第18話『スフィー丸ごと大乱闘』
突如飛んできた女性の切断された生首。切断面からドバドバと溢れる血で服を汚しながら、エイジャックは戦慄し目を見開いた。
その生首は恐怖によって歪んだ顔がそのまま固まっており、焦点の合っていない目は見開かれている。何度も突き刺されて首が切られたのか切断面はグチャグチャで、あまりにも惨い最後を迎えたのは言うまでもない。
「な……ッ⁉︎」
エイジャックがそう声を漏らしたその時。
「ヒャッハァ‼︎」
という奇声が前方から聞こえてきた。顔を上げれば血のついたナイフを持った金髪の男が、ナイフを振りかぶってエイジャックに向けて走ってきていた。
突き出されたナイフを、エイジャックは咄嗟に後ろに跳躍して回避。女性の頭を地面に置き、前方に跳躍。刀を抜かずに柄を突き出し、男の顎を撃ち抜いた。さらに右の拳で男の顔面を思いっきり殴り抜け、地面に叩きつける。
男はその一撃で白目を剥いて気絶し、手からナイフが落ちた。
一方、レオはエイジャックに男が飛びかかると同時に横の建物へと跳躍していた。屋根の端を掴み、体を持ち上げる。
そして街全体を見渡し、レオは顔を引き攣らせた。
「おいおい、どうなってんだこりゃあ……街全体で暴れ回ってるぞ……⁉︎」
現在特新部隊がいる南通りでは、至る所でナイフや剣などの凶器を持った人々が見境無く街の住民を攻撃している。既に血溜まりを作って倒れている者もいる。そんな人に跨り何度も胴体に刃物を突き刺す者、腰を抜かした人の首にナイフを当て顔をにやけさせる者、逃げ惑う人を後ろから斬り付ける者。そんな残虐な者が大量に通りで暴れている。
そしてそれが起こっているのは南通りだけではなかった。通りを進んだ先にある噴水広場、その先に伸びる北通り、左右に伸びる西通りと東通り、さらには路地裏でも同じような残虐な光景が広がっていた。街のあらゆる場所から悲鳴が聞こえている。
「街全体だと⁉︎」
「ああ! 当然だが避難も全然だ!」
それを聞き、エイジャックは思考を回す。
(本当に何が起こってるんだ! 街全体となると単なる衝動的な暴走でもない! けどこの襲撃の目的がさっぱり見えてこない! ……いや、考え時間も勿体無い。まずは住民の避難だ!)
そう結論付けると、他の面々に指示を飛ばす。
「俺、レオ、マリアの3人で襲撃犯達を確保する! ライフとクミンは建物内に残っている人も含めて街の外に避難させてくれ!」
「りょーかい!」
「分かった……」
「う、うん!」
「りょーかい!」
レオ、マリア、ライフ、クミンが各々の返事をすると、皆自分の役割を果たすため散らばっていく。
その数分後、通りの真ん中辺り、1番暴れている人が多いところで、レオもまた暴れていた。
ナイフを持った男の刺突を、レオは抜き身の剣で弾き返した。直後男の腹に前蹴りを叩き込み、男は吹っ飛んでいく。
「グガアッ‼︎」
「対人戦も楽しいな! ハハハハハ‼︎」
そんなことを叫びながら、レオは顔に笑みを浮かべる。
同時にレオの背後に、ナイフを持った男が2人走ってくる。1人が振りかぶり、振り下ろされたナイフをレオは振り向きながら前方に跳んで回避。空中にいる間にもう1人の男がナイフを突き出してくるが、レオは再び剣を振って防御した。
「ほっ、ほいっ、よっと!」
という緊張感の無い声を発しながら、次々と繰り出される攻撃を回避していく。レオのその姿に余裕が無いと踏んだのか、相手の男の顔には狂気的な笑みが浮かんでいた。
右手に剣をぶら下げたまま、レオは後ろに下がり続けていく。いつしか先程吹っ飛ばした男が倒れている場所まで後退しており、倒れていた男はナイフを握りしめ、自らの元へ接近してくるレオに狙いを定めていた。
振り下ろされたナイフがレオの後頭部に突き刺さる……直前、レオは右脚を軸に反時計回りに回転した。振り向き様に剣を左手に持ち替え、右手で背後の男の胸ぐらを掴む。そのまま一回転し、正面にいる2人に向け、男をぶん投げた。
「のああああ⁉︎」
「いでえッ!」
3人の男は地面に折り重なるように倒れる。
レオは3人に剣を向けながら、そいつらに話しかけた。
「おいお前ら、何が目的なんだ? 言ってくれれば痛いことしないでいいぜ?」
「舐めるなよクソガキが!」
叫びながら1人の男が立ち上がり、レオに突撃してくる。しかしレオは余裕の動作でナイフを剣で弾き飛ばすと、男の頭を両手で掴み、右膝を顔面に叩きつけた。
男は白目を剥いて気絶し、地面に倒れた。
「オレはクソガキなんて歳じゃねえ。今日から16歳だ」
「ガキじゃねえか……‼︎」
「グ……ッ! ……エイジャックー! そっちはどうだー?」
少し離れた場所で、エイジャックは男達と戦いを繰り広げていた。レオの声に顔を向け、呆れたような顔をする。
「……こっちは大丈夫だが、そっちは⁉︎」
「余裕!」
「だろうな……」
エイジャックに向けるレオの顔は満足感に満たされた笑み。レオの戦いを楽しむという性格は、対人戦でも例外ではないらしい。
顔を戻したエイジャックの前には、各々の武器を持った3人の男達。刀も抜かずに棒立ちのエイジャックを見て、「クハハ!」と笑い声を上げている。その目は殺意にギラギラと輝いており、完全にエイジャックを殺す気だ。
そんな男達を前に、エイジャックは約3ヶ月前のことを思い出していた。
それは魔物の館での戦いで仲間が死亡し、草原をぼんやりと眺めていた時のレオとの会話だった。エイジャックが冒険者になった動機を話した後のこと。
『……5年前、父さんが魔物に殺された。だから魔物に殺されて悲しむ人を、少しでも減らしたいって思って、俺は冒険者になった』
『……そっか……でも冒険者って……』
『ああ。人と戦うこともある。……けどまあ、仕事だからな……その時はちゃんとやるさ』
(……仕事……か。あの時もまだ盲目的になってたのかな……)
「……レオ、マリア、ライフ……クミン。俺の仲間に手を出すというのなら、容赦はしないからな」
「ヘッ! テメエが容赦しようがしまいが関係ねえんだよぉ‼︎」
そう叫び、横並びの3人のうち真ん中の男が湾曲したダガーを手に突っ込んできた。エイジャックは突き出されたダガーを体を捻って回避。続く2人の攻撃は後ろに大きく跳躍して回避した。
追撃を警戒し、体制を整えようとしたその時。始めに左に立っていた男が腰から何かを取り出し投擲した。
エイジャックの目元目掛けて飛翔するそれは、釘のような金属の針だった。エイジャックはそれの尖った先端に、うっすら緑色の光沢を見た。十中八九毒物の類だろう。
咄嗟に刀を抜き、眼前に迫った金属針を弾く。その後の男の攻撃を刀で受け止め、弾き返しながらさらなる追撃をバックステップで避ける。
「ちょこまかと……!」
思い通りの展開にならないことに苛立ちを募らせ、3人の男は横並びで一斉にエイジェックに斬りかかった。それを確認するとエイジャックは腰を落とし、刀を左肩に担ぐように構えった。一見して上段斬りの間違ったフォームか派生技かと思えるが実際は違う。エイジャックは体の魔力を刀へと集めていく。
「……アル・ウィンド・カッター……!」
そう声に出しながら、エイジャックは刀を振り下ろしながら魔法を発動させた。
振り下ろされた刀の軌跡が、そのまま風の刃となって飛ばされる。ヒュウ、という空気を切り裂く音と共に飛翔したそれは、横並びで走ってきていた男達全員の腹を切り裂き、そのまま単なる空気へと戻っていった。
「ガハ……ッ‼︎」
これはエイジャックが自らの戦闘スタイルと向き合い、魔法と剣術を融合させることで成した技だ。魔法を発動する際に最も重要なのはイメージ力だ。自身の魔力を操り魔法を発動させ、さまざまな効果を得る。イメージ力が弱いと、魔法を発動できなかったりできてもすぐに消滅してしまったりする。実際、マリアも3ヶ月前のオスマンとの特訓中、水が空中に止まるイメージができずに水属性魔法に苦戦していた。
その重要なイメージ力を補うのが杖だ。魔力の流れをイメージしやすくし、杖を使うと魔法が発動しやすいという認識が、魔法の発動を補助するのだ。
しかしそれは、イメージ力の補助ができれば杖じゃなくてもなんでもいいということだ。エイジャックは自分の中で杖を刀に置き換え魔法の特訓を行い、剣術と魔法の融合を果たしたのだ。
エイジェックの風の刃に腹を切り裂かれた3人は地面にうつ伏せに倒れた。男達の服にじんわりと赤い線が浮かび上がってくる。
「グ……ッ! クソッ……!」
「死ぬような傷じゃない。大人しくそこで鳩の
そう言い、エイジャックが刀を鞘に収めた、その時。
突然の爆発により、倒れていた3人の男は吹っ飛んで行った。
「ぎゃあああああああ‼︎」
「ああああああ⁉︎」
「おほあああああ‼︎」
「……全く……マリア、もう少しコンパクトに戦えないのか」
その爆発を引き起こしたマリアに、エイジャックは呆れ顔を向けた。当のマリアは知らん顔で杖を下ろす。
「……だって楽なんだもん……」
マリアがエイジャックの方を向くのと同時に、背後から釘が大量に刺さった棍棒を振りかぶった男が路地から飛び出してきた。マリアは振り向き様に杖を振り、男の頬に直撃させる。さらに両手で持てるぐらいの大きさの火球を生成し、発射。男の顔面で爆発を起こし、男は意識を失った。
さらに、両脇の建物の上から5人の男が刃物を持って飛び降りてきた。マリアは杖を上に掲げ、魔法を発動する。
「……ウル・ファイア」
杖の先から直径3メートルほどの火球が射出され、空中にいて回避のしようがない5人の男の元へ迫る。1人の男に火球がぶつかると同時に爆発。5人は四方八方に吹っ飛ばされ、皆一様に気絶した。
「……火力バカが……」
エイジャックは誰にも聞こえない声量でそう呟いた。
マリアは一通り敵を掃討し終えると、エイジャックの元へ歩いてきた。
「……この通りは半分ぐらい避難完了したって」
「そうか。残るは出口から遠い街の中心部……被害を抑えるにはやはり敵の数を……ん?」
するとそこに、避難誘導から戻ってきたライフがやってきた。
「ライフ、いいところに。……俺とマリアで通りの敵を倒す。同時にライフは急いで住民を避難させてくれ。レオは好きにやらせてればいいだろう」
「わ、分かった!」
「了解……」
マリアはエイジャックと共に通りの奥へと走っていった。
走りながら、マリアは自身の周りに圧縮された水の矢を7本生成。そこに電気を纏わせる。
エイジャックが向かって右の方で戦っているので、マリアは左の方の敵へと狙いを定める。そこから少し奥では男達が何人も倒れており、そこではレオが大暴れしている。総合的にはマリアの方が強くても、やはり体術ではレオが特新部隊でもぶっちぎりのトップだ。
マリアの目の前では、男達3人が武器で民家の玄関扉を破壊しようとしている。そいつらの足元に、生成してあった右の矢を射出。
「……ボム」
その声と共に水の矢が破裂し電気が拡散する。
「あぎゃぎゃぎゃぎゃああああ‼︎」
などと叫び声をあげ感電している男達の頭に杖を思いっきり振り下ろし、男達をノす。いくら華奢なマリアと言っても、魔力による身体強化があればその力は筋肉モリモリの屈強な男にも匹敵する。
すると、マリアのすぐ後ろの路地から男が飛び出してきた。振り下ろされたナイフを、マリアは杖で受ける。
そこから何回も突き出されるナイフを杖を振り回すことでいなし、滑らかに杖を男の画面に突きつけ火球を射出。
気絶して倒れる男を横目に、マリアは杖を上空に放り投げた。杖が回転しながら宙を上っていく。マリアは素早く周囲を見渡した。
(……エイジャック、レオ、ライフ、クミン……大丈夫)
「……エル・デフュージョン・サンダー……!」
その瞬間、放り投げられた杖の先端から、極太の青白い雷が四方八方に伸びていった。それはレオやエイジャックをよけ、的確に敵だけに命中していく。南通りに、男達の叫び声が響き渡った。
「ライフ、今のうちに」
「う、うん! 皆さん、家から出て避難を! 急いでください!」
ライフはそう声を上げながら、通りを走っていった。
「ヒュ〜……相変わらずエグい魔法だな」
レオが顔に笑みを浮かべ、エイジャックと共に歩み寄ってくる。
「マリアナーイス」
「そういうのがあるなら、早くやってほしかったんだが」
「……私オル段階はまだ使えないから……消費魔力も多いし、エル段階で倒せる数まで待ってたの」
「……この通りはなんとかなったな。避難はレオとマリアで頼む。俺は他の場所へ援護に……」
と、その時。
「きゃああああああ‼︎」
という悲鳴が響き渡った。ライフの声だった。
「ライフ⁉︎」
「ッ! お前ら行くぞ!」
「うん……!」
3人は街の奥へと駆けていった。
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