの目だった。


 マリアの目は通りの向こうから駆け寄ってきているオスマンではなく、レオの方を向いていた。その瞬間にレオと視線がぶつかり、レオはしかと自分を見るマリアの瞳を捉える。その瞳には決然とした意志が込められていた。そして僅かに唇が動く。


「……任せて」


 直後、レオは聞こえないはずのマリアの声でそう声をかけられた……気がした。


 男がマリアの口に手を当て、思いっきり引っ張って連れて行こうとする。マリアは傍目からすれば一切抵抗できずにつれ去られていく。魔力によって膂力を強化することはできるが、体重が増えるわけではない。元々華奢なマリアを運ぶのは男側からしたら楽だろう。


 レオのフェードアウトしていった声と男の足音に、エイジャックが振り返る。そして路地裏に連れ込まれそうになっているマリアを目撃する。


「マリア‼︎」


 そう叫び走り出す。しかし。


「いやいい!」


 レオの厳かな声が、エイジャックの耳にギリギリ届いた。


「いいって……追わなくていいってことか……⁉︎」

「ああ」

「何故だ! 拐われていく仲間を見捨てろって言うのか⁉︎」

「見捨てるんじゃねえ。……マリアは自分から拐われることを選んだんだ」

「はあ⁉︎ 何を根拠に……!」


 そこでレオはエイジャックの瞳を見据える。


「……あの目……『こっち側は自分達に任せろ』って言ってた」

「目……?」

「なんだ、オレとマリアを疑ってんのか?」

「……お前らの実力は十分分かってる……けど……!」


 エイジャックが言いたかったのは、たとえそれが本当だったとしても、拐われた皆が苦しい思いをしているかもしれない、最悪殺されたり人身売買されているかもしれない、ということだった。それならいくら本人の意志でも助けに行くべきだ、と。


 しかしレオはエイジャックの言葉を切り、ニヤリと笑みを顔に浮かべた。


「大丈夫。マリアもそうだが、ライフとクミンもそう簡単にやられるようなタマじゃねえ。いざとなりゃ敵全員まとめて大爆発でも起こすさ。……オスマンさん」


 事態をまだ把握できずに困惑しているオスマンにレオが向き直る。


「あとで事情は説明します。けど今は早く倒れてる奴らを拘束しないと……」


 しかしレオのこの訴えを聞き流すように、オスマンは顎に手を当て思案顔になった。するとレオとエイジャックの背後にある建物を指差した。


「……そこでの魔力の爆ぜ……恐らく転移魔法ですね。そしてマリアさんが連れ去られ、この場には他にライフさんとクミンさんがいない……拐われた……ということでしょうか」

「え……は、はい」

「……無駄だとは思いますが、一応念のためやっておきますか」


 オスマンはそう呟くと、右手を真っ直ぐ天へと伸ばした。


 すると、まだ魔力を感知できる段階にないレオでも分かるほど、オスマンの魔力が高まっていった。やがてオスマンの体が紫色……魔力が物質化した時の色に光り輝く。その光は心臓が脈打ち血液を巡らせるようにして、オスマンの伸ばされた右手へと集まっていく。


 そして次の瞬間、オスマンの手から魔力の光線が放たれた。毒々しい紫色に光る魔力が物質化してできた光の柱が、真っ直ぐ天へと上っていく。


 数十メートル打ち上がった時だろうか、その光線は何かにぶっつかったように形を変えた。今度はこの街を覆い尽くすような、ドーム状に変化する。数秒後にはこの街を魔力のドームが覆い尽くし、禍々しい光に包まれていた。


 レオとエイジャックはその光景を目撃し、目を丸くした。


「け、結界術か……! はは、こりゃ凄え」


 レオの言う通り、これは結界術と呼ばれるものだ。


 回復魔法と同じように魔力を圧縮し物質化させ、壁を作り空間を分断する。魔力の物質化という高度な技を要する上、実用化できるほどの結界を作れるほどの魔力量をもつ者は少ないため、相当上位の冒険者しか使用者がいない魔法だ。


 しかも、今オスマンは直径数キロはある王都街を丸々包み込むほどの結界を作り出した。普通、と言っても結界術を使える冒険者の中での普通でだが、せいぜい人1人隠れるぐらいの結界を作るので精一杯と考えると、全く化け物じみていることが伺える。


「……これで内側から外側、その反対も含めて転移はできないはずです」


 結界は魔力でできている。そのため魔力を通さず、2つの地点を魔力で繋いでいると思われる転移魔法は、結界を跨ることはできないはずだ。


「なるほど……結界はどれぐらいもつんですか?」

「1、2時間は消えないと思います。その間に残党やマリアさん達を拐った者の捜索を行いましょう」

「了解です」

「りょーかいです!」


 3人はその後バラバラになってスフィーを捜索した。同時に他の冒険者と手伝い襲撃犯を拘束。その後は結界が消失するまでの時間で、襲撃犯の残党、及び誘拐犯の捜索に当たるのだった。

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